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本の紹介!

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僕はずっと裸だった 前衛ダンサーの身体論』田中泯著 写真・岡田正人 工作社刊

 私が、この世の中で最も畏怖の念で見ている田中泯さんの著書が出ました。

「泯さんが本を書いたらしい」と聞き、町田のあおい書店の演劇コーナーに平積みされていたのを見て、即買いました。

 私は泯さんが現代思想とかニューサイエンス方面の著名な人達と知り合いであるらしい?ということぐらいしか知らなくて、泯さんの思想がどういうものなのか?というのも、まったく知りません。

・・・というのも、私は“思想”なるものに対して、非常に拒否感を持っている人間なので、自分では思想を持たないように注意していて、思想的なる人との付き合いでは距離感を保つことにいつも注意しているからです。

 何故?

 喧嘩になるからですよ。

“思想”に付随するのは“権威性”です。これは避けようもなく必ず付いて回ります。

 私は権威的なるモノを見ると叩き壊してやりたい衝動にかられます。

 だって、不自然の極みでしょう。権威性は人間が生み出した最も醜い精神の産物だと思いますし、権威主義から生み出された様々な暴力のシステムによって、どれだけ多くの人が苦しめられ続けていることか・・・。

 私が思想を持たないということを、「それ自体が長野さんの思想であることに気づいていないではないか?」と評した人が数人はいました。

 が、私は自らの“思想”を持たないと言っているのは、“思想”というものに付随する権威性を持たないという意味であり、思想そのものは空虚な観念でしかないと自覚しているという意味なのです。

 人が思想をとなえる時、そこには厳粛な権威性を伴っています。

 そして、その思想に共鳴した人達がシンパとなって崇めていくことで権威が構造化されていきます。

 そうやって出来上がっていったのが宗教であり、政治であり、社会システムそのものです。

 これらの社会システムを維持するためには、思想を共有しない者を排除する現実的なシステムも必要となります。

 それが法による裁きであり、それを執行する警察や軍隊といった諸機関です。

 お解りと思いますが、警察や軍隊は暴力で強制的に支配する機関です。逆らう者は処罰されます。

 カダフィが惨殺された様子をニュースで見て、「ざま~みろ!」と思った人は、カダフィが傲岸不遜で残忍な独裁者であるという観念だけを刷り込まれている人でしょう。

 客観的に惨殺されたカダフィの死骸を見たら、「何て残酷なんだ・・・」と思うのが自然な反応でしょう。

 人間の自然な感情をねじ曲げてしまうのも“思想”と呼ばれる“洗脳”なのです。

 こういう構造的なルートがあることを意識しないまま“思想”をとなえる人を、私はたまらなく嫌悪します。

 そもそも、「俺の思想は・・・」とかしゃべくる人間の“醜怪さ”を感じないことが気持ちが悪い。

 だから、私は、思想をしゃべっている人は下品で嫌いです。

「長野さんは思想性が無くって本音だけだから、ダメだな~」とか言うような人間は、人間の底が浅いんですよ。

 わかってね~な~・・・と思うだけ。

 人間の本音は、どんな作られた美辞麗句より、遥かにエネルギーを持っているのです。


 さて、そういう訳で、田中泯さんの思想を聞いてみたいと一度も思ったことがない私ですが、泯さんがどんな想いを文章にしているのか?という点は、ちょっとだけ関心がありました。

“ちょっとだけ”というのは、泯さんはダンサーとして言葉では表現し得ない深いレベルで雄弁に語り続けて来ているのを何度も観てきているので、あの肉体とオーラが表現し語りかけてくるのと同等以上のものが言葉で語られるとは思えなかったからなんですが、それでも泯さんが言葉ではどう表現するのかな?という関心も無くはなかったからです。

 以前、泯さんの写真集を買いました。

 圧倒的な迫力がありました。が、それは田中泯の肉体と魂が写真の力で召還されている魔術的なエネルギーが感じられたからでした。

 今回の本も、有り難いことに、故・田中正人さんが撮った写真が多く掲載されていて、それがもう、一つ一つが素晴らしい!

 私は文章を読む前にページをめくりながら写真を眺めてため息をついていました。

 ようやく、文章を読みはじめましたが、泯さんが、師匠、土方巽に対する熱い想いがこれほどまでだったのか?という驚きがありました。

 私は、25年程前に熊本の牧堂文庫の蔵書で読んだ、江戸時代の古伝書『無住心剣術書』(夕雲流剣術の伝書を神谷伝心斎の派の人間が書き写したらしい)で、同流を崩壊させる原因となった三世、真里谷圓四郎を「大酒呑みで人柄が悪いように言う人がいるが、腕前を批判する人は誰もいない」と擁護して書いている弟子の川村秀東を思い出しました。

 武術の世界でも、最近は師をないがしろにして恥じない人間が多いものですが、泯さんが土方巽という異人(マレビト)と出会うことによって、決定的に人生が変わっていった様子がうかがえるようでした。

 私は、今まで、田中泯さんに親しみを感じたことは一度もありませんでした。畏怖と憧憬の対象でしかなく、せいぜい、ジョークを言って無理やり笑かしてやろうとイタズラ心を燃やす程度でしかなかったのです。

 これは、憧れている人にあんまり近づき過ぎるとロクな結果にならないという、これまでの人生での経験則からのものでもありましたが、今度、泯さんに会う時は、もう少しばかり距離を縮めてみようと思いました。


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「江戸しぐさ」完全理解』越川禮子・林田明大共著 三五館刊

 ひそかなブームを呼んでいる“江戸しぐさ”の解説本ですが、陽明学の研究家、林田明大先生の解説も加わることで、実に面白く読めました。

 林田先生とは、今年の6月にスコーレ家庭教育振興協会の親睦会でお会いしまして、名刺代わりに本をお渡ししたところ、私が講師をやっているシダックス橋本店宛に御著書『イヤな「仕事」もニッコリやれる陽明学』を贈っていただきました。

 すぐにお返事しようと思っていたものの、甲野さんと親しくお付き合いされている御様子だったので、「いや、俺と付き合って甲野さんとの仲が悪くなったら申し訳ないしな~」とか思っているうちにズルズルと時を過ごしました。

 ですが、新しい本を出したので、自伝本と二つ、お贈りしたんですね。御礼として。

 そうしたら、『真説「陽明学」入門』という本もお贈りくださいまして、また、御自身のブログで私の本の感想も非常に好意的に書いてくださいました。

 ここまでしてもらったら、遠慮していても仕方がないな~と思い、一度、直にお会いしてじっくりお話させていただければ・・・と思っておりますので、林田先生、どうぞ宜しくお願いします。

 林田先生は、何でも長崎は島原の出身だそうで、やはり中学時代にいじめを受けたとか、何だか私と似たところがあるな~と思いました。

 親睦会の時にお聞きしたのは、昔、新体道もやっておられたそうで、今は甲野氏の紹介で韓氏意拳を学ばれているそうです。

 ルドルフ・シュタイナーの研究をされて、陽明学の研究を専門にされるようになったらしく、禅やニューサイエンスにも関心が深く、クリシュナムルティーもお好きなようなので、多分、共通の話題はいくつもありそうで、今から、ちょっと楽しみです。

“江戸しぐさ”も、これから時代小説書く時の参考にさせていただければ・・・と思っています。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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