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稽古会も充実してきてます

 月一回のセミナーもそうですが、シダックスの講座も、ほびっと村の講座も、それから各支部同好会の活動も、人数はさして増えてはいませんが、常連で来られている方々は熱意があって、ここ最近、妙にレベルアップしてきています。

 特に70前後の方が増えて、しかも着実にレベルアップされてきているのは驚きます。

 つくづく思うのは、技だの理論だのより、要するに最も重要なのは、本人の熱意がモノを言うんだな~と・・・。

 私は、とにかく達人と呼ばれるような人を百人くらいは育てて、超達人!と言われるくらいの人を最低でも4~5人は育てたいと思っておりまして、既に達人と呼ばれるに足る実力の人も数人はできたと思っています。

 現状に満足すれば向上は止まります。人間は世の中を変えるような力はなかなか持てませんが、自分を変える力は誰にだってあります。

 常に自己を変革向上させていこうという気概のある人に応えることができる武術を私は研究してきたので、習いに来ているのに向上しない人にエネルギーを取られるのは嫌なんです。

 感謝の言葉なんか要らないから、ちゃんと向上していって欲しい!

 勉強だって仕事だって、嫌々やっていても成果は出ませんし、受験勉強なんて試験が終われば綺麗さっぱり忘れてしまったりしませんか?

 持続的な実力になる勉強というのは、自分が興味を持ち、熱意をもって勉強し続けていることに限られます。

 私の場合は、何でもかんでも武術に結びつけて考えるし、武術で考えたことを逆に日常の人間関係に応用したりしています。

 それは、何か困ったことが起こった時に、「こういう場合に、あの先生だったら、どう行動するだろうか?」と、尊敬する先生方の生き方を考えるのが習慣になっていたので、いつの間にか自分の行動パターンもそうなっていったからです。

 もっとも、武術的な考え方で生きるというのは、いつも極端な非常事態を想定して生きるということであって、社会的な一般常識からは外れた考え方になる場合もあります。

 特に日本人の一般常識として、「自分が理不尽な暴力にさらされることは無い」「人間は話せば解る」といったものがあり、日本人は危険に対する感受性が極端に低いと言われていました。

 私は、中学時代に理不尽な暴力にさらされ、話しても解らない人間がいるという事実に愕然として武術修行を志しましたが、大人になってそういうことから解放されたか?と思えても、やっぱり理不尽なことはいくらでもありますし、話しても解らないビョーキの人間は腐るほどいるんだな~と思うばかりです。

 なので、武術をやり続けて良かったな~と思うばかりです。いざとなったら、すぐにハラ括れるし、女性を助けたことも何度かあります。相手が暴力ふるっても対処できると思っていなければ、とてもできなかったでしょう。

「人間、最後の頼みの綱は己の戦闘力だな~」と、私は確信して微塵も疑いません。

 こんなこと考える日本人は、ほぼゼロだと思います。

 が、それも今年は理不尽極まりない大震災と原発事故によって、「絶対安全なんてことはあり得ないのだ」という真実に気づかされた年だったと言えるでしょう。

 武術は必ずしも人と戦うことを想定していません。

 武術が想定しているのは、生き残ることです。生き残るために必要なことをやる訳ですから、逃げるのもアリですし、逆に、戦う場合は敵は殺すことが大前提となります。

 どうしてか?というと、生き残ることを目的にする以上、命がかかっている訳ですから、逃げた方が確実なら逃げるのですし、追い詰められて戦って切り抜けるしかなかったら、敵を殺すことをためらわない。

 この大前提の余剰価値として、「敵を殺さずに制圧する」とか、「試合競技や演武を楽しむ」といった枝葉の部分が出てくる訳です。これらの要素は、武術の本質ではなく、あくまでも表層的な社会的意味付けされたものでしかないのです。

 だから、「武術は勝つことより負けないことに意義がある」といった意見に私が賛同できないのは、この論理は、要は戦うべき時にも戦いを避けてしまう逃避癖をつけてしまうからですし、自己保身の考えに陥りがちだからです。

 人生を発展的にクリエイトしようと考えた時、他人と争わずに円満に生きていこうとするのは現実逃避と自己満足にしかならない訳で、そういう人は自分が傷つかない代わりに何者にもなれません。

 凄くいい人なんだけど、人間としての魅力が無いというタイプですね。

 その他大勢の、存在してもしなくてもど~でもいい人間・・・。空しくないですか?

 やたら、武道の段位だとか、何々流を習っているとか、何々先生に習っているとかいったことをひけらかしたがる人っているんですけど、話していて、「こいつ、薄っぺらいヤツだな~」と微笑ましく思いますね。

 武術は権威を誇ることに何の意味も実効性もありません。

 本人が達している実力のレベルだけが問題なのであって、本来、権威主義とは最も遠いところに価値があるものです。

 それなのに、やたらに権威だけ誇りたがる人がいるんですよね~。

 考えてみてください。突き指すら治せない治療家が施術院開いて経営していけるでしょうか? どんな商才があっても、本筋の治療の腕前が下手だったら、早晩、潰れてしまうでしょう。

 武術や武道も団体を名乗り、流派を興しても何年も続かないで潰れてしまう場合もあります。

 私が最近、自信をもってやれるようになったのも、流派名乗って12年くらい続いたからであって、実力のある会員も続々と育ってきたからですよ。

 無論、そうなる過程でやめていった人も少なくありませんし、流派名乗った当時の会員で残っている人は少ないんですが、それでも今、通ってきている会員のレベルはどこに出しても恥ずかしくないレベルになってきています。

 私以外に大石教練と北島師範は、他流で師範クラスの人が状況設定無しで攻撃しようとしても事前に捌いて一方的に崩し制圧できるレベルになっている。

 それは、“読み”が深まって交叉法を駆使でき、歩法で動けるから、相手が動き出すより先に動いて制圧してしまうから可能なことです。

 つまり、通常の相手の攻撃を受けてこちらの攻撃を返す・・・というパターンではなく、相手が攻撃してくる瞬間に合わせてそれ以降の攻撃を出せなくできるからです。

 大石教練に至っては、読みと身法を駆使して相手に自由に攻撃させながらすべて不発にさせてしまって翻弄するというムチャクチャな戦闘スタイルになってしまい、相手した人があまりに差があるので呆然となってしまうのが常です。

 彼らはそれほど「強くなりたい」という執念があった訳ではなく、むしろ、淡々と続けているうちに驚くほどレベルが上がっていた・・・というのが真相なんです。

 勘違いしている人が多いのですが、試合や組手も状況設定はあります。一つでもルールがあると闘い方はパターン化します。お互いにルールに従って闘えば、そのルールに沿った闘い方が上手い方が圧倒的に有利です。

 甲野氏が先日、TVに取り上げられて「ラストサムライ」だとか紹介されていたのを見た時も、私はむしろ、「いや~、実に巧妙だな~」と感心してしまいましたが、彼の凄さは、あの“話術と状況設定”にある訳で、それを外してまともに闘えばびっくりする程、弱い訳ですよ。

 本人もそれを重々、承知していて、あくまでも自分が一方的に鮮やかに勝って見せられて、見ている人達にはインチキがバレないように“状況設定”を作り、それをいかに演出して見せるか?という説得的話術に長けているんですね~。

 要するに、武術界のマリックさんな訳ですよ。武術の仕組みを半分だけ解説しつつ半分は隠しておくことで神秘的なものに見えるように演出している訳です。

 だから、プロ格闘家には通じても、私みたいに仕組みを見抜ける人間には全然通用しない訳ですね。これは私が教えている人達にも手もなくひねり潰されてしまった事実で実証済みですが、そんな衝撃的な話ではなく、武術の“術”の面だけにこだわっているとそうなってしまう訳です。

 甲野氏がまともに闘って勝った実例が一つもないのは、要は彼がそれだけ技と術の役割の違いを明確に分析できていないからでしょうし、本人が言う通り、強いとか弱いとかに対する拘りが本当に無いからなのかもしれませんね。

 もし、そうだったら、惨敗した話を平気ですればいいのにな~と思うんですがね。

 彼の問題点は、自分の恥ずかしい話を自白できない点ですね。虚栄心が強過ぎるし、自己顕示欲に振り回されてしまっている。

 恐らく、甲野氏が“話術と状況設定”から抜け出せないのは、ナルシストだからでしょうね。ナルシストは自分を否定して鍛え直すことに対して普通の人間が理解できないくらい異常な抵抗感を感じるみたいです。

 でも、本当に武術で高いレベルになりたければ、絶対に自己保身的なエエ格好したがる気持ちは捨て去らないとダメですよ。全部さらけ出して捨て身にならなきゃダメ!

「俺はナルシストじゃない」と思っていたって、誰にでもそういうナルな面はある訳ですよ。それを認めて克服するのが心の修行です。

 まあ、甲野氏は、ナルシストとして社会的に過剰な評価を勝ち取って満足したでしょうから、あのスタイルのまま死ぬまでやればいいんじゃないの?と思ったし、もう責める気もしなくなりましたけどね。

 だけど、あれが武術だと世間的に広く定着したら困る訳で、そこのところの軌道修正は私がやらなきゃならんな・・・と思っています。

 だって、私以外に誰もやらんでしょう? むしろ、甲野氏の二番煎じで真似する人間ばっかりでしょう?

 中身も無いのに世の中で高く評価されてもしょうがないと思いますけどね。私は甲野氏みたいにはなりたくないですね~。なれるんだったら、青木先生みたいになりたいな~。


追伸;「来年の月例セミナーで発勁は教えないんですか?」という質問があったんですが、特にテーマにしていないのは、毎回やるからです。脱力技法や軸の操作、丹田のパワーで発勁が質的にどう変化するのか?ということを解説していく予定です。何か、「発勁なんて本当にあるのか?」とか空手やっている人が言っていたそうなんですが、無論ありますよ。月刊空手道でオヤジの花道を連載している方が達人論を書かれていますが、私の本は読んだことないんだろうな~?と思いました。誰か教えてやってくださいよ。

追伸2;何か、青木宏之先生の実力にケチつける人がいるそうなんですが、私の知る限り、日本武道界で最高峰ですよ。世界中探しても、あれだけのレベルに達している人が何人いるか?ってくらいで、いくら観る目が無いにしても、阿呆をさらすような恥ずかしい批判はやめといた方が賢明ですよ。メダカにシロナガスクジラの巨大さは判らないでしょう?

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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