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朝生もマンネリだな~

・・・と思うようになってから、何年くらい経過するんでしょうか?

 私、若い頃に社会運動や教育関係の人達との付き合いが多かったもんですから、朝生なんかは毎月、見るのが儀式的な感じになっているんですが、何か、もうワクワクしたりするようなことも無くなってきましたね~。

 NHKの『しゃべり場』なんかの方が面白いと感じたのも、やっぱり知識人、文化人の論じている言葉の空虚感、リアリティーの無さにウンザリさせられていたからでもありました。あれって、10代の少年少女の本音が知識人の論理を粉砕する瞬間が面白かった。

 そんな『しゃべり場』が終わって久しく、朝生はずっと続いている訳ですが、何だか、パッとしなくなっちゃったな~?と思うんですね。無難な人選、無難なテーマだから?

 でも、社会問題は山積みでしょう?

 もっともっと論議すべきテーマはあるのに、公開討論番組が少なくなってしまっているのは、何なんだろう?と思うんですね。

 私はインターネットの掲示板とか見ないし、金にならない文章を書いてるヒマも無いのですが(このブログは基本的にプロモーション)、やっぱり、ニュース番組は大好きなんですよね。

 気の利いたコメンテイターとかが居たら有り難いんですが、それも少なくなってきた印象がありますね。

 ニュースキャスターだって自分の意見を言っちゃいけないんだろうから、TVで本音が戦わされるところが凄く減っている印象を受けます。

 それじゃあ、新聞や雑誌はどうか?

 いや、これも何だか自主規制でもあるんだろうな~?という無難な感じにしかなってないし、うちは読売取ってるんですが、原発推進の「そりゃ~、強引だろ?」って言いたくなる社説なんかは、むしろ、微笑ましいくらいですね。

 雑誌なんかもカラーがはっきりしていて面白いですね。

 週刊文春で、反原発派デモの代表者達と会談した野田首相の記事で、反原発派の会談者達がキテレツな人間ばっかりのような批判的記事だったんですが、全員の詳細な人物像を書くでもなく、特別、変わった人をクローズアップして揚げ足取りしているだけに思えましたね。やっぱ、全員を紹介して論じないとダメでしょ? ジャーナリズムの精神がなってないね。意図がミエミエだもん。

 ちなみに、ニュース番組で見た時に、「あれ~? 何か、見たような人が居るな~?」と思って、よ~く、見ていたら、何と! 躾道館の岡部武央先生でした・・・。多分、間違いないでしょう。

 背広着てたから、判らなかったよ。

 岡部先生は環境問題とかニューエイジ系の精神世界方面の活動を昔から非常に真面目にやっていたので、やっぱり、原発問題に関しては黙っておれなくなったんだろうと思います。

 私ですら、デモに参加しようか?と思ったくらいだから・・・(文筆活動の方が効果的だと思ってやめたけど)。

 私が原発反対の立場なのは、「原発には未来が無い」「日本を根底から破壊しかねない危険性を持つ」「やればやる程、使用済み核燃料が溜まっていって処分に困る」といった点からです。

 世の原発必要論を説く人達は、唯一、経済効率しか論じていませんが、これまた大嘘ですよね。使用済み燃料処理とか考えたら経済効率は物凄く悪い訳ですから・・・。

「核武装するためだ」って、はっきり言えばいいんですよ。NHKだって放送したんだから・・・。

 だけど、もう状況は完全に覆りました。

 原発は最早、日本列島に並ぶ“死に到る急所”に変わってしまいました。

 経済効率の点で考えても、日本が地熱発電やメタンハイドレート、太陽光、風力、波力、あるいはゴミ処理工場で出る熱を利用する発電所・・・等々の多彩な発電ビジネスを本気でやっていった方が、日本独自の小規模エネルギー利用システムが広がっていく筈。

 大規模な一局集中のエネルギー供給を考えるから大変なんであって、小規模のものを数多く作った方が、震災への備えとしても遥かに実利的でしょう?

 こんなおいしいビジネス・チャンスをできなくさせている最大の障害が、大規模エネルギー生産に固執する原発ビジネスだった訳で、まるで戦況無視の巨大戦艦を建造した旧日本軍と何も変わらない。

 巨額な金が動くシステムで原発を無計画にどんどん作って自分の首を絞めてる状況。

 つまり、先見の明が欠如しているんですよ。

 いつまでも経済効率でしか考えないから、失策を続けてしまう。時代が変われば対処法も変えていかなくてはダメです。

 例えば、地震と津波で福島原発がやられてしまったから・・・と、その対策だけを論じていますが、阿呆じゃないか? 国家防衛の観点から言えば、「そうか。日本は原発狙えば簡単に潰せるのか」と、世界中のテロリストに教えてしまった訳ですよ。

 私が「早く、原発を止めろ」と言うのは、地震と津波の対策を講じても、テロリスト対策をまったく考えない防衛オンチの政治家に対してです。こんな時期に韓国や中国と揉めていたら、後先考えない活動家がダイナマイト持って原発に突っ込む可能性が無いとは言えないでしょう?

 この期に及んで、日本人の平和ボケっぷりを思い知りますね。

 これが、かつてのオウム事件のような国家転覆を目指す宗教結社が居たら、チマチマとサリン作るより、原発破壊の工作員を4ケ所くらい、特攻させるだけで済むでしょう?

 ねっ? 今の日本にとって、原発がどれだけ危険極まりないか、誰にだって判る。

『太陽を盗んだ男』が現実になる日が、いつ来るかもしれない時代になっちゃったんですよ。

「まさか?」と思いますか?

 いや~、甘いな~。例えば、福島原発の作業員にオウムの残党みたいな人間が紛れ込んだらどうなりますか? 大量に殺人することを“魂の救済”だと信じ込んでいたら、“やる”でしょう?

 ちょっと作業を失敗させただけで、首都圏含めた東日本住めなくなってしまう。

 そんな危険性が続いているのに、安全宣言をしてしまう野田首相の罪の重さは万死に値します。今も危機は去っていないんです。

 3.11の教訓を我々は絶対に忘れてはいけない!

 目先の経済効率ではなく、根本から新しい日本の基盤を作るために考え方を改めないといけない! それは、原発をやめて日本の電力事業のシステムそのものを自由化することですよ。そうしたら、10年しないで日本は世界一のエネルギー立国になるでしょう。そのための研究をしている人達や企業の後押しをすればいいのです。


 いろんな問題は、その問題が起こる原因を探って改善することを促している訳です。

 世界的に経済がガタガタになっているのは、現在の経済システムが限界に来ているということなんですよ。

 ちょっと武道で説明しましょうか?

 日本勢が大活躍したロンドン・オリンピックでしたが、日本のお家芸である柔道は惨敗と言うべきでしたね?

 何故か?

 簡単なことですよ。日本柔道が進化しなかったから進化し続けている世界に及ばなかった。ただ、それだけの話ですよ。

 旧態依然とした訓練法、勝負論で選手を引っ張ってきたコーチ陣の責任は重いですね。

 そういうのは専門雑誌で論じてリードしていけばいいと思うんですが・・・。

「武道の専門雑誌にそんなことを期待するのは間違いで、雑誌は情報さえ読者に提供すればいい」と、昔、私に言った人がいましたが、その人は編集者をやめてしまったようですし、単に情報提供だけが専門雑誌の役割ならば、インターネットでいくらでも情報が得られる現在、武道専門雑誌の存在意義そのものが失われているでしょう。

 私のところにも、「僕は身体操作のより有効な情報が知りたいだけです。武術には興味がありません」と言ってきた人もいましたが、無論、私はこういう人には上っ面のことしか教えません。

 教えても無駄だし。この程度の認識の人は自分のパフォーマンスを上げることしか考えていない自己満足を得たいだけの人でしょう。

 私は、身体操作のブームなんか長くは続かないと思っていたし、武術の真価は発想・観察・洞察・応用といったオツムの中身に有るので、身体の動きで考えても益が無いことを解っていたからです。

 上っ面の情報を得ても武術が使える道理はありません。

 勘違いしている人が多いのですが、対人で何らかの身体技術を用いる場合、相手と自分の技量の相対的関係性で有効度は左右されるので、自己満足の技が役立つものではありません。

 武術のみならず、介護技術でも、相手がおとなしく従ってくれるならできる技術も、相手が暴れたりすればできない・・・そんな状況が現実であると言う介護師の方にも何人も会いました。

 そこには、当然ながら、相手が安心して身を任せてくれる信頼感を得るためのメンタルなコミュニケーションが必須でしょう。

 武術の場合も、技を使う以前のメンタルな要素が実は非常に多いのですが、それをまるで理解しようとしない馬鹿者も居るものです。技の有効性を支えるのは意識なんです。それが理解できない人はいくら教えても、ある程度のところで進歩は止まります。

 この辺は、武術が単に身体を鍛えるだけでは体得できないものだということを示しています。

 また、よく質問されるんですが、「スポーツに応用することは考えないんですか?」という点についても、「武術は命がかかったサバイバルのための人間の英知なんであって、玉遊びに役立っても何の意味があるのか解りません」と答えています。

 私はスポーツには全然、興味が無いし、武術の方が精神文化的に遥かにずっと高い境地に達している、「人間を進化させる訓練システム」だと思っているので、何でわざわざスポーツの下請けみたいな真似をせにゃ~いかんのか?としか思わないんです。

 戦地で生き抜くには武術の知恵は役立つ筈です。戦地でなくても突発的な事故・事件に巻き込まれた時も役立つ筈です。人間の精神を根底から作り替える恐るべきトレーニング・システムですよ。

 武術は生命の根源を考えたものであり、社会体育だのスポーツだの健康法だのといったヌルイ代物じゃなく、平和な中で平和を脅かす事態に備えて生きる哲学的実践の生き方そのものです。

 誰のためでもない自分の生き方の問題です。

 だから、武術をずっとやってきた私にしてみれば、あの大災害を経験して尚、呑気に日常生活水準の快適さを優先して論じる原発推進派の人達の阿呆そのものの危機感の欠落ぶりに、戦後日本人の精神の腐食の構造を見る思いです・・・。

「経済が生きる基盤なんだから・・・」と論じるのなら、何故、原発にそこまで拘るのか? もっともっとリスクを少なく効率が良く、経済発展が望める技術開発へと舵をきるのが賢明な選択だと、どうして考えないのかな~?と思うばかりですね。

 具体的に、もう一つ二つ原発が吹っ飛ばないと、この国は変われないんですかね~?

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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