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スコーレ懇親の集い

 今年も、スコーレ家庭教育振興協会主催の懇親会に行ってきました。

 会場は新宿の京王プラザホテル。いつも、天真會の青木先生と一緒にお喋りして過ごすんですが、今年は青木先生がいらっしゃらなかったので、来月14日に主宰団体の講座に呼んでいただいている陽明学研究家の林田明大先生と色々、お話しておりました。

 林田先生とは昨年の懇親会で知り合いまして、私と仲の悪い某先生(苦笑)とお付き合いがあるとうかがって、ちょっと距離を取っていたのですが、何かとお世話いただき、御著書も贈っていただき、「~さんのことは気にしなくて結構ですよ」と言っていただいたので、最近、安心してお付き合いさせていただくようになりました。

 同じ九州出身ということもあり、どことなく似たところがあったのかもしれません。非常にざっくばらんに飾らない方で、かといって人に媚びて取り入るような人でもありません。その手の人はだいぶん、見慣れたので、パッと観て「この人は付き合うと危険だ」といった勘も働くんですね・・・。

 林田先生の御紹介で、作詞家の湯川れい子さんはじめ、NPO法人江戸しぐさの越川禮子さん・大岩由利さん、投扇(時代劇で見たことがある人もいるでしょう)の小林悴扇さん、四條司家当主の四條隆彦さん、構想日本ディレクターの西田陽光さん・・・と、御紹介いただきました。

 また、スコーレ協会の方から、プロデューサーの小山芳郎さん、桜美林大学教授の川西重忠さんも御紹介いただきました。

 この懇親会に来られる方々は、それぞれ各界の第一人者で、スコーレの会長である永池会長の縁ある皆さんで、またそれぞれ、今の日本の状況を憂い、これからの日本を良くしていくために力を尽くしていこうとされている方ばかりです。

 来賓の挨拶として、湯川さんがお話しされましたが、作詞家として有名な方なので、私もお名前は存じ上げていましたが、非常に社会的な使命感を持っていろいろな活動をされている方だったのだ・・・ということに、改めて感銘を受けました。

 正直言って、私は本来、自分の趣味道楽の世界に引きこもって耽溺して生きていられれば何の不満も感じない自己チュー人間です。

 だから、このような社会的な改革の志しを持つ人達が集まっている中にいると、どうしようもなく劣等感を感じざるを得ません。

 そもそも、青木先生が永池会長を御紹介くださったのも、たまたま家が近くて顔見知りになっておけば相互に何か役立つのでは?という軽い気持ちであったのです。

 私も、スコーレがいかなる活動をしている団体か?ということも、ほとんど知らないままで訪ねていったのですね。今、思えば随分、失礼でしたね~。

 私の取り柄といえば、ただ「武術に関して異常に詳しい」というだけ・・・。

「いいのかな~? 俺が参加しても・・・」と、未だに思うところがあります。

 けれども、毎回、声を掛けてくださる方がいらして、貴重な話が聞けるのは、非常に大きな意味があると思っています。

 やっぱり、自分の柄がどうこうという問題ではなく、好むと好まざるとに拘わらず、人間は生まれたからにはやらねばならない天命や宿命といったものが、誰にでも本当は有るのだと思います。

 私の場合、恐らく、武術研究を社会的に役立つ形で発表していくのが天命なんだと思っています。そして、そのためには、できるだけ多くの社会的志しを持っている人達との縁が必要なのは、考えるまでもないことでしょう。

 そういえば、数年ぶりに壮神社の恩蔵社長と会いまして、ビックリ! 

 恩蔵社長には何度、助けてもらったことでしょう・・・?

 恩蔵社長は文字通りの大恩人なんですよ。

 武術の業界は、本当に昨日の友は今日の敵・・・を地で行く世界ですが、敵も多いが、危機になった時に救いの手を差し伸べてくれる人達も何人もいましたよ。

 別に目立ちたい訳じゃないんですけど、自分のやりたいことには貪欲なので、良くも悪くも目立ってしまうんですよね~。

 お陰様で、今、こうして自分の選んだ人生を心から楽しいと思えるようになりました。

 今後は、やっぱり社会的な影響力も高まってきていますから、それこそ世の中のこれからを良くするような仕事をやっていかなきゃ~いかんな~?と思っていますので、いつまでも俺が強いの誰それは弱いの・・・とほざくしか能の無いバカチン連中(恥ずかしいという感性は無いのか?)とは関わらないようにしようと思ってます。

 昔は俺もワルだった・・・自慢する男が武術関係は多過ぎますよ。恥ずかしいね~?


 それはそうと、23日の読売新聞朝刊の社説で、核燃料サイクルについて、エネルギー戦略の重要な柱だと題して、『(前略)・・・原発と核燃料サイクルの継続を将来にわたるエネルギー戦略にしっかり位置づけるべきだ。だが、課題も山積している。再処理を経た燃料を、どの原発で燃やすかを、“地元の理解も得て決めねばならない”。核燃料サイクルの拠点として建設中の日本原燃の再処理工場(青森県六ケ所村)は、完成間際で技術的難関にぶつかっている。核燃料サイクルを効率化できる高速増殖炉「もんじゅ」も、トラブルが続いている。“確固たる原子力政策なしには、こうした難題に対処できまい”。・・・(後略)』(“”は筆者)と書かれていて、唖然とさせられました・・・。

 読売新聞が原発推進派なのは判っていましたが、この社説の呑気さ加減は感動してしまうくらい楽観的ですね?

 あのチェルノブイリと並ぶ歴史的大事故になった福島原発事故を経験しておきながら、未だにエネルギー戦略がどうこう・・・と論じられる危機意識の欠落っぷり・・・。

 核燃料サイクルというのは、ウランを燃やして出きたプルトニウムを更に燃やして使うという“サイクル”であって、高速増殖炉は、一種の永久機関として期待されたものでした。

 が、その夢の永久機関は、現実的にはそら恐ろしく技術的難問だらけの危険極まりない機関であって、一度、暴走しはじめたら、ほぼノンストップで加速していき、日本列島を生物が住めない死の国に変えてしまう威力のある代物なんですよ。

 諸外国がこの方式から撤退していった意味をちゃんと考えれば、目先の金の計算なんかやってる場合じゃないでしょう?

 核燃料の再処理施設というのも、冥界の王であるプルートーから採ったという毒性の高いプルトニウムを扱うのですから、技術的難関にぶつかるのは当然のことです。

 高速増殖炉の恐ろしい危険性を知っている技術者ならば、この社説の呑気さに怒りを感じるに違いありません。例えば、もし『もんじゅ』で福島並みの事故が起こったら、どうにもできないですよ。完全にアウト! 日本は滅びます!

 何せ、「確固たる原子力政策なしには、こうした難題に対処できない」という、笑うしかない見当外れな論を示しているのだから・・・。

 本当に必要なのは、“確固たる原子力制御技術”なのであり、政策なんかではないのですよ。技術も無いのに難題に対処できる道理がないでしょう?

 福島原発の事故を思い起こしてみたらいいのです。確固たる制御技術があったら、あんな大事故にはならなかったでしょう。

 想定外の津波によって原子炉が壊れたのでしょうか? いや、冷静に考えれば、地震で壊れていたと考えるべきでしょう。

 そして、地震の危険性は格段に高まり、今や、いつ首都直下型地震が起こり、富士山が噴火しても不思議ではない時代になってしまっているのに、まだ制御技術も覚束無い原発を使い続けようとする暗愚さ・・・。

 折しも、日本の原発政策が、核武装を目論んでのものだったことがNHKのETV特集で明かされました。私は、NHKは、よくぞ、そこを明かしたと思いましたよ。

 話は知っていたけれども、その点をマスメディアが触れたことは極めて大きな意味があります。

 考えてみればおかしなことなんですよ。

 何で、日本に、こんなに原発が有るのか?

 北朝鮮で原発が作られると大騒ぎするでしょう? でも、日本はいつの間にか世界有数の原発国家になっていたんですよ。

 これは、協定があったと考えるのが自然ですね。アメリカと・・・。

 利害が一致しているから許されている。許されているけれど、それはアメリカの属国だから・・・という論理。

 日本は戦後民主主義の実験国とされながら、原発で核武装を目論みながら、その実、原発という急所を沢山仕掛けられて文句が言えなくなってしまった・・・と考えるべきでしょうね。

 政治の動きを眺めていると、そんな裏の事情が透けて読めますね?

 国破れて山河は死せり・・・では終わりですね。野田さんが二万回切腹しても責任とれないんですよ。命をかけて、「今、原発依存をやめて本当に自然と共に生きる日本へと脱却していきましょう」と宣言する政治家の倫理と勇気が必要だったのに・・・。

 もうこうなったら、日本国が無くなっても、日本人が生き残ればいい。

 無論、生き残った日本人がどこの国の人間になったとしても、日本の文化と精神を守り伝えていけば、日本人の誇りのDNAは残っていくでしょう。

 日本の良さは、三つあると思います。国土の豊かさ・文化の豊饒さ・精神の気高さ。この三つです。

 もし、日本の国土が無くなっても、本物の日本人が生き残っていけば、いずれ、どこかの地に新しい日本国を根付かせていけると思う。

 政治経済が全部ダメになっても、本当に優れた日本人が生き残っていけばいい。

 だから、私は、そんな日本人を育てる役に立たせるために武術研究をしているつもりでいます。権力にぶっ潰されない誇り高い日本人が増えれば、正邪は見極められますよ。

 今の日本の本当に不幸なのは、拝金主義と組織論に潰されて自己の思いを貫けない脆弱な人間が国の中枢に巣くっていることですね。

 恐らく、原発推進を決めた当時の政治家たちは、本気で国家防衛の必要性を考えていたのでしょう。しかし、それが今では自国の首を絞めることになってしまっている。要するに操られていたんです。

 制御できない武器は自分を自滅させるだけなんですよ。まして、経済問題しか考えなくなっている今の政治家に大局を観て判断していくことを求めるのは能力的に無理なんですね。

 無能な人達は退場していくのが定めですね・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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