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高瀬道場公演

「やっぱり、時代劇は殺陣だよな~・・・」と思ってはいても、その殺陣を満喫させてもらえる作品に出会うことは難しいのが現実です。

 ですが、『るろうに剣心』のスーパー・バトル・ソード・アクション!によって、時代は変わっていきそうな予感がします。

「アカン・・・あそこまでやられたら、うちら太刀打ちでけん・・・」と、ションボリする人達と、「ムムゥ~・・・よし、俺たちはもっとスゲェ~のやってやるぜいっ!」と燃える人達に、くっきり分かれるだろうな~・・・と、私は予想しました。

 TVから時代劇がほとんど消えてしまった今、何故か、反比例するかのように世の中は静かな時代物ブームで、戦国・幕末・そして江戸市井の穏やかな暮らしぶりに対する憧れもあるのでしょうかね~?

 だから、私も時代考証本の企画に参加したりしているんですけど(いつ出るのかいな?)、私は根本的に“戦闘マニア”なんで、「てめぇら、人間じゃねえっ! 叩っ切ってやるっ!」(ヨロキンの破れ傘刀舟)とか、「我が身既に鉄也。我が心既に空也。天魔伏滅!」(千葉ちゃんの影の軍団3)とか、「大五郎。冥府魔道に入ったぞっ!」(若山先生の子連れ狼)とか・・・そういう「理屈はい~から、ぶった斬れぇっ!」って感じがスキ。

 だもんですから、最近は、もっぱら中国武侠ドラマに嵌まってたんですけどね~。

『笑傲江湖』の最終回、禁断の秘伝書「辟邪剣譜」を手に入れて最凶の魔人と化したかつての師匠の悪行に、ついに堪忍袋の緒が切れて立ち向かう主人公の必殺!独孤九剣・吸星大法・易筋經の合わせ技の圧倒的な威力!

 実際の武術の世界も、名誉欲と自己顕示欲と誇大妄想でオツムがバ~ン!と炸裂しちゃう人がざらに居るものです。“昨日の友は今日の敵!”という言葉が、かくも日常的な世界も珍しいのではないでしょうか?

 私、本当に付き合いたくないですよ。自分を“武道家”と言える人とは・・・。


 でも、「高瀬道場を見ずして殺陣を語るなかれ!」って、いつも謙虚な高瀬先生が、何か、今回、すっげぇ~ヤル気(殺る気?)出ていて、やっぱり、『るろ剣』に触発されたんだろうな~と思いましたが、そんな高瀬道場の新撰組物の公演を拝見して参りました。

 中国の剣戟と日本のそれの一番の違いは、リズムでしょうね。

 中国は動きの流れが切れない。だからスピーディーでテクニカル。

 対して日本は静と動のメリハリがあって、瞬間のスピードと殺気が命。

 代表的なのは、居合術。これは片刃の日本刀だからできる技術であって、中国武術に居合抜刀術のようなものは無いのです。

 しかし、西部の早撃ちガンマンの技は居合術みたいなものですよね?

 これって、多分、護身の考えが関係していると思うんですよね。

 中国の武術って、護身術というより自分から攻めて倒す戦闘術の要素が強くて、攻撃的な門派が多いんですよ。実は・・・。太極拳は違うけど、他の武術は自分から攻撃していくのが多いですもんね~。

 無論、示現流のような例外もあるけれど、日本の武術は、後の先か対の先を取るのが多い。「空手に先手無し」ってのも、後の先を取るのを旨としていたからでしょう。

 私も自分が日本人だからかな~?とも思うんですが、相手が攻撃してくるのを迎撃する居合術が一番好きで、自分から先を取って攻撃するのは好きじゃないんですよ。

 いや、好きじゃないから“やらない”っていう意味じゃないですよ。喧嘩だったら先手取るのが当たり前の戦法だから、やる時はやります。でも、あんまりやりたくは無いんですよ。

 この、「やりたくはないんだけど、そっちがやるなら俺もやるよ?」というスタンスが日本武術って感じがします。

 時代劇の殺陣にも、この感性があるんですよね。

 座頭市も、眠狂四郎も・・・自分から好んで斬ってないじゃないですか? 机竜之介くらいかな~? 好んで斬ってるのって・・・。それでも、虚無的な精神性のダークヒーローとして描かれてる訳ですよね~。

 新撰組に関しても、いろんな解釈がされていますね。

“最後のサムライ・スピリットを持った集団”としての英雄視もあれば、“時代錯誤の剣術馬鹿集団”という評価もあります。

 今回の高瀬道場の公演では、その両方の視点を併せていた点が良かったですね。

 やっぱり、ただアクションとしての殺陣の技術を見せれば良いというものではない!・・・という映画に関わっているプロとしての矜持が感じられましたね。

 ここが“アクションの躍動感が好き”という視点だけだと、それはアマチュアの自主製作物の域を抜け出せないと思うんですよね。

 やっぱり、プロとして作劇に関わる者は、作品としての全体を見通していないといけません。自己表現の欲求を満たすだけだとアマチュアなんですよ。

 その上で、殺陣のプロ集団であるという武器を存分にふるってこそ、そこに普通の演劇集団との差別化がなされる訳です。

「高瀬道場にしかできない新撰組」を私は見たい!

 拝見したのは本公演の前のゲネプロと呼ばれる本公演と同じやり方でやる本番。パイロット版と言えばいいでしょうか?

 殺陣は堪能しました。満足ですっ! 硬軟自在で剣のみに頼らない素手の技も取り入れた多彩な“手”数はジャッキー映画風でさえありました。

 カメラアングルとカット編集の繋ぎでごまかせる映像作品と違い、ライブの芝居では僅かなミスが致命傷にもなりかねません。

 それこそ刀の抜き納めで、ちょびっと突っ掛かっただけでも印象がガクンと落ちてしまったりするのです。

 まして、上手い人ばかりだと、本当に微妙なタイミングのズレでも目立ってしまうものなんですね。

 下手は下手なりの有利さというのもあるんですよ。

 例えば、『逃亡者おりん』なんて、第一シリーズは見ててガビーンとなるような青山倫子の下手糞っぷりでしたが、シリーズが続くと、「げげっ? 何か微妙に上達してる?」と、感心しちゃうんですよね~(苦笑)。

 意地悪な見方をすると、映画なんかで「それ、明らかに失敗してるだろ?」みたいなシーンに遭遇すると、何か微笑ましくなってしまったりもするんですよね~。

『里見八犬伝』で画面の上にマイクの先っちょが見えてたり、真田さんが大蛇(この撮影の後、香港映画『大蛇王』や、ハワイのセクシーアクション物に出張したそうです)の尻尾に跳ね飛ばされて岩壁に激突すると、岩壁がボヨォ~~~ンとバウンドしたとか、『蘇る金狼』で銃に撃たれてふっ飛んだ岸田森が壁を壊し損なって、もう一回、強引に体当たりかましたり・・・とか?

 話の本筋と関係ないところで嬉しくなってしまうのは私ばかりでしょうか?

 殺陣に比べると、ギャグは・・・ちょっと古いかな~・・・(苦笑)。もうちょっと捻った方がいいと思いますね。ゴレンジャーをやるなら、「モモッ! エンドボールッ!」「いいわねっ、いくわよっ!」・・・と、そこまで観客置いてけぼりにして突っ走ってしまうとか?・・・どうですかね~。

 あるいは、突然、『特捜最前線』をライダー1号、ストロンガー、アカレンジャー、ヒューマン、白獅子仮面を率いるマイティジャックの隊長・・・なんてどうですか?

 えっ? そこまでやったら元ネタ解るヤツが全然いない?

 そりゃ、そうだ・・・。

 高瀬先生。今度は自主映画も作りませんか?


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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