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“天真館”道場開き記念祝賀会

 忙しかった四月の最後のイベントは、29日の、天真会の新しい本部道場の道場開きの祝賀会でした。

 76歳になったという青木宏之先生ですが、何だか人生の最盛期のように活動が活発になり、その周囲にも社会的な大物や芸術芸能の世界の日本を代表するパイオニアや、武道の世界でも知る人ぞ知る・・・といった人がアリジゴク怪獣アントラーの磁力光線に引き寄せられるように集まってきている不思議な様子を見ていて、私もその一人なんでしょうけど、面白いですね~。

 青木先生の魅力は何か?と聞かれると、私はいつも、「正直なところ」だと答えています。

 な~んだ・・・と思われるかもしれませんが、武道・武術の世界で、正直な人って、滅多にいません。

 大抵の先生が、建前に縛られて自分の本心を隠して虚礼の形式に凝り固まっています。

 だから、ハラを割って話せるような人は、まず、いません。

 もちろん、人間、そんな構えた姿勢でずっと通していられる道理がありませんから、ほとんどの先生が酒に酔ったりした時に口汚く他流を非難したり、人を人とも思わない自惚れた言葉を口走ってしまったりする訳で、私はそれが嫌なので、日頃から本音をハラの中に溜め込まないように注意している次第です。

 程度の差はあっても日本人社会では、どこでも似たような光景が多いんだろうとは思いますが、武道・武術の世界は、建前としての綺麗な言葉を押し出している分、本音の汚さが目に余る点があります。

 よって、私は良い事も悪い事も平均して話せる人としか付き合いたくありませんね。その意味で、私は根本的に“武道家”という気質には馴染めません。気持ちが悪くなりますね。「俺は武道家なんだ!」みたいに意識する必要がどこにあるんでしょうね?

 青木先生の場合、周囲の人達をリラックスさせる雰囲気があって、その意味でちっとも武道家らしくありませんし、そこを誤解して侮る人もいるんでしょう。

 しかし、私は、間違いなく日本随一と評するに足る先生だと思います。

 無論、“技”に於いてですよ。

 部分的に青木先生以上だろうと思う先生も数人はおられます。が、総合的に青木先生を超えていると言える先生を私は他に知りません。

“技”は、“体技”があって、“心技”があり、さらにそれを超えた“神技”があると思います。

“神技”にまで到達する人は滅多におられないでしょうが、青木先生はそこまで達していると思いましたね。

 ほとんどの武道やっている人は、“体技”のレベルで終わってしまうんですよ。

 身体を鍛えることで達することができるのが“体技”。

 だから、それ以上のレベルの技を見ても理解できない。理解できないから体得もできない・・・そういう仕組みです。

 けれども、“心技”は、意識の使い方で身体の可能性を引き出すことができます。

 私が現在、研究しているのが、この“心技”です。意識を変えないと体得できない故に、先入観の無い素人の方が簡単に体得していったりする訳です。“心技”は脳神経に新しい回路を作っていくようなものです。

 ところが、その先の“神技”は、逆に心を消していかねばなりません。“無心”というヤツです。

 どうしてか?というと、心には“我”があるからです。自我の捕らわれから脱却することで技の限界を超えた“神技”が現出する・・・と想像します。

 青木先生が創始した新体道は、“神技”を得るためのシステムであったがために、一般的な武道の概念では読み解くことができず、多くの誤解を生じました。

 新体道が案外、広まらなかったのも、ここに原因があったでしょう。

 しかし、ここ最近、急激に青木先生の動向が活発化し、様々な分野の人が集まってくるようになったのも、時代の必要性があるからではないか?と私は思うようになりました。

 特に、昨年の3.11の大震災を体験した日本人は、“戦争を知らない子供達”ではあり得なくなりました。

 人間が起こす戦争でなくても、大自然のちょっとした変動で日本列島は消えてしまってもおかしくない。それが現実の本来の姿なのだ・・・ということを教えられたのです。

 そんな危機的現実の上に生きている日本人が、政治経済の社会構造の裏側を知ることで、恒常的な不安に苛まれるようになっています。

 けれども、この状況は、今まで一部の人間しか真剣に考えていなかったことが全国的に考えざるを得なくなっただけの話でしかありません。

 それでも、その現実に向き合うにはあまりにも心の弱い国民になってしまっていた日本人にとって、何を頼りにすればいいのか?と苦悩するようになってしまったのではないか?と思えます。

 答えは明確です。

 世の中が変えられないなら、自分を変えるしかないんです。

 世の中が頼りにならないなら、自分を頼るしかないのです。

 仏教で言うところの『自燈明』です。

 今回、本部道場を開設するに際して、天真会をカシラにし、『天真体道』と名乗られた点に、前衛を往く青木先生らしいな~と思いました。

 結局、名前に本質はありません。名前に権威を認めてしまえば本質は失われていく運命にあるのです。そうやってダメになっていく流儀団体の多さは、斯界の心ある人なら納得されるでしょう。

 新体道は若き日の青木宏之が天啓を以て創始したものですが、考えてみれば、人間が成長して年齢を重ねていけば、変わっていくものです。

 剣武天真流を新たに興して以来の青木先生のぐんぐん成長していく姿は、物凄く若々しいものでした。“天才”などという言葉ではくくれない、それは大陰陽師・安倍晴明や、大錬金術師パラケルススか? あるいは年を取らない大偉人と呼ばれたスウェーデンボルグか?・・・と思える異常な進歩に見えました。

 私は、青木先生と同じ時代に生まれて、親しく接することができることを神に感謝したいですよ。

 確かに武道の世界には伝説的な達人名人が多くいらっしゃったでしょう。

 しかし、そのほとんどが武道の世界の中だけでしか評価されていません。

 それは、とりもなおさず、それだけ武道が世間的に評価される分野になっていないということなんですよ。

 私はよく解ります。自分のことしか考えないヤツばっかりだからですよ。自己完結しているから社会的に働くことができない。自分の安寧しか考えない。

 社会的に活動して社会的な実績をあげないと、社会的な評価は得られませんからね。

 青木先生は、全能の天才ですよ。日本の歴史上でも、これだけの天才が出現したのは、空海とか、極めて少なかっただろうと思います。

 しかも、青木先生は、ただ自分だけが天才として屹立しているのではなくて、常に“人を育てよう”としています。

 そこが単なる武道家とは決定的に違うところですね。

 私が憧れるもう一つの理由も、そこですね。昔の自分には全然無かったものですよ。でも、今は、超達人をいっぱい育てたい!と、私は本気で思ってます。青木先生の影響かもしれませんね~?


 まあ、そんな訳で、スコーレ協会の永池会長や大倉正之助さん、近藤等則さんといった物凄く忙しい方まで駆けつけておられたり、一般の武道の道場開きとは根本から違っていましたが、二次会のパーティーは非常に楽しく演武も次々に披露されていました。

『秘伝』編集部のSさん(柳生心眼流の遣い手!)がずっと取材されていたので、この模様は『秘伝』に載ると思いますから、そちらを買ってくださいね。

 あっ、そうそう。会場で田中光四郎先生ともお会いしました。ハンガリーに指導に行ってこられていたそうですよ。日子流もどんどん広がっていくんじゃないかな~?


追伸;近藤等則さんから、ある依頼がありました。決まってから御報告しま~す!

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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