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7月セミナー“歩法”感想

 7月8日の月例セミナーは“歩法”がテーマでした。予告した通り、歩法は練習しても成果が出るのに時間がかかります。

 なので、今回は歩法の練習法と併せて、ステップワークを使いながら相手の攻撃を避け躱し、それを反撃に繋げる・・・という“居着かないで攻撃する方法”を指導しました。

 普通、歩法というと足の捌き方だと解釈される訳ですが、ただ足を捌くだけでは武術としては無駄が多くなってしまいます。

 ボクシングのフットワークとの違いは、武術の歩法は、実は攻撃技と合体していること・・・なんですね。

 それの典型的なのは、八卦掌の走圏です。グルグル円周上を回る“アレ”です。

 あれを単なる鍛錬のための稽古法だと考えていると何もなりません。

 あの歩法の練習の中に、爪先蹴り・足刀によるカッティングキック・足踏み・カカト踏み・足がらみ(暗腿)・・・等の攻撃技が隠されている訳です。

 無論、これは八卦掌の専売特許という訳ではなく、蟷螂拳・形意拳・心意六合拳・通背拳・八極拳・白鶴拳・洪家拳・・・等にも類似の技法があるのですが、八卦掌の場合、基本の練習法がそのまま暗腿の練習にもなっている点に独自性があります。

 もっとも、伝統武術を学ぶ人にありがちなのは、自身が学んだやり方が正しくて、他の派で教えられているやり方は間違っているのだと断定することです。

 例えば、同じ八卦掌でも、程氏・尹氏・宮氏・梁氏・馬氏・・・等でやり方が全部違っていたりするのですね。

 セミナー中での質問にも、足の踏み方に関して、「爪先から着地・カカトから着地・平起平落・スリ足のどれが正しいのか?」というものがあったのですが、それらのやり方には、そうやる戦術的意味が隠れているので、一つのやり方だけが正しいのだと解釈すると見失ってしまう要素が出てきてしまう訳なのです。

「中国武術は陰陽をきちっと分けるから片足に完全に重心を乗せ切って歩くのだ」と言われていますが、武術というものはそんな単純なものではないのですよ。

 表向きに言われていることがフェイクで他流を欺くための戦略である場合もある・・・という観点を忘れてはなりません。

 天真正伝香取神道流の型は延々と技を繰り返す長いものですが、そこには技の極め所を隠して、わざと違う所作にして続けている・・・という戦略があります。

 が、それが表の型であり、実際の必殺要素は口伝で伝えるシステムが長い間に確立されており、表の型だけ学んでも使えないということになります。

 日本の古武術は大なり小なり、そういう表技と裏技の関係性が型に含まれています。

「型なんか練習しても実戦の役には立たない」と批判される場合、表型の形式だけなぞって覚えているから、“使えない”というギャグみたいな展開も多いんですね。

 だから、「免許皆伝まで学ばないと本当のところは判らない」と言われたりするのですが、いやいや、まだまだ甘いですね~。免許皆伝より上の極意相伝という流派の家元を譲る宗家伝承のシステムを経て、一子相伝ですべての口伝まで伝えるというシステムもありますよ。

「じゃあ、宗家を継がないとダメじゃん?」と思うでしょう?

 フフフ・・・甘~い!

 現実的な問題として、現代にまで伝承している古武術流儀の大半が、流儀継承の過程のどこかで極意相伝のシステムが崩れてしまい、正確に伝承されている流儀はほとんど残っていないんですよ。

 宗家が名前ばかりになっていたり、勝手に名乗っている例も多い。学んでもいない流派の宗家を譲ってくれと書いている古武術研究家の自筆の手紙を見たこともあります。

 私が武術業界の体質に批判的なのは、そうした自称武術家個々の悪行の証拠をたくさん知っているからであり、マニアが憶測だけで書いているのとは違うからなんですよ。訴えられたら、公開するつもりの資料もたくさん隠してありますよ~(笑)。

 大抵は、跡継ぎがいなくて失伝しちゃったり、跡継ぎが阿呆で伝えるに伝えられなかったり、全部教える前に前宗家が亡くなったり、弟子に才能のある人間がいなくて教えてもできなかったり・・・で失伝してしまってる訳ですよ(だからインチキ捏造武術家が暗躍する)。

 斯界で有名な師範であっても、先代がすべて伝える前に亡くなってしまって、型をなぞることしかできずに実戦用法を知らないままである・・・なんてことが少なからずある訳です。

 私が改めて新陰流に入門した時も、新陰流の団体は今、乱立している状態で、どこにするか?と考えた時に、やっぱり渡辺先生の転(まろばし)會がいいな~と思った訳です。

 本出してるからとか雑誌に載ってるからとかいったことが、全然、信用できないんですよ。この業界は・・・。

 稽古のための稽古になってしまって、実戦にどう使うか?ということを考えることそのものをタブー視してしまっている師範も少なくないですね。

 自分が判らないから「そんなのは邪道だ! 無心で修行していれば型が教えてくれるのだ」みたいな信仰心になってしまう訳ですよ。

 確かに、「型が教えてくれる」という論理は間違いではありません。理合をきちんと理解している人間であれば、型を観れば実戦でどう用いるか?ということは一目瞭然で判ります。

 ただし、それは根本的な武術の戦闘理論を理解している人間だから判別できる訳で、それは稽古理論とは違うものです。

 武術の理論は戦闘理論が先であり、稽古理論は枝葉でしかないのです。だって、戦闘のために工夫された技なんだから・・・。

 そういう点で言えば、現代の競技試合を経験してきた人間が型を学べば意味が判る?と思うかも知れませんが、残念ながら、大体、ムリ!

 どうしてか?と申しますと、競技試合の闘い方と武術で想定されている戦闘は全然、状況が異なるので比較検討の参考にはならないからです。

 闘い方が試合ルールで全然、異なってしまうのは誰でも理解できるでしょう?

 ボクシング、伝統空手、フルコンタクト空手、柔道、サンボ、レスリング、総合格闘技、キックボクシング、フェンシング、剣道、サバット、テコンドー・・・。みんな、違うでしょう?

 武器使ってよし! 複数で向かってもよし! 不意打ちもよし!・・・みたいなルールの格闘技があったとして、「どっちが強いか?」って論議が成立しますか?

 私が言ってる武術というのは、そういう無限定戦闘状況を生き伸びるサバイバル術なんであって、スポーツ競技的な限定状況での強さを求めている訳じゃありません。

「そんなのは特殊なことだ」と思う人は、“思慮が足りない”。

 何故なら、人類の生存に於ける戦いは、根源的に無限定戦闘状況におかれてきたからです。あらゆる局面への対処を考えるのでなければ武術とは言えません。

 武術が“兵法”と呼ばれていた時代から、個人の自己防衛術として研究発展した時代に到るも、武術の戦闘とは生存のためのもの以外にありはしないのです!

 それが理解できない人間に武術を語る資格無し!

 また、どうにも武術マニアには理論倒れの人間が多いのも困りものです。

 陰陽はきちっと分けられるのではなく、変転万化して陰中に陽があり、陽中に陰が含まれ、陰極まって陽となり、陽が満ちて陰ができる・・・という原理があることを忘れてはなりません。

 ちょっと解説しておけば、爪先から踏むのは探り足で相手の下半身に暗腿を仕掛けるものであり、カカトから踏むのは斧刃脚での踏み蹴り、スリ足はバランスを崩さず運足するため、平起平落も同じ・・・といった要素を隠しています。

 習ったことを金科玉条に考える頭の悪い者に武術の実用はムリ! 所作の違いは用法と戦闘理論の違いに繋がることくらい洞察できなきゃ~話になりませんよ。

 武術マニアには、役に立たない知識ばかり集めてエバりたがるタワケ者が多いんですが、実践者なら知識の真相を分析して実際の用法を抽出していく能力が不可欠です。

 八卦掌の掌形も、牛舌掌(貫手型にする)と竜爪掌(ボールを握るように丸く開く)だけではなく、各派で微妙にやり方が異なります。牛舌掌で突きを出すところで拳打で打つ派だってあるんですよ。

 過日、亡くなられた陳氏太極拳の馮志強老師は白猿通背拳を得意にされていたと聞きますが、確かに拳の握りを観ると、通背拳の透骨拳(空手の一本拳に同じ)の握りに近いんですね。下丹田の回転で背骨・肩甲骨・腕を鞭のように振って威力を伝える太極拳と通背拳の身法原理を組み合わされていたのかもしれません。

 このような違いは意拳でも見られますね? 姚氏・王氏・于氏・韓氏・・・あるいは澤井先生の太気拳も、王嚮斎老師に学んだ先生方は、その後の修行で独自のスタイルに変化していっています。

 今武蔵と呼ばれた国井善弥道之先生の鹿島神流でもそうですね。

 筑波の関氏も、先にDVDを出された稲葉先生も、甲野氏の鹿島神流の師である野口弘行先生も、同門でもスタイルが違います。


「これが正しいやり方だ」と、各派の人が言うのですが、部外者には判別不可能。

 結論を述べれば、どれが正しくてどれが間違っているという論議そのものが独善的な思い込みに過ぎません。武術の本とか読んでると、「これこそが本当のことだ!」って、はしゃいで書いてる著者の写真がド素人みたいだったり・・・阿呆臭っ!と思うばかり。

 どんなやり方でも、それを考案した人の独自の研究工夫の成果としてのものであれば、一概に正しいの間違っているのと論評することはできませんよ。

 武術の場合は、「技ができて、戦って勝てれば、それが正しい」という現実的実用性が問われる面があるのですから、ゴチャゴチャ言うなら戦って決めればいいだけ。

 その覚悟が無い者にどれが正しいとか間違っているとか言う資格は無いでしょう?

 さて、セミナー中、蛟龍歩の第三段階の蛟龍十八式の技も、説明しないでやって見せました。

 これは発勁を連発しながら歩法を駆使する技です。

 一撃で相手をブチ殺す威力を出せる発勁にも最大の弱点があります。

 それは、「威力を高めるための蓄勁の動作をするのに一瞬、居着いてしまう」という点です。

 これって、結構、致命的な弱点でありまして、当たれば一撃必殺でも、当てるまでにこっちが打ち倒されたり、避けられて無防備になってるところをカウンターでやられたりしてしまいやすいんですよね~(苦笑)。なんか、ヤマトの“波動砲”みたいですよね?

 震脚が、沈墜勁の結果としての技法である点を逆に考える人が多いんですが、沈墜勁の動作分析をしていて、これを縮地法の歩法と組み合わせて使ったらどうかな~?と思いまして、その結果、下丹田の回転圧縮を利用して歩法を使いながら打拳を連発するという方式を考案しました。

 セミナー中では解説実演しただけで練習はさせませんでしたが、その理由は、丹田が錬成されて身体がこなれていないと自分の力で故障してしまう危険性があるからです。

 また、一発で大の大人が軽くふっ飛ぶ威力のパンチが連発して当たればどうなるか?

 一発目でふっ飛ぶだけならまだ大丈夫でも、ズドドドドッと重機関銃で撃たれるように食らうとオダブツになる危険性が高まります。

 だから、迂闊にやらせられません。

 代わりに鞭手で相手の構えている腕を打ち払いながら背後に回り込むように足捌きしつつ鞭手連打する方法を指導しましたが、これでもかなり効きます。

 ちなみに『バキ』では鞭打と紹介されて皮膚を痛める技のように解説されていましたが、鞭手打法は通背拳や劈掛掌で多用される攻撃技で、刀で斬り込むように人体の深部に威力が浸透するものです。当てる部分も掌だけではなく腕全体を振り当てたりするんです。

 板垣さんは威力を出せない者の技を見て誤解されたのかな~?

 ただ、発勁の威力の面では鞭手打法はまだ軽いんですね。これだとサブマシンガンで撃たれるような軽さですが、重機関銃のような重い打撃を連発されたら人体は耐えられない訳です。

 サブマシンガンはピストル用の9mmパラベラム弾を使用しますが、重機関銃は.50BMGという巨大な弾丸を使いますから、威力は比較にも何にもなりません。

 率直に申しますが、私はこの技は他流の実力者と対戦する時のために研究しました。体格の小さい私が2m以上あって150kg以上あるような相手と素手で戦わざるを得ない場合に、もう発勁を連発してぶち込むしかないと思った訳ですよ。

 つまり、“熊みたいにでかい格闘技のプロでも素手で一方的にぶち殺せる技”を追究して研究開発したんですね。

 もっとも、やっぱり弱点はあります。

 フルスピード出したら寸止めできない・・・あ~、安全装置の無い拳銃、鞘の無い日本刀みたい・・・。だから、未だ一度も実戦で使ったことありませんが、正直、不謹慎なのを承知で打ち明けますと、一回、思う存分、百パーセントで遣ってみたい・・・。あ~、悪口書いてるヤツらを木っ端ミジンコにしてやりたぁ~い(鬼束ちひろですか?)!


追伸;今月は15日の日曜日にも、西荻窪ほびっと村学校にて講座があります。こちらは3000円とかなりお安くなってますから、初めての方もお気軽においでください。実はその前日にも池袋で林田先生のところで講演があるのですが、こちらは既に満員になっているそうです。そんな訳で、ほびっと村、ヨロシク!

追伸2;え~、セミナー中に爪で引っ掻き傷ができてしまった方もおられまして、できれば、爪は短く切ってきておいてくださると助かります。ファッションや信念?で切りたくない方は、事前にそのように申告ください。事故のないような技だけにしますので。御協力よろしくお願いします。まあ、爪は武器になるんですけどね~。練習だから・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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