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脱力体感想とお知らせ

 1/8は、本年初の月例セミナーでした。

 今年は一括予約申し込みの方が少なかったので、かなり少なくなるかな?と思っていたんですが、そうでもなかったですね?

 会員になると半額になるので、入会希望と一緒に受講された方もいます。

 もう“脱力体”が游心流の基本以前の基礎中の基礎なので、これができないと後のいろんな技はみんな中途半端になってしまいます。

 伸び悩んでいる会員を見ても、まず脱力の度合が悪い人が多いんですよ。

 武道や格闘技の経験者の方が脱力は苦手な人が多いので、最初は随分、苦労する人がいます。

 横浜支部長の栗原師範も、5年くらいはうまく脱力できずに苦労されていました。

 5年というと、普通の人は諦めて辞めてしまいますよね?

 何しろ、うちで5年以上続けて来ている人は10人いませんからね。

 他所の道場も、最近は三カ月続ける人すら少ないのだそうです。一回来て来なくなる人すら珍しくなく、入会手続きだけして一度も練習しない人すら数人はいました。

 私自身、何年も続けた流儀はなく、せいぜい、2年くらい通った程度なのですが、でも、技を体得しようという欲求は異常に強くて、体験入会しただけであっても、ずうっと練習し続けて基本は体得してきています。

 だから、ある道場で体験した時に、そこで一番ベテランだった人から「長野さんはやったことあるんですか?」と聞かれて、「いいえ、今、初めてですけど」と応えるとビックリした顔で、「いや、長野さん、うちの道場の誰よりも上手いですよ。何年もやっているのかと思ったんですが、本当に初めてなんですか?」と言われたことがありました。

「技の外形を真似るのが上手いだけ」の人ならいるんですが、私は中身を考えながら動いて結果的に外形が整うのが正しいと思っているので、そのように動いたつもりでした。

 その方も私と同様に考えて練習されていたから、「この人は違う・・・」と思われた様子でした。

 私は強くなりたいというより技の本質を体得したいと思って練習しているので、技を観取るのは凄く上手いですよ。

 だから、脱力が重要だと気づいたのも、技が生み出す威力というものが筋力とは少し違うな~?と思ったからです。

 それは古武術や太極拳、合気道の修練の中で確信に変わり、様々な武術に応用して独自の体系ができあがってきたという次第です。

 ここ何年かは日本刀の研究で得た理合を還元してきて、より発展してきたという実感がありますが、それは、「武術は武器を用いる戦闘術が本筋であり、素手の技術は副産物でしかない」という考えにまで行き着きました。

 何故か?というと、武器というものは筋力で操作するものではなく、身体機能を特段に飛躍させる道具だからです。

 人間が動物と最も異なるのが、道具を作って使う能力を持っているという点です。

 もちろん、カラスや燕が巣を作ったり、ビーバーがダムや巣を作ったりもしますが、作った道具を駆使したりはしませんよね?

 持って生まれた本能的機能の範疇でしか動物は生きられません。

 しかし、人間は本能を抑制して理性と知性を駆使して道具を作り、それを使う能力を持ち、しかもその能力を進化させてきています。

 武道や格闘技を好む人の中には、闘争本能の昇華のために取り組む人がいて、闘う行為そのものに耽溺する人もいます。

 つまり、スポーツとして取り組む訳です。

 娯楽、遊戯としてのスポーツを否定はしませんが、少なくとも武術の本質はそこにはありません。

 スポーツは本能で楽しむものです。論理は必要ありません(上達論とか勝負論とかを持ち込むことはできますが、それはスポーツの在り方とは実は無関係なものです)。

 ところが、武術というのは本能を超えて純粋に戦闘を論理化させたものなのです。

 即ち、「戦闘に勝つために何が必要か?」という観点で技術が体系化され発展していくものなのです。

 それは生き死にを問題としているから、本能に任せた勝負で体力・気力・根性に頼っている訳にはいかないからです。

 格闘漫画だったら、気力と根性で実力が上の相手に辛うじて勝っていくのを描くのがカタルシスに繋がる訳ですね?

 しかし、ウルトラマンだと怪獣の弱点を攻撃したり必殺技でブチ殺す。勝てない怪獣に遭遇するとウルトラブレスレット貰ったりして勝ったりする。

 生きるか死ぬかの勝負で綺麗事いってられませんからね?

 ところがどっこい!

 武道やっている人間に限って、綺麗事ばっかり言うんですよね~? 本当に危機感というものが無い!

 私は綺麗事言う人間が世の中で一番、嫌い! 要するに、“鈍感”なんですよ。

 人の痛み、苦しみ、悲しみ、恐れ、不安・・・といったものに対する共感する優しさが欠けてるから、無神経な綺麗事を口にして恥じることがないのです。

 私はいろんな業界(オカルト・社会運動・新宗教・教育・差別問題・環境・健康法・療法・芸術・自主映画・文芸・出版)に首突っ込んだから、いろんな人達に会いましたが、真摯に取り組んでいる人ほど、綺麗事を口にしません。できなくなるんですよ。

 綺麗事を平気で口にする人というのは、基本的に嘘つきで無責任、冷淡ですね。

 良く言えば合理主義者ですが、はっきり言って人間としての深みが無い・・・。

 薄っぺらな人間と話しているとムカついてくるんですよね?

 武術の世界では、青木宏之先生、松田隆智先生、友寄隆一郎先生、佐原文東先生・・・くらいですかね~? お話していて充実感があった方は・・・。

 中でも青木先生と松田先生は私にとって格別な先生でしたね?

 ツーカーと言えるような、何でも包み隠さずに話せる先生で、何時間でも話していて飽きることがありませんでしたよ。

 もちろん、相性もあるとは思うんですが、私は権威主義的な先生とは根本から合いませんから・・・(だから、反発して生意気なヤツだと目の敵にされたりしました)。

 自分がされて嫌なことは会員にもしないように気をつけていますけど、「先生と呼ばれる以上は教育的指導はしなくちゃいけない」と50過ぎてからは自戒しています。

 ダメなところはダメだと指摘してやらないと直らないですからね? 言ってもダメな人はもう放置プレイで何も言わないし、問題あると思ったら「はい、破門です」って平気で切り捨てます。

 青木先生から、先日、「それはやってはいけない」と言われたんですけど、縁を切る宣言をすることで相手の中に変化が生じ、一時的に私を恨んでも、いずれ自分の問題点に気づいて自ら直す切っ掛けを与えることになると思うので、私は迷いません。

 私は人から嫌われたり逆恨みされることには何の恐れもありません。他人の批評なんかどうでもいいのです。

 生きている間に、現実にどれだけの成果をあげられるか? そこにしか関心がありませんし、自分の思いに嘘をつかない! それだけですよ。


 今回のセミナーは大阪支部長の任命と大阪支部の新規活動を報告しました。

 具体的には3月から毎週日曜に開催する予定とのことで、本部師範が教えに行く大阪セミナーも年内には開催する計画でいます。

 10年くらい前までやっていた大阪支部とはまったくの別組織ですが、当時、来ていた方も参加は可能ですから希望される方は申し出てください。

 ちなみに、游心流の指導員は二段からで、師範代は三段、師範は四段を認定します。

 技もともかく基本は人柄で選びます。

 普通に練習に通っていれば一年で初段は取れますが、二段は三年はかかるかな~?というところです。

 ただし、寸勁斬りができれば二段を許しており、大阪支部長も私の目の前で寸勁斬りが連続でできたので二段を認定し、支部開設の許可を出した訳です。

 直接教えた回数は10回に満たないと思いますが、とにかく武術の研究に熱心なので(熱中し過ぎて他の会員から苦情?が出ていたくらいで、私も“暴れる君”とあだ名つけてた)、会う度に格段に進歩していました。

 今回は特に進歩が著しく、やる気も満々で指導カリキュラムも自分で考えてきていたくらいなので、栗原師範が「彼はえらいな~」と非常に感心していましたね。

 うちの技はあまりにも危険過ぎるので、安易に広める訳にはいかない?とは思っていますが、だからこそ老人でも女性でも護身術として抜群の効果を出せると思いますので、あくまでも護身術として広めていきたいんですね?


追伸;直前ですが、15日(日)は西荻窪ほびっと村学校で、游心流合気道の初お目見えです! ムチャクチャ寒くなりそうで不安ですが(また風邪がぶり返しそう?)、気合入れてやりまっす! 合気道は本当に使えるのか?と心配な人は是非!

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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