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イスラム国とオウム真理教

 イスラム国のテロに連動していろいろなテロ行為やら暴力事件が頻発していますね?

 よく、「ニュースで流すから増えたように感じるだけで数値化したら大して変わらない」と評する人もいるんですが、私はそうは思わないんですね。

 人間はイメージによって先導されるからです。ある事件が起こると、事件の質が似たものが連続的に起こったりするのです。

 川崎の中学生リンチ殺人事件なんかも、イスラム国の虐殺事件の影響が無いとは言えないと思いますよ。

 どうしてか?というと、不良グループの制裁にしては、あまりにも猟奇的でしょう?

 あるいは、サイコパスJK、JDの影響もあるかもしれません・・・。

 つまり、人間は社会的な理性によって抑えている獣性の本能を、ふとした弾みで解放してしまう動物だということです。

 その“ふとした弾み”というのが、宗教思想だったりもするから大変なんですよね?

 歴史的に見ても、戦争の大きな発生原因は宗教間の対立です。

 もちろん、本当はいろんな対立の構図がある訳ですが、そこに宗教がからむことで戦争の大義名分が立ってしまう訳です。

 テレ朝で「オウム20年目の真実」というドキュメンタリー番組がありましたが、前々から都市伝説としてはささやかれていた核武装計画やらサリンをヘリコプターで撒く計画等々、一歩遅れていたら日本は壊滅状態に追い込まれていたかもしれない・・・という恐ろしさがありました。

 地下鉄サリン事件が起こった直後、当時、通っていた道場で、「あれはオウムの仕業だろう」と私が言うと、「長野さ~ん、何言ってるんですか? 仮にも宗教団体がそんなことする訳ないじゃないですか~?」と笑って否定されました。

 が、上九一色村のオウムの施設に捜査があった後、笑って否定していた彼が真っ青な顔で、「長野さん、どうして知ってたんですか?」と尋ねてきていました。

 無論、知っていた訳ではありません。

 が、カルト宗教が起こす反社会的な事件について関心が深かった私は、以前からオウム真理教はそういう方向に進むだろうと予測していたし、坂本弁護士一家失踪事件等々から、オウムが反社会的な大事件を起こすのは時間の問題だと推測していたからです。

 歴史的に見てみれば、戦争が起こる大きな要因に宗教思想の対立があることは自明であり、これをイデオロギーの対立と考えれば、ほとんど全面的にあらゆる戦争や虐殺の理由になっています。

 ポルポト政権の虐殺や、天安門事件もそうだし、日本でも一向宗一揆や島原の乱とかありますし、安保闘争や過激派のテロ事件なんかもイデオロギー闘争ですよ。

 宗教と思想は違うと言いたい人も居るでしょうが、構造的には変わりません。科学という思想は無神論の唯物論を根底に置き、自然科学に対する社会科学という思想が社会主義、共産主義というイデオロギーを生み出しているからです。

 時に科学者が突如として宗教に目覚めて信仰を吐露する(武道の世界なら保江さんとか)のも、本質的に科学が信仰によって成立しているからですし、80年代にブームとなったニューサイエンス、トランスパーソナル心理学の運動などは、科学的に宗教理念に迫ったものとも言えるでしょう。

 こうしたニューサイエンス運動の一つの拠点になったカリフォルニアのエサレン研究所では、様々なヒーリング、整体、サイコセラピーの流派が生み出されていますが、一方ではマルチ商法や自己啓発セミナーのような催眠を利用した洗脳技術の商業的展開も派生させています。

 例えば、陰謀論で言われるところのフリーメーソン等には秘儀伝授の伝統がありますが、その実態は秘教的な教えとされています。

 この秘儀というのを簡単にいうと成功哲学の類いのプラスのイメージを持つことで願望が現実化するという、仏教式に言うところの唯心論を利用したものなんですね。

 これは80年代くらいからビジネスマン向けの自己啓発本のネタとしてナポレオン・ヒルとかマーフィーの法則とか、ビッグトゥモローで繰り返し記事にされるような話です。

 こういう自己啓発系の理論を知ることで自分は成功者となれるのだ!と舞い上がって、オツムがアッパッパになって現実感覚を喪失して自滅していく人達も多いんですが、イワシの頭も信心、信じる者は救われる・・・の格言の通り、もう現実を見ないで自己のプラスイメージのインナースペースに埋没してしまったりするので、社会問題化したりしていた訳ですが、こういう精神的廃人化を他人が止めることは難しいのです。

 脳は快感原則に支配されやすいので、プラスイメージだけ考えようなんて、結局は自分の御都合主義で考えて現実の問題点を無視するようになる訳ですが、ドーパミンとかエンドルフィンがどっぱどっぱ出てると、もう脳がシャブ漬みたいになっちゃうから、自分の克己心でどうにかできる人は佛陀みたいな超人しかいない訳ですよ。

 苦しいだけの修行なんか誰もやりません。その苦しさの先の絶頂の感覚があるから麻薬中毒のように続けてしまうのですよ。

 これは、ほとんどの宗教の創始者が神秘体験として絶対権威化して語りますが、それから抜け出したのがゴータマ・シッダールタだったんだと思いますね。起こった現象は現象として何の評価も加えない。そうした徹底的に超然とした態度が必要だと思いますね。

 でないと結局、権威主義にからめ取られて世知辛い浮世の中でアタフタさせられ、「こんなの嫌だ」と現実逃避に到る。あるいは、「間違った世界を滅ぼすしかない!」という神の視点に立ってしまう・・・。

 宗教の怖いところは“ここ”ですよ。テメーの分際を錯覚させてしまうところ。

 オウムが注目されたのも、宗教というより御利益主義の「超能力者になれる!」みたいなお手軽なイメージがオカルト雑誌(ムーよりもトワイライトゾーン)によって広められたからでしょう。

 当然、そこに集まってくる人間も、利己的なタイプばっかりで、真摯に宗教的な学びを得ようとしている訳ではなかったと思いますよ。

 なぜなら、あれだけの大事件を起こしていながら、尚も信仰を捨てようとはしていないじゃないですか? 根本的に社会的な責任感なんぞ持ち併せていない人間が信仰に逃げ込んでいるだけです。

 まともな神経があれば、信仰を捨てて、ひたすら働いて被害者にお金を払い続けて「我々の信仰がとんでもない罪を犯してしまった。申し訳ない・・・」と、泣きの涙で懴悔の生涯を送るでしょう。

 善か悪かは別にして、もし中国で起こっていたら、オウム真理教の信者は全員、捕まって処刑されてしまったと思いますね?

 でも、私はそれが酷いとは言えませんね。何せ、人類を滅ぼそうとしていた宗教団体なんだから、“37564”しかないんじゃないですか?

 私は、日本は本当に宗教の怖さが解ってないな~?と思いますよ。また、洗脳されることへの恐ろしさを解ってないから、未だに入信する人達が居るんでしょう?

 私は、番組見ていて、元オウムの幹部達が、今の気持ちで当時の場に居たら止めたか?と聞かれて、「いや、無理です」と答えているのに、寒気がしましたよ。

 何の罪もない人達が殺されるのを黙って見ていられる人間が、仏の慈愛だの人様に説くのかいな?と・・・。

 無理でも何でも殺されって「やめろ!」って止めに入るのが、まとな人間でしょう?

 そんな自分の命大事に他人を見殺しにする糞外道が、何で、信仰を続けるのか?

 信仰の自由というのは人殺していいってことじゃないよ。

 これは価値観が違うとかいう問題ではなく、宗教にのめり込む人間の心の奥にある自己憐憫の問題であって、現実逃避しているだけです。

 現実逃避したくてもできないから現実の世の中を憎み、呪い、破滅させてしまえばいいのだ!とテロに走る訳で、弱者の心理メカニズムから生み出される呪いの原理ですよ。

 これは、ほとんどの宗教が暴力を否定しているのとは矛盾しているようですが、宗教というのは唯我独尊、他の宗教を否定することでは万教同根ですから、呪いの原理は容易に起動し得るのです。

「異教徒は駆逐すべき対象」という短絡的理論に支配されてしまうのです。

 そこに近代的個人の尊厳という考えは存在しません。

 このような独善性を強めた揚げ句に排他的、破壊的な過激さを強めていくのは理の当然です。

 人間には帰属欲と支配欲があります。これが権力構造を作り出していく。

 そして、信仰心とは、帰属欲が生み出すものです。

 これは支配欲と表裏一体のものなので、何物かを崇拝したがる心性を生み出します。

 偶像崇拝、ファン心理、オタク的執着・・・これらが自己崇拝に変質した時にカルトが発生する心性が誕生します。

 邪悪な神は、このような精神の中から這い出てくるのです。

 オウムに関しては、最終解脱者、麻原ショウコウというアイドル(カリスマ)を自己演出し雑誌(メディア)を通じてカリスマ誕生のストーリーを紡ぐことで信者を獲得していきました。

 実は、その時期に、私のところにも「オウムに来ませんか?」という葉書が来たことがありました。

 しかし、私は新興宗教に批判的であり(統一教会のビデオセンターに何度か行ったことが切っ掛け)、「宗教は人間を呪縛する装置だ」と考えていたので、雑誌に書かれている麻原の記事に関しても胡散臭い印象があったので、行きませんでした。

 もし、その時に行っていたら、どうなっていただろうか?と考えると恐ろしいです。

 でも、実際に行った武術家?も居たらしく、そのような実例は武術武道のライターをやっている時に、度々、聞きました。

 また、私の講座に元オウム信者が来たこともありました。武歴は偽っていましたが、明らかに心得があるのが判ったので、たまたま帰りの電車が一緒だったので水を向けてみたら、正直に打ち明けてくれました。

 オウム信者だったということでは、うちの会で最初に問題を起こしたK君という人も学生時代に大学でオウムに入信していたそうでした。イジメを苦にして自分を鍛えたいと思いながらも、神秘のパワーに頼ってしまう精神構造から邪悪な分裂人格が生まれたのでしょう。

 オウムが武装化していたことは知られていますが、実際に武術の世界と繋がりを持とうとしていたのも事実なのです。

 現在でもヨガサークルや中国武術サークル等に成り済ましているオウム信者も居るそうですが、気質的に共通するものがあることは否定し切れません。

 ところが、事件から20年も経過すると、その危険性を実感できない若い人が取り込まれてしまう例も増えているようです。

 ここ最近のイスラム国に関する報道を見ていると、オウムが巨大化したような印象を受けます。

 現実に武装し、平然と公開処刑をする様子をネット動画で流す選民思想に毒された人間達・・・。

 もう、話して通じるとは思えないですね。まともな人間なら、人殺しを躊躇するでしょう? その葛藤も無い殺人マシーンになっている連中は、抹殺するしか対処法は無いでしょうね。哀しいことですが、もう、救えないですよ。

 その狂った闘争の中に自ら首を突っ込んでしまった安倍首相に、どれだけの覚悟があったとしても、現実に殺したり殺されたりするのは名も無き自衛官であり、我々国民かもしれません。

 権力の上に居る人間は気楽なもんだと思いますよ。

 けれども、本当の平和を実現するのは、不可能ではないと信じたいです。生きる楽しさや喜びを味わえる世界は、ただ人間が学び成長していくことで実現できるでしょう。

 宗教や思想は憎悪と呪いを拡散させるけれども、文化芸術は感動と調和を広げる。

 だから、私は作家を目指す・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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