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我が青春の福昌堂・・・

 武道・武術・格闘技の世界は、専門雑誌の存在によってけん引されてきた側面があります。

 中でも、『月刊空手道』『季刊武術(ウーシュウ)』『月刊フルコンタクトKARATE』の出版元であった福昌堂は、小さな出版社でありながら、武道マスコミの中枢を担う人材を多数輩出した点で、特別な会社であったと言えるでしょう。

 一時期、精神世界方面の雑誌(『パワースペース』)を出したこともありましたが、根幹は武道・武術・格闘技を専門とする出版社であり続けました。

 その福昌堂が、倒産したという話を小説講座の新年会でフリーの編集者の方から聞きました。ネットのニュースでも出たんだそうですね?

「あ~、ついに・・・」と、さして驚きもなく受け止められましたが、それは昨年末にやはり武道関係の雑誌の編集者の方とお会いした時に「恐らく、3月くらいまでには無くなるんじゃないか?」という話を聞いていたからでした。

 福昌堂の倒産というのは、やはりアベノミクスが大企業に偏った経済政策で、中小企業に厳しいものだという説を実証しているような印象もあります。

 そもそも、ニッチなジャンル系出版社というのは一定数の固定読者を対象にしているので、そうそう売上がガクンと落ちることはなく、不況にも強いと言われていました。

 福昌堂も、まさにその典型の出版社なので、結構続くのではないか?と思っていたんですが・・・出版不況も極まった感じがしますね。

 残るは、『秘伝』を擁するBABジャパンと、『JKファン』を擁するチャンプしかありませんが、武術に関しては『秘伝』が最後の砦という感じですね。

 それと、山田編集長のフルコムと、武道・武術・格闘技DVDのクエスト(私はクエストさんでお世話になっていますから、全力で生き残りへの助力を惜しまない覚悟です!)。

 しかしね~。売上ということを考えれば、もう昔から変わらないやり方でやっていても伸びないのだと思いますね。

 元武術(ウーシュウ)組が学研で甲野氏をフィーチャーしたムックを出して中国武術の専門雑誌を作ろうとした時も、続きませんでしたが、ジャンルの問題よりも編集内容が武術(ウーシュウ)と少しも変わらなかった点に問題があったと思うんですね。

 小さな出版社なら一万部も売れれば大丈夫でしょうが、学研みたいな大手で雑誌の売上が一万部では全然、ペイしないでしょう。続かなくて当然だと思いましたよ。

 やっぱり読者のニーズを考えることと、新しい読者を獲得するために何が必要か?ということを真剣に考えていないとルーチンワークで作っていれば見放されてしまいます。

 かつての古武術ブームの正体は、甲野氏のブームでしかなかったことを武道武術の業界の人達は解っていなかったんですね。

 しかし、ブームに頼っていれば、ブームの終了と同時に消えてなくなってしまうのが宿命です。コンスタントに売れ続けるには、固定読者を獲得する信頼のブランドを築かないとなりません。

 私はそう考えていたので、“スポーツや介護に役立つ古武術の身体操作”といった路線には行きませんでした。「武術はあくまでも戦闘術なのだ。人間が生きるために避けて通れない戦いを勝ち抜くための知恵なのだ」ということを延々と主張し続けていれば、必ず注目してくれる人は増えると考えていたからです。

 それと、私は実践し続けていますからね。頭でっかちの理論を唱えている訳ではなくて、日々の試行と研究の成果をずぅ~っと発表し続けてきているから、潰されないでやって来れている訳です。

 もっとも、それはどこの団体でも多少なりともやっていることです。うちは所帯が小さいから小回りが利いて、より研究が進み易いというだけかもしれません。


 それにしても、福昌堂は、私が初めてプロのもの書きとして仕事を頂戴した会社であり、やはり、非常に残念ではありますよ。

 いわば自分の30代の遅い青春を過ごした学校みたいな印象があります。

 大学生の頃から月刊空手道を読み始めて、ウーシュウ、フルコンも愛読しました。

 格闘技ブームで続々と格闘技雑誌が出版された時も、あくまでも技術解説を中心にした“実際に練習している人のための雑誌”であったから愛読し続けられました。

 業界をけん引する人材が沢山、この会社から出ているということも特筆すべきでしょうね?

 中国武術を本格的に日本に紹介し、中国でも第一人者として知られる松田隆智先生と笠尾楊柳先生、古武道研究の第一人者である高橋賢先生、柳生心眼流の島津先生、通背拳の常松先生、振武舘の黒田先生、武神館の初見先生、新体道の青木先生が始めて紹介されたのも月刊空手道の連載記事(竹内海四郎氏の武の足跡シリーズ等)だったのではないでしょうか?

 その他、甲野氏が紹介されたのも月刊空手道が最初でしたね。

 空手はもちろん、いろんな先生が紹介されていますが、空道の東孝先生や芦原会館の芦原英幸先生、和道会の柳川先生、自成道の時津先生が初めて紹介されたのも月刊空手道だったと思いますし、近年は日子流の田中光四郎先生もよく出られていました。

 幻の実戦中国拳法と呼ばれていた太気拳を初めて雑誌で紹介したのも季刊ウーシュウでした。

 出版関係者では、BABジャパンの東口社長と『秘伝』の副編集長の塩澤さん、ライターの野村さん、村上さん、精神世界系の編集をされている生島裕さん(私がもの書きになる切っ掛けを与えてくれた大恩人です!)、フルコムの山田さん、野沢さん、今の肩書は知りませんが小島さんも元月刊空手道編集長でした。

 俳優に転身した須藤さんもバイトしていたと聞きます。

 学研の編集者になった椎原さんも私がお世話になっていた頃のウーシュウの編集長でしたね。

 漫画家の坂丘のぼるさんは今はJKファンで連載されていますし、まあ、私も福昌堂出身者の端くれではありますかね~(苦笑)?

 こうして考えてみると、武道武術の業界を作ってきたのは福昌堂だったのかも?とすら思えます。

 亡くなられた松田先生と最後に電話で話した時に、「福昌堂のお陰で自分は中国武術の研究を続けられて研究成果を発表し続けることができたから感謝している」ということを話されていました。

 中村社長への恩義を感じられていたので、『秘伝』に出て欲しいという東口さんの要請にも最初は断られていたんですね。

 しかし、当時(椎原編集長が辞めた後)はウーシュウから締め出されておられたので、私は「そこまでウーシュウに義理だてることはないですよ。松田先生の価値を解っていて出て欲しいと言ってくれる場所に移っても構わないでしょう。もし、事情を知らない人間が松田先生を裏切り者みたいに言った時は、私が“事実はこうだ”と言ってやりますよ」と、勧めたので、「長野君がそこまで言ってくれるのなら、じゃあ、会うだけ会ってみるか?」と言われて、東口さんに会って、熱意に応える格好で『秘伝』に出ることを決心されたという次第でした。

 そういう訳で、松田先生が福昌堂を裏切ったみたいに思っている方がいたとしたら、それは大きな誤解ですから、御承知くださいね?

 まあ、いろいろ思い出も尽きませんが、福昌堂という小さな出版社が武道・武術・格闘技の世界に及ぼした影響というのは想像以上に大きなものだったという事実は、ここにきちんと書いておきたいと思います。

 何より、そこに集っていた人達は、金や出世より武道・武術・格闘技が大好きという人達ばっかりであり、実に楽しい会社でしたね。

 ちょっとライターとして出入りしていただけの私でなく、もっと語るに相応しい方もおられると思いますので、恐らく、どなたかが単行本とか書かれるのではないかな~?という予感もありますが・・・。

 ちなみに、今回のタイトル、気づいた方もいるかもしれませんが、『我が青春のアルカディア』をパクリました。スンマセン!

PS;愛隆堂も潰れたという噂を聞いていたんですが、ガセだったそうです。ネットって怖いね~? 誰かが嘘書いたり、読み間違って流した情報があっという間に広まったりしますからね~? 私、できるだけ正確に書こうと心掛けているんですけどね~? す~ぐ揚げ足取ろうとする人とかいるからな~? 直接文句言われるなら誤解を解けるけど、陰口広めるだけだから嘘話が広まる。本当にこの業界は女々しい人が多くて困ります・・・あっ、女々しいなんて女性蔑視だよな~、スンマセン!



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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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