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2017年挨拶

 明けまして、おめでとうございます!


 2017年しょっぱなの稽古は1/2に淵野辺本部稽古会で実施。

 北島師範栗原師範が参加していましたが、私が風邪が治らずあまり動けなかったので、口頭で解説する指導に留めて早めに切り上げました。

 1/5の木曜日にはメイプルホール稽古会(19:00~20:45)、そして、2017年月例セミナーの第一回目『脱力体の養成』は1/8(日)、ほびっと村学校講座は1/15(日)に開催します!

 今年は予約されている方が少ないのですが、毎年、進化した技術指導内容を自負しておりますので、久々の方、初めての方も歓迎致します。

 2016年は技術的に変革があった年でした。

 游心流武術の戦闘理論では「寸勁(ワンインチ打撃)を多用する」というものがあって、それに準じて構えや戦闘法を組み立てていたんですが、これを「零勁(0インチ打撃)を用いる」というものにしたお陰で、構えから何からかなり変わってしまいました。

 特に、0インチ打撃技を用いるということを前提にすると、“打撃技”に於ける“力のタメ”を一切排除してしまうので、いわゆる空手や拳法のような打撃格闘技のスタイルでなくなってしまうのです。

 例えば、2016年最後の練習である日曜の本部稽古会では、太気拳構えによる差し手の練習で、腕を肩より上に掲げていたのを、肩の位置まで下げて、両手の平を相手に向けて、「まあまあ、やめてくださいよ」と制止するポーズに変えました。

 これまでは、相手が突いてくる腕に“落として接触するように”差し手をおこなっていたんですが、このポーズからは、打ってくるのに“添える”ようにするだけで事が足ります。

“落とすやり方”の問題点は、「タイミングがずれると空振りして隙が生じてしまう」という点だったので、相手の攻撃の瞬間にドンピシャでタイミングを合わせる必要がありました。

 つまり、相手が“主体”で自分は相手に合わせて“従属して”いたのですね。

 しかし、新しいポーズだと、別に相手が打って出てくるまで待つ必要もないし、自分から「まあまあ・・・」と言いながら近づいていって接触することも可能になります。

 実際、会員にやらせてみても、「こっちの方が格段に楽ですね」という感想でした。

 このやり方は以前から剣術で研究していた“続飯付け”の応用なんですが、剣でできるなら手でやった方が簡単にできる筈ですからね。

 要するに、“先の先”を取る訳です。

 何か、フライングだと勘違いしている会員さんもいるみたいなんですが、はっきり申し上げておきますが、武術の戦闘理論にフライングという概念はありません!

 読みも何も無く、勝手に動いて無防備にカウンター攻撃を食らうのがフライングなのであって、相手が攻撃しようとする寸前に止められれば、それに越したことはない訳です。

 ですから、一見、フライングに見えるやり方を二回以上続けていたら、それは狙ってやっている訳ですね。私も修行時代にはよく勘違いされました。相手が“先の先”を知らないと理解できない訳で、「何か不思議だ~?」と言われたりしましたが・・・。

“後の先”を狙って、相手が動き出す瞬間を待つのが癖になっている人は、いわゆる気配の出ない攻撃や、相手の攻撃力が予想外に大きかった場合に遅れを取ることになってしまいます。

 ですから、武術の上級者は先手先手を制していくようになり、ついには、相手が攻撃動作をする以前の攻撃意欲が脳波に出た瞬間を制する“先の先”“先々の先”を取るのが当たり前になります。

 これは剣術だから生まれた理合だろうと思われます。素手で闘う場合にそこまでの必然性は生じませんから・・・(多少、殴られたぐらいで死ぬ恐怖はないでしょ?)。

 私が新体道を高く評価し青木先生を古今独歩の最後の名人と称賛を惜しまないのも、この“脳波レベルの読み”を体現されているからであって、だからこそ、数多の武道家・格闘家を難無く圧倒的に退けてしまった訳ですね。

 私が目指しているのもそのレベルなので、ここは誤解されないようにお願いします。

 さて、0インチ打撃を体得していれば、この「まあまあ・・・・」の構えと戦法が鉄壁の戦闘理論となります。

 無論、接触してから打つのですから、相手も打てる間合ではあります。現に、忘年会でやって見せた時、大石総教練は私の腹にパンチを出してきましたからね。

 ただし、素手を前提で考えた場合、接触したところから100で打てる人間と、加速度をつける距離が無いと打てない人間では、同時に打てば前者が圧倒的に勝てる訳です。

 両方が0インチ打撃を体得していたら、相討ちになるでしょう。差ができるとすれば、急所に当たるか威力に差があるか?・・・です。

 素手での0インチ打撃法で我々(私と師範、常連会員数名)が体得したのは、『修羅の門』に出てくる“無空波”に近いものです。振動波を打ち込むので体内に複雑な波紋効果を生じさせ、まったく予測不能のダメージを発生させるのです(DVDで練習法は解説しています)。

 これは、衝撃力の大きさではなく、また単なる貫通力でもありません。浸透して毒に侵されるような性質のダメージになります。

 これは低威力の軽い弾丸が人体に命中してから横転したりして貫通しないまま体内に残る様子をイメージしてもらうと近いかもしれません。つまり、命中した時の威力が大したことなくとも、体内で動きが変わることによって結果的に大きなダメージを生じさせてしまう訳です。

 私は、いつも発勁の演武では相手を後ろに飛ばすようにしていますが、これは、威力が体内に蓄積しないで後ろに抜けるように貫通させる打ち方をしているからです。

 この打ち方なら相手が派手に吹っ飛んでも実際は体内への破壊力は働いていません。

 もちろん、吹っ飛んだ時に後頭部を打ったりしないように受け手が二次被害を受けないように配慮する必要はありますが、このような演武なら安全なのです。

 もっとも振動波を用いた0インチ打撃を使うと、どうしても威力が体内に残留し易く、軽く打っても致命的なダメージを発生させてしまう危険性がある・・・ということがこれまでの研究で判明しました。

 例えば、DVD向けの撮影で防具を着けて受け手を務めてくれた北島師範から「内傷を負ってしまったみたいなんですが、どうすれば治せるでしょう?」と一週間後に相談を受けたことがありました。

 私に気を使って黙っていたらしいんですが、いつまでも痛みが引かないので不安になって質問した様子でした。

 私の自己治療法としてはホッカイロを貼りっ放しにして痛みが出なくなるまで様子を見るというものを過去に試して効果がありましたが、これは、その当時に来ていた会員さんから「温熱療法が効くのでは?」とアドバイスを受けて実験してみて改善しました。

 しかし、北島師範は貼りっ放しにせずに付けたり付けなかったりしていたらしく、効果があがりませんでした。

 それで、忘年会の時に仁平師範に治療してもらって治ったみたいでした。が、仁平師範も、この打撃法は寸止めに留めないと危険だと指摘していました。

 この技は、もう格闘技的な競技には使えませんね。安易に打てば、相手に予想外の致命傷を与えてしまいかねないからです。

 何しろ、防具越しに慎重にセーブして打ってもこうなってしまうのですから、競技試合の興奮状態で使えば簡単に致命傷になってしまうでしょう。それも試合後、何日か経過してから突然死したりするかもしれません。

 松田隆智先生の軽く打った発勁を手のひらで受けた青木先生が、「この突きは日本の武道には無いものだね。これをまともに打ったら内臓がグチャグチャになってしまうよ」と評しておられましたが、その打撃法がまさに、この0インチ打撃法なのです。

 その場で見ていたので、私は原理的に解析して研究したんですね。見せてもらっただけで私にとっては教えてもらったのと同じことですから、体得しないと失礼でしょう?

 松田先生は八極拳の冲捶、形意拳の崩拳、つまり“中段突き”で示されていましたが、拳や腕の横の振動ではなく、腕の芯を纏絲勁(螺旋状に巻き付くドリル状の振動)と沈墜勁(ピストン運動のような振動)が連なっている様子を内観できたので、まずは内観した身体感覚を移し取るように瞑想状態で再現してイメージ訓練し、それによって生じた自分自身の身体感覚を利用して直拳・裏拳・掌打・把子拳打・鉤手打・腕打・肘打等でも打てるように、その後、あれこれ工夫した・・・という次第です。

 ちょっとオカルト的に受け取られると困るので、このやり方は他人に教えたことはありませんが、私が見ただけで技の原理を盗める理由がこれなんですよね。

 仁平師範は教えなくとも自分でやっていましたね。

 ただ、これはイメージ力だけでも身体能力だけでもできないので、真似してできるようになる人はほとんどいないと思いますので、御注意ください。失敗するだけならまだしも、誇大妄想に陥る人もいますから・・・。

 松田先生は、「技の威力は正しい姿勢から生じる」という考え方をされていました。形が大切なのだと言われていたんですね。

 しかし、私はそうは思えませんでした。

 何故なら、現実に戦う時に正しい姿勢を取ることは不可能に近く、少なからず姿勢は崩れる筈であり、その崩れた姿勢の中からでも打ち倒す威力が出せなくてはならないと考えたからです。

 これは、私が新体道に注目した時に、“一撃必倒の突きを出す統一体”ではなく、“ぐにゃんぐにゃんに脱力した体勢からピシャッと打ち出す鞭手を用いる養気体”の技に関心を持ったり、システマに注目したりした理由でもありますが、私が泥酔した状態で日本拳法の人と手合わせした時に自然に酔拳の技が出た?という体験から直感したことでもありました。

 要は、楷書、行書、草書の別があると思うのです。

 基本稽古は楷書で、行書や草書は実用の時に用いる。そう考えれば、武術の訓練法と実戦応用の意味が理解できるのではないでしょうか?

 0インチ打撃は、肩・背中・腹・スネ・足裏でも打てますが、手技と比べるとコントロールが難しい。振動させながら打ち込むという芸当は、やはり手技に限られます。

 ただし、姿勢が崩れた状態でも打てないと、例えば、寝技でマウントポジションを取られたら為す術が無くなってしまいますね?

 立って姿勢を正確に定めないと打てないのでは実用性が無いに等しいことになるでしょう? 新作DVDでは、それを示すためにマウントを取られた状態でも打てることを示しましたが、これを実際にやれば相手に致命傷を与えてしまいますから、競技試合で試すのは絶対にやめてもらいたいですね。

 武術というのは、「どんな状況からでも逆転できる知恵と技術があるんだよ?」と言いたかったので敢えて紹介しましたが・・・。

 ちなみに、こう書くと特殊なことのようですが、白鶴拳の白鶴震身や陳氏太極拳の抖勁、柳生心眼流の武者震いといった技法も、振動波を発生させながら打ち込む工夫なのではないか?と思います。

 私も、このような技法が秘伝として伝わっている事実を検討して振動波0インチ打撃法を考案した訳で、まったくのゼロから独力で編み出した訳ではありません。

 また、濡れた犬がブルブルッと水気を吹き飛ばしたり、ベリーダンサーが体幹を細かく揺れ動かす動きなども研究しました。

 無論、これらの身体運動の基本は脱力体なんですね。筋肉をごてごてと膨らませた人はできない。だから、游心流では筋トレを御法度にした訳です。

(脱力体からの脅威の技についてはセミナーでどうぞ!)

 もう一点、ここで考えなくてはならないのは、「接触して間合が潰されている状態で迂闊に打撃技を出せば、自分に隙を生じさせてしまう」ということです。

 もし、互いが接触対面している状態で相手に殺意があったら、こちらがパンチを出したと同時に顔面に掌打(横面)と親指貫手(そのまま目に突っ込む)を入れるでしょう?

 何故か?

 パンチを出すということは、“パンチを出した腕”は防御に使えなくなるからです。

 つまり、私が打撃技の最大の盲点と考えたのが、ここなのです。

 打撃技を出した瞬間、腕や脚は攻撃力を集中させるために防御ができなくなる。即ち、「最も弱い隙間を晒すことになる」のです。

「攻撃の瞬間が防御力が最も低くなる」という真理から、「先を取る読みと交叉法」が日本武術の極意となったのだと私は考えています。

 即ち、それが戦法としての“後の先”であり、「空手に先手無し!」と言われる言葉の真の戦術的意味(先に手を出して攻撃した方が不利になる)なのですね。

 しかし、日本剣術の世界は、“先の先”を理想とします。

 だから、向かい合っただけで勝てるかどうかを察知して無益な腕試しをしないという境地に達する訳です。

 技や力の強弱ではなく、“読み”のレベルが勝敗を決める。それが日本の武術の到達した心法の世界なのですよ・・・。

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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