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大震災から一年目のセミナー

 あの3.11の大震災から一年後にセミナーでやるテーマが、“丹田”・・・。

 意識して選んだ訳じゃなかったんですが、たまたま、丹田を鍛えることの重要性を説くのに、東日本大震災の起こった日になったということ。

 これは参加される方も意識されていた人が多かったみたいで、皆さん、最初の自己紹介の時に話されていました。

 巨大地震と巨大津波の猛威は、この世の終わりを連想させましたが、その後の原発破壊は、本当に首の皮一枚で繋がったような僥倖で、東日本に住む我々の今を確保してくれた・・・というのが真相でしょう。

 何しろ、そのまま放置していたら、東日本はもう住めなくなっていた筈なのです。

 夢の新時代を切り開くエネルギーと言われていた原発も、今では“今もそこに在る危機”としての地獄の門扉にしか見えなくなってしまいましたが、その現実を実感できない人々によって継続されようとしています・・・。

 この一年、国民の多くが、初めて“本当の現実”に直面して茫然自失となっていたのではないでしょうか?

 私はいろんな人脈があるので、薄々は知っていたことばかりでしたが、それでも現実に直面すると、もう苦笑いするしかなかったですよね~。

 私は、武術を弱者救済の方法論の一つだと考えています。

 強くなって弱い人を護る?

 いいえ、違います。いや、できる人はそれをやってもいいと思いますが、一番、いいのは、「自分は弱いから何もできない」と思っている人が減っていくことです。

 今回のセミナーでは特に思ったんですが、結局、「現代日本でわざわざ武術を嗜むことに何ほどの意味があるのか?」と問う時に、単に「娯楽以上の意味はない」と言い切ってしまうことの“空虚さ”を感じている人が、游心流に何らかの期待を持って尋ねてこられているのかな~?と、思わずにはいられなかったんですね。

 娯楽というのはストレス解消であり、現実の厳しさを忘れて享楽に耽るということですが、それでは一過性の現実逃避でしかないんですね。

 私は、去年、あの大きな揺れの中で、「あ~、ついに来たか?」という諦めの気持ちと、「いや、まだまだ俺は死なないぞ!」という気持ちがせめぎ合っていましたけれど、TVに映る何か悪い冗談のような大惨事を見ていて、「武術なんか修行したって、何の役に立つか?」という無力感に苛まれたのも事実でした。

 けれども、その後、世の中の空気感が重く絶望的になっていく中で、「人間、誰でも最後は死ぬんだから、自分の想いに忠実に生きるに限るな~」と、割合、簡単に達観してしまえたんですね。

 それは、武術というのが、生きるか死ぬか?ということを中心に据えて修行するものだという認識が強くあったから、自分にとっての重要なもののランク付けがすぐに整理できてしまう訳ですよ。

 危急存亡の時って、あれこれ理屈言ってるヒマって無い!

 取り敢えず、命を永らえさせて、話はそれからですよ。やりたいことをやれないままで死ぬのは不幸でしょう?

 自分でやりたいことをやり尽くしてから死ぬんだったら、別にいいか~?って思えるんですけど、やれないままじゃあね~・・・?

 私は、自殺したがってる人を止める気は持てません。死ぬのも個人の自由意志だろうと思うからなんですが、でも、自殺の本当の問題点って、その人が本当は死にたいんじゃなくて、現実に生きていくのが辛くて堪らないから現実逃避の手段として、仕方なく自殺を選んでいるに過ぎない・・・そこに問題がある訳ですね。

 そういう意味で震災に巻き込まれて死んだ多くの人達の無念の情は、ずっと残るでしょう。生きてる者は、それを鎮魂し背負って生きる義務があると思います。

 それは、日本をきちんと復興させること。間違ったことを認めて改善すること。

 それが生き残った者の義務でしょう。

 でも、この一年、我々は政治に裏切られ、国の偉いさん達に失望させられてきたように思います。

 無力な庶民は権力持ってる偉いさん達のいいように操られるしかない?

 それが現実だから仕方がない?

 私は、昔、社会運動なんかにも関わったんですが、「庶民は無力だから・・・」という大前提で考えていく論理に、非常に抵抗感がありましたね。

 負け犬根性のヤツが結集したって何ができるのか? ちっとばかし暴力をちらつかせられればおびえて尻尾まいてしまうような人間が集まっても意味がないでしょう。

 私が心の底から嫌いな人間は、「弱い人間」です!

「私は弱い人間だから・・・」とか、「人間は弱いものだから・・・」と前置きして話すヤツとは口もききたくありません。

 弱いから何もできないんだと言い訳したがってるだけなんですよ。ただの“甘えん坊将軍”ですよ。

「じゃあ、さっさと死ねば?」って言いたくなります。

 私、結構、性分で困ってる人を助けたりしちゃうんですが、敢えて助けない場合もあります。

 それは、“自分で何とかできるのに何もしようとしない人”の場合。

 自分は弱いと思ってる人間は、自分の問題を他人に解決してもらって当然だと考えがちなんですよ。自分のことは自分で何とか解決しようとするのが大人ですよ。どうしても無理だと分かってから助けを求めるのが大人のプライドってもんです。

 弱者を自認する人間はプライドが無い! だから、虫酸が走るくらいイヤっ!

 たいていの問題は、必死でやれば何とか自力で解決できますよ。できなくても必死で頑張ってれば助けてくれる人が現れます。

 私なんか、どうしようもなくなると、必ず助けてくれる人が現れましたね。本当に不思議なくらいでしたね。だから、本当に感謝・感謝・感謝の連続でしたね。

 仮に、陰口たたかれたり、嫌がらせされたり、裏切られた場合でも、「こんチクショー・・・必ずホエヅラかかしてやるっ!」と、逆に闘志が燃えるので、長期的には何のマイナスにもなっていません。考えようによっては、そんな連中でも応援してくれたようなもんですよ。九州男児は逆境に置かれないと奮起しない生来の呑気な性格なので・・・。


 本来、武術というものは肉体の力が劣る者によって工夫され発展していったものです。

 つまり、私のような肉体的に虚弱な人間にこそ、武術を進化させ得る資質がある筈なんです。自分の弱さを自覚した上で、執念深く向上心を失わない人間が、武術を進化させ続けてきたと思います。

 私の場合は、まずは自分が究極に強くなるのが目標なんですが、その次に、“本当に強い人”を育てたいというのが願望ですね。

 やっぱり、理想の武術家のイメージって、弱きを助けて強きをくじく特撮ヒーローに重なりますよね。

 でも、武術をマニアックに追究する人間って、結局、自分だけが強くなって自己陶酔したいだけなんだと思いますよ。つまり、単なるナル!

 だから、「誰でも達人になれちゃいます!」って活動している私に憎悪の炎を燃やしてしまうんじゃないか?と思いますね。「余計なことすんな!」ってことです。

 けれども、根本がコンプレックスで心が弱いままだから、陰湿に陰口たたくとか嫌がらせするとかしかできないんですね? お可哀想に・・・。

 そういうクズみたいなタイプはもうほとんど来なくなりましたから、最近のセミナーは非常に充実しています。

 今回は、丹田のより精神面に及ぼす作用を実感してもらうために、模擬刀での正面斬りを体捌きで躱す・・・というのを全員にやってもらいました。

 はっきり断言しておきますが、これは初心者にやらせてもまずできません。

 やり方を知らないということもありますが、恐怖心で身体が思うように動かなくなってしまうのです。

 剣道とかやっていたような人の方が、むしろ固まってしまいがちでしたね。剣の怖さを知ってるから素面でヒカリ物に対峙すると本能的に動けなくなってしまうようです。

 しかし、そこで単純に技の訓練だと考えて新聞紙を丸めたものや、ソフト剣とかを使えば恐怖心は無くなりますが、安全を前提にしてやってみても意味が無いんです。

 最低でも、木刀。できれば模擬刀でやって、的確にタイミングをとらえて躱せれば合格です。

 最初に私が何度もやって見せて、目付けのやり方、タイミングの測り方、躱す時の身体運用のやり方、躱す方向と角度をきっちりと把握することを注意しました。

 しかし、一番、重要なのは斬り手が、万一、相手が失敗した時に怪我をさせないように刀を止められる技量を持っているか?という点です。

 私がやった方が確実なんですが、ここは敢えて北島師範にやらせました。彼なら十分にできると思ったからです。

 何人かは固まって動けなくなるか?と思っていましたが、何と! 全員、ほぼ問題なくやれました。

 内心、かなり驚きましたね。

 セミナー受講が2、3回目の人もいたからです。

 木刀でも、ビュッと振り下ろした時に頭に当たれば怪我は免れませんが、模擬刀だと大怪我しますからね。

 素人目には模擬刀と真剣の区別はつかないでしょうし、実際、模擬刀を使っても細い竹やマキワラなんかはある程度、斬れますからね。

 普通の人なら恐怖心で竦んで動けなくなってしまうものなんです。

 無論、それを見越して敢えてやらせたんですが、皆さん、確実に精神的な一線を超えていましたね。

 武術の古歌に、「剣の下は地獄、一歩踏み込めば極楽。踏み込みてみよ。浮かぶ瀬もあれ」という類いのものがありますが、これは無刀捕りの秘訣を教えています。

 技術的な意味もありますが、要するに、地獄に踏み込む覚悟で一歩出ることで道は開けるんだよって教えている訳ですね。

 武術はつまるところ、心法に到る訳で、技だの身体操作だの何だのゴタク並べているうちは何も得られないんですよ。

 そこから翻って、どんな困難な事態に直面しても覚悟を決めて冷静に打開策を講じていけば、大抵のことは解決していけますよ。

「それでも解決できなかったら、どうなるんですか?」って・・・。

 心配ないですよ。そんときゃ~、死ぬだけ(笑)。

 でも、世の中に死なない人は、いまだかつて一人もいません。お釈迦様でもイエス様でもマホメット様でも、み~んな死んでます。

 死は万人に平等です。だから、“いつか死ぬ時まで”は安心して生きましょう!


追伸;新作DVD独己九剣の応用秘訣』、神保町の高山本店さんにも置かせてもらっています。三月中の割引セール外ですが、一割引きですから、ちょびっと安く買えますよ。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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