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二月セミナー「軸」

 二月で私は40代最後の年になりますよ~。いや~、40代はあっという間に過ぎてったな~?

 人間は、年齢を重ねると時の経つのが加速していくって、武道医学のパリッシュ先生に言われたんですけど、その通りだな~?と思います。

 子供の時って、こんなに早く時間が経過するとは思っていなかったように思うんです。

 早く大人になりたいな~とか思ってましたけど、大人になったからって人間の中身が成熟するもんでもないように思います。

 本質的には小学生から精神年齢は上がってないような気がする・・・。

 半世紀近く生きても、相変わらず特撮ヒーロー好きだったりするのは私が普通の会社勤めして結婚して・・・みたいな生き方してこなかったせいかもしれない?と思ってたんですけど、うちの会員さん達も似たようなもんだからな~?

 単に類は友を呼ぶってことかもしれませんが、男のロマンを追求して人生を過ごすことを何よりも優先して生きていくってことは、それはそれで何物にも代え難い幸せです。

 だって、70過ぎてから武術に目覚めて入会してきた人だっているんですからね? 人生の最期に男のロマンに目覚めたっていいじゃんか?


・・・っつう訳で、セカイ系の話題の年である今年も、男のロマンを追求して月に一回、セミナーに来ていただく・・・というコンセプトは続くのです・・・。

 二月のテーマは、「軸」です。

 今回は、単に「体軸」ということじゃなくって、“軸”という概念をどう認識するか?ということが、武術にどう活きてくるか?という点に言及していく予定です。

 一月の参加者の方の感想で、個別の技の名前とかちゃんと教えて欲しいという意見があったんですが、うちの場合、名前覚えても意味がありませんし、名前自体は本に書いてるので、実技を体験して身体感覚を磨くことに専念していただきたいと思っています。

 どうしてか?と申しますと、技の名称は流派によって違ってきますし、各流派で「これが正しい」といった考えがあります。

 しかし、どれが正しくてどれが間違っているか?という問いはナンセンスであり、武術の場合、自分ができることが確実であって、できないことが正しいかどうか?と論じることはまったく意味がないんですよ。

 例えば、黒田鉄山師範が雑誌の中で「我流は所詮、我流です」と書いていたのに対して、甲野善紀氏がコンバットマガジンの連載で反論?をしていたんですが、どんな立派な流派であっても、成立時点では“我流”なんですよね。

「三代続けば立派な伝統派」という言葉もあります。

 宮本武蔵の二天一流だって、成立当初は武蔵個人の感性でできた流派だから・・・云々と言われていたでしょうが、その後、現代まで続いているでしょう?

 私も先日、「長野さんもちゃんとした流派をきちんと学べば良かったんだ」と言われて苦笑しちゃったんですが、私は“我流である点”に誇りを持っていますよ。

 申し訳ないんですけど、私、自分が武術界の最先端を突っ走っていると思ってるんで、既存の流儀の枠組みに納まるのには何の魅力も感じません。

 私より知識の無い人に学んでも意味ないでしょう? 強いだけだったら、ゴマンといるでしょうが、私が目指しているのはオールラウンド・プレイヤー的な武術家なんで、限定的な強さを学んでも意味が無いんです。

 特に、今現在の私の一番の関心は、剣術と居合術であり、そこから派生する体術や手裏剣・棒・・・などの武器術への多様な展開を研究しているので、素手の拳法であるとか格闘術とかには、もう魅力を感じなくなっているんですよ。

 そうですね~。合気武術や内家拳には関心があるけど、突き蹴りとか関節技や投げ技、絞め技とかの個々の技術には興味なくなりましたね。殺法としては不確実に過ぎると思うので・・・。

 中途半端な格闘の技とか体得しても身を護る役には立たないと思いますよ。絶対的な殺法を体得した上で倫理を説くのでなければ、論理が転倒しちゃうでしょう?

 それで、心の問題に論理をすり替えていくのって、要するに敗北宣言でしかない。実用性が無くなったら、もう武術として死んだと同然ですよ。形式だけの流儀の伝統を守り伝えていくことに意義がある・・・なんて口にした時点で、負け!

 私は、武術は常に最新最強を目指して進化し続けていかないと嘘だと思っています。実際に命を護る実用主義であることを放棄してしまったら、その流派は存続の意義を失いますよ。

 私が伝統武術を学ぶ場合も、保存伝承を目的にはしませんね。実際に使えるように工夫しますよ。

 そうでないと、評価されませんからね。

 そういう意味で、人から習わないと何も生み出せない無能な人間と、0からいろんな分野の知識を吸収して自分で創造していく才能を持った人間のどっちが優秀か?って言ったら、考えるまでもないでしょう?

 私が尊敬する先生は、やっぱり0から自分で創り出していける人ですよ。青木宏之先生や田中光四郎先生のような人です。

 青木先生も田中先生も、日本刀操法の研究に入ったのには理由がありますよ。日本の武術は刀を知らないと解らないからですよ。

 また、友寄隆一郎先生のように、空手の技術を探究するために中国武術を研究し、仏教理論も駆使して独自の境地を生み出された先生には、心から尊敬の気持ちを持ちます。

 武術は常に進化発展させ続ける! それが正しい在り方ですよ。

 我流、上等! 私は生涯、我流であり続け、前人未到の領域へと我が信じる武術理論を高めていくだけの話ですよ。

 これもまた、自分の“軸”を定めて生きる!ということです。

 お解りでしょうか? 既存の価値に安寧を見つけるのではなく、自分の価値を自分で創造していく・・・それが、私が見いだした武術の理論であって、“温故知新”の精神で当たらねば成りません!

 私が武術セミナーで伝えたいのは、技の実習を通じて普遍的な人間の個性の解放について気づいていってもらいたいということです。名称なんかどうでもいい!

 特別に才能がある人が名師に学んで何十年もかかって、ようやくできる技・・・なんてイメージは嘘っぱちなんですよ。

 この世は、「理(ことわり)を理解すれば、たちどころに体得できる」という真相が折り重なってできているのです。

 そういう感動を共有してもらえたら、嬉しいですね~。
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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