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霊感発動?

 いつも気にしていない人のことが突然、脳裏に浮かんでくると、その当人から電話がかかってきたり、手紙がきたり・・・ということが、私の場合、妙に多くて、それもまた運命論者になった切っ掛けの一つだったりします。

 特に、昔の会員から電話がくる時は、かなりの確率で思い出します。

 なので、最近は、ふと誰かのことを思い出すと、「そろそろ、あいつから電話があるかもしれんな」と、当たり前に考えるようになりました。

 で、今回は、Sさんという数年に一回くらいの割合で稽古に来る会員さんのことを思い出したので、北島師範に、「Sさんのことを突然、思い出したから、近々、来るかも」と言っておきました。

 と、北島師範が帰った後、本当にSさんから電話がかかってきましたよ。

 まあ、2年ぶりくらいですかね? 電話があったのは・・・。

 近況報告をしてくれましたが、元気にやっているみたいで安心しました。

 彼は最初に会が潰れかかった時の前に入会していたので、今も足を運ぶ(といっても2~3年に一回くらい?)会員の中では最古参になっています。

 もともと、空手をずっとやっていて指導員もやっていたんじゃなかったか?と思いますが、ちょいヤンキーっぽいので、最初に訪ねてきた時も、ずっと狙ってる感じがありましたね。

 そのときの印象を、「最初はチョロイと思ったんですけど、向かい合ったら急にデカク見えたんで、こりゃヤベ~と思ったんですよ」と語ってくれました。

 似たようなことを元ヤンの会員数人から、まったく同じように言われたことあります。

 そういう人達って、武道の初段くらいの同年配の相手ともよく喧嘩して勝ったりしているという場合が多くて、権威を信用しないんですね。

「空手初段なんて弱いっスよ~」と、ヘラヘラしながら言ったヤツもいました。

 要するに、喧嘩慣れしてないから簡単にスキが突けるんだそうですが、確かに、初段くらいだと、そういう人が多いと私も思います。

 試合経験の多い人でも、喧嘩の駆け引きは全然知らなくて、簡単に騙されて一方的にやられてしまう場合があります。

 武術の術の部分は、相手の意識を読むことが重要なので、意識の隙間をついて有名なチャンピオンをあしらったりすることもできるようになります。

 だけど、これは構造的な戦闘理論の違いによるものなので、簡単に強い弱いで考えることはできない訳です。

 先日も、極真空手と合気道をやっていた会員さんに個人指導している時に、私が彼の技が出せないように封じてしまうので、「こんなことを言うと問題があるかもしれませんが、正直、長野先生には~~先輩でも勝てないと思います」と感想を言っていました。

 この~~先輩というのは極真空手で非常に有名な方です。

「確かに、この戦法を使えば、~~さんも自分の技が出せなくなるから、この状態にまで持ち込めば私が勝てると思いますよ。でも、この状態にまで持ち込むのが大変だし、私は大抵の流派の戦い方を研究して破る方法を工夫しているのに対して、~~さんは、こういう戦い方は知らないでしょう? だから、どっちが強いの弱いのと比較して論じることそのものがナンセンスですよ」と説明しておきました。

 多分、長年やってきて自信があるのに、私に全然、通じないから悔しいという気持ちもあったのかもしれません。

 ですが、40年近くやってきて、私はありとあらゆる武術を研究しまくってますから、普通の武道のやり方で私に勝つにはパワーが十倍あるとか、五倍のスピードで動けるとかくらいの圧倒的な差が無ければ、私と大差のない実力だったら勝つのは難しいでしょう。

 誤解しないで戴きたいのは、私は自分が強いと思っているのではないのです。

 強い弱いという判断は、同じ戦い方をしてこそ区別できるのであって、違う戦い方をすれば勝ち負けはいくらでも変わってしまいます。

 私の場合、他人の戦い方を見て、弱点を見つけるのが圧倒的に上手いので、弱点だけを執拗に狙って攻撃する・・・というだけです。

 特に、ここ数年で、視点がガラッと変わってしまったのです。

 いくら強かろうが、明らかな弱点が判っていたら怖がる必要がないでしょう?

 そして、往々にして本人は自分の弱点を解っていないのです。解っていないから直そうとしない。従って、ちょっと違う視点から観察すると弱点がモロバレになってしまう。

 こう言って、ハッとするような人なら改善できるでしょうが、「長野は何を偉そうに屁理屈言ってるんだよ」と虚勢張ってるような人間は絶望的に馬鹿だから延々と弱点を晒したままなんですよ。

 前回だったかのセミナーの時に、「指一本で倒せると言えば、大言壮語してると思うでしょう?」と言っておいてから、抵抗する相手を指一本で倒して見せました。

 やって見せて、説明すれば、別にどうということもないのです。

 ところが、知らない相手にいきなりやられたら無防備に食らってしまうものなのです。

 無論、試合では弱点を狙うのは基本的に禁止されていますから、試合で勝つのは無理だと思います。が、ルール無用なら堂々と弱点だけ狙えるでしょう?

「そんな簡単に急所には当たらない」と言う武道家もいますが、認識不足ですね。

 人体の仕組みを熟知している人間にとっては人体は急所だらけです。急所というのは効かせ方に秘訣があるのです。単純に狙っても無駄ですし、たまに急所を攻められてもさっぱり効かない人もいます。

 しかし、人体の構造上の弱点は必ずあります。

 おまけに、ルール無用というのは武器でも何でも使うということですよ。

 ニュース番組で報道される殺人事件で、犯人が素手で殴り殺したという事例がどれだけあるでしょうか? 幼児の虐待死以外では、ほとんど皆無でしょう?

 この前も、ミニバイクに当て逃げされたので追っかけて捕まえたら果物ナイフで刺されたという事件がありました。

 つまり、果物ナイフを持ち歩いていたということですよね?

 日常生活の中に、いくらでも殺傷力のある武器に転化できるものはあります。

 包丁・果物ナイフ・ボールペン・花瓶・タオル・ゴルフクラブ・バット・・・。

 傘なんか楯にも槍にもなりますよ。

 ネクタイなんか「絞め殺してください」って言ってるようなものだから、基本、私は冠婚葬祭の時しかしません。

 ヤクザがデカい指輪をいくつもつけてるのも、あれ、メリケンサック代わりですよ。

 帽子なんかも針や小形のナイフやワイヤーとか仕込めるし、咄嗟に目隠しにも使えますよね? 江戸時代なんか鉄板張った笠で鉄砲の弾防いだりしたようですし、小形の矢を内側に何本も仕込んでおいて、半弓を持ち歩いて暗殺用にしたようです。

 こういう身の回りのものを咄嗟に武器に転化するというのも武術の基本的心得なんですが、それすら認識していない武道愛好家が大半でしょう?

 甘っちょろ過ぎです!

 武道をやっている人間がある意味で最も護身の知識が欠けている・・・。

 相手が素手で、堂々と一対一で自分と同じ戦い方をしてくれると信じて何も疑わないのですから・・・。

 例えば、アメリカで素手だったりオモチャのピストルを持っていた人間を警官が射殺した事件を日本で報道する場合、「酷い!」と論じますが、事情を何も判っていないんですね。

 アメリカでは威嚇射撃などしようものなら、即座に警官が射殺されてしまう。一瞬の油断で射殺される警官が非常に多い。

 だからこそ、わずかでも怪しい動きをしたらどてっ腹に銃弾を撃ち込むしかない。

 ハイウェイパトロールの警官が強力な.357マグナム弾を撃てる拳銃を持ったりするのも、麻薬中毒患者などは普通の弾丸を何発も撃ち込んでも反撃してきたりするからなのだそうです。

 コップキラーと呼ばれる防弾チョッキを貫通する特殊弾まであるんですから、警官が非情にならざるを得ない訳ですよ。

 武器を持っていなかったとか、銃がオモチャだったというのは結果論でしかありませんし、もし本物の銃を持っていたら、射殺しなければ犠牲者がどんどん出るかもしれない。

 そういうリアルな警官の世界を描いたのが『ダーティハリー』なんですよ。

 あの主人公は、実在のモデルになっている警官がいるんです。流石に.44マグナムは愛用していませんが、.357マグナムを使うエングレーブ入りニッケルメッキのコルトパイソンを愛用しています。

 私が銃に拘るのも、本当にリアルな戦闘を考えれば、銃の使い方も知らないのでは話にならないからですよ。

 日本だって、ヤクザや不良外人が拳銃を出さないとも限らないでしょう?

 そういうシチュエーションをまったく想定しないで子供の喧嘩レベルのことしか考えない連中が武道だの武術だのの最強論を話すのは“阿呆の極み”です!

 私は本物の銃は競技用のファインベルクバウ・エアライフルしか撃ったことありませんが(昔、新宿のエアライフル射撃場に通っていた)、エアガン、ガスガン、モデルガンで銃のメカニズムをよく研究していたので、警察官になった親友に射撃のやり方を教えて、彼は警察学校で射撃の成績が非常に良かったそうでした。

 北島師範にも使い方を教えていたので、ハワイの射撃場で何種類か撃った時にも、ちゃんとターゲットに当てていたそうです(ガスガンで練習していたのと同じで反動があるかないかくらいの違いだったそうです)。

 実際、エアガン、ガスガンの競技会で活躍していた人がアメリカに渡って射撃訓練を積んでエキスパートになったりもしています。

 これは、模擬刀で居合術の稽古を積んでいれば、真剣もちゃんと使えるというのと同じことです。

 武道や武術の稽古も、本質的には現実の戦闘に対応する模擬訓練なんですよね。

 ところが、競技形式に縛られ過ぎて、本来は現実的な戦闘に対応する能力を磨くためのものだったのに、“本質”から外れてしまった訳です。

 システマのミカエル先生に刀で切りかかりながら幼児のように翻弄されている甲野氏の姿こそが“現在の日本武術の悲しく痛ましい現実”なんだと猛省し、本当の戦いに対応できる武術を追究し直さなければ、日本武術は世界中の笑い者になってしまいますよ!

 介護やスポーツに役だったと喜んでいる場合じゃないんです。

 日本の武道武術が、もはや、のっぴきならない非実戦的な骨董品に成り下がってしまっているという現実を認識しなければなりません。

「神武不殺」という言葉が日本武術の理想です。

 が、この言葉は、「いつでも殺せる圧倒的な威力を持っていながら敵を殺さずに改心に仕向ける」という技術を超えた精神の境地を示した言葉であって、殺す力も無い人間が称するのは愚劣なのです。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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