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公開断罪は隠匿性を助長するのでは

 最近、何だか、どうでもいいようなことまでニュースで大問題扱いし過ぎているような気がします。

 号泣議員は面白いからいいけど、維新の会の議員の除団処分とかは、何だかトカゲの尻尾切りとでも言うか、ちょっとな~?と思いました。

 単に“大人気ないヤツ”程度で済ましておけばいいんではないか?と。

 どうして、そう思うか?と言いますと、私も過激な言葉をバンバン使っているからで、非常識だ・ヘンタイだ・・・とか言われても、「ハ~、そうっスかね~?」くらいにしか言えませんからね。

 私は別に中学生集めてお茶会しようとか思いませんけど、相手が誰であろうと失礼なこと言ってきたりする相手には、ガンガン注意する性格なので、時には目上の人であっても、納得いかないと反論しますからね。

 もちろん、前提として武道の世界では私みたいなことはやっちゃいけない訳です。

 でも、それは、武道の世界が前時代的封建主義を引きずっているのであって、社会的には非常識な訳です。

 例えば、武道の世界では「インチキやってる人間を糾弾したりするのは大人気ないことだ」という認識がまかり通っている訳ですよ。

 嘘ついてオッケー!な業界なんですよ。いや、マジで・・・。

 どうしてか?というと、ものすごく嘘ついてる人が多いので、一人糾弾すると芋づる式にドドドーッ!と糾弾しなきゃならなくなったりするんですね。

 場合によっては糾弾してる人間も嘘ついてたりするんで、バカ臭いから誰も怒る気がしなくなってしまう訳です。五十歩百歩の世界だから。

 どうしてこんなになっちゃったのか?というと、武道は伝統的に勉強が苦手な人間がやるスポーツだというカテゴライズをされてしまっているからです。

 自分の頭で考える習慣が無い人間がやってるから、封建的な体質の方が助かる訳。

 明確にIQ低い人間が多いですからね。言われた通りに動いた方が楽だし、責任負わなくて済むでしょう?

 でも、こういう体質は明治以降に武道が軍隊の教練に利用されるようになって広まった愚民化制度だと思います。

 それ以前は自分の頭で考えて行動する人が多かったと思いますよ。

 武道馬鹿の典型みたいに思われている平山行蔵だって、軍学者であり国防論の先駆的業績を挙げた非常にIQの高い人でした。

 私が武道という言葉を普段は極力使わないようにしているのも、この言葉の中に制度的に組み込まれている封建的体質を避けたいからなんですよ。

「~道」という言葉の中に、そのカテゴリーの中に帰属すべし・・・という暗黙の強制力が内蔵されていますからね。そういう共同幻想を強いる言葉は嫌いですね。

 閉ざされたカテゴライズの中では進歩発展が自ずと制限されてしまいます。外部との交流による刺激があってこそ物事はより高度なものへと向上していくのです。

 そのためには“~道”ではなく、核となる“~術”に視点を置いて思想的展開(武とはこうであらねばならない!といった権威付け)を捨て去る必要があると考えた訳です。

 よって、私は武道の世界の社会的に未成熟で遅れている部分は改善すべきだと思ってるので、敢えて“悪習(この場合、事なかれ主義)”には従わなかった訳です。

 こういう前時代的体質をいつまでも引きずっているから、武道そのものが社会に今一つ評価されていないと思うんですね。

 けれども、そうは思いつつも、武道の世界の礼節というのは、命を守るための戦略として発達したものなので、そこは捨てないようにしてもらいたいと思っていますよ。

 普通は武道の世界では外側の礼節ばかり気にしますが、私は本質としての礼節を求めますね。

 何故なら、上っ面の礼節は逆に相手に対する侮辱にしかならないからです。

「腹を割って話す」とか言いますよね? 相手を信頼するからこそ本音をぶつけられるし、本音をぶつけられたら、それを受け止められる人間かどうか?の度量が問われますよね。

 逆説的に考えれば、本音をぶつけてくる相手は、それだけこちらの度量を認めているからであって、それに応えられなかったら、「なんだ、この程度のヤツか?」ということになってしまいます。

 無論、ただ単に子供のように本音を誰彼かまわずぶつけまくっているようではガキでしかない訳ですが、それでも少なくとも嘘が無いでしょう?

 私は悪口でも何でも本音をぶつけてくる人間の方が好きです。とってつけたような綺麗事ばかり言う人間が大っ嫌いです。だから、安倍首相が嫌い!

 小泉さんとか石原さんとか橋下さんの人気って、暴言スレスレでも本音をぶつけてくるところだったと思います。

 考え方は賛否あっても言葉に嘘が無い。そこが人気の秘密だったと思いますね。

 今は異様なくらい言葉狩りしているんじゃないですか?

 本質を問題にするんじゃなくて言葉の是非を平面的に論じているだけじゃないですか?


 あ~言っちゃダメ。こ~言う表現はダメ・・・。

 何だか、そんな実にせせこましい世の中になってきた感じがします。

 親友を解体しようとしたサイコパス少女が珍しい存在ではなくなっていく気がします。

 それくらい時代が病んできている気がしますね。

 ネットによって情報が容易に公開されるようになったからこそ、権力は隠匿性をどんどん高めていこうとしている気がします。

 その行き着く先には戦争が待っているような気がしてなりません。

 慰安婦問題の有無を論じる中で多様な意見が出ていますが、私の関心は、どう思うか?という意見ではなく、真実はどうか?という一点だけであり、それは特定の国がどうこうという問題でもなく、事実として戦争の現場で何が行われていたのか?ということです。

 戦争体験者の語る中国での赤ん坊を連れた現地女性を慰安婦として無理やり連れていき、崖から赤ん坊を投げ捨てたら母親もすぐに後を追って身を投げた・・・という体験談をニュース番組で見ました。

 思想がどうとか、国の尊厳がどうとか・・・そんな糞みたいな論議をする気はありません。

 戦争という異常な状況の中で、人間がどれだけ鬼畜な振る舞いをやってしまうのか? そして、その罪の意識に生涯、苦しめられて生きていく人間もいれば、無かったこととして目を背けて生きていく人間もいるということ。

 ベトナム、朝鮮の戦争に従軍したアメリカ人武道家の先生に聞いた話では、多くの敵を殺した人間を英雄として称賛することで心の傷を紛らわせるのだとか? 「国のために戦った立派な行為」とすることで殺人行為の罪の意識を癒す・・・。

 欺瞞だとは思いませんか?

 戦争なんかしなければ、こんなことはする必要がない。

「それならば、他国から侵略されたらどうするんだ?」と、騒ぐ人達がいます。逃げるか戦うか? それは個人個人が自分で選べばいいだけの話です。

「それでは国が奪われてしまう」と危機感を煽る人達もいます。土地が奪われたら死ぬんですか? 違うでしょう? 日本人としてのアイデンティティーが奪われた時に国が滅ぶんですよ!

 更に言うなら、今の日本に日本人としての明確な誇りを持っている人間がどのくらいいるんでしょうか?

「日本は今日からアメリカの州の一つになります」と言われたところで、悲観的にわめき散らす人は少ないでしょう? だって、自覚していないだけで実質的に敗戦後の日本はずっとアメリカの植民地そのものだったんですから・・・。

 USAの中のジャパン州でもいいじゃないですか?

 50年計画くらいで日本人の大統領を誕生させて、「今日からアメリカは日本と名前が変わります!」と宣言すればいいんですよ!

 これは突飛なことじゃありません。アメリカが日本人に支配されることを恐れる意識が、名作『猿の惑星』を誕生させたんですよ。

『猿の惑星』のラストシーンで海岸の砂に埋まった自由の女神の像が出てくるでしょう?

 あの自由の女神像って、フリーメイソンの象徴ですよ。

 つまり、アメリカ建国の真の立役者であるフリーメイソンを日本が滅ぼしてしまうという話なんですよ。

 川内康範の『レインボーマン』や『コンドールマン』では、敵は明らかにフリーメイソンを意識してましたよね。陰謀論を駄法螺だと言い張るのも早計ですよね~?

 安倍首相のやってることって、ことごとく陰謀論で囁かれてきていたことだって気づいている人はどのくらいいるんでしょうかね?

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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