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二月“軸”セミナー感想

 二月の月例セミナーは“軸の確立”をテーマにしていました。

 軸と一口に言っても、解釈は様々で、いろんな人が解説しています。

 今回は、中心軸と側軸(肩と股関節を貫く垂直軸を指す)を主に解説しましたが、中心軸は一本、側軸は二本あると考えられています。

 中心軸に関しては、かなり以前から言及されていて、武術関係者の間では割りとポピュラーな概念だと私は思っていたんですが、参加者に聞くと、ほとんど知らなかったそうです。

 むしろ踊りの方で広まっている考え方かもしれませんね?

 私は、武術体を軸系と丹田系に分けて考えていましたが、これは20代半ばには考えていましたね。つまり、四半世紀前には知っていました。

 側軸に関しては、私の知る限りでは、多分、高岡さんが最初だったのではないか?と思います。

 私は少林寺拳法やっている知人から「少林寺拳法は二軸を使う」という話を聞いて、初めて考えるようになりました。やはり20代後半の頃でしたね?

 軸の概念で動きを分析するようになり、いろいろと解ったことがありました。

 中国武術は概ね、中心軸で動きますが、日本の伝統的武術は二軸を使います。ただし、一刀流以降の素肌剣術が中心軸を使うようになります。

 どこが違うのか?というと、姿勢(構え)です。

 半身の構え(相手に斜めに構える)は二軸を用いる場合が多く、中心軸の場合は、上体(正面)を相手に向ける“向身”が多いのです。

 沖縄空手は向身が基本ですが、これは中国武術の影響でしょう。

 先日、『少林寺』を久々に見ましたが、中に少林寺拳法の範士が出演しており、少林拳の動きとえらく違和感が有ることを再確認しました。

 この映画は少林寺拳法が少林寺の武術の正統な継承をしていることの証明を企画していたものですが、完成された作品を見れば、技術の根本原理が異なることが経験者なら明瞭に判る・・・というものに仕上がっています。

 この作品から約20年後に、少林寺拳法は中国武術とは無関係に日本で創始されたものであることを宣言しています。

 やっぱり、綿密に調査されたら真相は判明しますからね。早めに告白しておく方が被害が少なくなります。

 ベッキーみたいに・・・(人気商売はつらいよね~)。


 さて・・・今回は天候が悪いのとインフルエンザが流行しているためか、参加人数は少な目でしたけれども、あんまり多くない方が練習内容は濃くなる?という困った現象があります。

 軸と言っても、見た目でバッチリ判るようなハッキリした“体軸”というのは、私に言わせれば弱点を晒すようなものなので、最近は、初心者の練習目標くらいにしか思っていません。

 しかし、軸で考えると技をかけるのに便利な面もあるんですね?

 何よりも、実力が外見で判り易い!

 それなりに実力の高い人は軸がきっちりと立っているものです。後は、軸が太いか細いか、硬いか柔らかいか・・・。

 軸が立っていて実力のある人というのは、細~い糸のような軸で、ピアノ線のような強靭さが感じられるものです。それでいて身体に力みが無い。こういう人は達人レベル。

 もちろん、こういう人は滅多にいません。私も数人しか見たことありません。最近見た中では、アメリカ詠春拳の第一人者のフランシス・フォン先生。噂に聞いていた以上のあまりの素晴らしさに驚きました! 微塵も力強さを感じさせずにスルスルと技をかけてMMAにも対応できる応用性が凄いです! この先生には私でも習いたいと思いました。

 大抵は、ぶっとい軸を身体をガッチリ固めて維持している人。こういう人は強いけど、技の応用性がありません。ざらに居ますよ、空手家、剣道家、居合道家、合気道家・・・と、自分では「俺は強い!」と思い込んでいるような人達。

 今回は、「軸を想定することで技の応用性が広がる」ということを特に解説しました。

 まずは崩し技。

 軸を切り崩すイメージでかけると具合が良い。

 体捌きも、中心軸で躱すのと、側軸で躱すのとでは攻防の展開が変わってくるという点を解説しました。

 また、小手返しを軸を想定してかけると具合が良くなる・・・というのと、では、“軸をずらせば逆転できる”という応用法も解説しました。

 まあ、伝わったかどうかは不明ですが?

 これは、関節を固める時に、そこに軸を想定して“強制的に居着かせる”んです。

 だから、逆転するには軸をずらしてしまえば逃げられる訳ですね?

 軸を想定することで攻撃技も防御技も次々に応用できる訳です。

 これを、一つ一つの技として覚えていくと、膨大に覚えなくてはならなくなりますが、原理的に考える癖がつくと、いくらでも応用展開できるようになる訳です。

 実際、私はその場のアドリブで技を編み出しているので、具体的に習った技はそんなに数多い訳ではありません。組み合わせと応用変化で無限大に編み出していける訳です。

 そうなった場合、「これが正しくて、それ以外は間違い」という論理そのものが固定観念に過ぎないということが明瞭に判ります。

 武術の場合なら、戦って勝つことが唯一絶対の条件であり、その他はすべてオマケに過ぎません。

「これが正しい技だ!」と言うこと自体が矛盾している訳ですよ。

 ただし、「勝てない技は間違い」です。それでは武術とは言えませんからね?

 最近は、「戦って勝つことに何の意味があるのか?」なんて真顔でのたまう武術愛好家すら居ますけど、「そんなこと考えるのなら武術なんかやるな!」って言いたいです。

 どうも、甲野氏の悪影響で「戦えない武術でいいじゃない?」みたいなヘンなこと言い出すバカが増えているようで困ったものです。

「戦えないなら武術って言わなくていいんじゃない? どうしても“武術”って言いたいのは、自己承認されたいだけでしょ? “俺はスペシャルな人間なんだ”ってアピールしたいだけでしょ? でも、具体的に戦って自分の弱さを晒すのは嫌だから“武術は殺傷術だから自分は戦わない”なんて、嘘言って逃げるんですよ。判ってるよ。一度も真剣に戦ったことないんでしょ?」って、言いたくなるんですよね?

「じゃあ、長野は真剣に戦ったことあるのか?」って言いたい人もいるでしょう。

 あるよ。

 でなけりゃ、言えないでしょう?

 でも、若い時だし、全然、正々堂々と戦った訳じゃないから、恥ずかしくって言えません。そんなカッコイイこと言う余裕なかったですもん・・・。

 だから、高尚なこと言うような武術家は信用できないんですよ。

 
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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