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強さに潜む弱さ

 先日の月例セミナーから入会された新入会員の方は、長く独り稽古で独自に武道を探求されていたそうで、それ以前にある合気系武道を熱心に修行されていました。

 随分、前に会ったことがあるらしいのですが、少し話をしただけで私の技は見たことがなかったそうです。

 実は、私は“長年付き合っていても一度も技を見せたことがない”という武道関係者の知人が何人もいます。

 無論、武道をやっていない人だと、自分から話すことさえ少ないです。

 どうしてか?と申しますと、武術修行はその内容を人に知られないようにするのが基本的な心得だと考えているからです。

 以前、TV関係の方が見学に来られた時に、私と間違えて北島師範に挨拶したことがあって、皆で大笑いしたことがありました。

 つまり、それくらい私は“武術をやっている人に見えない(弱そう)”という訳です。

 普通の武道家だと恥だと思ったりするのかもしれませんが、私はむしろ、嬉しい。

「武術をやっているように外見で判るようでは未熟者だ」と思っているからです。

 世間的には、いかにも「俺は武道家だ!」と言わんばかりにチンピラチックな態度で振る舞いたがるトンチキもいますが、私はそういう人は心の底から軽蔑しています。

 変に謙虚に振る舞うのも芝居染みていて違和感を感じますが、相手に威圧感を感じさせるようでは社会性に問題がありますよ。


 さて、話を戻しますと、セミナー後の日曜の公園の稽古に新入会員の方が参加されたのですが、大石総教練、小塚師範代と練習してもらいまして、自分で考えていた武道観がガラガラガラ~ッと崩れ落ちるような頭が真っ白になる感覚があった・・・みたいな感想を言われていました。

 私は他流の方の前では極力、自分の技を見せないように気をつけているので、恐らく、この方も私は理論派だから実技は大してできないだろうと思っていたと想像しています。

 習いに来たのも情報を知りたかったのだろうと思います。

 ご自分の実力にもそれなりの自負があったのでしょう。

 こういう方は時々、いらっしゃるので慣れていますので、最初は大石総教練に当てて、固定観念を壊してもらうようにしています。

 どうしてかというと、自分の固定観念にしがみついていたら全く向上しないからです。


 私、わかっちゃったんですよ。

 武道を熱心に修行している人は、強さしか求めていない。つまり、攻撃技の威力やスピードばかり高めようとしてしまうのです。

「長野は何をヘンなこと言ってんだ? 当たり前じゃんか?」と思った方は、この先は読むだけ時間の無駄です。

 攻撃技の威力やスピードを磨くことで全体の戦闘力が上がる・・・と考えるのは、はっきり言って素人さんです。

 こうした発想は、戦術を考えない人間の発想です。

 私が武道ではなくて武術を研究してきたのは、戦術発想を研究してきた訳です。

 だから、技を隠したり、弱いと侮られて怒らないのも、「しめしめ・・・こいつら俺の戦術に踊らされてやがる(笑)」と思っているからなんです。

 つまり、こちらの術策に陥っている相手なら、どうにでも料理できるという考えがある訳で、勝つために必要なのは、「いかに相手の実力を出させないか?」というのに尽きる訳ですよ。

 だから、“読み”が最重要になる訳です。

 攻撃する意志があるから技が必要になる訳で、その意志が兆しとして無ければ技を出すどころか戦う必要すらありません。

 そして、こちらが攻撃する意志を持たない場合、相手が一方的に攻撃しようとすることは、何らかの目的意識が有る場合を除いては、まず有り得ないのです。

 戦いは、互いに攻撃を繰り出し合う以前に勝負を決するのが戦術であり、攻防が始まって以降は単なる“競い合い”になるのです。

 武術が目指す戦闘は、相手の先の先を取って制圧することであり、互いに技を出し合って競うものではありません。だから、「先に手を出した方が負ける」というのも戦術の論理なのであり、ここには、“不用意に攻撃すれば隙をつかれて破れる”という技術構造的な問題点の指摘がある訳です。

 強さを漠然と求める人は、競い合いの強さと、戦術的勝負論を混同してしまいがちで、武術を学んでも体得する才能がありません。

 それは理解力の低さと共に、“強さ”の概念に対する認識の甘さが関係します。

 私は、「武術は自分より強い者に勝てなくてはならない」という定義から発想し、研究を続けてきましたが、それは“強さ”に対する認識の多角的検討から始まりました。

 つまり、通常の武道・格闘技から現代的戦闘法に渡る原理原則を疑ってかかることから始めたのです。

 何故なら、いかなる武力も完全ということはあり得ないので、まず破り方から研究したのです。

 つまり、強さの影に潜む弱さを明らかにすることです。

 それは根本的な原理にまで還元して考えることになり、“力の働き”というところにまで行き着きました。

 ここから逆転して考えた結果、武術で極意とされる技と戦術の共通性が判明してきたのです。

 言葉で表現してもリアリティーが無いでしょう。私の言っていることがいかなるものかは自分で体験して納得してもらうしかないと思っています・・・。

 口で言うだけなら誰でも超達人になれますからね?


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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