コンテントヘッダー

游心流掛け軸

 4月に町田で頼んでいた掛け軸が連絡の行き違いだったのか、既に完成している・・・との電話を受けて、取りに行ってきました。

20130827_001.jpg 20130827_02.jpg


 いつまでも連絡が無いから事故があったのか?と心配していたんですが、どうも、こっちから催促するのって気が進まないものですから、特に急ぐ訳でもないし・・・と思って放っておいたんですが、私の居ない時に連絡があったみたいですね?

 多分、留守電を入れ忘れた日にかかっていたのかもしれません。

 まあ、結果良ければ万事、問題無し!

 何しろ、青木宏之先生の会心の作ということで頂戴したものですから、ちゃんと掛け軸にして飾っておかねば・・・と思いまして、掛け軸にしてもらったんですが、3万円くらいしましたかね~?

 4カ月も経ったので正確な料金は忘れてしまいましたが・・・。

 まっ、ご覧くださいませ・・・。


 青木先生の書家としてのお名前は“青木天外”。

 私は書はまったく解りませんが、聞くところでは青木先生の書には数十万~百万を越える値がつくそうで、中国書法に於ける日本の第一人者であるそうです。

 その先生が「会心の出来」と言い、直弟子の書家の方が「譲って欲しい」と言うくらいですから、恐らく時価百~二百万はするのでは?と、貰った私がビビッてしまっている次第です。

 それにしても、青木先生からは、既に松葉国正刀匠(現代刀匠の若手第一人者)の試斬用刀と、小烏丸造りの刀を頂戴し、書も数年前に頂戴していました。

 現代武道界で最後の達人と言われ、前衛芸術や精神世界で伝説的存在である青木先生から、ここまで期待して戴けるということは、逆説すれば絶対に裏切る訳にはいかないということですね。

 何しろ、私は直弟子じゃありませんからね。本来なら弟子に与えている筈の刀や書を頂戴するということは、生半可な真似はできませんよ。

 芸術家らしい発言ですが、この書を戴いた時、「この前のヤツは燃やして・・・」なんて言われて、(オイオイ、これだって売れば50万は下らないでしょう?)と思って、USA支部長が帰省してカリ&シラット講習会を開催した帰りにお土産としてプレゼントしましたよ。

 やっぱり、あれだけの書で、しかも日本の伝説の達人が書いたものだというのはアメリカの武道界ではブランドになるでしょう? 今後の活動の励みにして欲しいと思ったんですね。

 余談ながら、名人は必ずしも名師にあらず・・・というのが武道の世界では常識で、「俺は~先生に習っているんだ」と自慢する人に限って、師とは比較にもならないお粗末な腕前だったりするものです。

 これは、別に悪口ではなくて、本当に名人に習っている弟子で師匠の半分もできないというのがざらなんですよ。いや、ホントの話。

 半分の実力があれば出来がいいくらいで、1/10もできない・・・なんて例も珍しくありません。

 逆に凡庸な腕前の師範が弟子を育てるのが上手かったりするんですから、不思議なものです(まっ、これは自慢してるんですけどね?)。


 しかし、青木先生の凄いところは、自らがず抜けていながら、弟子を育てるのも上手いということですね。

 これは武道のみならず書道に於いても同じか、それ以上であるようです。

 まったくの初心者が天真書法塾に入ってから、短期間で信じられないような上達をし、賞をバリバリ取ったりしており、書道の専門誌の編集者が驚いていたくらいです。

 それは、素人が2~3年で道場の師範代になるようなものです。人によっては独立して道場持つようなレベルになってしまったり・・・。

 万能の天才というと、空海とかダ・ヴィンチとかシュタイナー、バックミンスター・フラーとか、いろいろ居るとは思いますが、青木先生は武道の世界でそういうレベルに達した史上初の人かもしれないですね。

 実際、松田先生と親しくなった時にも思いましたが、それまで雲の上の人のようにイメージしていた先生と親しくお付き合いするようになった自分に対して、(何で、俺みたいな素質も才能も無いオタクが・・・?)という引け目もあったんですが、今は、「これは俺個人がどうこうという問題ではなくて、宿命として武術の世界で果たすべき使命を持たされているんだろうな~?」と思うようになった訳です。

 そう解釈しないと、納得がいかないんですよ。空手・合気・中国武術・古武術・・・いずれの領域でもトップレベルの先生と触れる機会がありましたし、普通のやり方では絶対に習えないような秘伝を教わることも多々ありました。

 例えば、十数年前に、まだ私が公に顔出ししていなかった頃、いろんな都市伝説みたいな噂が出たことがあって、その中に、「長野さんは松田隆智さんが対道場破り用に中国武術の必殺技ばかり教えた秘蔵弟子だ」というものがありました。

 その当時は、「そんな訳ないじゃん(笑)」と言っていたんですが、その後、松田先生との交流の中で、本当に中国武術の必殺技“絶招”の秘訣なんかを教わりました。

 何で教わったか?と言うと、私が作ったビデオを松田先生にプレゼントしていたんですが、「我流でここまで研究したというのは凄い!」と、私が予想していた以上に非常に高く評価してくださいまして、それで技の修正すべき点や、発勁打法の打撃訣とか、色々細かい秘訣を教えてくださるようになったんです。

 ただし、「これは危ないからやっちゃダメだぞ。人にも教えちゃダメだ・・・」と言われているので、研究会内の技術分析以外に人に教えたことはありません。

 もっとも、言葉で説明しなくても、実演しただけで観抜いた会員も居て、間接的に教えたことになってしまいましたが、これはもう仕方がないでしょう?

 私が発勁、とりわけ浸透勁の危険性について書いているのは、実は、このような松田先生との私的な交流の中で、松田先生が研究されてこられた技法と理論を一部、引き継いでいる側面もあるからだったんですよ。

 誰にも教えていないことも教えてくださっていたらしいのですが、率直に言って懐疑心が強い松田先生が、そこまで信用くださったのは“性格が似てた”というのもあったのかもしれません。

 この話は・・・ハッタリ言ってるだけだと思う人には信じてもらわなくて結構です。有名な先生に習ったからといっても、私はそれを自慢する気はさらさらありません。

 私は、有名な先生に習っていると自慢する人を評価しません。それはブランド意識が先に出ているからです。権威をひけらかしているだけ。

 武術は所詮、自分が体得していなければ意味がありません。自分自身の実力だけが評価基準になるものですから・・・。

 それに、私は別に松田先生の技の後継者という訳では、まったくないですから。それは直に習われた方々に対しても失礼というものでしょう?

 無論、青木先生とも、ここ数年、似たような展開のお付き合いをさせて戴くようになっているので、門外漢には教えないような秘訣をレクチャーされたりもしていますし(瞑想や断食、身法、心法に関することなど)、最新研究成果について感想を求められたりもしています。

 そのせいだと思うんですが、元新体道をやっていた人が私の技(下段払いでそのまま潰すとか、連続攻撃を避けるとか)を受けて、「青木先生そっくりだ」と驚かれたりしました。正直、嬉しかったですね~。

 こういうのは、習って体得できる種類のものじゃなくて、“感覚を同調させて盗む”ようなものなので、教えたからできるというものじゃないんです。

 このやり方に関しては、私の数十倍もN師範代が上手いですよ。持って生まれたものもあるかもしれないですね?

 ま~、そんな先生方と親しくさせて戴いているからなのか・・・? 最近、一般に強いと言われる武道家を観ても、ちっとも強いと思えなくなってきました・・・。

“強さ”というものが外から判るうちは、全然、未完成なんじゃないか?と思えてきたんですね?

“強さ”というのは、気力の充実、陽気の発散という雰囲気で測るのが、ある程度以上の実力者の方法論ですが、大抵の武術家は気迫を発散させることはできても内に静めておいて、必要に応じて瞬間に集中して打ち出し、また元に戻る・・・という戦術的使い方ができる人は稀です。

 気迫を微塵も外に現さない人だと、実力の程が測れません。強いのか弱いのか、さっぱり判らない。

 外見から全然強さが観えないような先生ほど、実は底の知れない実力を秘めている・・・という具合に思えてきました。

 その秘密は、やっぱり、“剣だな~”と思います。

 剣が理解できないと日本の武術は全然、理解不能!

 これは剣術ができるかどうか?とか、剣を持っているかどうか?ではなくて、剣の理合が身法に宿り、そこから心法が育っているかどうか?ということです。

 拳法体術だけでは、この感覚は生まれないのではないか?と、最近、思うようになってきました。教えていても、明らかに、“そこ”で差ができるんですよ。

 剣の意識が無い人は、どうしても“雑な戦い方”をしてしまうのです。

 ボコボコ素手で殴りあって効くか効かないか?という“強さ”ではなく、「急所をサクッとかき斬られたら命が無い!」という非情極まる戦闘に勝ち残るものは、まったくの別次元であり、ごっちゃにして考えてはいけない・・・ということです。

 かつて真の一撃必殺の突き技を求め、極限の訓練に明け暮れた青木先生率いる楽天会と、その成果をさらに洗練させていき、現在進行系で進化し続けている天真会・・・。

 その進化の過程を傍観している身としては、書法剣法も根本原理が同じ・・・なのかもしれませんね。文武両道と言いますが、原理からすれば境界線は無いということでしょう・・・。


PS;

 ウィキペディアにせっせと“荒らし”をかけている人が居るそうで、その執念深さは、変態染みていて、正直、気色悪いです。書いてる内容も、およそ大人が書いたとは思えない小学生の悪口レベルで事実無根、論理的整合性も無く、本人は正義感で書いてるつもりでしょうが、ネット中毒者特有の肥大した万能感、目的不明の悪意、幼稚な自己顕示欲(注目されたい欲求)しか感じられません。

 そもそも、批判論というのは自分も相手も姓名を明かして文章責任を負う覚悟で論陣を張るのが原則です。“N氏”と書くことで責任を免れようとする素人考えの姑息さと、推測(妄想?)による論なので、アホらしくて答える気にもなりません。いい大人が、恥ずかしくないんでしょうか?

 簡単な話、自分の腕に自信があるなら道場破りすればいい。私をぶっ倒せば、何とでも言えるでしょう? 何故、そうしないのか?

 答えは明白。現実に立ち合うのが怖いからです。

 怖い訳ないと言い張るでしょうが、そう言った時点でもう嘘なんですよ。

 誰だって、他人と真剣に立ち合うのなんて怖いですよ。私も20年くらい前にグローブ空手の試合に出た時だって、電車に乗ってる間、ずうっと、何と言い訳して試合やめようか?とばっかり考えていて、(俺は何て臆病なんだ)と自己嫌悪に陥りました。

 ところが、実際にやったことある人は、大抵、私と同じように言います。怖いのが当たり前なんだと知って、ほっとしましたよ。私だけかと思ってたから・・・。

 誤解してもらいたくないのは、私は何回も実地に試した結果、つまり“事実”に基づいて書いてる訳です。嘘なんか書いてないのは、同様の体験者から聞いた話でも実証できます。

 武士の情けで書かないでおいてる情報もあるんですが、あんまり誹謗中傷がしつこいなら、全部、書いてやってもいいんですけど・・・、それやると、恐らく、自殺者が出るでしょう。

 どこの流派が捏造されてるか? 何々という人が経歴を騙ってるか?・・・そういう武道武術の業界の隠された真相を洗いざらい公表したらどうなるでしょうか?

 自分が堅く信じて生きる支えになっていた流派や師の正当性が嘘だったと解ったら、どうなりますか? 信じていた嫁が浮気しまくってたのを知って愕然となるのと同じ。そんなもんですよ。真面目な人は最低でも道場をやめるでしょう。

 だから、書けないんですよ。素人が想像するようなシンプルな業界じゃない。嘘・捏造が何世代にも渡って重層的に積み上げられてきているので、個人個人が真面目にやっていても全体の中では間違ったことを伝えている・・・なんてことになる訳です。

「素人が知ったかぶりするんじゃない!」と私がいつも書くのは、素人が調べて判る事柄の何百倍何千倍もの情報にプロは日常的に接しているからです。その情報網があるのがプロの特権なんですから・・・。

 いくらネットで吠えても、所詮、素人は素人。物事の真相を知る機会はほとんど無いんです。情報戦で素人がプロに勝てる道理はありません。

 インターネットを万能と考える人達も居るでしょうが、これも注意が必要です。インターネットに出てくる情報は玉石混淆で、精選された情報ではないからです。

 武術的に言っても、戦いは、まず情報を制して戦略を練った者の方がほぼ勝ちを制することができます。ある意味、私に関しては虚偽の情報ばかり出回っているので、最初から私が有利に戦うことができる訳です。「弱い」と思われるのも戦術的にはOKなんです。

 昔、虚偽の情報を掴まされて国会で糾弾して間違いが判明してから最後は自殺してしまった民主党の代議士の人が居たじゃないですか? 間違った情報を武器にしたから、自滅に追い込まれてしまった。自分が正義だと信じていたら、それが間違いだと判明してアイデンティティーが崩れてしまった訳ですね。恐らく、意図的に掴まされたんでしょう。

 私をネットストーカーしたり陰で足引っ張っていた人達が、その後、どうなったか?

 具体的な名前は書けませんが、一人は仕事を干されて消息不明。一人は詐欺事件で海外逃亡、行方不明。一人は精神疾患で通院中。一人はメディアとのコネを失い孤立。

 嘘みたいだけど、本当のことなんですよ。私が何もやらなくても勝手に自滅してしまったのです。

 物事が上手く行かないことを全て外部の責任と考えていると、独善と傲慢を増殖させ、犯罪行為さえ厭わない精神に変貌させてしまう・・・その結果です。

 自分の人生は自分のモノの考え方によって、できあがっていく・・・。数多の成功哲学や、仏教の唯識論によって語られてきたことです。

 私は自分の利益だけ考えていたら、他人の批判はしないですよ。批判したら自分に返ってくるのが解ってるから・・・。

 それでも批判し続けてきたのは、嘘が広まれば多くの人に悪影響が出てしまうからです。
 自分が不利益を被っても、誰かが嘘、間違いを訂正していかなければ、バタフライ・エフェクト(蝶の羽ばたきで起こった微風が大きな災害に繋がるという仏教で説くところの因果応報の法則)のように、将来に大きな災いが起こってしまうと考えるからです。

 私はそれがこの時代に生まれた自分に与えられた天命だと認識しているので、どれだけ周囲の人が親切心で忠告してくれて(「君が評判を落とすだけだ」と)も、絶対にやり方を変えなかったのです。それは使命感があるからですよ。ジャーナリズムの精神の。

 嘘は嘘、間違いは間違い、ならぬことはならぬ・・・と言う人間も必要なのです。

「長野くんは任侠道が解ってるな~」と松田先生が誉めてくれた理由が、私の想いを理解してくださったからです。御自身も同じ想いでやってこられていたから解ったのだし、最期まで応援してくださっていました。

 本当に最期の電話の時に、武術界の感想で「インチキなやつばっかりでダメだ・・・」と言われていたので、「いや~、先生、そう言われると僕もインチキだから肩身が狭いですよ」と言うと、「いや、長野君は違うよ。俺は本当に長野君は尊敬してるんだよ。君みたいに全体を考えて行動するヤツはいないじゃないか? 自分のことばっかり考えて・・・」と言ってくださいました。

 武術界の両巨頭が認めてくださったのは、私が私心でやっているのでないことを観抜かれたからだと思います。だから、見る目のない人から何と言われようが構いません。私は私の生き方を貫くだけですよ・・・。


関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索