コンテントヘッダー

春の合宿

 3月20日は、游心流横浜支部の合宿に熱海に行ってきました!

 横浜支部は、ちと遠いので中々、私も顔を出したりできないものですから、合宿で集中的に普段、教えられないことを教えようと思って、参加してきました。

 宿で温泉に入られるとのことでしたが、私、そもそも子供の頃は風呂嫌いで、今も特に好きという訳でもありません。よって、温泉というものに入った記憶がありません。

 30代の貧乏ライター時代にガスを止められて風呂に入られずに銭湯に行ったりしていましたが、旅行もそんなに興味ない・・・というか、持病のパニック障害のせいで電車の長旅が苦手なので、温泉旅行を好む人達の気持ちが理解できなかったんですね?

 しかし、持病も最近はお陰様で小康状態を保ってまして、熱海くらいだったら行けるだろうと思って、参加した次第です。

 三月は余裕があると思っていたものの、次々に用事が入ってしまって、一時は止めておこうか?とも思ったんですが、何とか行くことができました。

 当日は大船駅で待ち合わせして、栗原支部長、若手支部会員二人と一緒に東海道線で熱海に向かいました。

 熱海といえば、大巨獣ガッパが何故か?大蛸くわえて上陸してきたり、キングコングとゴジラが富士山から転がってきて、何故か?熱海城を壊しながら戦ったりした場所というイメージが強い(普通はお宮の松ですよね?)んですが、電車が近づいていくに連れて海に面した景観が、私の郷里の天草に似ているな~?と、妙な感慨がありましたね。

 また、熱海というと、死んだ親父をおもてなししようと叔父さんが富士山にドライブに連れていってくれた時に立ち寄った場所でもあります。

 叔父さんは、この後、しばらくして風邪をこじらせて急逝してしまいましたが、私は、この叔父さんを頼って大学中退して上京してきておりまして、親戚中でも変人扱いされていましたが、私は大好きでしたね。

 私がずっと相模原に住んでいるのも、生前の叔父さんとの約束があるからなんですが、どうも、自分が早逝してしまうことを予感していたのかもしれないな~?と思えて仕方ありません。

 私も親戚中から親不孝者扱いされていましたが、叔父さんが唯一、私の才能を信じて応援してくれていました。自分に似ていると感じていたんでしょうか?

 今でも、「叔父さんが生きていたら喜んでくれるだろうけどな~?」と思いますね。

 大体、東京近辺には全国から一癖ある人間が集まってきているように思います。

 田舎に住んでいたら変わり者で一生終えてしまうような人間が、東京だと活躍できる可能性がある。私は上京して正解だったと思いますね~。

 時間はかかったけど、結構、活躍できてると思いますし、全国的に応援してくれる人が沢山できましたからね。

 しかし、田舎に帰省した時は、長い間、親兄弟はホラ吹き扱いして私の話をまともに聞いてくれなかったですね~?

「何で、そんな調べれば判る嘘をつくかな~?」とは思いましたが、ショーンKの気持ちが少しばかり解りますよ。熊本は保守的ですから、人と違うことをしようとすると「なんばしよっとか!」と周囲が寄ってたかって止めさせようとしますからね~。承認欲求が強過ぎて嘘ついてまで自分を飾ろうとしてしまったのかな~?と。

 そういえば、弟が出張で東京に来た時に都合が合ったので青木先生に紹介したんですが、「弟さんは長野さんと全然、似てないね~?」と、風貌も含めて性格がまるで違うことに驚かれていましたね?

 もちろん、弟は武術にも全然関心ないし、“家族を養うのが男の義務”という価値観を至上のものと思ってる感じで、社会的な野心とかはさっぱり無いみたいですね。野心を持つ男が嫌いみたいで、軽蔑している様子もありますね~。

 兄貴は元来、私以上に野心的だったんですが、結婚してからは無謀なことはしなくなりました。田舎だと変人扱いされてしまう村八分になってしまうので、おとなしくするしかないんでしょう。

 田舎に住んでいると、30過ぎて結婚していない人間は欠陥人間みたいに陰口たたかれますけど、都心だと独身で自分の好きな生き方する人が多いじゃないですか? やっぱり私は都会が楽でいいですよ~。


 熱海に到着してからは、バスで宿に行きました。しばらくして、東京支部長の小塚師範も合流しました。

 それにしても熱海は坂が多い! 山というか崖に近いような急な坂の途中に家が建っていて、脚裏が吊りそうになりましたよ。

 ここに住んでいたら自然に足腰の鍛練ができるでしょうね?

 宿はもともと東芝?の保養施設だったらしいです。部屋がそこそこ広かったので、テーブル片付けてそこで練習しました。

 思っていたより若手会員が上手だったので、基本はそこそこにして戦術的な技の要領をどんどん教えました。

 すると、栗原師範が「初めて聞いたことばっかりです~」と苦笑していました。

 そりゃ~まあ、教えていないことのほうが多いかも?ですね。というか、膨大に教えてもパンクしてしまうだろうと思って、重要で基本的なことを中心に教えてきたんですが、私は武術に関して知ってる量だけなら、ほぼ確実に日本で一番だと思いますよ。

 初期の頃は知識を全部教えようとしたんですが、量的に教えるとパンクしてしまうだけと判明したので指導法を“エッセンスを抽出して応用展開は学んだ人が自分でやれるようにする”という方式に作り替えたんですね。これだと他流やっている人も自分の流派に応用できるんですね。

 それが、丁度、游心流を名乗った時期で、そこからどんどん削ってシンプルにしていったんです。

 ただし、シンプルにすると基本の動作の質が濃厚になるので、簡単に見えて実は難しいということになってしまう訳ですが・・・。

 スワイショウや立禅、試力の形や動作に武術的な応用法を考えたのは私の完全オリジナルなんですが、それができたのも、そもそも膨大な技の知識があったからなんですね?

 引き出しが多くないと応用展開は限られますからね。

 例えば、突き技にしても、拳頭を当てるのか拳面を当てるのか掌心か掌底か背掌か刀手か背刀か鳳眼拳か竜頭拳か拇指拳か骨法拳か集約拳か拳槌か貫手か蟷螂手か月牙杯手か鶏頭手か鉤手か・・・としていくと用法も当て方も変わるでしょう?

 当て方に関しては多種多様な秘訣があるので、それを知らないと全然使いこなせない訳ですよ。

「拳で殴っても脳は揺らせないと教わったんですが、どういう意味なんでしょうか?」という質問もありました。

 これは、恐らくボクシングで脳震盪を起こさせてKOするという説に対するアンチテーゼとして教えられたのだと思います。

 ボクシングではグローブを嵌めて打つので打撃力が浸透するのに対して、素手の拳では威力が浸透しない・・・ということを言いたかったのでしょう。

 かつて堀辺さん(急逝されたそうで驚きました)が骨法が掌打を使う理由について解説していましたが、その元ネタは具一寿さんや陳需性さんの愛隆堂から出ていた本であろうと思われます(実際に原稿書いたのは鈴木邦男さんだと聞いたので鈴木さんがパクッた可能性もありますが、真相はどうなんでしょう?)。

 ただし、掌底を固めて打つと拳で殴るのと変わりません。柔らかく五指を当てておいて、掌心をパーンと突き抜けるように当てないと浸透力が出ない・・・即ち脳震盪が起こらないのですね?

 となれば、当て方のコツを体得していないとダメな訳です。ところが、熟練すれば拳面で当ててもそれなりに威力を浸透させて脳震盪を起こさせることは可能なんですよ。

 やり方だけ習っても熟練していないと、やはり効かせることはできません。

 私は鳳眼拳(人差し指の第二関節だけを突き出した拳)をよく使いますが、これだと軽く触る程度に当てるだけで相手が戦意喪失してくれるので必要以上の格闘をしないで済みます。

 もっとも、空手やキックをやっている人の中には、「一本拳は現実には使えない」と断言する人も少なくありません。

 鍛えて分厚いタコができた拳で殴らないと効かないと思い込んでいる人もいますが、一本拳や貫手みたいに指先や関節部で当てる打撃技は、離れたところから勢いをつけて打ち当てるのではなく、指圧のように接触してからぐっと押し込むように当てて効かせれば、非常に効果的なのです。

 ですから、特に鍛える必要もありません。素人でもできます。

「鍛えた筋肉には通用しない」と言う人もいますが、発想が違います。別に鍛えたところを狙う必要はありません。護身術や実戦なら急所攻撃が基本セオリーですよ。

 筋肉の分厚いところをバットで殴っても平気なように鍛練している人に、多少鍛えた突き蹴りを当てても効きませんよね? でも眼球を爪で引っ掻いて平気な人はいない。

 人体の急所を熟知していれば攻撃法はいくらでも工夫できます。

 こういうのは単に知識なんです。知っていれば誰でもできますが、知らなければ使えない。武術が教える人を段階的に選別するのも、知られてしまえば通用しなくなるからなんですね?

 強い弱いじゃありません。知ってるか知らないかだけ・・・。

 どんな強力な武器も使い方を知らなければ役に立たないでしょう? 武術もそういうものなのです。

 威力やスピードに頼るのは初心者でしかありません。ゆっくり動いてチョコンと突いただけで勝てるのが武術なんですよ。御殿手の上原清吉先生なんて、まさにそうでしたよね?(って、知ってる?)

「どっちが強いか?」なんて言ってる時点で、「わかってないね~?」と馬鹿にされるものなんですよ。

 自慢げに技をやって見せる人が多いですけど、自分の得意技見せた時点で、もうその技は通用しなくなると考えるくらいでないとダメなんですけどね~? 本来・・・。

「やって見せたくらいで通用しなくなる技は本物じゃない」なんて寝言ほざく人もいますけど、本当におめでたいですよね~? 相手が互角に戦ってくれるという前提で考える時点で平和ボケなんですよ。

 全米カラテ・チャンピオンが小学生に殺された事件があったそうです。軽く張り倒してやろうとしたら隠し持っていた拳銃で撃たれてしまったのだとか?

 似たような事件はいくらでもあります。空手の師範がバスの列に割り込みした青年を怒鳴りつけたら、振り向いた瞬間、ナイフで胸を刺されて即死した・・・とか?

 ですから、私は本式に使う技は一切見せないし公開もしません。会員にもほとんど見せないですよ。本や映像に出しているのはあくまでも“限定解除”です。

「そんなのは卑怯だ! ハッタリだ!」って言う人は、ずう~っと言ってくれてて構いませんよ。そんなヤツに教えてやる義理はないですからね~(笑)。

 物事は価値に応じて値段が決まる訳です。「安物買いの銭失い」という言葉があるでしょう? 価値の判らない人間を相手にする気はありませんよ。

 それに、こんなこと言ってるヤツに限ってインチキに引っ掛かったりするから、世の中は皮肉なものです・・・。

 見せかけのものにごまかされて真相を洞察する能力の無い人が世の中の大多数派なんだと思います。

 しかし、武術にとって最も重要なのは、“読み”であり、換言すれば“洞察力”なんです。技や戦術はその後の問題です。

 私が見取り稽古を重視するのも、ここに理由があります。

 技の外見より攻防の原理を読み解ければ、技を再現することもアレンジして使うことも、あるいは返し技を工夫することも可能なんですよね?

「何も考えずに無心でただ練習することだ!」みたいに思い込んでいる武道修行者が少なくありませんが、それは間違いです!

 練習は徹底的に頭を使って考えながらやらないと無駄になります!

「では、無心になることは間違いなのか?」と言いたい人もいるでしょうね?

 はい、間違いです。練習を無心にやっていてはいけません。

 無心になるべきなのは、実際に技を使う瞬間なんですよ。無心に反射迎撃できるようになっていないと後手に廻ってやられてしまいかねないのです。

 勘違いしている人が多いですよね?

 武術の場合は、日常生活の中で突如として襲われた時に適切に反応できることが要求される訳で、面と向かって勝負しようとすることは実は想定していません。

 突然、襲撃された時に身体が自動反射して敵を撃退してくれないと困る訳です。

 私は同じ技をもう一度やってくれと言われると凄く困るんですが、それは少しでも本気を出すと完全に自動反射システムにスイッチが入ってしまうので、自分でどう動いて技を出していたか覚えていないからです。

 セミナーでも「もう一回やってください」と言われて試みるんですが、「何か、さっきと違う?」と言われてしまいます。

 なので、最近はなるべく簡単な動作をやるように注意しています。

 そういう次第で、「練習は意識的に考えて、実戦は何も考えずに身体に任せる」という具合に教えるようにしています。

 もっとも、無心になる練習も必要ない訳じゃないんで、説明するとややこしくなるんですけどね~?

『交叉法』DVDを見ていて、私はまだまだ先を読む能力が未熟だな~?と思いました。

 青木先生とは雲泥の差です。

 合宿夜に青木先生がビル横山さんの早撃ちを制してみせたTV番組『ワンダーゾーン』を見たんですけど、今のほうが青木先生の読みは格段に上がってますからね~?

 従って、今後はもっと瞑想法に力を入れてみようと思ってるんですけど、これも未熟な人にやらせると魔境に陥るから、当面は自分独りで研究しようと思ってます。

 夕食の後、温泉に入りました。お湯が少ししょっぱい感じがしました。海に近いから塩分濃度が高いのかな? 窓から熱海の夜景も見れて気持ちよかったですね~。

 温泉初体験の合宿、楽しかったです!

 たまに、小旅行するのもいいですね~?

関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

リンク
FC2カウンター
最新記事
カテゴリー
長野峻也ブログ
QR
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索