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12月セミナー忘年会感想

 これまた遅くなりましたが、本年最後のセミナーと忘年会について・・・。

 北海道在住で常連の方が、「北海道が大雪で飛行機が飛べないので行けませ~ん」とメールしてくれたり、今年も最後までいろいろと想定外のことが起こりました。

 けれども、終わり良ければ、すべて良し!

 久しぶりに大石総教練、山田師範も顔を出して、仁平師範も駆けつけてくれました。

 セミナー常連の方も「来年は都合がつかなくて来れない」という方が何人かいらっしゃって、予約している方はこれまでで一番少ないです。

 けれども、私自身が作家活動が忙しくなりそうなので、今後は会員の指導は支部長に任せて、私はセミナー、講座と個人指導に専念して、常連会員と幹部は日曜の本部隔週木曜のメイプルホールで教える・・・という形を常態化していこうと思います。

 それというのも、常連会員さん達の実力もかなり上がっていて、支部や同好会での指導を任せても大丈夫だろうと思える人が増えたからです。

 なので、この日は何人かの会員さんに「游心流名乗って同好会やってもらってもいいですよ」と言っておいたんですね。

 私自身の経験上、「習うよりも教える方が実力が磨かれる」という考えがあります。

 私も最初に教えたのって20代前半なんですよ。大学の後輩にヌンチャク教えたのが初めて。ヌンチャクの技は拳正道と現代忍法道の通信講座で勉強して、琉球古武術の本買って研究してました。

 もっとも、私の世代だとブルース・リー直撃世代で自作ヌンチャク振り回して自己流で練習している人間がいっぱい居たから、振り回すだけだったら、上手い人間はいくらでも居たんですけどね?

 でも、ブルース・リーを知らない世代になるとヌンチャクなんか触ったこともない!という人が大半でしょう。まして、基本の操作法や技としての使い方まで知ってる人は滅多にいない訳です。

 武器というのは、本来、そういう性質のもので、「武器使えば誰だって勝てるだろ?」って素人さんは考えがちなんですが、とんでもありません!

 武器というものは、しっかり使い方を体得していないと使えないどころか下手すると自分を傷つけてしまいます!

 友人の時代小説家に日本刀の抜き方納め方とか教えたら、後からメールで「教わった通りにやっているのに刀を抜いて構えたら逆さまになってしまうんです」と苦情が来て、たまげたことがあります。

 要するに、抜く時に刀の柄を上から握って、そのまま構えたから刃が上側になってしまったということでしょう? 帯に差した打刀は刃が上になっているから、抜く時に下から柄を握らねばならないのですが、そう教えた部分を忘れていたのでしょうね?

 銃だって、弾の装填の仕方を知らない人が大半ですよ。極論すると一つ一つ使い方が違っていたりするんですから・・・。

 そういう次第で、映画やドラマ見ていても役者がそういう基本的なことを知らないで刀や銃を持っていたりすると、私はどっちらけてしまうんですよね。

 それと、武道や格闘技が好きな人は武器を使うことを異常に嫌う人が結構います。

 当然、嫌っているから教えても身につきません。だって練習しようとしませんからね。

 しかし、現代で“実戦”を真剣に考えるからには武器を避けて通る訳にはいきません!

 素手で拳銃や刀に立ち向かうのはアクション映画の中の演出でしかありません。本来の武術は武器術がメインであり、素手の体術はあくまでも副次的なものだったのです。

 現代武道がそうなっていないのは、社会体育としてスポーツの中に組み込んだからなんですよ。

 例えば、剣道を武術的に稽古しようと考えたら、当然、最後は日本刀を使って竹や巻藁切ったり、刃引き刀で組太刀の稽古をやったりしなければなりません。心ある剣道家はそこまで実践研究しているものですよ。

 手裏剣や弓道も、動いている的を狙ったり、複数の攻撃してくる相手に対したり、いろんなシチュエーションを設定して練習するでしょうね?

 ただし、私は手裏剣や弓矢でそこまで研究しようとは思いません。

 どうしてか?というと、現代は高性能の銃があるからですし、市販されているエアガンやガスガンでも護身用に使用できるだけの性能はある(目を狙えばいい。フルオートで撃てばアルミ缶に穴が穿く威力があるので・・・)と思いますから、敢えて手裏剣や弓矢で実戦に対応しようとは考えません。

 研究家として一応は練習していますが・・・。

 武器術の練習は、対武器への対処法の研究にもなります。何も持ってない時に複数の武装した集団に襲われた時に、降参したフリして敵の武器奪って殺しまくる・・・とか?

 テロリストに捕まった人が何も抵抗しないまま惨殺されるって、本当に悔しいし悲惨じゃないですか?

 せめて、「人を殺そうとするからには死ぬ覚悟はしておけよ」くらいの武士道精神を教えてから殺されれば、「うわ~、日本人はすげぇ~」とテロリスト達の心に刻みつけて、以後、日本人が襲われなくなるかもしれないでしょう?

 あるいは、そこで圧倒的な戦闘力の差を見せつければ、「俺たちに教えてください」となるかもしれません。そして、「いいかい? 人を殺せば自分も死ぬことになるんだよ? 人を殺さずに共存する道を探すのが本当の神の教えだよ」みたいに教育できたらいいとは思いませんか?

 私は、戸隠流忍法の道場で、対立する国同士の人間がかちあって、一緒に稽古するうちに泣き出して「俺たちは何で憎しみあっていたんだ」とハグし合った・・・という話が一番、好きですよ。

 これは、戸隠流忍法が生死を前提にした技の稽古をしているからだと思います。

 武術って、単に自分の命を護るんじゃなくて、もっと大きな影響力を秘めていると私は思います。

 結局、暴力で人を支配しようなんて、いかに空しいことなのか?ってことを悟らせるのが武術修行なんだと思いますよ。

 だって、いくら凄い技を体得しても、使い道が無くなるだけだからです。だって、武器を本気で使えば相手を殺してしまうでしょう?

 素手で練習していると、この恐ろしさに延々と気づかないんですよ。技がどの程度効くか?というレベルで止まってしまうんです。

 殺せないから何発もパンチやキックを出せるし、我慢合戦になるんです。

 でも本気で殺そうとする人間が、そんなことやりますか?

 やりませんよ。

 刺し身包丁買ってブスッて刺してきますよ。本気で殺意があれば・・・。

 私が研究しているのは、そういう殺意がある人間に対処する技であり、だから、読みを一番大切にしています。

「あっ、こいつ殺気が出てる? 危ないな~」と、察知できるのが一番いい訳です。逃げるは恥だが役に立つんですよ!

 場合によっては、町中でそんなヤツを発見して、そいつが何か仕出かす寸前に、チョチョチョイッと取り押さえてやったら、もっといいですよね?

 相模原の惨殺事件の犯人だって、要するに対応がマズ過ぎただけですよ。犯罪起こす宣言してる人間を野放しにするなんて無防備過ぎます! 措置入院させた時に独房に監禁して外に出さないようにするとか? そういう判断も必要だったでしょうね?

 脱線したので元に戻ります。

 技にしろ稽古法にしろ、いろんなやり方をバラバラに沢山覚えても実用には結びつかないと思うんです。

 私は、何人かの斯界の著名な先生から、「アンタはどうやって、そんなに膨大な技を覚えたんだ?」って聞かれたことがあります。

 無論、本とか映像は沢山見てますけど、30歳以降は、もっぱら根本的な理合を追究して、その観点からいろんな流派の技を解析していっただけなんですよ。

 そうすると、自分が習ったことのない技でも習った技の延長線上で応用できるようになったんですね。

 後は、それを組み合わせているうちに勝手に技数がどんどん増えていっただけです。

 だから、シラットなんて全然習ったことないのに、JKDでシラットを習っていた人達から「長野先生の技はシラットにそっくりですよ! 習ったことあるんですか?」と非常に驚かれて、逆にこっちが驚いたことがありました。

 で、映像で見てみると、確かにそっくりなんで二度ビックリしたことがありました。

「これはマズイ。俺が真似してるみたいじゃん?」と思って、それ以後、なるべく違うように心掛けてますが・・・。

 それと、太極拳やってる人や八光流やってる人から「何で、うちの秘伝を知ってるんだ?」と聞かれたこともあります。

 もちろん、知ってた訳じゃありません。自分で工夫しているうちに、たまたまそれが秘伝の技そのままになってしまったらしいです。

 松田隆智先生が私を非常に評価してくださったのも、私の研究家としての才能だったのだと思います。

「教えられなくても、君みたいに自分で発見しちゃう人間もいるんだよな~」と・・・。

 恐らく、斯界で一派を興した人は私みたいなタイプの人が多かったのではないでしょうか?

 創造力がある人・・・。

 その最右翼としては新体道、剣武天真流を興した青木宏之先生でしょうね?

 私は、そういう人が自然に育つような稽古体系を作ろうと思って游心流を興しました。

 18年くらい続けてきて、ようやく何人か育ったかな~?と思っています。

 しかも、それは最近のことなんですよ。

 初期に教えた人達は、ほとんどが来なくなりました。理由はいろいろありますが、根本的には完成度が低かったからだと思います。

 結構、何度もあったのが、少しできるようになって自惚れてしまった人。何人かいましたが、うちから離れた後、名を成した人はいません。

 他所と違った技を体得できるから、それだけで自分が異常に強くなったと錯覚してしまうのでしょうね?

 まあ、今思えば、この程度の人間はどこの流派にもいるでしょうから、しょうがないよな~?と思います。

 特に現代の日本の武術の世界は口先だけで何とかやっていける業界なので、実力が無くても人を驚かせられるようなパフォーマンスがいくつかできたら、それだけで達人のフリができるからです。

 以前は私もその類いだと思われていたみたいですが、最近は腕試し目的の人はほぼ来ませんね。

『刃牙道』のお陰かな~? 本部以蔵のモデルは長野らしい・・・って噂を何人かから聞いたんですが・・・(「最近は風貌も似てますよ」って千葉さんから言われた)。

 それは別として、『刃牙道』が完全に武術漫画になったな~?とは思いますけどね?


 セミナーが終わった後は忘年会というか飲み会になりました。

 セミナー始まる前に関西から来ている日本拳法修行者の会員さんに個人指導で寸勁斬りを教えたら、二回目で成功し、連続して三回も成功したので「よしっ、これができれば君は二段だ! 游心流名乗って同好会やってもいいよ」と・・・。

 その時のマキワラの切りカスの入ったゴミ袋を見た山田師範が、「長野先生、何ですか? それ」と聞くので、「セミナーの前に個人指導で試し斬り教えたの」と答えると、壁の刀掛けを指さして「あそこに掛かってるのは真剣なんですか?」と聞くので、「あれは模擬刀。真剣は下にあるヤツ・・・」と答えると、笑いながら「何で、真剣を下に放置してるんですか?」と言っていました。

 いや、刀掛けに掛けてたら誰かが知らずに抜いて振り回して怪我でもしたらマズイと思ったんですけどね?

 山田師範は小用先生の刀禅の同好会の主催も許可されたそうなので、刀禅の稽古に役立つように作ったアルミの刀をプレゼントしました。

 560円で買って先端を金ノコで斜めにカットしただけのものなんですが、これは真っすぐに振らないとブレブレに曲がってしまいます。

 つまり、これがブレないように振れたら真剣でも刃筋を通して振れるようになる筈!という刀法体得のための刀なんですね?

『0インチ打撃戦闘法』DVDでも紹介していますが、刃筋を通す訓練は打撃技でも貫通力を養成することに繋がるんですよ。
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 このDVDでは零勁斬り(0距離で斬る技)にも挑戦していて、一回目は失敗、二回目で成功しましたけど、寸勁斬りとは別次元の難しさでしたね?

 感覚的には20倍くらい難しいように思えました。

 これも慣れれば、もっと自在に斬れるようになるでしょうが、そうなると素手の戦闘法も大分、変わると思います。

 ただし、防具装着して受けを取ってくれた北島師範から、後で内傷を負ってしまった旨の報告を受けて、かなり焦りました。浸透勁が当たり前に打てるようになると、もう寸止めして当てないで練習するしか方法が無いと思います。

 怪我しないように慎重に防具の上から打っていてもそうなってしまうのでは、軽く打ってるつもりでも直に打てば傷害を起こす危険性があるからです。

 DVDでは怪我しないように打つ真似程度にしていますが、これは本当に危険な打撃法なので、くれぐれも人体実験なさらないよう厳重に警告しておきます。

 仁平師範も、栗原師範のローキックを受けたIさんの治療をした感想で、「游心流の会員は当てて練習してはダメです」と言っていました。

 具体的に言うと、内部に威力が浸透する打撃技は、例えば血管に血栓とかできて、それが心臓や脳の血管に巡って詰まると心筋梗塞や脳梗塞を起こすかもしれません。

 だから、その場で大丈夫でも後から突然死起こす危険性があるのです!

・・・という訳ですから、DVDを買った方は、くれぐれも実験しないよう、お願いします! これは、いざという時のための絶招(必殺技)だと認識してください。

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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