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零勁斬り進化中

 15日(土)は、兵庫支部長の来住師範が北島師範の橋本支部で稽古をしたいと申し込んでこられていたものの、場所が取れなかったそうで、北島師範から急遽、淵野辺の本部道場を貸して欲しいとのことで、夕方から道場に来られました。

 何しろ、遠方なので来住師範には零勁斬りも寸勁斬りも教えていませんでしたので、これはよい機会だと思って、ゴザを買ってきてマキワラを作って準備しておきました。

 私自身も、普通にできるようになったので、もっと高度な技を練習しようと思っていたので、ちょうど良かったんですね。

 北島師範も体得するのにかなり苦労していましたが、前回、できてから意識が変わったらしく、もう全然、普通にできるようになりましたね。

 意識が変わるのが結構、重要なんですよ。

「できない、難しい」という思い込みが邪魔をするんですよね~? 特に武道や格闘技を好む人には思い込みが激しい人が多いので、体得するのに時間がかかるのは、大抵、武道の経験者です。未経験者のほうが圧倒的に早く体得していますね~。

 来住師範に要領を教えて、やってもらうと、ほぼ9割六分くらいは斬れたので、「これなら、もう一回やれば絶対できる!」と、もう一回やらせました。

 と、二回目はスパッと綺麗に切断できました!

 私は、刃渡り一尺三寸くらいの脇差を右手で持って斬ってみましたが、もう、サクサクッと気持ちよく切れました!

 微妙に距離が空いてしまった(五ミリくらい?)んですが、ほとんど零勁斬りと言ってよいでしょう。

 流石に、もう少し苦労するか?と思っていたんですが(片手斬りで軽い脇差だから斬撃力が出るかな~?と思った)、自分でもビックリするくらい斬れたので、嬉しくなってしまい、サクサクッと何度も切ってマキワラ一本消費してしまいましたよ。

 片手持ちで零勁斬りができるようになったということは、二刀流で左右同時に零勁斬りをやるとか、もう「刀を振る必要が無い」という刀法を会得したと言ってもいい。

 これは、私が理想像として考えていた剣術のスタイルの完成に向けて、大きく前進したと思っています。

 つまり、もう“刀を構える”という準備動作が必要なくなった訳です!

「技の威力は形から生まれる」というのが武道・武術の絶対条件とされていたのですが、私は、これに疑問を持った訳です。

 形が崩れていても技の威力が出せるんじゃないか?というのは、泥酔した状態で手合わせした時に自然に酔拳になった時から考えてきたんです。

 また、合気の研究をしていた頃に、「“崩し技”をかけられると戦闘力がガクッと落ちてしまう。ならば、体勢が崩れた状態で戦えたら合気破りになるのでは?」と逆に考えて、わざと姿勢を定めない練習を始めたのです。

 これは個人的な実験だったので会員にはやらせていませんし、「長野先生は姿勢が崩れているのに何で、あんなことができるのか?」と会員間で不思議がっていたのだそうでした。

 この研究を重ねてきて、実力が外見からさっぱり解らない先生方の秘密が少し解けましたよ。

 また、外見で判別できる実力というのは、一流まではなれても超一流にはなれないと思いましたね。

 何でか?っていうと、外見で強さが判るということは、弱点も判るということだからです。

 外見で判らない人って、一見、隙だらけなんですよね。すっごく弱そうに見えます。

 不統一なんです。

 でも、それは統一されてると弱点が露になるから隠しているんですよ。

 以前、アメリカでコンテンポラリーダンスを教えてらっしゃる方から「長野先生はどうして身体の中で重心を散らしているんですか?」と北島師範が聞かれて、私に聞いてきた時、「うわっ、バレた?」って思いましたよ。

 それまで誰にも指摘されず、それどころか青木先生から「長野さんは残念なことに軸がズレている」と言われていたんですけどね~。

「そっか~? 俺は残念な身体性だからな~」と、ガックリしていたんですが、後から、「ひょっとして青木先生も俺が重心をバラして不統一体の研究しているのを見間違えたのかも?」と思うようになりました。

「統一体で天地と繋がらなくてはならない」って思い込んでる人も多いし・・・。

 まあ、新体道にも統一体の動きと養気体の動きがあって、私は統一体はそんなに評価していなくて、養気体に感銘を受けてるんですが、どうしてか?というと、統一体を作って天地と繋がるって、物凄~く難しいことなんですよ。

 それこそ、インドの山奥で修行するような出家してやらないとダメでしょ?

 ところが、養気体(まあ、脱力体ですね)で自分を捨てて拡散していくことは誰でもできるんですよ。

 集中するより無心になるほうが簡単! 私は簡単に誰でもできることを追究しているので・・・。

 まあ、結局、アレですよ。小乗と大乗の違いですよ。

 技の話に戻しますと、意識が変われば技も変わります。これは観念論じゃなくて具体的な話なんです。

 試し斬りや手裏剣なんかは、その場でできるかできないか?がはっきり結果として判るでしょう?

 人間相手だと、どの程度、技が効いているのか判らない場合があるんですよ。

 最近は、「発勁がどのくらいできてるのか?」というのはサンドバッグに拳を当てている状態から打って、どのくらいか?と確認するようにしています。

 うちの常連会員は全員、0インチ打撃を体得していますからね。拳だけでなく掌、前腕、肘、肩とかでも打てますよ。


 そして、剣術のスタイルはそのまま素手の技にもなります。

 力のタメを必要としない、自然体から触れればそのまま打ち倒せる「動けば即ち技となる」という境地になる!

 誰でも植芝盛平の境地にゆける!

 男のロマンですよ!


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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