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イメージって何?

 乙武さんが不倫騒動で話題になりましたが、「何を今更・・・」と思ったのは私だけではないでしょう。

 クリーンなイメージを裏切った・・・みたいに非難されていますけど、彼がド助平で腹黒な性格だというのは、ずっと前から噂されていて、本人も「そうですけど、それが何か?」みたいにスッとぼけてたでしょう?

 世間一般にクリーンなイメージが広がっていたみたいに言われても、週刊誌やネットで裏情報がバンバン出てくる時代に、“クリーンなイメージ”って、どういう意味なのか?って思いますよ。

 清原だって、ヤクザとの付き合いやシャブ漬けの噂は、ほとんど既成事実として受け止められていて、“スポーツ選手のクリーンなイメージを裏切った”みたいに論じる人達には、「ハアア~ッ? 何、トンチンカンなこと言ってるの~?」って思いましたよ。

 私の中学時代、不良は全員体育会系でしたし、タバコぷかぷかふかしてましたよ?

 文化系の部員はおとなしくて草食系でしたけど、体育会系は不良なのが当たり前でしたけどね~? 高校に入学したおとなしい美少女が体育会系の部に入って夏休み過ぎた頃にはヤンキー姉さんに変身したりしてましたよ?

 少子化時代でもヤンキーカップルだけは子沢山だったりするでしょう?

 欲望に忠実で後先考えないのが体育会系の真骨頂でしょう?

 万引きとか輪姦した話を平気で話すヤンキー上がりの芸能人とかいたりするじゃないですか? 悪いこととはわかっているけど、それほど大した問題だとは思っていない訳ですよ。

 また、芸能人だと経歴詐称は当たり前だったりしていましたから、その感覚が抜けない人もまだまだ少なくないんじゃないですか?

 武術の世界なんて、大昔からそうですからね~。

 第~~代宗家とかまるで信用できません。

 創始者が岳飛だとか、孫賓とか関羽とか燕青とか・・・あるいは、孫悟空とか沙悟淨とか、それって実在してね~だろ?って話になる訳ですよ。

 日本でも藤原鎌足(鎌子と書かれている)、聖徳太子、坂上田村磨呂、鑑真、最澄・・・って、おいおい、坊さんだったら武術できる前提ですか?

 そういう設定の流派を習ってる人が言うのは、まあ、しょうがないと思うんですけど、以前、武術の研究家という人物の本を読んでいたら、「三蔵法師は武術の達人だった」と堂々と書いていて、目眩でクラクラしましたよ。

 研究家って名乗るのなら、少しは疑ってかかれよ?って思いましたよね。でも、この人、外国人の武術家はインチキ扱いして疑うんですから、妙なところがナショナリストでしたね~。死んじゃった人だから反論書けないので名前は伏せますけどね。

 武術武道に関しては、経歴は信用できないのが常識になっていて、「嘘だ」という前提で聞いておくしかありません。それも含めての伝統文化なんだと認識するしかないんですよ。

 そういう事情を知らずに、師匠の話を鵜呑みにして信じ込んでる人達は、本当に可哀想だと思いますね。

 今は嘘も本当もゴチャゴチャに情報が流出してくる時代ですから、情報の真贋を見極める能力が必要な時代です。

 私は基本的に、信じる信じないという考え方をしないようにしています。

 それよりも自分の洞察力を磨いていくことが重要。そうすれば、真相が自ずと観えてくるようになります。

 次に論理的思考力を磨く。理に合うか否か?で、真贋を判別する習慣を養う。

 しかし、注意する必要があるのは、論理の根幹になる価値観が固定化していると判断が一本調子になってしまうということ・・・。

 世界の紛争は、価値観の対立によって起こると言っても過言ではありません。

 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、道教、神道、唯物論(社会科学)・・・細かく分類していけば無数にありますね?

 しかし、根本は、信仰心です。どんな価値を信仰するか?の問題です。

 最初に戻ると、不倫は悪、覚醒剤は悪という価値観があるから乙武さんも清原も非難される訳ですが、彼らには、それほど“悪い”という価値観は無かったのではないでしょうかね~?

 例えば、他人を殴る行為は悪ですよね?

 でも、教育現場で「体罰は是か非か?」って論じられるのは何故でしょう?

 普通に考えたら、駄目に決まってますよね?

 私は体罰は絶対にダメだと思ってますよ。けれども、悪ガキが暴れているのを放置するような教師は教師失格だと思いますし、もし、私が教師だったら「やめんか! こらぁっ!」って腕ずくでやめさせますよ。

 ただし、私はこれを体罰とは認識しません。暴力を暴力で取り押さえただけ。説得して改心させられない自分の未熟を痛感するでしょうね?

 私の両親は教師だったし、「大学で教員資格さえ取っておけば就職はなんとでもなるから・・・」と母親に言われていました。

 もうね~。私は絶対に教員にはならん!と思いましたよ。

 教育問題には大いに関心ありましたが、教員という職業は選びたくなかったんですよ。

 何故なら、自分が物凄い暴力教師になる危険性を自覚していたからです。不良だらけの学校とかに赴任したら毎日がバトルになるに決まってるでしょう?

 昔々、戸塚ヨットスクールの虐待死事件とかが騒がれましたけど、不良を更生させようとしたら、そうなってしまうのは仕方がないんじゃないか?と思うんですよ。

 もちろん、認めている訳じゃありませんよ。いくらなんでも殺してしまってはいかんでしょう?

 それでも必要悪ではないか?と考える局面が現実に存在するから、しつけ~体罰というものの是非が論じられるのではないですか?

 私は武術の道場を経営していますが、しごきの類いは一切やりたくありません。それは、私がそういうのが嫌いだから、自分が嫌いなことは他人にもやりたくないのです。

 それでも、“強くしてやりたい”と思うと、厳しくし過ぎてしまう場合があります。

「普通の武道や格闘技の道場と比べたら、全然、厳しくないですよ~」と言われるのですが、厳しいか厳しくないかは受ける者のキャパシティーに左右されるのであって、指導する側としてはそこを見極められないといけないんじゃないか?と思います。

 それと、私は権力が大っ嫌いなんですよ!

 何故、嫌いか?というと、人間の尊厳を踏みにじり、圧倒的なチカラで縛りつけるシステムだからです。

 端的に言えば、私が武術やり続けているのは権力に隷属させられたくないからです。

 つまり、自由でいたいのです。

 自分のやりたいことをやり、何者にも干渉されないで生きていく・・・それが理想。

 だから、武道武術やっている人間が偉そうにするのは生理的に受け付けませんし、そういうタイプは私の中ではゴミ認定ですね・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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