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お花見~

 毎年、恒例のお花見ですが・・・今年は、花の咲き刻がよく掴めず、散ってしまっては意味がないと思って、三月最後の日曜日に地元、鹿沼公園の池のほとりで、三部咲きくらいの桜を見ながら、軽くやりました。

 私は前日の夜にアニメのシナリオの直し作業をやって徹夜していたので、缶ビール一本で酔ってしまい、持病の発作が起きそうになってしまったので、先に帰りました。

 会員はその後も練習していったらしいです。

 翌週の日曜は相模原の桜は満開を過ぎて散り始めていましたが、まだまだいい感じで、「あちゃ~、お花見は今日にすれば良かった」と思いました。

 うちの道場に行く道は桜並木になっているので、借りる時に「桜の季節はいいぞ~?」と思っていたんですが、何だか剪定でかなり枝を切っていたので心配だったんですね。

 でも、満開になると、やっぱりいい感じです。

 桜が咲く頃って、何故か、毎年、寒くなったりしている気がするんですが、この日も、さて、そろそろ道場に行くか?と思って玄関のドアを開けると、「寒っ!」と、すぐ引っ込んで、しまったばかりのコート出して着ましたよ。

 マフラーもしようか?と思うくらいでしたね。

 前日は、地方から入会個人指導希望の方を教えて、ちょっと寒の戻りかな?くらいには思っていたんですが、これは、ちょっと寒過ぎるかな?と思いましたね。

 私、一日中、原稿書いてて一歩も外に出ない日もあったりするんで、部屋の中では薄着なんですよね? 毎朝、新聞取ろうと玄関開けた時に外の気温が判るんです。

 で、道場に行って、途中で買ったホットの缶コーヒーを飲みながら、釵を振ったりしてました。

 この日は道場に初めて来る会員がいたので、北島師範に駅前まで行って連れてきてもらいました。

 居合道、杖道の七段を持ってらっしゃるんですが、微塵も偉ぶったところがない人なんです。

 二段くらいで、いっぱしの実力と自惚れる人間も少なくありませんが、七段になっても他流に学ぼうとされる謙虚さには頭が下がります。

 もともと、私が親しくさせていただいている太極拳の河原先生の居合道仲間で、体術系に興味を持たれているということで紹介していただいたのが3年くらい前ですかね~?

 仕事の関係で定期的には通えなかったんですが、「常設道場ができたので、いつでもいいですよ」と言っていたのです。

 この日はせっかくなんで、独己九剣を使った剣術の先の取り方や無刀取りなんかのやり方も解説指導しました。

 やっぱり、居合道七段の方ですから、刀の振りは凄いですし、杖道もされているから、間の取り方も上手いですね。

 そして、何よりも、自分の学んだやり方をひけらかさないで、私の指導する通りにやろうとされるところが見事です。

「そんなやり方はダメだ」とか他流を侮ったことを口にする人が武術愛好家には多いんですよ。

 的確な批判なら文句はありませんが、ほとんどが無知から来る見当外れの勘違い。自分の恥を晒しているのに気づかない・・・。

 私は何が嫌いって、第一に、身の程を弁えない自惚れ屋(第二に綺麗事言うヤツ)が大っ嫌いなんです。

 実力が伴っているなら黙認しますが、実力も無いのに自惚れた口を利くような人間には教えたくない。実際に、何度かそういう人を追い返したことあります。

 だって、自惚れ屋に危険な技教えたら、増長するだけでしょう?

 武術の技は、たとえ素手でも簡単に人体を修復不能な状態にしてしまえる技です。本物の技であればある程、殺傷力が高まります。

 技が効くか効かないか?という話ではなく、まともに使えば必ず致命傷を与えてしまうのが武術なのです。

 強いとか弱いじゃないんですよ。試合では使えない技しか使わない。それが武術です。

 過日、小説講座の新年会でミステリー小説家志望の人から質問されて武術の技を解説していたら、「うわ~、長野さんって殺し屋みたいですね!」と苦笑していました。

 タクティカルナイフの使い方や、セミオートピストルについて説明していたら、あまりに私が当たり前に殺すテクニックを解説するので呆れてしまったらしいです。

 まあ、普通の人は、一度も考えたことがないでしょうから。

 それどころか、普通に武道や格闘技をやってきた人にとっても「考えたこともなかった」と言われることが多いです。そのくらい武術の技は危険なのです。

 でも、そんな現実には使う訳にいかない技の考え方でも、作家にとっては創作に必要な思考法です。そういう意味で、私は作家向きの人間だよな~?と、つくづく思います。

 また、武術の技をどれだけ会得しても、一生に一度も使う機会が無いでしょうが、小説や漫画に反映させれば無尽蔵に作品を量産できるでしょう。ネタには困らない。

 つまり、武術は知識の質と量が肝心なんですよ。

 先天的に体力や体格に恵まれなくとも、武術の膨大な知識の中から自分に合ったやり方を見つけ出して磨いていけば、普通に戦っても、到底、勝ち目がないような敵にも勝つことができるのです。

「そんな美味いやり方なんか現実にはない」と言う武道家や格闘家もいますが、それは武術に対する無知から来る勘違いですよ。

 武術の戦闘は、ルールを決めて同じ戦い方をするものではありません。兵法がベースなので、複数で襲う・罠を仕掛ける・強力な武器を用意する・・・勝つためには何だってやる。武道や格闘技では許されないことが武術では当たり前なのです。

 武道が綺麗事をくっつけるようになったのは、プロパガンダ(宣伝戦略)のために社会的支持を得るための方便だったのであり、武術の本質は生き死にがかかった戦闘を生き抜くためのものであり、それ以外のいかなる理屈も存在理由にはなりません。

 何と、すがすがしいまでの嘘の無さ!

 生きるための戦いを勝ち抜く術・・・それがあらゆるレトリックを剥ぎ取った純粋な武術の存在理由なのです。そういう野性の本能を充足させてくれつつ、人間の理性が生み出した術技であるという点に、私は魅力感じるんですよね~・・・。


 練習後に和食ファミレスでマッタリしましたが、通っている会員さん達も、自分達がここ最近、急激にレベルアップしてきている・・・という実感があったらしく、表情も明るかったですね。

 ただね。

 武術そのものは、どこまでいっても使い道はありません。人間は野性動物じゃありませんからね。

 それでも、万に一つ、理不尽な暴力に晒された時に、自分や自分の家族、友人、あるいは、街中でたまたま出くわした人を助けることができるかもしれません。

 その、いざという時に備えて修練しておくことは、決して無駄なことではないと思いますよ。

 私も、武術のお陰で何度も窮地を脱したことがありました。

 暴力を示して脅された時に、ハラを括って、「やれるもんなら、やってください」という気持ちで対すると、大抵の相手は怯んで引き下がってくれました。

 結局、その捨て身の心が持てるかどうか?が大切なことなのでしょうね。

 その一点だけで、武術修行は精神修行にもなり得ると個人的には言えます。が、スポーツ的な“強さ”を追求するフィジカルなものではないと、最近は痛感しています。

 やっぱり、哲学的なものだと思いますね。修行なんだと思います。勉強の要素もあるし、伝統文化を継承するという意義もあります。

 ただ、運動して汗流して気持ちいい・・・というのとは違うよな~?と、思います。

 人の殺し方を練習する訳ですからね。やっていて何も感じないのは精神的に欠陥があるでしょう?

 自問自答しながら葛藤し続ける面も持っていないと、心に魔物が住み着いてしまうような怖さも感じます。それは外から入ってくるのではなく、意識の奥に眠っているものなんでしょう。

「人を殺してみたかった」と言う人間が居ると、「異常だ!」と言いますが、一度も他人に殺意を感じたことがない人間が、どのくらい居るでしょうか?

 私は二回は本気で人を殺してやりたいと思ったことがあります。もちろん、実行しなかったから、今、こうして普通?に暮らしていられる訳ですが。

 しかし、人間は、大義名分をたてれば実に簡単に人殺しをやってしまうでしょう?

 四半世紀も前、私が甲野氏に習っていた頃、彼は「大義名分があれば人を殺しても心は痛まない」と言っていて、「ははぁ~。この人は殺してみたいんだな~? 変態なんだな~?」と思ったことがありました。

“人を殺してみたい”という欲求よりも、“大義名分があれば心は痛まない”と言った点に気色が悪かったですね。

 要は、権力握って英雄的行為という大義名分で大量殺戮やってみたいんでしょうね?

 戦争で死んだ人達を英霊と呼んで祭り上げる・・・この日本伝統の神道的行為に、私は非常に欺瞞を感じてなりません。

「御国のために死ね!」と強制されて、泣く泣く戦場へ行った人の存在を思えば、国家というのは何のために存在しているのだろう?と思います。

 祭り上げることそのものが純粋な慰霊の気持ちであったとしても、国家権力で人民に殺し合いをやらせたことの反省が本当にあるのか?という疑問があります。

 民衆とは無関係なところで権力者達の思惑で動かされていく時代というのは何なんだろうか?

 原発再稼働・TPP・一代限りの種・メディア支配・マイナンバー制・・・都市伝説の陰謀論に過ぎないと否定されていたことが、次から次に現実になっていきます。安倍さんの背後には何があるのでしょうか?

 日本国の主権を取り戻すと言いながら、安倍さんがやっていることは盲目的にアメリカの言いなりになっているようにしか見えません。彼を支持するネトウヨと呼ばれる人達は、何故、そこに疑問を感じないのでしょうか?


 満開の桜が散っていく様子を見ていると、いろいろなことを、つい考えてしまいます。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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