コンテントヘッダー

游心流合気道

 毎月、個人指導に通っているIさんは、昔、ある会派の合気道の支部長をやっていたそうでしたが、正直言って覚えが悪い。

 空手バカ一代世代で、毎日500回も拳立て伏せしていた(プロレスラーですか?)というので、どうしても筋肉に力が入ってしまうんですね?

 どうにも一進一退で脱力技法は体得できません。

 頭で考え過ぎてしまうのも問題です。

 50も過ぎているので、このままやっていても上達は難しいと思いました。

 で、ものは試しで合気道をアレンジする形で教えてみようと思いついて、やってみたら、流石に長年やっていただけに動きがガラッと良くなります。

「よしっ、これなら上達できそうだ? Iさんは合気道をベースにしてやりましょう!」

・・・ということにして、まったくの思いつきで、「游心流合気道」を作ることにしましたっ!

 小塚師範が合気道ちゃんとできるし、外にも合気道達者な人がいるから、やれるだろう?と思った次第です。

 以前は「游心流太極拳」という名前で講座やっていたこともあるし、合気道も大丈夫だろう?と思います。

 私自身は一時間半の体験入門しか経験がありませんが、昔、佐原先生DVD付き教本の製作に携わった時に基本的な原理を勉強できたので、理論面は心配していません。

 Iさんは三段貰っているそうなので、まあ、大丈夫かな?と思います。

 過去に、合気会(山口清吾先生・西尾先生・多田先生・小林先生・佐原先生)、養神館、養正館、気の研究会、岩間道場、光輪洞、冨木式、万生館に学んだ人が来ていましたし、合気武道では、大東流(武田時宗先生系・佐川道場・幸道会・六方会・光道会・琢磨会・松田敏美先生系・山本角義先生系・西郷派)、親英体道、八光流、新体道、柔法、武田流、流道、和楽をやっていた人が来ていました。

 一口に「合気」と言っても、細かく分類していくと千差万別なんですね~? 大別すると伸筋系か脱力系か? 骨盤の縦回転か横回転か? 軸系か丹田系か? 骨格系か神経系か? 重心集約系か重心拡散系か? 自分主体か相手主体か? ぶつかって崩すかぶつからないで崩すか? 身法重視か心法重視か?

 ここに書いてることの意味が全部解った人には游心流合気道初段を進呈します! 多分、いないと思うけど・・・。

 合気と言っていなくても技術的には合気系統だよな~?と思うのは、鹿島神流ですね。

 私が習っていた頃の甲野善紀氏は技の説明にいちいち合気道を持ち出して“貶す”のが習性になっていて、例えば、「合気道ではこうやるけど、これでは効かない」といった具合で、「佐川先生でもこれほどできるかわからない」「養神館No,2の人が私の技に感動して道場を挙げると言われて困っちゃってさ~」とか自慢してたりしていたので、まだ20代半ばで合気道のことを何も知らなかった私は、すっかり信じ込んでいたものです。

 もっとも、その後、いろいろな合気道修行者に出会ったり道場を見て回ったりしているうちに、「あれ~? どうも甲野先生が言ってることはおかしいぞ?」と思うようになり、自分でも脱力技法を研究するようになって、「やっぱりおかしい。試してみようか?」と思った揚げ句が、例の“甲野先生ビンタ・ペシペシ事件”になった訳です。

 叩いた私がビックリしちゃった訳ですが、その後、養神館の先生に合気揚げを挑んでふっ飛ばされた・気の研の先生にボロ雑巾扱いされて木刀を叩き折られた・山口清吾先生を激怒させて破門されていたけど本人は自覚していなかった・筑波の大東流クラブで学生全員に投げ飛ばされて涙目になった・・・といった負け負け話がテンコ盛りで出てきたので、唖然となっちゃった訳ですけど、まっ、「やっぱりね」としか思わなかったですよ。

 ここまでダメ過ぎると笑っていいのか哀しいのか判りませんが、合気道をあそこまで糞味噌に貶していたのは“自分が強くなれなかった”という“恨み節”だったのかもしれないな~?と思いますね。

 そんな次第で、私は合気道に対してマイナスイメージから接していったんですが、知れば知る程、「あれ~? これは実際は日本武術の精髄を最も純粋に磨き揚げてきているんじゃないかな~?」と、徐々に認識が逆転していったのです。

 これは合気道に限った話ではないんですが、現代の武道でも格闘技でも競技として確立し過ぎて“双方が同じ闘い方で技量を競う”という試合(あるいは形の完成度を競う型競技)しかやらないので、「ルール無用で戦った時にどうするか?」という視点が失われているんですね?

 空手家には他流と戦った時にどうする?と考える人が少なくありません。中には積極的に他流の技を学びに行く人もいます。現に、うちに来る人の半数くらいが空手出身者ですかね~?

 Iさんも最初は極真空手やっていたそうです。バイク事故で続けられなくなって辞めたそうですが。

 うちの師範も全員、空手(拳法)出身です。

 私も、どちらかと言うと、投げたり固めたりするより拳法でぶっ叩く方が好きです。

 ただ、それでは危ないし、健康にも悪いし、一般常識的にも印象が悪いので、優しく崩して怪我しないように練習するようにしている訳です。

 自由組手やらなくなったのもそういう次第です。技を深めるには互いに協力し合わないとダメだということに気づいてからは、益々、合気道の型稽古の利点を感じるようになった訳です。

 どうして武術は型稽古が主体で乱取りの類いは主体でないのか?と思っていましたが、理由が判りました。

 競技に使えるものしか練習しなくなって、技がどんどん減ってしまうし、そうなると体力勝負になっていくので必然的に若いうちしかできなくなる。

 闘争心や勇気を養うには試合も必要ですが、せいぜい35歳くらいまでにして、その後は型稽古で技を深化していく修行システムを確立した方がいいのではないか?と思いますね。

 もちろん、試合経験が無いと勘違いしたりし易いマイナス面もありますが、それは思い上がってる者には指導者がペチンと叩いて解らせてやればいいのではないでしょうか?

 そんなこんなで、急遽、思いついた“游心流合気道”ですが、他所と似たことやってもしょうがないので、「動きの中で当て身入れまくる!」「剣体一致」という特色を持たせてみようと思います。

 やっぱり日本の武術は日本刀操法を知らないと本質が見えてこないと思うんですよ。

 合気道家の中には「剣なんか必要ない」と言う人もいるみたいですが、それは自分が知らないから必要ないと言ってるだけだと思うんですよね~?

 私は佐原先生にお会いしてから、「合気道はすべて無刀取りの原理でできている」と考えるようになりました。しかも、見えない“二刀(しかも小太刀)”を遣っているんですよ(ここ、多分、“秘伝”だと思う)。

 例えば、刀禅の小用先生は六方会で合気を学ばれていますし、転会で新陰流を修行されていたから刀法原理で武術的身体を練り上げるシステムを構築されたと思うんですよね。

 中国内家拳の影響も強く感じますね。内功の練法をそこから抽出されていると思いますし・・・。

 游心流合気道ではどのように構築していくか?ということですが、始めてみたら、意外と短期間で根幹は完成するんじゃなかろうか?と思っています。

 こうなったら、游心流太極拳、游心流空手道も作っちゃおうかな~?

 何か、一気に楽しくなってきましたよっ!

 私の長年に渡る合気研究の全てを注ぎ込んだ超実戦合気道を創って見せますよぉっ!

関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索