コンテントヘッダー

サイコパスばっかり?

 ベストセラーになっているサイコパスについての本を買って読んでいたら、「げげっ? もしかして俺もサイコパスか~?」と、ちょっとドキッとしましたよ。

 というのも、武術家って、どう考えても普通の精神構造じゃないんですよね?

 私は研究家ですけど、ひょっとすると世界で一番、武術について考えている人間ですから、どうしても思考的に武術家みたいになってしまう訳ですよ。

 ほら、普通の日本人は、「いざとなったら暴力に頼る!」って考えないでしょ?

「危なくなったら警察を呼ぶ」としか考えないでしょう?

 私は、「緊急で必要とあらば、一切ためらわずに暴漢をぶん殴ったり腕をへし折ったりできる人間でいよう!」と“決めてる人間”なので、やっぱりサイコパスになっちゃうんじゃないでしょうか?

 過去、二回。本気で人を殺してやろうか?と真剣に考えたこともありましたし、若い頃に「武術を究めるためには人殺しの経験が必要なんじゃないか?」と、真面目に傭兵になろうか?と考えていた“狂ってた時期”もあります。

 どうですか~?

 キチガイでしょ?

 半世紀以上も生きてきたから、今では「あ~、俺ってキチガイだよな~? こんなキチガイの部分を表に出してはいけないな~?」と知恵つけて普段は出さないように注意しているんですが、やっぱり今でも心の奥底にはキチガイが眠っているんですよ。

 しかし、俺だけがキチガイを飼ってるのか?と思っていたけど、そんな訳じゃないな~?と思うようになりましたね。

 誰でも心の奥にはキチガイが眠っているんですよ!

 そのキチガイの別名は“本能”です。

“闘争本能”ですね?

 で、闘争本能のややこしいところは、これって“生存本能”に直結しているってことなんですよ。

 動物だと闘争本能に従って瞬時に戦いますからね。

 武術にも動物に倣った型とかありますよね?

 鷹爪拳・龍拳・蛇拳・鶴拳・虎拳・豹拳・猿拳・蟷螂拳・狗拳・鴨拳・・・etc.

 で、私は猫好きなんで、猫の動きをかなり研究しましたよ。

 また、うちの猫がこれまた凄い喧嘩好きで毎日、三回は庭に侵入してきた野良猫と戦い、時に蛇と戦い、床下でイタチを追っかけ、雀を狩り、ドブネズミを喰らい、隣の家の高価な鯉をすくって食べ、襲い掛かってきた犬を返り討ちにしてました・・・。


 しかしながら!

 人間は本能を理性で制御することで文明を築き、文化を育んできています。

 武術と暴力の違いは、この“理性”の有無にかかっている訳ですよ。

“理性”とは何か?

 合理、論理、理知、理解、理法・・・。

 人と動物の違いは、理を悟り、理に従って生き方をクリエイトしていけるということ。

 動物の生き方も自然の律に従っていますが、人間は理に従うことを選んでいます。

 それは必ずしも自然律とは相いれないものですが、宗教や科学は“理”を求めて生み出されたものです。

 武術も戦いの理を追究して生み出されてきたものです。

 長年、研究してますけど、知れば知る程、奥が見えなくなっていく感じがします。

 武術をある程度以上に極めると、どう考えても超能力としか言えないような神秘の世界に突入してしまう?と考えざるを得ないんですよね~?

 私は徹底的に合理性を現実的に追究しているんですが、それでも説明のつかない領域の技ってある訳ですよ。

 もちろん、それを体現できる人は極めて希少で、一般化できるとは思えません。

 それでも、人間の潜在能力は凄いものだな~?と思えば、武術研究の可能性にも手ごたえを感じるんですよね?

 ただし、そのボーダーラインには有象無象のサイコパス君が巣くっているのが現状なのです。

 従って、あんまり武術を一般の人にはお勧めできないな~?と思ってるんですよ。

 超絶的に理性が強靭な人間しか武術を学んではいけないんじゃないか? 普通の人間が下手に首突っ込んだら、単なるイカレポンチになってしまうだけなんじゃなかろうか?

 最近、そう感じています。

 相模原の大量殺傷事件や、小金井のシンガーソングライター刺傷事件の犯人は、格闘技や柔道をやっていてかなり強かったらしいですね?

 これって格闘技や武道が単に暴力性を助長しているだけではないですか?

 彼らに欠落しているもの。

 それは“理性”です!

 この場合、“社会性”と言い換えてもいいでしょう。

 多くのサイコパスに共通するのは「考え方が自己完結している」ということではないか?と思います。

 つまり、自分自身の考え方に固執していて対人や対社会で考える頭脳が働いていないのです。

 言葉を換えれば、思いやりや配慮が無い訳です。

「これを言ったら、どう受け止められるか?」ということを考えなかったり、考えているつもりで見当外れだったりするのです。

 これはカルト団体の人間にも共通しますね?

 どう考えても、「それってアウトでしょう?」という事柄に関して、何も疑問を感じなくなる・・・これは恐ろしいことです。

 人間にとって社会性を失うということは、社会からスポイルされてしまうということを意味しています。

 閉じた空間で同じ価値観を共有していた時は問題なかったけれども、一度、外に出てしまったらキチガイ扱いされてしまう・・・というのがカルトな団体の弊害です。

 森友学園ですか?

 戦前の教育みたいなことを園児に強制している様子をニュース番組で見ると、悪い冗談みたいで気持ちが悪くなってしまいます。

 よその国だったら、苦笑して見ていられますが、今の日本でこれかいな?という気持ちの悪さがありました。

 鴻池さんが会見で「オバハン」だの「無礼者」だのとか言っていたのは笑いましたけど、「こんなヤツは教育者じゃない!」と言っていたのには、激しく同意?しましたよ。

 でも、私だったら札束でペシペシされたら、「ははぁ~っ、何でもおっしゃる通りに致しますぅ~!」って言っちゃいそうですね・・・(苦笑)。

 しかしまあ~、籠池さんですか?

 日本会議って、こんなレベルの人間がやってるのか~?と思うと、ダメージ大きいでしょうね~?


関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索