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新年初回セミナー感想

 2016年初めての月例セミナーは、「今年は基礎からみっちりと教えようかな~?」と思って、我が游心流の基礎中の基礎である『脱力体の養成』をテーマにしてみました。

 とか言っても、これは武術にしろ格闘技にしろ実は基本にして極意なんですね。

 うちの専売特許のように言っては、他流の諸先生方に失礼になってしまうかな~?とも思うのですが、一口に『脱力』と言っても、解釈は千差万別で、案外、理解されていないような気もします。

 脱力を極意としている流儀としては、八光流や新体道、あるいは体術という団体もありましたし、練気柔身法や柔法徹化拳、ゆる体操もシステマもそうだし、中国内家拳や合気武道の大半も脱力の重要性を説いています。

 いやいや、ボクシングやムエタイ、ブラジリアン柔術やフルコンタクト空手でも、脱力の重要性を説く人はいます。

 結局、技術レベルがある一定水準に達している人は、ほとんどが「脱力が重要だ」と言っている訳です。

 私も、武術を志して幾星霜・・・何度、「脱力が大切だ。力を抜くんだ・・・」と耳にしてきたことか?

 ところが、武術や武道、格闘技から離れて、ダンスや工芸、健康法、手技療法の世界に目を転じてみた時に、脱力とはごくごく基本にして普遍的なコツであることに気づいた訳ですよ。

 要するに、力んでいたら繊細な身体技芸はできないということです。

 むしろ、武道や格闘技の世界がガチガチに力み返って筋肉美を競うのが目的化してしまったような歪な世界になってしまっているのではないか?と、疑問を持つようになったのですね。

 一つには、力任せに闘っても、それで相手を倒せれば無問題な結果オーライな世界だからでしょうし、技は下手糞なのに、圧倒的な筋肉パワーで日本人業師をプチプチ潰してしまうガイジンへの恐れもあったでしょう。

 かつての東京オリンピックで初めて柔能く剛を制する武道を理想としていた日本柔道がヘーシンクに敗れてしまってから、この傾向が一気に加速し、「格闘技は技以前に剛健な肉体が必須だ」という考えが支配的になりました。

 これは日本ボディビルの神と崇められた若木竹丸に心酔したフルコンタクト空手の創始者、大山倍達先生によって問答無用に推し進められ、格闘技の世界では当然過ぎる程に当然の考えになりました。

 これが今日に於ける日本の武道格闘技の世界がウエイトトレーニング信仰となった契機だと言っても過言にはならないでしょう。

 これは西洋スポーツの根幹が、ギリシヤのオリンポスの神々のような均整の取れたマッチョな肉体を理想とする価値観から出発していることの影響を受けたのだと思われます。

 かの三島由紀夫先生も、ミワ様に貧弱な体をからかわれたことからブルワーカーの宣伝文句みたいに一念発起してボディビルに励み、筋骨隆々たる肉体に変身し、剣道・空手道・合気道などの武道にも並々ならない興味を示して練習に通ったそうです。

 もっとも、筋肉を鍛え過ぎた三島先生はとてつもなく下手糞であったというのが武道界の秘話として伝えられています。まあ、三島先生は究極のナルチシストであったらしいので、そんなことは無問題だったのでしょうが・・・。


 東洋の身体観では、下腹が出て肩が落ちたホワンとした体型が理想として描かれているものが多いですね? これは仙道の丹田の思想から出てきたものでしょう。

 西洋は筋肉で体を考え、東洋は霊肉で体を考えていたのでしょう。

 霊肉とは、骨・内臓・筋肉・神経・血管等を細分化していった『気』のエネルギーで考えた肉体という意味です。

 東洋医学では、万物は気で構成すると考え、人体も気が凝り固まって成立しているとされます。で、凝り固まってはいても固形物ではなく、内部は流動している液体に近い。

 だから、『気血』と言って、気の流れは血液の流れに沿うし、それは意(識)によって制御できる。これが気功の基本的な考え方です。

 さてさて、ここで重要なのは、「気血の流れ」が滞らないということなんですね?

 そのためには何が肝心なのか?というと、「ファンソン(放鬆)」ということなんですが、これが「脱力」なんですよ。

 つまり、脱力するのは気血の流れを滞らせないことが目的なんです。

 これは健康法で考えれば解りますよね? 血栓が血管の中にできて、心筋梗塞や脳梗塞になったりする原因の一つに、長時間正座しっぱなしとか、狭い椅子に座りっぱなしで脚の太い血管の中に血栓ができたという、いわゆるエコノミー症候群というのがあるでしょう?

 あるいは過度なダイエット目的でサウナで水分抜きしていて、そうなってしまったという西条秀樹みたいな例もありますから、年よりがかかる病気だと侮っていてはいけない。

 足裏反射療法の一つである足医術を、昔、京都まで講習会受けに行った時に、施術後に白湯を飲むよう注意されていました。

 この療法は足裏に血液の汚れが溜まって堅くなるので、それをほぐして血液の流れを良くしていこうとする考えなのですが、白湯を飲むというのは水分補給して血液の流れをより良くする具体的やり方だった訳です。

 このように考えていくと、東洋の武術は伝統的な予防医学とも密接に関連しています。

「気血の流れを整えればいい」という極めて単純な根幹医学なのですね。

 で、武術になると、活かすも殺すも自由自在・・・というのを理想としている訳です。


 今回は、こういうことまでは解説できませんでしたが、脱力のやり方や基礎的な練習法と、脱力することによってできる具体的な技の応用も、予定していたよりも多く指導しました。

 根本的な原理が解れば、実際の技に応用するのは、実は物凄く簡単なことなんです。

 よく、言われることで、最近も新しく会員になった人から聞かれたんですが、私はいくらでも新しい技をやって見せられるので、「よく技が底をつかないですね~?」と不思議がられるんですけど、それは不思議なことではなくて、その場のアドリブで技を創作してやっているからなんですね。

 習って覚えた技なら、尽きてしまうでしょうが、応用変化させることには際限が無いので、理論上は無限にできる訳です。

 植芝大先生や戸隠流の初見先生がそうでしょう?

 原理が解れば、技はいくらでも応用変化して生み出せる訳ですよ。技をパターンで覚えようとすると、とてつもなく難しいことのように思えますが、発想を変えれば、逆に簡単なくらいですよ。

 私は初めて通った道場が戸隠流忍法だったから、ベースがそうなってしまった訳です。

 それと、脱力の極意について研究しているうちに気づいたんですね。早い話が、普通の技を脱力して遣うだけで技の効果がまるで変わって全然、別の技みたいになってしまうからです。

 合気の技も関節と骨格を構造的に利用してかけるやり方と、神経反射を利用するやり方と、体重心を盗んで崩すやり方と・・・と、いくつかの原理的違いがあるんですが、その原理的違いの配合のパーセンテージで会派が分かれていったと考えることもできます。

 その中で、私は自分の好みや技としての有効性と展開のし易さから、脱力技法を主体に選んでいる訳です(だから、これが唯一正しいと主張している訳ではありません)。

「筋肉の力を抜いて力が出る訳ないだろう?」と思われるでしょうが、違うんですよ。筋肉の力を抜いて、身体を流動体にすることで、体内の重心移動がスムーズになる。それによって重心移動によって生じる“重心力”を駆使できる訳ですからね。

 もっとも、横浜支部長から聞いたんですが、ある地方在住の武道家の方で筋トレのトレーナーをやっている方が私の本の批判をしていたそうなんですね?

 いや、別に批判されるのは御自由にどうぞ!

 私も著名武術家を糞馬鹿に批判しまくってきた人間ですから、本を出す以上、批判されるのは想定していますし、むしろ、光栄なことではないか?と思っています。

 特定の理論が出ると、誰も彼もがそれに乗っかって権威付けしたがるのが武道の世界の阿呆な体質なので、いろんな理論が出て論議検証されていくべきだと思いますよ。

 昨年は筋トレの専門家の方も一年間セミナーを受講されて、最初は戸惑って首捻って、私に筋トレの重要性を語らせたくてたまらない様子でおられましたが、自身で体得することによって“体感的に異質なやり方だ”ということを理解された様子でした。

 私は、従来の当然だと思われているトレーニング理論では、日本人には合わないんじゃないか?と思ってる訳ですし、身体が虚弱でも駆使することのできる護身武術を研究しているので、競技武道、格闘競技的な概念こそが唯一絶対正しいのだと信じて疑わない連中に、「タワケ者っ! 武術はバカには体得できんのじゃ! 自分が理解できないからインチキだと決めつける、オノレの浅薄さを知れっ! 筋肉鍛えるヒマがあったら頭脳を鍛えんしゃい!」と、一喝してやりたいんですよ。

 筋肉の収縮で力を出すという固定観念を放置して、「脱力することで身体に働いている重力を利用する」という方法論があるという事実を認識してもらいたいんですね?

 批判するということは関心があるということでしょうから・・・。


 今年は、また新しい参加者が何人かこられていましたが、月に一回でも一年、二年、三年と続けていけば、技能の進化は止まらない訳で、数年間来られている人は、もう、別人のようになっていると思います。

 私は、研究家として何が楽しいか?って、「人間って、こんなこともできるんだ?」という秘技を体得してくれた瞬間が嬉しいんですよね~。

 ただ、脱力のコツを覚えただけで、「これは太極拳を正しい老師に30年習わないとできない!」と太極拳の先生が自慢していた“片足立ちで胸を押されてもビクともしない”というパフォーマンスを、全員ができてしまう・・・。

 30年じゃなくて30秒ですよ!

 発勁(寸勁)も、キックミット打たせて、全員、それなりに体得しちゃいましたよ!

 コツを教えれば誰でも簡単にできることを、さも特別な技術で長く苦しくつらい修行が必要なのだと思い込ませて延々と金むしり取って教えてやらない?・・・なんて道場が多過ぎるから、「武術なんかインチキだ!」と馬鹿にされてしまうんですよ。

 ただね~? 「よく調べもしないで簡単にインチキ扱いすんな」って、言いたいんですよ。「お前が勉強不足過ぎるだけだ!」って言ってやりたいんですよね~。

 でも、そんなこと平然と言うような人間に語っても納得する訳がないですから、実力で思いしらせてやれる人間を量産していかないといけないな~と思ってます。

 だって、私がそれをやっても、「それは長野さん個人の能力だ」って言われて終わってしまうでしょう? 理論が正しいことを証明するのは時間がかかりますよ。

 最新作の『剣に学ぶ武術の奥義』で、映画とか漫画の武術描写についても書きましたけど、やっぱり、アクションの演出をやる人達って、物凄く勉強熱心で、しかも謙虚なんですよね~。

 私でさえ、「う~ん、これはよく解ったな~? 凄いな、この作者は?」って唸ってしまうことがありますからね?

 武道家、武術家、格闘家って、意外と自分のやっている流儀以外については全然、知らなかったりしますからね。いや、自分のやっている流儀のことすら知らない人が珍しくありません。

 なので、本当に、他流については全然知らないという人が大半です。

 私自身、何でも知ってるという人は、会ったことないです。知識だけだったら、その手の専門誌の編集者とかの方が詳しいでしょう。

 それでも、編集者は編集者ですから、ありとあらゆる流儀を深く知ってるということにはなりません。まあ、深く知ってたら流派開いて道場経営するでしょうからね?

 武道経験のある作家も結構いますが、作品を読んでいて流石だな~?と思ったのは、今野敏先生くらいですかね~? 最近は武闘物が少ないな~と寂しかったんですが、短編集の『叛撃』は、面白かったです(長編しか書かない先生だと思っていたので意外?)。

 時代小説ブームが続いていますが、殺陣シーンまるで書けない人すらいますからね?

 経験が邪魔になる場合もありますが、情報、知識として知っているに越したことはないですよ。だから、最近は武芸考証の質問を多く受けてますし、取材もちょくちょくあります。

 今は狭いながらも楽しい道場が持てたので、取材に来られた方に真剣見せたり、試し斬りや手裏剣打たせたりもしていますよ。今月末も時代小説家の方が何人か見学に来られる予定です。

 昨日(11日)も、水道橋の尚武堂さんで年末年始のセールの最終日だったので、道場に設置する刀掛けを買いに行きまして、ついでに棒手裏剣も一つ買ってきました。

 もうね。ありとあらゆる武器も遣いこなせるようになってやるぞ!って思ってますからね。世界最強にはなれなくても、世界一の武術研究家にはなってやろうと思ってます。

PS;17日は西荻窪ほびっと村学校で、『剣に学ぶ武術の奥義』やっと出た記念講習会をやります! 本やブログには書けない知られざる武術武道の世界の裏事情について実演解説?しますので、興味のある方は是非、どうぞ!

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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