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人を呪わば・・・

・・・穴二つ・・・という言葉はご存じだと思いますが、これがどういう意味なのかは不明でしょう。

 要は、「他人を呪うような邪念は自分にも返ってきて身を滅ぼすものですよ」という意味であり、仏教で言うところの因果応報ということですね。

 私は、いろんな武術師範を名指しで批判してきましたが、それが巡り巡って、自分も批判される結果になるだろうことは、最初から承知の上で覚悟してやってきました。

 だから、いろいろ誹謗中傷されたり具体的な嫌がらせを受けても、ある意味では「仕方がない」と思っています。私の毀誉褒貶よりも武術文化が正確に正当な評価をされることが肝心だと思っているからです。

 自分が可愛かったら黙っていればいい訳です。何もしなければトラブルは招くことがありません。心にもないお世辞だけを並べて人を持ち上げていれば、恨まれる心配はありませんからね・・・。

 しかし、武道の世界は、表だって人の批判をしない人が、陰では口汚く他流を悪し様に馬鹿にしたりするのが当たり前の世界です。そういう陰口が常態の世界です。

 私は、そういう光景を散々に見てきたので、そんな裏表の激しい人間は信用できないし、思ったことを何でもはっきり口にするような師範の方が正直さという点で好感を感じ、自分もそうありたいと心掛けてきた訳です。

 それに、私は批判することと誹謗中傷することは別物だと考えているので、批判することに関しては遠慮しません。ある種の敬意を以て批判している自覚があるから、逆に遠慮する方が無礼だと思う訳です。

 親しい人なら知っていることですが、私は本心から軽蔑している人に関しては、表だっては決して批判していません。批判する価値も無いクズだと思っているからです。

 批判すべき相手を選んだ場合、問題点を批判することで本人の自覚を促して改善して欲しいと願うからですし、また、何も知らずに盲目的に信じて間違った方向へ誘われている人達への警鐘を鳴らす必要がある・・・という、研究家としての社会的な職業的倫理観もあるからです。

 いつも例に出しますが、甲野善紀氏に関しても、武術修行者としては方向性を完全に間違えてしまっているので、武術と名乗らないようにして“身体操作の研究家”であると自身を位置付けした方が本人にとっても周囲の人達にとっても有益であると考えているので、彼が武術の世界から引退しやすいように批判し続けている次第です。

 かつての西野流呼吸法のように武道の世界と縁を切って活動しているところは、いくつもあります。甲野氏もそうすべきだと思っています。

 私の批判論に関しては、彼に習っていて疑問を感じて離れた人や、彼の合気道などの修行時代を知る人達、交流したものの絶縁に至った人達・・・等の話も数え切れない程、直接、聞いていますし、何よりも私自身が講演で助手をつとめるくらい身近に接していたので、彼の“危うさ”については、恐らく誰よりもよく知っています。

 それこそ、本の一冊、2日で書けるくらい知っていますよ。

 ある人物は、直接、甲野氏と会って、「善良で誠実な人だ」という印象を持って、「長野は嘘をついている。甲野さんは実に誠実な人だ」と言っていました。

 が、この人物は、あまりにも皮相的判断しかしておらず、上っ面だけ見た印象で人を論じようとするのは浅薄というものです。

 実際、彼の表も裏もよく知っている人は、「長野さんが言ってることは正しいけど、有名人に喧嘩売っても君の損にしかならないよ。馬鹿馬鹿しいから、やめておきなさい」と言うのが常でした・・・。

 しかし、誰も批判しなければ、彼の発信した嘘や間違い(江戸時代以前の日本人がナンバで歩いていたとか、菜食オンリーだったとかいった一面的過ぎる仮説)が、本当のことのように広まってしまいますから、これは研究家として防がねばならず、私がやるしかなかったのです。

 世の中には、浅い認識と、薄っぺらな判断力で感覚的に無責任に是非を語る人間が多いものですが、それでも真実に耳を傾けようとする人間だって居るだろう・・・と思って、評論活動をしてきたつもりです。

 嫌がらせの類いは慣れましたが、以前から据え付けの電話にヒツウチでかけてくる人が居たんですが、携帯の電話番号が新聞に載ったからでしょうか? 気持ちの悪い電話がありました。

 携帯に公衆電話でかけてきて、「ペテン師!」と一言つぶやいて切れたのです。

 私をペテン師だと思うのは、その人の勝手だから、別に否定しようとは思わないんですよ。私の研究してきた武術技法や理論が“唯一絶対に正しいもの”とは、私自身も思っていないからです。

 ただ、三十年以上、必死で研究してきた内容ですから、目の前で言われていたら、タダでは済まさないぞ・・・というくらいの気持ちは持っています。

 私が恵まれているのは、会員やセミナー、講習会の参加者が、いろんな流儀の経験者であるという点です。

 空手は極真、芦原、正道、円心・・・といったフルコンに、松濤館、松濤会、和道、糸東、剛柔、練心・・・といった伝統派。合気も合気会、氣の研、養神、養正、万生、冨木、佐川、六方、光道、幸道、八光・・・など大抵の派閥から来られてます。中国武術や古武術の人も多く来ているし、無論、宇城氏や甲野氏、高岡氏に習っていた人も相当数、来られます。

 こうした人達に教えながら逆に他流の技の特徴などもこちらは学ばせて戴くことができた訳です。

 恐らく、少なくとも千か二千の人には教えた計算になるでしょう。何しろ、ほびっと村では九年くらい毎月講座やっていて、その後、セミナーやるようになって、一昨年からほびっと村でも年四回やっていますし・・・。

 今の指導陣は、伝統空手、フルコン空手、大東流、合気道、総合格闘技、ムエタイ、新体道、柔法、八極拳、八卦掌、八光流、戸隠流、JKD、カリシラット・・・等の経験者ばかりですから、教えながら彼らの体得してきた技を見せてもらったりして、稽古会が流儀を超えた研究の場になっています。

 私が、「流儀に優劣は無い!」と言い切れるのは、できるかできないかは、結局、その人の突き詰め具合に左右されるからだと痛感しているからで、どんな流儀にも強い人も居れば弱い人も居る。有名な先生に習っていても、てんで使えない人もざらに居ます。

 どんな流儀にも長所と短所がある・・・よって、戦う場合は短所を攻め、長所は採り入れる・・・というのが我々の考え方です。

 どうにも、強いか弱いかが勝負の勝敗を決めると信じている人ばかりなんですが、これは絶対に違います。むしろ、戦術的に勝つように準備している方が勝つんです。

 格闘技でもスポーツでも、一流になれば事情は同じでしょう? 一流のコーチを雇った方が勝てるフィギュアスケート等が、いい例です。

 また、試合で強い人でも戦術的には何も理解していない場合も多く、万能に強い人間であるとか万能に戦える流派なんか無いと確信しましたね。

 逆説すれば、私がトーナメントとか出ても予選で敗退すると思います。体力もスタミナもないし、試合向けの技の練習もしていない50男が出て勝てるような甘い世界でないことは重々承知していますよ。

 それでも、命かかった戦闘になったら勝つ自信はあります。それは、そのための技と戦術を長年、研究してきたからです。

 これは喧嘩慣れしている人間の方が理解しやすいみたいでしたね。つまり、騙し討ちしたり、待ち伏せて不意を襲ったり、複数で囲んでボコッたりするのもアリだと考える人間です。武術の本質は、こういうところから発展している訳ですから・・・。

 何も訓練したことがない人が命の危険を感じた時にはどうするでしょうか? 身の回りに武器になりそうなものが無いか?と探すのが自然でしょう。包丁やバット、ゴルフクラブとか?

 これが本能の働きです。生き残るためには綺麗の汚いのと論じる余裕はありません。武道や格闘技を学んだばっかりに綺麗に闘おうとして半殺しにされた人の話は枚挙に暇がありません。

 非常に物騒な話をしていると感じられる方も居ると思いますが、これは動物としての本能の問題です。世間の常識の話をしているのではありません。

 逆に言えば、動物としての生存本能が薄れてしまっているのが現在の日本人の傾向なんじゃないでしょうか?

 殺されそうになっても「暴力はいけない」と無抵抗で殺されるべきと本気で言いそうなくらいの人がざらに居ます。

 だから、暴力ふるわれている人が居ても助けに行く人って、滅多にいないでしょう?

 何度かそういう状況に遭遇しましたけど、私以外に助けに入る人って、いませんでしたね。見て見ぬフリするのが自分の得だと思ってるのかもしれませんが、後から自己嫌悪になったりしないんでしょうか?

 私が武術始めた最大のきっかけは、中学時代に不良連中にリンチされている同級生を見て見ぬフリしてしまった自己嫌悪の感情からでした。

 特撮ヒーロー物ばっかり見て育った男としては、弱い者イジメを見て見ぬフリするのは最低にカッコ悪い・・・と思っていたので、これは今でもトラウマですよ。

「人を批判する時も堂々とやろう! 間違ったことを指摘されたら素直に認めよう!」と思うのも、それがカッコイイやり方だと思ってるからです。


 さて、ようやく本題!

 公衆電話でかけてきて、自分が何者かも名乗らず、いきなり「ペテン師!」と罵って切れる。また、かかってきて無言で切れる・・・。

 これは“嫌がらせ”以外の何でもありません。ですから、その後、私は公衆電話は着信拒否したり、出なかったりしていました。

 現在、私は游心会を会社組織化するための準備をしています。実業としてのきちんとした活動をしていかなければ、私のやってきたことを社会に認知させるまでには至らないだろうと考えているからですし、もう一つは、仲間と一緒に自由に仕事がしたいからです。

 私は、元来、ビジネス方面の才能はありませんから、意識を集中して取り組まなければならず、マイナスの精神エネルギー(邪気・邪念)を受けたくないのです。

 言葉には、発した人の想いが乗っており、それを言霊と言います。人を呪う憎悪の感情から発せられた言葉や、物事をネガティブに考える否定的な波動の言葉は聞きたくないのですね。

 それは、元来、私が批判精神に溢れたネガティブな要素を持っているので、そういう言葉には触発されてしまうからで、シャットアウトしておかないといけない。精神集中する必要があるからです。

 それに、どうせ出ても気持ちが悪い想いをするだけだから・・・と思ったんですが。

 しかし、留守電に入っていたのは、「(私が)ビビッて電話に出ないのだろう?」とか、「(道場破り?)行ってやる!」「バ~カ!」という小学生並みの悪口で、やはり公衆電話からでしたが、周囲の人が聞いたら、どう思うでしょうか? 不審人物の噂をたてられても仕方がありませんね。

 この男は、私に非があると思っているからやっているのでしょうが、留守電に話せるのなら、私が出た時に、きちんと“自分は何故、怒っていて、文句を言っているのか?”と主張すればよかったのです。

 ちゃんと理由があるなら聞きます。理由も話さず、いきなり罵倒したら誰も相手してくれる筈がないでしょう?

 まるで、過保護の餓鬼のように自分の主張だけ通して相手の言い分を聞く耳はないということでしょうか? クズヤローですな?

 本人が「行ってやる」と言ってますが、そんな度胸があるんでしょうか? やれるものならやってみたらいいでしょう。

 本気で道場破りしようとする人間は、事前に脅しかけたりしないで、堂々と乗り込んでくるものですよ。

 今、うちに来ている会員の中にも、最初はえらく礼儀知らずでツッパッていた人間も居ます。どうも、他人を上から目線で見る習性のある人が増えているような気がします。

 改善の見込みの無い人は追い返したことも何度かありますし、入会しても規律を守れない人や、礼節を忘れた人は迷惑だから破門や除籍にしたこともあります。

 ストレス解消に武術でもやってみたい・・・という人は、カルチャースクールへ行けばいいと思いますし、私は筋の通し方を知らない人は生理的に受け付けないんです。

 でも、真面目に取り組む人は、実力がついて自信が出てくると、何か別人のようにオーラが輝き出すものなんですよ。

 人を呪うような真似をすれば、それは必ず自分に返ってきます。その点だけは忘れずにいて欲しいですね。

 電話で吠えても意味はありません。ウサ晴らしのつもりでも自分で自分を貶めてミジメにしていくだけです。

 恥ずかしながら、私も若い頃はそんな時期が随分、ありました。自惚れて、「俺のような才能の持ち主が、何で世間で評価されないんだ!」って、本気で怒ってました。

 ま~、我ながら自意識過剰で自己認識が全然、できてませんでしたね。自意識過剰は相変わらずですが、年くった分、自己認識はできてきましたから、かなり感情をコントロールできるようになりましたよ。

 昔、拳法を習っていた先生が、矯正してくださったお陰です。「言い訳をするな! 怒りを抑えろ!」と・・・。

 結局、世の中で評価されるには実績で示してみせなきゃダメなんですよ。結果を出すには、這いつくばって怒りを抑えて、間違ってる相手にも頭を下げられなきゃ~ダメなんだと痛感しましたね。

 自己顕示欲、承認欲というものに過剰に振り回されると、現実に自分がなすべき事柄を失念してしまいがちです。どんな才能の持ち主でも、それを磨いて必要な局面で使う術を覚えていかないと、絶対に成功は覚束無いものです。

 ただし、才能があっても、それを活かして伸ばす環境が無かったら、開花しないと思います。私は会員の才能をきちんと伸ばせる環境を提供する場所(会社)を作るのが目下の目標で、それは文化的芸術的な事業として世の中に貢献し、新しい時代を創造していく力を持った人材の育成を理念にしたいですね。

 そういえば、私が20代半ばの頃、聖蹟桜ヶ丘の甲野氏の道場へ通うのは本当に楽しかったですね。芸術家や学者の方も来られていて、日本の文化的な最先端に居るような気がして誇らしい気持ちだったのも事実です。

 バカだったな~と、今は思いますが、甲野氏はいい夢見せてくれましたよ。その後、意地でも夢を実現してやる!って思ったんだし、彼は武術家としてはフェイクだったけど、いろんなことを教えてもらった恩人の一人であることは否定できませんね~(苦笑)。

 私は、今、游心流に通ってくる人達を失望させたくありません。自分が、この武術武道の世界で何度も何度も失望しまくってきたから・・・。

 けれども、過去の会員達には失望させてしまったかもしれない・・・という贖罪の気持ちもあります。その当時は力が無かったから仕方が無かったのですが、実力的にも経済的な面でも苦い思い出ばかりが残ってしまいました。

 もっと皆で楽しい夢を語りつつ、その夢を現実化していく充実感を提供したかったと思っています。今ならできるかな~?と、思っていますけど、それは5年後、10年後に結実するかどうか?ですね。

 最後にもう一度、公衆電話で文句言ってきた人へ。

「自分が正しいと思うんだったら、コソコソすんな! 堂々とやれよ。私も自分が間違ってないと思ってるから、遠慮なく批判してきた。間違っているのがわかったら、いつでも謝る。お前は、行ってやると言った以上は必ず来いよ。言いっぱなしで来なかったら、お前は最低のクソヤローになるんだぞ? イタ電しかできないゴミ人間になりたくなかったら、度胸を見せろ!」・・・以上です。


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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