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欲か理想か?

 私が政治家が好きじゃないのは、理想を求めているようなことを言いながら、本当は名誉欲や金銭欲、権力欲を求めているんじゃないの?と思うからなんですが、金が集まると庶民の感覚と掛け離れていって、自然に欲に引っ張られてしまうんじゃないですかね?

 私は政治家の中ではみんなの党の渡辺さんは割りと好きだったんですが、なんか独善的になっていった印象があって、今回、DHCの会長から8億円も借りていたとバッシングされて、「あれまぁ~」と思いましたね。

 まあ、政治家なんだから財界人に金借りるのも常識でしょうが、もう凄い額ですよね?

 猪瀬さんの時とはケタが違うもんな~・・・。

 流石は党首!って言うべきなんでしょうか?

 個人で借りたと言ってますけど、そんな巨額の金を個人に貸してくれる人が居るんでしょうか? 当然、政治資金として貸してる訳ですよね?

 選挙だなんだと、どうして、そんなに金がかかるのか? そんな莫大な金を使うんだったら、被災地の復興資金に寄付するとかワーキングプアの支援金にするとかした方がいいんじゃないですか?

 日本の経済を低迷させてるのは金持ちの責任ですよ。

 まっ、自由競争社会なんだから、負け犬の遠吠えしてもしょうがないけどね・・・。


 え~っと、それとSTAP細胞。いよいよ怪しくなってきましたけど、どうなんでしょうかね~?

 結局、幻でした・・・ってことになっちゃいそうだけど、何か、釈然としませんね?

 潰しにかかられたのか?という疑問もまだありますが、科学の発展には付き物のトラブルでしょうね。

 そういえば、エジソンはニコラ・テスラの発明を潰すために陰険なバッシング・キャンペーンをやっていたそうですが、これも欲にかられてだったみたい。

 人間、欲にかられるとコロッと人格変わったりしますからね~。

 それでも時代は新しくなっていきます。それと共にものの価値観も変わっていきますからね。

 できれば、私は新しい価値観を提供していく仕事をしていきたいです。

 そのためには損得抜きで地道な研究を延々と続けていく・・・それだけですよ。

 さて、遅々として進まない松田隆智先生の批評本企画ですが(私が忙しくなって手がつけられないから)、噂に聞いていた松田先生の武術に関する本『八極拳と秘伝 武術家・松田隆智の教え』が、町田の有隣堂さんにGun雑誌を覗きに行っていて出ていたので、早速、買ってきました。

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 著者の山田英司氏は、晩年の松田先生が嫌っていた人です。

 私は、福昌堂でライターの仕事を頂戴していた頃に三回くらい挨拶程度に顔を会わせただけでしたが、松田先生の告別式に行った時にお会いして誘われて一緒に写真撮って戴いたりしました。

 正直に言えば、(松田先生が嫌っていた人と一緒に写真写ったりしたら松田先生が化けて出るかも~?)なんて思ったりもしたんですがね。

 けれども、福昌堂で散々聞かされていた山田氏の悪口も、松田先生の口から聞くと、ちょっとニュアンスが違っていて、会えば毎回のように話題になる人だったので、(あ~、松田先生は山田さんが気に入っていて裏切られたと思ってるんだろうな~?)とも思っていました。

 また、福昌堂では居なくなった元社員の悪口を言うのが編集部の伝統?だったので(私も散々悪く言われてたそうです)、これも、今となってはあんまり鵜呑みにはできないな~と思っています。

 特に武術武道の世界は俺様体質の人ばっかりなので、俺様が一人いたらその周囲は信者が取り巻いているものです。新興宗教の世界とよく似ていますよ。

 人間、ある程度付き合わないと、どんな人かは判りません。

 誰からも良く言われる人というのは、誰にも心を開かない人かもしれません。

 私も松田先生に会うまでは悪口を聞かされることの方が多かったんですよ。確かに気難しいところもあったから、逆恨みされ易かったろうとも思います。

 私は晩年から最晩年の松田先生しか知りませんが、結構、厭世的でしたね。人間関係が嫌になっちゃった~みたいな印象がありました。

 今回、山田氏の本によって、私が想像していた通りの理由があったんだと、再認識しました。

 思っていたよりも、松田先生というよりも山田氏自身の自伝的な内容だったので、アレ~?と思ったのが偽らざる印象ですけれど、それは逆に、正確に書くには「自分の知っている松田先生は・・・」という形にならざるを得ないことを示していて、同じ物書きとして理解できます。

 いや、むしろ、山田氏の純粋さや真面目さ、松田先生への元弟子としての敬愛の気持ちがよく出ていたと思います。

 逆に言えば、松田先生があれほど悪く言っていたのも、愛情の裏返しだったのでしょうね。

 事実、最晩年の松田先生は、「最近の山田は中国武術が最強だって言ってるそうじゃないか?」と笑ってましたが、多分、山田氏がフルコンタクト空手に浮気?して中国武術を捨てたように感じて怒っていた面が大きかったんだろうと思いますね。

 でも、そうではなかったことが、今回の追悼技術本で、はっきりしたように思えます。

 また、何故、松田先生があれほどまでに私を評価して応援してくださったのか?という疑問が解けたように思いました。

 それは、中国武術の真の戦闘法が最後まで明確に解らなかった(教えてもらえなかった?)松田先生が、独自に中国武術の戦闘法を解明しつつあった私に期待してくださったんだ・・・と、改めて思いました。

 だから、最後まで松田先生は私を友人として扱ってくださいましたし、修行法のことやいろんな流派の戦闘法についてどう思うか?と、常々、意見を求められていました。

 接近密着戦法の優位性を説きながらも、「ではどうやって密着するか?」という方法論に関しては、真剣に中国武術をやっている人の誰もが悩むのです。

 何故なら、その方法論が個人の感覚で処理されてしまうから、「一、二発食らっても突っ込め!」という具合の根性論に擦り代わってしまうからです。

 素手ならまだ解ります。ボクシングの試合を見れば判る通り、興奮状態の人間が一発で倒れることは中々無いからです。

 しかし、私は最初から一発入ったら死ぬ・・・という前提で武術を考えてきたので、こういう根性論には疑問がありました。

 真剣だったら死ぬじゃん?と思っていたので、いかにして相手の攻撃を封じてしまうか?を先に考えて、剣術の戦闘法から考えたのです。

 それが、読みと交叉法であり、先を取って戦うのが武術である・・・という認識で研究してきました。

 自由組手や試合を選ばなかったのも、それをやると武術の目指すべき方向を見失ってスポーツにしかならないと思ったからです。

 スポーツとしての強さを武術は目指していません。命のかかった戦闘に勝ち残るためのものが武術なのです。

 そんなのは屁理屈だ!と、随分、いろんな人から悪く言われましたが、意外と全然、関係のない人達からは賛同されましたね。

 例えば、ヤンキーや元暴走族とか、元ヤクザとか、元特殊部隊だとかといった人達。

 あるいは、まったく武道なんか知らない人。そしてプロの格闘家や武道の高段者。

 つまり、命のかかった戦闘に強い弱いは関係無いと解ってる人達は、素直に私の意見に賛同してくれた訳です。

 素手で格闘して強いと思っている人でも、武器で武装している相手と戦う技能はありません。同じ条件で闘って強くても、条件が変われば対応できない人がほとんどなんです。

 また、若い頃は強くても年とれば全然弱くなってしまう。これじゃあ、意味が無いでしょう?

 体力的には今の私は19歳の頃の1/3も無いと思います。一日10時間もメチャクチャに練習していた29歳の頃と比べれば、まったく何の練習もしないに等しい。

 けれども、どこからどう見ても今の私は19歳、29歳の頃とは比較にならないくらい戦闘力があります。

 これは練習で維持する身体能力ではなくて、脳機能が身体を瞬間的に武器化して使うことを覚えてしまっているからなんですよ。

 合気や発勁も私は特に誰かに習った訳ではなく、自分で分析して体得しました。松田先生はそれが凄い才能だと誉めてくださって、福昌堂に紹介してくださいました。

 研究家としての能力を認めてくださったんですが、一方では「自分は武術研究家とは名乗りたくないな~。なんかオタクみたいじゃないか」と、自己認識としては武術家でありたいと思われていたみたいで、私にも武術家と名乗れと言われていました。

 そういえば、青木宏之先生からも、「長野さんが堂々と武術家と名乗ってくれないとみんな困るじゃないか」と言われていたんですが、私は研究家としての自分の能力をちゃんと使って武術文化の復興者として歴史に名前を遺すという壮大な“野望”があるので、単なる一達人みたいにはなりたくない訳ですよ。

 武術家なんて自分で名乗ってる連中は馬鹿ばっかりで、頭が悪そうだし・・・。

 私は生前の松田先生とこんな話も随分としましたが、松田先生御自身が長年悩んでこられた事柄を私が平気で折り合いつけてしまっている点を「うらやましいよ」と言われたこともありました。

「長野君みたいに捨て身になれるヤツは今時、いないよ。君は任侠道がわかってるな~!」と、延々とヤクザの話をされてました・・・(苦笑)。

 実際、武術よりヤクザの話の方が多かったような気がしますね~。まあ、書けない内容だけど・・・(苦笑)。

 山田氏が知っている頃の松田先生と私がお付き合いしていた松田先生とは、別人とまでは言いませんが、相当に考え方や目指す方向は変わっていたと思いましたね。

 武術よりは精神世界への傾倒の方が強まっていたと思います。

 だから、八卦掌と心意六合拳が好きみたいでしたし、「形意拳や心意六合拳は小周天が解らないと意味がない」みたいに言われて、私がそのことを指摘して書いていたのを、よく気づいたな~と非常に誉めてくださいましたね。

 つまり、晩年の松田先生は戦闘術としての武術の奥にある超人開発法としての可能性に視点が移っていたと思うんですよ。

 最晩年に青木先生を御紹介したら一遍で心酔されていて、私は本当に、「あ~、もっと早く会わせていれば・・・」と思いましたよ。心残りは、それだけですかね?

 でも、山田氏の本を読んで、安心しました。松田先生の武術研究は、かつてのお弟子さんがこれから引き継いでいってくれるだろう・・・と思います。誰もいないんじゃないか?と思って心配だったので・・・。

 第二弾で日本の中国武術史みたいなのも山田氏には書いてもらいたいですね。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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