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横浜で剣術講習会

・・・を、開きます。日時は24日の昼1時から5時まで。

「Xマスイブに何やっとんね~ん?」という感じもしますが、横浜同好会代表のKさんが東京同好会の小塚師範代に指導をお願いしていて、「24日なら俺も空いてるよ~ん」と言った訳で、急遽、特別に臨時で講習会をやることになりました!

 前回の横浜での剣術の講習会では独己九剣全部はやれなかったそうなので、今回は型を全部やって、その応用法(素手の技や無刀捕り等)や、変化技(技が極まらなった時に変化していく用法)についてやってみようかな~?と思っております。

 まあ、せっかくですから、会員だけでなくセミナー“常連”受講生の方や、長らく練習に来ていないんだけど・・・という幽霊会員さんもお気軽においでくださいませ~。


 話は変わります・・・。先週の土曜日は親戚の英会話学校のXマス・パーティーに参加して、それから橋本同好会にも久々に顔を出してきました。

 何しろ、まだ顔も見ていない新入会員さんもいらしたので、代表者として面識が無いままだといかんと思った訳ですね。

 たまたま二人来られていて、どちらも初顔合わせだったので、せっかくなんで私も少し技を実演したりしました。

 すると、あまりにも地味(パンチも蹴りもうちはモーション無いからね)で、そのくせ凶悪なので面食らったみたいでした。

 トンファーを教えて欲しいということでゴム製トンファーを持って来られていたんですが、ブンブン振り回す練習をしていたそうですが、私の使い方がまったく振り回さないので首を捻ってらっしゃいましたね。

 なので、「じゃあ、トンファーをブンブン振り回してみてください・・・」と振り回させておいて、傘で脚を叩いて「ほらね? 振り回しても意味ないでしょ?」と・・・。

 要するに動きの作用点は力が働いているから強い! だけど動かない支点は力が働いてないから弱い! よって、動いてない箇所を攻める!という次第・・・。

 武術で動きが重要視されるのは動いていると力が働くからであって、大きく動いた方が力は当然大きくなる訳なんですけど、大きな力を出すために動こうとすると、予備動作も大きくなるし身体の中に動きの支点が生じる訳。そこが火元?だから、そこを狙ってるだけの話。

 ちなみに大きなエネルギーを生み出すために身体の内部で重心を加速移動させるから発勁は見た目が動いていないようなのに大きな威力が出せる・・・という仕組みです。

 仕組みが解らないと神秘的に見えたりインチキに見えたりする訳ですよ。

 案の定、よく解らないらしくて、何だか、どよ~ん・・・とされてましたね。

 とにかく一般の武道や格闘技のイメージと違って、先手先手で急所をドンッと一撃して相手に何もさせない・・・というのに徹底しているので、やられる側はムムムゥ~と、フラストレーションが溜まる訳ですよ。うちのやり方は・・・。

 それと、私が実演すると一挙動で3撃以上(鞭手で相手の突き腕を弾いて、そのまま顔面に裏拳入れて、さらに下から顎を肘打ちで跳ね上げて・・・ってな具合)・・・あるいは5~6撃連続して入れるので反撃の暇が無い。

 その上、情容赦なく致命傷になるところ(目とか喉とか金玉とか?)を致命的に攻撃するので、かなり怖く見えるみたいです。

「後ろから抱えられてバックドロップされそうになったらどうするか?」というのも返し技を実演しましたが、脱力技法と沈身を使い、相手の手を掴んだままぐるっと回身して肩固めにしてみせましたが・・・これもアドリブでやったので、一度もやったことない技です。そのままサンボみたいに飛びつき腕十字やってみようかな~?と思いましたが、やめときました・・・。

 もちろん、加減したり直に当てないように注意しながらやっている訳ですが、これを競い合えば殺し合いにしかならないことは御理解戴けたでしょう。

 北島師範は、フフフ・・・と微笑しながら、「どうですか? 僕は長野先生よりずっと優しいでしょ?」と言っていました。

 伝統的な武術が型稽古主体なのは、技と戦闘理論の関係上、仕方がないのだと私は思いますね。

 昔は、「自由組手バンバンやらなきゃ~強くなる訳ないじゃん!」と、型稽古なんぞクソの役にも立たないと思っていたんですが、武術の理合を知れば知る程・・・「う~ん・・・これって、理合を理解した上で段階的に積み上げて練習していかない限り、何も身につかないよな~」と思うようになり、更に、「う~ん・・・これは自由組手とかやって感覚的に反射神経で対応する訓練をしていると、そういう動きしかできなくなるな~。何か、余計にできなくなるかも~?」と思うようになりました。

 結局、危険なのも手伝って、うちでは自由組手はやらないことにしたんですが、「それじゃあ、相手が自由に動き回って攻撃してくるのに対処できないでしょう?」と、よく聞かれるんですね。

 確かに、それは一理あるんですよ。

 読みが未熟で的確に先が取れないレベルでは競技武道や格闘技で自由に動き回って攻防するのに慣れている人に対処するのは無理です。翻弄されてメタクソにやられてしまうでしょう。

 しかし、自由な攻防訓練にも重大な欠点があるんですよ。

 それは、“ルールに従った闘い方のパターンが染み付いてしまうと、それしかできなくなる”という致命的な欠点です。

 私、これに気づくまで随分、時間が掛かりましたよ。

 私が「試合やったら勝てません」と平気で言えるのは、試合の形式の枠組みで闘えば、自分の技能を発揮できないと解っているから平気で言える訳です。

 逆説しますと、“何をやっても勝ちさえすればいい”という戦闘状況で勝つことしか考えていないので、それ以外の試し合いで勝ちたいという欲求が全然無いからなんです。

 もっと言えば、私、ここ5年くらいかな~?・・・の期間でいろんな武道・格闘技の闘い方のパターンを分析して徹底的に弱点を研究してきたんです。

 これは技の破り方のみならず、“その流儀の戦闘パターンを崩して逆手を取る”という考え方なんで、もし実力が互角程度であれば必ず私が勝つ・・・と思っています。

 自分でも試してますが、会員にちょこっとアドバイスしただけで他流との手合わせに勝たせたりもしましたよ。

 もう10年くらい経過しますか? うちの会員が甲野氏の公開稽古会に参加して甲野氏を圧倒したのも、彼の戦術の欠点を事前に教えておいたからなんですよ。

 こういうのは実力の問題ではなくて戦略・戦術なんですよね。

 信じられない人が多いと思いますが、こう考えてみてください。

 手品を見る前にそのタネも仕掛けも知っていたらどうなるでしょうか?

 純粋に技能で構築されているパフォーマンスと、仕掛けがあるパフォーマンスでは、後者の場合は仕組みが解ればどうということも無い訳です。

 先日も、確かDVDの注文をされている方だったか?が、「甲野氏の技の解説をしてください」と書かれていたんですけれど、私にとっては素人騙しも甚だしい武術として実用性0の演芸を分析するのは気が進まないんですよ。バカ臭くって・・・。

 ヒントだけ書きますと、彼のやってる技の基本的な動力源は、沈身による重心落下のエネルギーであり、技法としては脱力技法。そして状況設定という名の限定約束組手パフォーマンスで達人風に装うしかできない哀しい人なんで、持て囃す人達が悪いんですよ。

 回りの人達が、「そんなの通じないよ。馬鹿なことやって勘違いしてちゃダメだよ」って言って、時々ポカッてやってやれば、彼も真っ当にやっていたでしょうからね。

 もう、あそこまでおだてられてたら無理でしょうから、本人は放っておいて、とにかく、みんな、騙されちゃ~ダメ! 介護術やスポーツに役立っても武術として護身術に使用不能な技を武術だの何だのと言っていたらコントにしかならないでしょう?

 武術の第一の実用の目的は、あくまでも生命の危険が迫っているだけの暴力を排除する自己防衛術にある訳ですから、戦えない武術では困るのですよ。

 私はそう思ってるので、今後、「すんません。これは古武術をベースに考案された身体操作法であって戦う技術ではありませんから護身術にはなりません」と甲野派の方々が明言するまで、ずぅ~っとダメ出しし続けますので、夜露死苦!

 そもそも武道やっている人は、意外にも戦略・戦術を丸で考えない人が大半なんですよ。いや、マジで・・・。だから、屁理屈と素人演芸にコロッと騙されてしまう・・・。


 游心流の戦闘理論は戦略・戦術の研究をフィードバックさせたものなので、他流破りの戦略と戦術を基盤にした上で技術が成り立っています。

 腕試し気分でいろんな流儀の人がやってきたので研究には困らなかったですね。

 もちろん、未熟な人だと論外ですが、数年やっていた人なら基本的なその流儀の戦闘パターンくらいは身についていますから、原理的に弱点をつく“破法”を考える参考にはなります。

 ここ数年は、いろんな流儀の指導者クラスの人が来て、大石総教練や北島師範に何もできずに翻弄されて驚かれたりするんですが、ここで重要なのは、「何もできずに翻弄される」という点なんですよ。

 私は武術には本来、“受け技という概念は無い”と考えています。

 どうしてか?と言うと、受けてから返していたのでは時間がかかり過ぎてしまい、敵が複数いたらアウトなんですね。

 一瞬で相手を倒せなかったら、複数の敵と戦っても勝ち目はありません。

 しかし、相手がボケッと突っ立っていてくれるならまだしも、慎重に隙をうかがって攻撃してくる敵を一瞬で倒すなんかできる道理がありませんよね?

 でも、実はできるんですよ。

 技だけじゃダメですが、先を取る読みの能力があれば、敵が攻撃しようとする寸前の先手を取って一方的に瞬殺できる。その技能を磨くためには型稽古が最適だったんですよ。

 千葉師範代とこの前、打ち合わせしていた時に「実は今だから言えますが、最初は先生の言ってる意味が全然、解りませんでした」と打ち明けてくれました。

 言われるまでもなく解ってないだろうというのは察知していましたが、この“先を取る”というのは自分が明確に駆使できるようにならない限り、どうも理解できないようなんですね。

 しかし、これが理解できるようになって初めて、「あっ、新体道は凄い!」とか、「合気道はメチャクチャ実戦的だったんだ」とか判るようになってきたんです。

 普通は、個別の技の合理性でしか考えないんですが、私は技なんかどうでもいいと思っていますから、いちいち見ません。要は、技の形は返し技を工夫する手掛かりにしかならないので、パターンとしての技を数多く覚えても実戦的な意味は乏しいからです。

 戸隠流の初見先生は同じ技を二度とやらないと言われるくらい千変万化ですが、パターンが無く、相手と自分の感覚に任せて反応するだけだからそうなる訳です。

 私もそんな具合になっていますから技をパターンで覚えることしかできない人には理解不能な様子なんですが、仕組みが違うだけなんですよ。私は一つの技のパターンから常に変化させていっているだけなんです。

 だから、技は重要ではない。戦闘理論に読みが組み込まれているかどうか?が私の判断基準なんです。

 読みの技能が無い流儀は私にとっては参考にならないんです。

 例えば、読みの技能が無かったら無刀捕りは不可能です。気合で踏み込んでも脳天かち割られるだけですよ。

 でも、そういうやり方しか知らない武道の先生が意外と多いみたいですね。

 お陰で私の活躍の場が広がる訳なんで、まっ・・・いっかぁ~?と思ってますけどね。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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