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『月刊武道』に稲吉先生が

 あまり技術解説とか載らないので滅多に買わないんですが、書店で立ち読みくらいはするのが『月刊武道』です。

 作家修行するようになって資料本代がかさむので、立ち読みで済ませられる程度なら済ませてしまおうという不届きな考えもあります。

 しかし、今回は、稲吉先生が記事を書いていると聞いたので、橋本駅ミウイの有隣堂さんで買いましたよ。

 稲吉先生は、ダンサーでありダンス振り付け家ですが、何と、ダンスを始めた切っ掛けがブルース・リーだった?というくらいなので、空手、意拳、詠春拳、刀禅、柔法、八神流体術、合気道、刀功門、そして游心流というマニアックの度が過ぎる経験を積まれていますから、実際は普通に武道やっている人より見識が高くなってると思うんですよ。

 記事を読んでいても、普通に武道やっている人だと、そもそも自覚すらしなかったであろう事柄を当たり前のことなのだと思い込んで書かれているフシがうかがえました。

 だから、“異常にハイレベルなこと”を書かれていて、読んだ人達も首捻ってしまうのではなかろうか?と・・・。

 立ち合った時に相手を読む・・・というのは、現代武道の世界でほとんど忘れられている理合(りあい。間違って“りごう”と読んではいけません! 先生が間違っていたら、さりげなく直してあげないと、先生の恥を延々と後世に伝えることになっちゃいますからね?)です。理屈は知っていても、具体的なやり方を知らない人がほとんどです。

 それと、稲吉先生の人柄の良さがにじみ出てますよね。

 大体、武道を専門にやってきていない人が少しでも武道を齧ると自己肥大起こして誇大妄想狂になり易い(作家とか役者とか多い)ものなんですが、稲吉先生は微塵もそういうところが無い!

 松田隆智先生がよく言っていました。

「武道をやったから性格が良くなったんじゃなくて、性格の良い人は元から良かったんだよ」と・・・。

 確かに一理ありますよね? 熟練するに従ってその人の本性が現れてきますもん。

 武道家なんて、そんな立派な人はいませんよ。

 浅~く付き合うだけなら、立派に見える人も居ますが、それは“猫かぶってる”だけで、本性は、み~んな喧嘩大好きで我の強い人ばっかり! もう、断言します!

 だって、考えたら解るでしょう? 他人の顔面殴ったり蹴ったり投げたり首絞めたり関節の逆取ったり竹刀で叩いたりするんですよ? 暴力が嫌いな人間ができる訳ないでしょう?

 どんな理屈を並べようが、いざとなったら暴力でカタをつけたいと思ってる人間しかやらないんですよ。

 しかし、私はそれが嫌いじゃありません。

 何故なら、自分もそうだから。

 特に礼儀知らずなヤツとか見ると、「こいつ、喧嘩売ってんの?」って、すぐ思っちゃう(苦笑)。実際に、無礼者に寸勁かましたり、ビンタ張ったりしてますからね。

 ただし、私は、こういう場合にニコニコ笑ったままやれるので、不気味がられてしまうんですけどね。

 こういう性格は多分、一生変わらないと思うんですよね~?

(それに男に愛情持てないです・・・ムリっす)

 たま~に、尊敬の気持ちは持つことありますけどね?

 例えば、時津賢児先生が意拳を習った時にボコられて悔し涙を流したと連載記事の中で告白されていたのを読んだ時は、「何て、真っ正直な先生なんだ?」と感動を通り越して唖然となってしまいました。

 いや~、立派過ぎて二の句が継げません。

 修行中の若い人や格闘家のように公開の場で試合する人が言うのなら解りますが、時津先生はフランスを代表する著名な武道家ですよ。

 そのポジションの武道家が自分の負けた話を堂々と書くというのは、権威を捨てる覚悟が必要なんですよ。

 何故ならば、武道の世界は勝ち負けの結果だけで優劣を判断する人間が大勢を占めているからです。

 時津先生は甲野氏を前蹴り一触でダウンさせたりしているのに(見てた竹内海四郎さんが言いふらかしたので業界で結構、有名な話で、私が時津先生に直接聞いたら、目を丸くして驚いてらっしゃいました・・・)・・・と、思ったので、ここに書いておきます。

 私ですら、研究家と名乗っているから負けても構わないか?というと、そんな甘いことはありませんよね?

 道場破りに手も足も出ないで負けたりしたら、それこそ「やっぱり長野はヘッポコじゃ~ん!」とバッシングされまくって、会員もどんどん逃げ出して、私は切腹して果てるしかなくなりますよ。だから、なるべく直に手合わせしないように注意していますよ。

 大袈裟だと思います?

 いいえ。私は有名武道家(甲野・高岡・宇城・・・etc)をケチョンケチョンに貶してきているんだから、その反動は凄まじいですよ。

 嫌がらせも数限りなくありましたよ。

 潰しにかかられたことも何回あったか判らなくなるくらいありました。しかも、それまで親しくしてもらっていた人がコロッと豹変して敵になるんですから、義理も人情もあったもんじゃないです。仁義なき戦いですよ。

 だから、どうしても立ち合うしかなくなったら、殺す気で立ち向かわなきゃ~潰されると思ってます。

 私は武道の世界が綺麗事が通用する業界だとは考えていません。憎悪と嫉妬、傲慢と自己愛が渦巻くヤクザ社会と変わらない業界で、表面的に“礼節”を謳っているに過ぎないと思っています。

 そんな世界だから、“武術”でなければ乗り切れないと思ったのです。

 武道も格闘技も力の差はいかんともし難い。体格・体力・年齢・素質がモノを言う世界です。

 精神論や理想論ではなく、現実のチカラでシノギをやっていくしかない。私のように元々チカラが無い者にとっては、戦略戦術を駆使して戦う武術でないとムリ!

 でも、果たしてこれは武道の世界だけの特殊なことなのか? 多分、自覚するかしないかに関わらず、人生のいろんな局面で、誰もが程度の軽重の差はあっても体験せざるを得ないことでしょう。

 学校や職場のイジメ、ストーカー、事故、病気、災害・・・こういうのを一度も体験することなく人生を送ることができる人なんかいないでしょう?

 その厳しさに立ち向かう“気概”を養ってくれるという意味でなら、武道の修行は確かに一定の価値があると言えるかもしれません。

 稲吉先生も時津先生も、そういう真っすぐなブレない心を持ってらっしゃるのだな~と、尊敬の念が湧きました。


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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