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発勁と当身について

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 最新DVD『発勁と当身』について、少しばかり背景を解説しておこうと思います。

 発勁に関しては、私は具体的なやり方を誰かに教わってできるようになった訳ではありませんが、一番、参考になったのは、戸隠流忍法の道場に通った頃に、「体で当てる」というコツを教わったことが切っ掛けでした。

 これが、現在の私が提唱している“重心力”の発想に繋がった訳です。

 戸隠流忍法の技は複雑怪奇な逆や投げの変化技が特徴のように見えますが、実は当身が主体なのだそうです。危険なので、当身でなく逆固め技を多く使うようになったそうですね。

 だから、当身の多彩さは日本武術の中でも群を抜いているのではないか?と思えますが、個別の当身のやり方を修練する通常の基本稽古より、技の応用変化を直感的に駆使する感覚技法の練習が主体にされているようでした。

 先代の高松先生の映像を見ると、割りと基本練習が主体だったのかな~?という気がするんですが、だとすれば、現在の戸隠流忍法の稽古スタイルは初見先生が編み出したものなのかな~?という気もします。

 恐らく、初見先生が習っている中で、「ここが肝心なんだ!」と直感されたのかもしれません。

 この“直感”というのが武術に限らず習い事では非常に大切なものです。

 習ったものをそのまま変えずに伝えるのが伝統武術の正しい在り方だという認識が支配的ですが、それは、世界の武術事情からすれば特殊な考え方であり、大抵の国の武術が発展的に内容が変わっていくのが普通のことであり、それは中国の伝統武術も同様です。

 中国武術の型(套路)は、固定されたものであると考える日本の武術愛好家が多いのですが、実は、建前として日本人の嗜好に合わせてそう教えただけである可能性が高く、ある伝統武術の大家を招いて秘伝の套路を教わった団体が、数年後にもう一度、大家を招いて復習しようとしたら套路が丸で変わってしまっており、「以前に教わったのと違う」と文句を言うと、大家は不思議そうな顔で、「何を言っているんだ? 時間がたてば研究が進んで套路が変わるのは当たり前ではないか? 套路は形や手順を覚えるのではなく、形に秘められた拳理を体得するためのものだ。そんなこともわからんヤツは覚えるだけ無駄だな~」と、ため息をつかれたのだそうでした。

 ちょっと、考えればわかることです。

 由緒ある伝統的な武術の名門でも、「自分のところが本道である!」と主張する継承者が何人もいたり、どんどん分派していったりするでしょう?

 こういう現象を由々しきことだと考える人が多いのですが、私は当然のことだと思っています。

 学んだ人間の理解度や熟練度、考え方、身体の癖、思想、美意識、野心、欲望・・・等で技や体系が変わっていくのは当たり前のことでしょう?

 例えば、私のところも、何年も前に習っていた人が来ると、あまりにも練習内容が変わっているのに面食らってしまうようで、現会員と練習しても丸でついていけません。

 それは、私の研究が進むのに従って、常に内容をバージョンアップしているからなんですが、これは毎年、セミナーを受けている人なら実感されると思います。毎年、ほとんど同じテーマを繰り返しているのに内容は違うものになりつつ、教え方は逆にシンプルになっていくからです。

 もちろん、基本的なカリキュラムは游心流を立ち上げた頃から、そうは変わっていませんが、新しい練習法を加えていったり、従来のやり方を改良する作業は時々やっているので、久しぶりに参加した人は面食らってしまう訳です。

 武術の場合、要は効率よく人を殺傷する技術を追究する訳ですから、正義感のある人間でないと猟奇的になりかねません。

 だから、明治以降、戦後以降は、どんどんスポーツ化して本来の殺傷テクニックは捨てられていった訳ですね。

 当身もその中で捨てられたテクニックでした。

 柔道、剣道、合気道にも本来は当身がある訳ですが、練習もされないし研究もされないから廃れてしまった訳です。

 よって、当身に近い突き蹴りを主体とする空手を導入する人が多かったんですね?

 戸隠流忍法の先代宗家、高松先生は戦前に軍事探偵として中国大陸に渡っていて、そこで中国の武術家とも交流したそうですから、当身のやり方が中国武術の発勁に近くなったような印象もあります。

 特に蹴り技は太極拳のトウ脚そのままのものもありますし、八卦掌のお家芸である暗腿技法のような技も多くあります。

 なので、戸隠流忍法の当身のやり方から中国武術の発勁の技法に迫ることができると直感し、サンドバッグを打って研究しました。

 その後、実際に中国武術を学ぶようになると、各門派のやり方を比較研究するようになりましたが、決定的だったのは、やはり友寄隆一郎先生の技を実際に見せてもらったことが大きかったと思いますね。

 軽霊絶妙にして鋭利さと重厚さを併せ持つ機能美の極致でしたよ。あの見事さは今でも脳に鮮烈に焼き付いています。

 友寄先生の絶技には比べるべくもありませんが、お陰で私程度でも発勁の威力と用法に関して他に遅れはとらない自負心が得られました。

 また、発勁という言葉を広く知ら示した松田隆智先生から、「自己流でそれだけできるようになったとは信じられない」と、高く評価してくださり、晩年の交流を頂戴することができたことも、僥倖でした。

 そもそも、松田先生の著書と出会うことがなければ、私は武術研究の道を志すこともなかったでしょう。

 体格も体力も無い運動神経も鈍い私が、長く修行しているいろんな流儀の人に教えていけるというのも、松田先生に導かれたようなものかもしれません。

 そして、発勁と当身の関係性を多角的に研究する切っ掛けになったのは、新体道との縁があったからだと思います。

 実は、今だから書けますが、私の武術研究に指針を与えてくれた人がいます。

 その人は私と同様に甲野氏に学びながら疑問を持ち、甲野氏をブチのめして?離れたらしく、独自の直感的な武術研究成果を残して武術の世界そのものから離れました。

 もう武術の世界から離れている人なので名前を出して欲しくないそうなので、これ以上は書けません。

 詳しく書くと中編小説が書けるくらいなので割愛しますが、その人がやれなかったことを私が完遂しようとしている?・・・ような気もしています。

 いや、こう書いてしまうと正確でないかな~? 同様の関係性は何人もの方との縁が私にはあるからです。

 例えば、新体道との縁が深まったのは、気楽会を主宰していた中村先生でした。

 しかし、何の因果か? 現在では私の方が青木宏之先生と親交を深めています。

 これは、青木先生が他者を差別しない人である点と、後はフィーリングが合う人が付き合いが深まる・・・というだけの話なのかもしれません。

 先日、母親の葬式に帰って以降、一時的に高まった郷里に対する郷愁のようなものが日々、薄れていっています。

 どうしてか?というと、“価値観やフィーリングが合わない”からです。血の繋がりよりも、気が合うかどうか?ということの方が今の私にとっては大切なんですね。

 目指す方向が違うと、兄弟でもまったく違う人生を歩むことになります。私は兄と弟がいますが、二人とも武術には何の興味も示しません。完璧に普通の人生を歩いているので、私の生き方がどうにも理解できないみたいです。いや、理解の外なんでしょう。

 それどころか、田舎に帰れば、私の異質さだけが浮き彫りになってしまうようで、もはや、理解してもらおうという気すら起こりません。

 寂しいような気もしますが、無理解なままで関係がこじれる前に、別れていくのが賢明なんじゃなかろうか?とも思っています。

 自分が生まれた土地だから嫌いにはなれないんですが、もはや、戻る場所ではないな~?と・・・。


 私が武術やってきて一番、良かったと思うのは、ここぞという時に、スパッと決意できるという点ですね。ズルズル引きずらないで決められますから。

 やっぱ、一瞬で断ち切る!というのが私は好きですね。

 その一瞬で断ち切る技として、発勁は工夫されたのだと思いますし、当身もそうでしょう。

 本来の武術は一撃必殺の武器を使うものです。その武器が無い緊急時に“素手”の技を使います。

 この順番を現代の日本の武道や格闘技を愛好する人の大半が勘違いしています。

 実戦を素手で戦うなんか、本来はあり得ないことなのです。こんなことは普通の人間は誰でも気づくことなのに、武道や格闘技の愛好家には理解できない人が少なくない。

 それは、“試合”の弊害です。

“試合”を“実戦”と勘違いしてしまっているのです。“実戦”という言葉を安易に使用しているうちに意味を考えなくなってしまったのでしょう。

 無論、真摯に試合に向けて頑張っている方々は尊敬できますが、“違うもの”だという認識は必要でしょう。

『刃牙道』が、この辺りのテーマを模索しているので楽しみです・・・。


 ちなみに、発勁にも門派によっていろんなやり方がありますし、当身もそうです。個人の技量も関係します。

 ただ、この技術の共通項としては、威力の貫通性・浸透性が挙げられるでしょう。これは通常の打撃技とは随分、異質です。

 自分で打ち比べてみても、これほどの差があるのか?と驚かされてしまいますから、初めて体験した空手出身者は例外なくビックリするようです。

 まして、0距離、つまり、相手の身体に触れた状態から爆発的に威力が出せるというのは信じられないでしょう。

 できる人間でさえ、「初心者に教えてその場でできる筈がない!」と文句を言う人が多かったのですが・・・。事実は事実ですからね。私が教えれば誰でも基本的な発勁は体得できます! 「30年かかる」と言われる技を30秒で教えられます!

 ですから、DVDを見て、サンドバッグを打って実験してみられたらいいと思います。

 何しろ、セミナーの様子をそのまま映しているので、仕込みもヤラセもありませんからね(CGだと言うヤツいるかな~?)。中には、中国武術の先生と同等以上の威力が出せるようになった人もいますよ(笑)。


PS;来年の月例セミナー予約一括申し込みも、今年は月毎に割引料金設定を細かくしました。これは、本部道場賃料の支払い等で毎月お金がかかるので、苦肉の策です(涙)!
詳細はインフォメーション・コーナーをご覧ください。あっ、『発勁と当身』『続・合気の応用』割引セールは八月一杯ですから、お間違いなく・・・。

PS2;私が武芸考証をお手伝いした本『若さま剣客一色綾之丞・世嗣の子』(藤井龍著・コスミック時代文庫)が刊行されました! 関の孫六兼元を遣うイケメン剣客が活躍する話で、アクション描写がなかなかですよ! 読んでみてくださいね?

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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