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五月セミナー“読み(聴勁)”

 五月の月例セミナーは、四月に続いて、“読み”の第二段「聴勁」です。

“読み”の技能は日本武術に特徴的なものですが、中国武術では、推手という稽古法で皮膚感覚を高めて相手の攻撃しようとする筋肉の予備動作を察知して対処する「聴勁」が工夫されていました。

 中国武術の試合が、よく互いの手首から手甲を触れ合わせたところから始まるのを、カンフー映画ファンの方なら思い出すのではないか?と思います。

 あれが、聴勁を働かせるテクニックなのです。

 この聴勁を駆使する門派としては、太極拳が有名ですが、ブルース・リーが学んだことで有名な詠春拳でも重視されています。

 無論、熟練した中国武術家なら当然のように用いるのですが、この推手の稽古法も、形式だけ手順を追って練習してしまうと、何の意味もなくなってしまいます。

 飽くまでも、皮膚感覚を養成することが目的であり、相手の力の微細な変化を感知できるように訓練しなければ、何の意味もなくなってしまうのです。

 その意味で、力任せに武道や格闘技を訓練してきた人ほど、体得するのが難しくなってしまいます。

 極論すれば、“読み”の技能は瞑想的な静かな精神でなければ発達しません。

「相手を読む」のが目的なので、自分勝手にノルマの訓練をしても何の役にも立たない訳ですし、「実戦的な練習をしなければならない」と思い込んでいるような人は、それだけで体得が覚束無くなります。

 つまり、“読み”の訓練に闘争心は邪魔にしかならないからです。

 よく、「初心者には闘争心が必要だから、最初はガンガン力任せでもいいから、きつい練習をやり、組手をバンバンこなさなければならない」と言う考えの人がいるんですが、私の見てきた限り、そのような訓練を経てきた人の大半が、“読み”の技能を得ることなく挫折して終わってしまいます。

 勘違いしている人が多いので、明記しておきます。

 練習内容は、自分の上達度合(進度)に応じて変えていかなくてはダメです。

 10代の練習、20代の練習、30代の練習、40代の練習、50代の練習、60代の練習、70代の練習・・・これらを一律に同じ内容でやって成果が得られるでしょうか?


 ダメに決まっていますね?

 こんなことは誰が考えても明白なことです。

 ところが、武道・武術・格闘技を熱心にやっている人ほど、こんな簡単なロジックが理解できず、いつまでも若い頃と同じ練習を繰り返してしまうのです。

 だから、30代、40代で引退しなければいけなくなってしまうのです。

 武術は本来、生涯に渡って向上し続けていくものです。

 これは、「武道とは本来、そうあるべきだ」という理想論を掲げているのではありませんよ。

 現実に、「武術は生涯に渡って向上させられる稽古体系を持っている」のです。

 それは、年齢によって稽古内容を深めていくから可能なのです。

 年齢を重ねれば、当然、肉体は老化していきます。だから、肉体の力に頼っていた技は威力を失っていきます。

 これはもう、自然の摂理だから仕方がありません。

 しかし、肉体が全面的に衰えるのか?と言えば、そうではありません。脳に蓄えられた情報や、その処理能力などは蓄積された分だけ深まっていきます。

 武術はそれを使うのです。

 肉体の生の力に頼るのではなく、戦略的思考に沿った身体の働きを効率よく用いることで心身の機能を引き出していく・・・それが武術の持ち味なのです。

 それは、東洋の哲学的身体観による伝統の英知です。

 つまり、武術とは戦闘という極限状況を生き残るために徹底的に研究された身体知と、心身の機能に対する探究の成果なのです。

 それは、ヨーガや仙道、密教、禅などの宗教的行法のトップシークレットを引き継ぐものであり、“読み”は、その中でも最も実践的な実用性のあるものとして伝えられてきています。

 聴勁とは、「力の流れを聴く技術」ですが、これは風水にも共通します。

 風水は、大地の気脈の流れを読む技術です。これを人体に応用したと考えれば理解しやすいでしょうか?

 ピンとこない人は、人相や手相を観る占いを考えてみてください。

 少しはピンと来た方もおられるかもしれません。

 昔の武術に占術が入っていたのも、同じ理由なのです。実際、私も手相とか人相を観る勉強もやり、そこそこ観れます。

“読み”というのは、そこまで深めていかねばならないのです。

 聴勁も、最初は皮膚感覚に頼りますが、次第に“気”の察知へと進んでいきます。

 ところが、ここで、いきなり“気”の察知に走ってしまうと自我意識に引っ張られて精神疾患に陥ってしまいかねないのですね。

 問題なのは、この手の訓練で感覚を磨くと万能感に酔いしれて権威主義的な方向に進んでしまう人間がいるという点です。

 修験道で道を誤った者が“天狗になる”と言われますが、このことを指しています。

 実際は精神疾患に陥っているだけなのに、「自分は超能力を得た」と勘違いして上から目線になってしまうのです。

 こうなると、もうまともな人生を歩めなくなってしまいますね。

 武術修行で大変なのは、この自惚れておかしくなってしまうことであり、常に現実的な視点を失わず、自分の限界をきちんと認識しておくことが大切ですね。

 まあ、この業界、有名な人だから間違いない・・・と知らない人は思いがちですが、現実は玉石混淆も極まれり・・・というのが真相なんですね。

 私は、自分から「私は武道家です」と名乗るような人とは、できるだけ関わらないようにしています。オツムテンテンの人だと思うので・・・。


 まっ、そういう次第で? 今回のセミナーでは、コテコテに現実的な聴勁のやり方を指導しますので、皆様、ふるって御参加ください。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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