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オタクは偉い

長野先生の本で初めて知りました」と言われることが多くなり、隔世の感もあるのですが、青木宏之先生のことを知らない武道修行者が増えています(ブルース・リー知らない人もいるからな~?)。

 今の40歳以下の武術愛好家は知らないかもしれませんが、80年代から90年代初頭にかけて日本武道の最高峰と目されていたのが青木宏之先生なんですね。

 前衛武道「新体道」の創始者で、“遠当ての達人”として注目されていました。

 武術に少し詳しい人になると、もう神様扱いでした(空手家・プロレスラーなんかが挑戦しても一撃ならぬ“一触”で退けていた)し、精神世界関連の人達にも尊敬されていました。

 また、現代思想家や前衛芸術家にもシンパが多かったんですけどね。

 いわゆる“超能力武道家”“神秘武術の大家”として有名で、TVにもちょくちょく出られていたんです

 でも、実際の青木先生はアーティスト気質で、お祭り好きな性格だからパフォーマンスは派手でも、本質的にシャイで、ナルチシスト気質ではないので、ある時期を境に天の岩戸じゃないけど籠もってしまっていたんですね。

 これにはある事情があったんですが、いろいろ迷惑がかかる人もいるので話は割愛します。が、事情を知った身としては、「青木先生も、あまりにも人が好過ぎるよな~?」とは思います。

 しかし、その間、青木先生が何をやっていたか?というと、かつての楽天会を発展させたとも言える天真会を組織して書道と瞑想、ボランティア活動に励まれていたようです。

 そして、剣武天真流を新たに創始したのが数年前で、その前後に私は相談役の一人みたいなポジションだったと言ってもいいと思うんですけどね。

 例えば、「天真流剣武にするか、剣武天真流にしようと思ってるんですけどね~」とか言われていました。

 ちょうど、私も同時期に剣術、居合術の研究に熱中していたので、割りと意見交換もさせていただきましたが、武術に関する私の知識量を青木先生が高く評価してくださって付き合いが深まったと言えるんじゃないかと思います。

 松田隆智先生友寄隆一郎先生もそうでしたが、斯界の最前衛に居る先生というのは孤独なものなんです。

 どうしてか?というと、理解してくれる者がいないからです。

 あまりにも突出した立場になってしまうと、周囲に対等に話せる人間がいなくなってしまうのです。

 なので、一般的に武道家はオタクを毛嫌いするんですが、青木先生も松田先生も友寄先生もオタクを馬鹿にしてはいませんでしたね。知識があることはそれだけで力になりますから。

 オタクというと、蔑称として認識されていますが、世の中に偉大な発明をしたような人物は大体、オタクですよね?

 もう、徹底的に一つのことを突き詰めて調べあげて研究しまくったから、発明ができたりする訳で、後の歴史に偉人として伝えられるのですが、当時は単なる変人扱いされた人が多かったみたいですね。

 武術の世界も以前はオタクが中心でした。

 本やビデオを集めまくって雑多な知識を披露し、いかに他人が知らないことを知っているか?がステイタスでした。

 オタクが高じてライターや編集者になったり研究家や評論家になったりするのも自然なコースでしたし、私もその典型例でした。

 例えば、今、Hという武術雑誌の編集をしているSさんという人は、以前、勤めていた会社では「あいつはオタクだからな~」と陰口を叩かれていましたが、私は彼が日本の武術メディアをけん引していく力のある唯一の編集者だと思っていました。

 また、武術系ライターのNさんという人も、私を非常に嫌っている様子ですが、でも客観的に判断して武術に関する知識と見識は私が唯一、「手ごわい」と思う相手で、時々、彼が書いた記事を読んで、「う~む・・・流石だ・・・」と唸っちゃったりしてます(マニアック過ぎて一般受けしない記事も時々あるけど)。

 別にお世辞で書いてる訳ではありませんよ。お世辞書いても私が得することはありませんからね。

 私が言いたいのは、「オタクを馬鹿にするのは洞察力が無い人間だぞ」ってことです。

 でもね~、どうも最近はオタクが少なくなってきている感じですね~?

 本当に武術の知識が驚くほど無い人が武術を語ってる。安っぽい業界になっちゃったな~?と、嘆かわしいです。

 ライターやっていた頃、全空連の選手で自分の流派を知らない人がいました。形を見せてもらって、「あ~、貴方が学んだのは松濤館流ですよ」と判定すると、「あ~、そうです! 思い出しました! 確か、先生がそう言っていました!」と言われてギャフンとしたことがありました。

 伝統空手道では四大流派と言って、松濤館流、糸東流、剛柔流、和道流がメジャーな流派とされます。それぞれ構えの姿勢などに違いがあり、形を演武すれば大体、判別がつきます。

 沖縄空手にはもともと、流派という概念が無くて、“どこそこ地方の手”とか、“誰それさんの手”とか言っていただけなんだそうで、富名腰義珍翁が本土に伝えて以降、本土式に流派名をつけるのが習慣化したとされます。

 ちなみに最初に流派を名乗ったのは剛柔流で、一説に、中国南方の武術、白鶴拳系統の秘伝書『琉球伝武備誌』の「剛柔呑吐」の呼吸法の極意からネーミングしたものなんだとか言われています。

 居合道でも制定居合道とは別に、古流居合道として、夢想神伝流、無双直伝英信流、伯耆流、無外流、新陰流などがあります。が、無外流は本来は自鏡流(多賀自鏡軒が創始し無外流に併伝された)で、新陰流は制剛流(制剛僧が創始した居合と柔術拳法、縄術、隠し武器術を伝える流派で尾張藩に伝わり、長岡桃嶺によって尾張柳生家の新陰流に併伝されたもの)がベースになっています。

 こういう事実に関しては知っていても黙っている師範がいたりしますが、よりメジャーな流派名を名乗る方がウケがいいと考えてしまうのかもしれませんけれど、はっきりいって、それは伝統文化の捏造であって許すべきではないと思います。

 事実、本当に平気で捏造する人が多く、これは歴史的な伝統?という側面もあるので、研究家としては非常に困った点なんですけど、多分、“どうでもいいことだ”と考えているから平気で嘘つくんでしょうね?

 でも、私は研究家だから、嘘は嘘、間違いは間違いとはっきり書かせてもらいます!

 そうしないと文化伝承の学問体系として成り立たなくなってしまうからです。デタラメばかりだと・・・。

 余談ですが、青木先生の80歳の記念プレゼントを持って西荻の事務所を訪ねて、昼食を御馳走になったんですが、ここに書いたような話をしたところ、青木先生もほぼ同意見でしたね。

 かつて、「戦えない武術じゃダメなんでしょうか?」と言った武術指導者がいましたが、その人の師匠は「馬鹿者!」って叱ったそうでした。

 戦いを考えないなら、もう武術である必要が無い。命懸けで武術の研鑽をし伝えてきた先人に対する冒涜なんですよ!

 青木先生も、「私の悪口言われるのは何とも思わないけど、私の技が効かないと言われたら怒りますよ」って言われていますし、松田先生も「僕が発表していることが嘘だと言われると中国武術の恥になっちゃうから黙ってる訳にはいかなくなる」と言われていましたね。

 私が甲野氏とかを糞バカにしているのは、まさに“この点”ですよ。まともに戦って勝ったこともない癖(全戦全敗?)に現代武道を馬鹿にしたようなこと言いますからね~。

 どうも、誤解する人が多いみたいなんですが、私が脱力技法に行き着くまでにはいろんな訓練を重ねてきて、その結果としての理論を提唱しているのであって、経験を経ないで空想を書いている訳じゃありませんからね。

 事実、脱力系技法の優越を説いている人物が格闘技や現代武道の人とまともに手合わせして惨敗したみたいな話はよく聞きます。戦い方を知らなければそうなりますよ。

 私も確信が持てるようになるまで長い試行錯誤の時間を要しました。ざっと20年。修行というのは長い期間を要するのが当然で、どんな天才でも突然悟るなんかあり得ないんです。

 日々の蓄積によって開花するんですから、オタク的な探究心を馬鹿にしてはいけませんよ・・・。

 例えば、游心流の次期宗家と私が公言している体道塾の仁平師範は、まだ20歳そこそこですが、幼少の頃から様々な武術を修行し、うちに入門したのは5年前くらいでしたが、それはもう物凄い速度で吸収し、尚且つ発展させていきました。現在では、その実力は既に達人のレベルを越えていて、斯界の名だたる師範が驚く程です。

 これを簡単に天才という言葉で言うのは逆に失礼でしょうね? 何しろ、物凄い鍛練と研鑽を日々、積み重ねてきて「武医同術」を地でいっていますから。

 修行と口で言うのは誰にでもできますが、真に修行を実践することは並大抵の努力ではありません。

 彼は立禅を最低3時間やるというのですが、私は最長でも2時間がやっとでしたよ。

 私には無い素質と才能に恵まれていることは確実ですが、それ以上に鬼のような稽古の虫になれる! それが彼の真の才能です。

 彼には、単なる一つの流派の伝承者というレベルではなく、武術という文化を丸ごとけん引していき、これからの時代に貢献していってもらいたいと願っています。それは彼ならできる! 私はそう確信して微塵も疑っていません・・・。

 もちろん、游心流の会員には、皆、それぞれの人生を最大限に生き切って欲しいと思います。ひょっとすると、仁平師範以上に社会貢献できる人間が出るかもしれません。

 武術修行も、そういうエネルギーにはなると思います。

 どんな苦境に陥っても諦めないで突破していく勇気を養う・・・それが武術の修行であって欲しいと思いますね。

 私は、口先で立派なこと言うような人間はまったく信用できません。人間は行動で示し、現実の実績を挙げていくことでしか評価は得られません。

 50年以上生きての一つの結論ですね。

 死ぬ時までに何ができるか? それはこれからの人生です。

 そして、死んだ後に本当に評価される人もいます。これは私の今年のテーマなんです。

 だから、アスペクトの武術シリーズは今年はお休みします。

 自分の武術理論を発表するより真に価値ある先人の研究成果を世に出すことも使命だと考えます。

PS;5月のメイプルホール稽古はお休みします。5月22日(日)にはメイプルホールで上映会やりますので、是非、おいでください!

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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