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寸勁斬りは私のオリジナルではなかった!

 2015年月例セミナー及び忘年会も、なごやかに無事、終わりました~!

 今回は、11月3日の武術極意特別講習会に初参加された方も、遠方から急遽、駆けつけてくれて、北は北海道、西は兵庫から参加者があり、賑やかに開催できました。

 やっぱり、自前の道場だと終了時間を気にしないで済むのがいいですね~? 手作り総菜やドライカレー、寿司、おつまみ、菓子、ジュースにビールなど持ち寄ってもらい、コンロを持ってきて鍋物まで作る人がいたりして、ゆっくり楽しみました。

 私は金欠で、何も買えなかったので、上田秀人先生(絶対王者、佐伯泰英に迫る時代小説界のホープ、ホセ・メンドーサに挑んでいる矢吹ジョーみたいな?)から頂戴した“元禄15年(1703)のレシピを再現した地酒、江戸元禄の酒”を持ってきまして、飲みました。

 私、昔は日本酒が全然、飲めなかったんですが、田中泯さんのダンス見にいった時に飲ませてもらったお酒の美味さに目覚めて、少し、飲めるようになりました。

 ちなみに、この時にお酒注いでくれたのは、『るろうに剣心』の大友啓史監督! 当時は、まだNHKに勤められていましたが、とても勤め人がつとまるような人ではなく(良い意味なんで、誤解しないでね?)、“この人、絶対、NHK辞めて独立するな?”と思っていたら、案の定でした・・・(苦笑)。

 江戸時代のお酒って、一体、どんな味なんだろう?と思いましたが、いや~、非常に飲みやすくて美味い! 残った分、道場にボトルキープして、ちびちび飲もうと思います(当然、酔拳やるのだ!)。

 そういえば、シャレで養命酒持ってきた会員もいましたけど、養命酒ってガブガブ飲む酒じゃないぞ~!

(今、この原稿書いてて気づいたんですが、私、結構飲んでて知らぬ間に酔っていたみたいです?)

 練習の方は、今年最後ですから、毎回やっている基礎錬体の動作が、いかに大切か?ということを理解してもらいたくて、武術的応用をやりました。

 それも、最近、集中的に研究している抖勁(体の合気)風の技もやりました。やっぱり、最新研究成果を伝えたいですからね?

 立禅で立っているところを腕を押してもらって、それを跳ね返すとか、半禅(技撃椿)の姿勢で相手の突き腕に差し手した瞬間に跳ね返すとか・・・。

 後は参加者の希望に応じていろいろやりましたよ。

 最近は、熟練者が多くなっているので、あまり基本的な発勁の打ち方とか合気揚げのやり方とか聞く人はおらず、「発勁の種類」とか、「指一本の下段払い」とか、より突っ込んだ内容を聞かれましたね。

 いつも北島師範にばっかりやっているので、今回は小塚師範に中段正拳突きを打ってもらって、腹で受けて身体ごと跳ね飛ばす・・・というのも実演しましたけど、北島師範が、「(抖勁の)練習していて、皆と長野先生が一番違うのが、打った時のボヨ~ン感です」と言っていたのを実感したみたいで、ボヨ~ンと飛んでました・・・。

「それ、どうやって体得するんですか?」と聞かれましたが、私のような内功がないと、これはやっぱり無理かな~?と思いました。要は、ハート様みたいなハラにならないとムリ?ってことで・・・。

 フェイスブックに出す写真を撮りたいということで、一緒に参加者二人と記念写真も撮りましたが、わざわざ空手着に着替えて、しかも・・・芦原会館と円心会館・・・。

 ブラックジョークみたいですね・・・えっ? 意味が解らない? いえ、解らなくていいです・・・。

 最後まで残っていた人達は、急に約束組手始めたり? 思い思いに武術談義をやったり、ユーチューブの動画(ニコニコか?)で、合気道(塩田先生、砂泊先生、植芝開祖)や居合術(天心流、黒田鉄山先生の若い頃、香取神道流の大竹先生)、太極拳(王培生老師、高小飛老師、陳式の某氏)、意拳(姚宗勳老師)、太気拳(澤井健一先生、高木先生?)、古流柔術家VS総合格闘家、ミカエル・リャブコ先生VS甲野善紀、町井先生の超絶居合斬り、ボブ・マンデンの超神業早撃ち、初見先生の忍法体術セミナー・・・といったものを見てました。

「スゲ~!」と驚いたり、「違う意味で、スゲ~!」と爆笑したり、いやはや、動画で何でも見れるのではDVD作って売ってる側としては複雑ですよね~?


 ともあれ、“武術”という趣味が一致する者が集まって、好き勝手にあれこれダベッたり、喧嘩にならない程度で技を交えたりするのは、非常に楽しいものです。

 武術の目的が“対暴力の戦闘術”である以上、綺麗事の論理では済みませんが、武術を哲学にまで高めた我々日本人の先達の残した遺産を探究することは、思いの外、現代社会の諸問題への(解答とまではいかずとも)一つのアプローチの仕方にはなるのではないか?と、参加者の皆さんと話していて思いました。

 本当に、9.11、3.11以降の世界は何かが変わった気がします。

 平和な世の中が延々と続くと漠然と思っていた、この現実の日常の世界も、実は、何かの悪意によって、あっという間に崩れ去ってしまう砂上の楼閣に過ぎないのではないか?

 そんな言い知れぬ不安が重くのしかかり、明日が見えない鬱々とした空気が広まっているのではないでしょうか?

 そんな現実の中で最後に頼るべきなのは、個人個人の“生きる覚悟”に尽きるのではないか?と思えます。

 私は、もう自分が上達してどうこうということよりも、武術を通して、“それ”を伝えていきたいと思うようになってきました。

 改めて動画でいろんな武術の先生の技を見ていると、どれだけの修行を重ねて、この先生方がこの境地に辿りついたのだろう?と思うと、本当に頭が下がるばかりなんですね。

 ため息が出るほど優れた技の持ち主が、現在でも少なからず現役で教えておられ、そこに集う人達が、また新しい人達を育てていくのだろうな?と思うと、やはり、私は研究家としての仕事をまっとうするのが自分の使命なんだと思いますね。

 まあ、中には違うため息が出るような人もいたりするんですが、そんな人でも懸命に頑張っている点だけは認めてあげるべきなのかな~? いやいや、勘違いして誇大妄想を広げてくれるな・・・と、祈るべきか?と・・・。

 どっちにしろ、游心流と名乗って一派を興した以上、訪ねてくれた人達には何らかの“お土産”を渡して帰さねばならないと思っています。

 場合によっては、その人にとって“苦いお土産”になってしまうかもしれませんが、私は悪意を返すことは絶対にしないでおこうと思っています。ですから、その時は、その人に“苦く”とも、いずれはプラスになる筈だと祈って対応していこうと思います。

 相手の悪意に、こちらも悪意を返したのでは、延々とそれが連鎖してしまうからです。

 以前、「この世で出会う人は、前世で既に出会っている人で、縁起の法則によって導かれているのだ」と、スピリチュアル系の方から聞かされました。

 なるほど、そうかも知れないな~?と、最近、痛感するようになっています。

 私は、素晴らしい先生に数多く出会ってきたのが一番の自慢です。中には、「ありゃあ~?」と思う人もいましたが、そんな人でもまったく何の恩恵も受けられなかった・・・ということは一度もなかったんですね。

 私に出会った人も、いろんな感慨を持たれているでしょう。

 嬉しいというか、ちと照れ臭いのは、私の本を初めて読んだ時に、「これだっ! この先生だっ!」と思って、それから何年かして思い切って訪ねた・・・と告白してくれたりする人が、何人もいたことです。

 本を書くというのは、表現欲求で書く人も少なくないんですが、私の場合、やはり生活費を稼ぐ仕事としての面が強いんですね。

 仕事ですから結果を出せなくてはいけない。つまり、売れないといけない。売れる本を書くにはどうしたらいいのか?と考えて、毎回毎回、悪戦苦闘して本を書いています。

 本好きの私も、どんな本を買うか?というと、内容が勉強になることと、知的好奇心を満足させてくれること、そして、適度なギャグやユーモアがあること・・・等で買うかどうかを決めています。

 だから、私もそういう本を書こうと拘っているつもりです。

 お陰様で、これまでシリーズも長く続けてこれましたし、武術以外の分野にも足掛かりが得られました。

 今の御時世、なんだかんだ言っても、売れないとダメなんですよ。

 こういう俗っぽい考えなんで、「この先生は本物だ!」みたいに言われると、何か、申し訳ない気持ちになるんですよね~。

 世の中には本当に物凄い才能の持ち主もいますし、どんなに頑張っても超えられないような人というものが厳然としてある訳です。

 私が自慢できるとすれば、素質も才能もないのに、武術の研究に人生を投げうって捧げてしまった・・・?という点くらいなんですが、それすらも、「そうするしか食っていく手段が無かったから、外に選択の余地が無かった」というのが真相なんですよね。

「いつか貧乏生活から抜け出してやる! オタクも極めればプロフェッショナルになれる!」という思い込みに従ってきただけなんですよ。下手すれば、単なる現実逃避になりかねませんよ。

 実際、武術雑誌のライターやっていた頃には、私の真似をして武術研究家として食っていこうとする人がいたみたいなんですが、今は、ほぼいなくなりましたね?

 だって、食えませんから。

 以前の古武術ブームというのも、実際は甲野さんブームだった訳です。

 甲野さんにブラさがっている人達は何とかやれているのかもしれませんが、アンチでやれているのは私くらいなもんでしょうね?

 というか、当時、「長野さんも甲野さんみたいにスポーツや介護に応用できるとアピールすれば、あなたの方がずっと能力あるんだから、必ず売れるよ」とアドバイスしてくれる人もいました。

 まあ、私が貧乏してるのを知ってるから善意で言ってくれたんだと思うんですが、私はそんな気持ちはさらさらなかったし、甲野さんの二番煎じなんか死んでもゴメンでしたから、あくまでも武術そのものに拘ってきたつもりです。

 何とかそれでやれているし、研究成果は会員が証明してくれると確信できているので、この路線で間違ってはいなかったと思いますね。

 この日も、武術に詳しい人が見たら、目ン玉ひん剥くくらい驚くような秘技?(とされている)を、ポンポン、ネタを教えてしまっていたので、「あっ、これもビデオカメラで撮っておけば良かったかな~?」と、ちょっと思いました。

 まっ、もうちょっと完成度高めてから発表しようと思います。


 ところで、今回は非常に重要なお詫びをせねばなりません・・・。

「私の造語だ」と明言してきた“寸勁斬り”という言葉なんですが、どうやら、私より先に言っている方がいたらしいのです!

 会員が持ってきてくれた本『[中国武術]実戦内家拳ファイル あくなき試行の記録』の著者である佐藤貴生先生が、既に“寸勁斬り”という言葉を造られていた様子でした。

 会員が持って来て見せてくれた時は、一瞬、パクられたか?と思ったのですが、この本の『付録「拳刀一致」中国武術の試斬り記録』(BABジャパン『武藝』の1997年冬号及び1998年春号に掲載された記事をもとに再編集されたもの)に、“寸勁斬り”と書かれた箇所(P180二行目)が有ります。

 私が寸勁斬りと名付けた技は、少なくとも21世紀に入って10年くらいが経過してから考えた言葉なので、こちらの本に書かれている言葉が先んじている訳です。

 私も、この記事は読んでいると思います。『武藝』は、現在は休刊して刊行されていませんが、BABジャパンの『秘伝』の姉妹誌として中国武術の専門雑誌として刊行されていました。

 まったく記憶していないだけで、この時に読んだ言葉の印象が残っていて、無意識に名付けてしまった可能性を否定できません。

 否定できない以上、これは、佐藤貴生先生にお詫び申し上げなくてはなりません!

 ところが、お詫びのお手紙でも出さねば?と思ったところ、何と! 佐藤貴生先生は2006年7月6日に御病気で急逝されているそうではないですか?

 この本も、佐藤先生の連載記事原稿を纏めて一冊にした、追悼祈念の本(序文を、中国武術研究の大家として松田隆智先生に並ぶ存在の笠尾楊柳先生が書かれていますが、佐藤先生は笠尾先生の御門人であったそうです)だった訳です。

 これは益々、知らぬフリをすることは“道義的に”できません。

 知らずにしたこととは言え、大変な無礼をしでかしてしまった上に、お詫びすることができない・・・。

 次に書く本では訂正しようと思いますが、その前に、ここに佐藤貴生先生へのお詫びと、“寸勁斬り”という言葉が佐藤先生のオリジナルである事実を、明記しておきたく思います。

 申し訳ありませんでした!

「亡くなられた先生なんだから、いいではないか?」と思われる方もおられるかもしれませんが、武術の研究家として専門用語を造る場合は、言葉に伴って生起する価値に鈍感でいる訳にはいきません。きちんと出所を明かすのは、研究家としての礼儀です。

 まして、私は著述業に携わっているので、著作権についても自覚的でなければなりませんから、今回のことは自戒の念として明記するものです。

 宜しく御理解ください・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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