コンテントヘッダー

「第一回天真祭」報告!

 毎年恒例の天真書法塾の発表会ですが、今年は剣武天真流の発表会と祝賀会を兼ねて、“天真祭”と銘打った新たな出発として、11月27日に飯田橋駅近くのホテル・エドモントで、第一回目の発表会と祝賀会となりました。

 何しろ、今年は日本が戦後最大の危機に陥った年として歴史に残るであろうと思われる特別な年となった訳ですが、だからこそ、これからの時代の難局に明るく立ち向かう風を起こそうという“祭り”が必要である・・・と、天真会の皆さんは考えられたのだと推察します。

 それは、被災地にボランティアで赴きながら、鎮魂の剣舞を舞ってこられた青木宏之先生の想いを会の皆さんが共有されていたと思うからです。

 日本刀は、武器であると同時に、魂を清める霊器であるという日本人の精神性を自ら指し示して剣武天真流という新たな流儀を立ち上げた青木先生に、今、続々と共鳴した人達が集まってきているように思われます。

 なので、この機会に集った面々の顔触れも、何か宿命的なものすら感じてしまいます。

 その一つには、“気の世界”を武術の世界から一般に広く知らせてきた二人の巨匠が顔を合わせたという奇跡的なエポックメイキングが実現したこともあるからです。

 言わずもがな・・・それは、青木宏之先生松田隆智先生です。

 前衛武術の体現者と、伝統武術の復興者・・・。

 ベクトルは真逆に思えても、その実、お二人の精神性は異様なまでの共通性を持っているように私は感じていましたが、そのお二人が、ついに相まみえたのです。

 詳細は省きます。ですが、私の実感としては宿命だったとしか思えない。

 実際、顔を合わせるのは二度目なのに、青木先生と松田先生は既に長年の旧友のような雰囲気になっていて、なんだか不思議な感じがします。

 さらに不思議なのは、これほどの武道界の超大物が顔を合わせている場所に、武道マスコミ関係者が全然いなかったことです。強いて言えば、私だけ?

 ということは、私がリポートしなきゃいかんということでしょうから、ここにこうして書いている訳なんですが、たかが一個人のブログに収まる道理もありませんから、今後の展開は何らかのメディアへと繋げていきたいと思っています。

 そして、忘れちゃいけない田中光四郎先生もまた、松田先生とは初めてながら、当たり前のように親しく話し合い、それはさながら、キングコングとゴジラとガメラが並んでいるみたい?

 私なんか、この先生方に比べるとアンギラス程度かな~?

 ともあれ、当日は、うちの北島師範、矢嶋師範代、それに海外指導部長として特訓中の千葉(年明けから師範代に任命)さん、そして、新陰流兵法転會(渡辺忠成会長)に所属されている千葉真一郎師範にもお声掛けして、青木先生と松田先生に引き合わせることができました。

 現代日本を代表する知性として知られる、かの松岡正剛氏でさえ、ずぅ~っと青木先生に会いたいと思いつつ会えず、田中泯さんを介してようやく会うことができたそうですし、松田先生ともなれば、公に指導している訳じゃないから、会いたくても会えない武術家の代表格ですからね。

 書展を見学して青木先生、松田先生にお願いして一緒に写真を撮らせていただきましたが、皆、武術界の生ける伝説の先生方と一緒に写ることにドギマギしていました。

20111202_001.jpg 20111202_002.jpg

 まあね~、こんな光栄なチャンスは二度とないかもしれませんからね。みんな、私に感謝してねぇ~(苦笑)。

 それから、演武会が開催されるホテル・エドモントに松田先生と一緒に移動し、開始時刻まで大分、時間があったものですから、ホテルの喫茶店で松田先生を囲んで武術談義となりました。

 もう、皆、頭が真っ白になっている様子で、ちっとも質問もしないので、こちらから促しましたが、松田先生のお話に興味津々の顔で聞いていましたね。

 心意六合拳の戦闘法について聞かれた松田先生が、立ち上がって実演!(超大サービス)してみせてくださったのは、うちの会員たちにとっては一生の宝ですよ。

 いや・・・松田先生御自身が生涯かけて修練してこられた数多の武術は、それそのものが無形文化財なんだと思います。その価値を理解していれば、見せていただけただけでも大恩であると感謝しない訳にはいきません。

 だって、“ナマ拳児”の四把捶なんですよ~? それを戦闘理論解説も含めて実演してくださったんですよ~? これで何もモノにできなかったら、ただの阿呆ですよ!

 うちの会員がどれだけ洞察できたか?は解りませんが、私はもう極意そのものを授かった気分です。もう、頭の中にビデオ映像で録画したように記憶していますよ。

 極意を解っている人の演武は、基本の中に極意が有るんですからね。外形ではなくて中身を洞察しなきゃ~いけません。目線一つ、足の向き、体構え・・・それらは何一つ無意味にやっているのではありません!

 皆、ぽわ~んとした顔をしていましたけれど、松田先生の動きの一挙手一投足が、どのように相手を掴み引き崩して打ち倒していったのか?という映像をイメージできなければいけません。


 さて、時間が来たので私と松田先生は会場へ向かいます。他の皆は感動の表情で挨拶をして帰っていきました・・・。

 会場の前で田中光四郎先生と合流。光四郎先生は、恐らく青木先生から聞かれていたんじゃないか?と思いますが、一目で松田先生と解ったらしく、ニコニコと話しかけられていました。

 帰り道で、松田先生は「田中光四郎先生は、もっとコワモテな感じかと思ってたんだけど、会ってみると全然、イメージが違うな~」と感嘆されていました。

 確かに雑誌に載ってる光四郎先生は怖そうだから、実際に会った人は、その腰の低さに驚きます。私は逆に「謙虚過ぎて怖いよぉ~」って思いましたけどね・・・。

 いかにもコワモテみたいなのは虚勢張ってるだけだから怖がる必要はありません。


 それにしても、剣武天真流の演武も、もうどのくらい見てきたでしょう?

 今回、青木先生がハッスルし過ぎて右手首が腱しょう炎になってしまったとのことで、いつもの剣舞は残念ながら割愛されていましたが、その分、大井秀岳先生の気迫に満ちた鋭い演武をはじめ、メンバーの皆さんが次々に流れるように演武をしていかれました。

 私は大体、演武は見てきていますが、どんどん技の動きが柔らかく流れが途切れなくなってきていますね。プロの舞踊家である片岡通人さんの剣舞は特に、芸術的で私は好きですね~。

 通常の武術の型は、いわば楷書であって、ピタッピタッと形を極めるのが良しとされていますが、実はこれ、実戦を考えるとやっちゃダメなんですよ。居着くから。

 でも、どうして、従来の武術は、やっちゃダメなやり方で型を演武しているのか?というと、稽古法の初歩のやり方を、そのまま中級、上級になっても繰り返している点に疑問を感じなくなってしまったからであると私は考えます。

 例えば、游心流でやっている対練の型や独己九剣の型は、稽古用の初歩的なものであって、技を覚えることが目的ではありません。

 交叉法と読みの感覚を養成するためのものなんですね。

 私が少ない型数で少ない技しか練習させていないのは、初心者に技を教えても使いこなせないと思っているからです。

 まず、理合をしっかりと理解し体現する。その上で技は変化応用法として百でも千でも生み出せるように指導している訳です。

 入会してもほとんど通えない人が少なくないのが残念なのも、うちの実戦で使う“技”は毎週通って三カ月くらいしないと教えていないからなんですよ。それは、理合をきちんと理解して身体が自在に動かせるようにならなければ教えてもできないからです。

 何ひとつ体得できないままでは意味がないし、それならDVD見て自習してもらった方がよほどタメになると思うのですが・・・。

 だから、「独己九剣の破り方を考えた!」とかはしゃいでいた人がいたそうなんですが、もうね~、練習後に全員で「バッカじゃね~の? 型の通りに戦うと思ってるなんて・・・」と糞馬鹿にして笑ってますよ。

 本式に戦うための技とか映像で公開する訳ないでしょう? 武術を本気で追究している人間をなめてもらっちゃ~困ります!

 公開しているのは稽古法の範囲内であって、戦闘法に関しては理論までは解説しますが、本式に戦う方法論は入会して真面目に練習して、私が「この人には教えてもいいな」と思った人間にしか教えません。

 ちなみに、破門にした人には肝心な戦闘法は一切、教えていませんよ。ずっと人間性を観察してきて、「教えるとマズイな・・・」と判断したから破門にしているので・・・。

 これは、今、私に直に習っている北島師範らに感想を聞いてみたら判ります。私は、本当に人間性を信頼しないと危険な技は教えませんからね。

 どうして、そんなアンフェアなやり方をするのか?と考える人は武術の真価を何も知らない甘ちゃんです。本当に合理的な武術の技は、暗殺テクニックそのものだからです。

 勉強のために特殊部隊の格闘術とか暗殺術なんかの本もいろいろ読んでみたんですが、武術のやり方に比べれば不合理ですね。だって、専用の道具とか毒薬作ったりしなくても素手で一瞬で殺せるんだから・・・。

 無論、「素手で強くても武器には敵わないだろう」って、よく言う人がいるんですが、「やっぱり、無知な連中は言うことが甘いな~」と思いますね。

 武術は素手で戦うのが基本だとでも思ってるんでしょうけど、少なくとも私は違いますよ。いかなる武器も使いこなすのが武術!だというのが私の持論です。

「究極の武器は何だ?」という外国の番組があって、日本刀とかアサルトライフルとか色々出てきたんですが、第一位は、何と「素手」。

 どういう意味かというと、「人間の手はいかなる武器でも作り出して、操作できる。何にも武器になるものが無い場合でも、そのまま戦える武術の技を工夫しているからだ」ってんですよ。正しい考え方だと思いますね。


 剣武天真流を見ていると、清々しいまでの必殺剣を生き生きと演武していますね。「これで殺気がボンボン出てたらキッツイよな~?」とか思って見てましたね。

 中で、私が心なごんだのは寺崎桂子さんと吉田倫子さんの演武で、女性ならではの流れるような柔らかい太刀遣いは清澄な雰囲気を生み出していました。

 でも、今回、オイオイ・・・と思ったのは、木刀による自由組み太刀・・・っつうか、殺気が出過ぎてゾクが喧嘩しているような凶気?すらかもし出していて、私は心の中で合掌し、「ケンカはやめてぇ~・・・」と竹内マリヤの気分で祈っちゃいましたよ(苦笑)。
 棒術の組み棒の時は、まだ六尺棒の繰り出しに間ができて余裕がありましたが、木刀となるとガツッガツッと間断無く打ち合うので、正直、危ないです。額を割ったり指を潰したり、目に当たったりしたら祭りの雰囲気が壊れてしまうので、演目としては不適当だと個人的には思いましたけど・・・青木先生が「お前たちは背中に隙ができてるぞ~」ってビシビシしごいたんだとか? それでか~・・・。

 でももし、自由攻防の迫力を見せるのであれば、袋撓いやスポチャンのソフト竹刀を使うとか安全性には配慮した方が、見ている側も安心できて良いと思いますよ(必死でやった石井さんと綿谷さん、ごめんなさいね・・・)。

 あるいは、二人の激突が過剰になりかかった時点で大井先生がピーッて笛吹いて出てきて、二人の木刀を取り上げてピコピコハンマーを代わりに持たせて、「ファイトッ!」って言って引っ込む・・・とか?

 そういうシュールなギャグをかましてくれても「さすが、青木先生のお弟子さん達はシャレがわかってるな~」って感心する客もちょっとはいると思う(いないか?)。


 祝賀会は武術系の人を集めたテーブルで、光四郎先生や松田先生、大井先生などと御一緒でした。日子流を習いに行っている秋山さんもいて、多少、話しましたが、技もともかく光四郎先生の人柄にほれ込んでおられる様子でしたね。

 技術的なことでは、合気会の黒岩先生の技との原理的な共通性が発見できたと喜ばれていましたが、それに気づいた秋山さんに私は驚かされましたよ。やっぱ、天才だよ。

 ともあれ、昔、私が仰ぎ見ていた伝説の武術家の先生方と、今では親しくお付き合いいただけているというのは、この世の縁の働きというのは人知の及ばないものだな~と思いますね。

 まあ、いろんなしょうもない人にも会いましたが、私が唯一、人に誇れるのは、“本物中の本物に出会う才能”ですかね~。

「本物中の本物って何?」と聞かれたら、それは「自分に嘘をつかない人」だって答えます。

 あらためて、「俺って本当にラッキーだな~」と思っています・・・。


追伸;ラッキーと言えば・・・うちの会員で、つばさプロジェクトの秋本さんですら見破れなかった女装男子Qちゃんが、知らぬ間に結婚していたそうで、「おめでとー!」です。女装してても心は九州男児?みたいなヤツだからな~。知らせなかったってことは・・・やっぱ、ヨメもコスプレイヤーですかい?

関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索