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発勁は誰でもすぐに体得できる!

 私が発勁について初めて知ったのは、中学一年生の頃でした。

 漫画『男組』で太極拳という中国の武術の存在を知って憧れたものでしたが、その後、熊本の交通センターというバス・ターミナルの二階にあった書店で『陳家太極拳入門』という新書版の本を買って自己流で練習し始めたのが本格的な武術修行の第一歩でした。

 しかし、まさか30歳も過ぎてから、この本の著者である松田隆智先生と出会い、20年以上も親しくお付き合い戴けるようになろうとは・・・?

 世の中には“縁”の働きというものが確実に有る!としか言えませんね。

 私が武術に多大な関心を持ったのは、「発勁という必殺技が存在する」という情報を信じたからだったような気もします。

 私より上の世代で武術に関心を持った人の大半が、やはり発勁に憧れたからだったのではないか?と思います。

 一方で、「発勁なんか存在しない!」と頑なに認めない人達もフルコンタクト空手修行者を中心に少なくありませんでしたし、実際に体得していても見世物芸としてしか活用できない人が圧倒的に多く、“発勁イコール空想の必殺技”というイメージもありました。

 今日、中国武術が「形ばっかりで全然使えない」というレッテルを張られているのも、実際の戦闘技能を知らない、もしくは駆使できない人が大半だからではないか?と思います。

 実際、私も戦闘理論は自分で構築しており特定の誰かに習った訳ではありません。

 ただし、いろんな先生の技を観察し、勉強し続けた結果ですから0から独創したものではありません。

 今更ながら、松田隆智先生が発表してこられた理論はすべてが間違っていなかったと思います。

 つまり、「小技をたくさん覚えるより強力無比な発勁一発で逆転できる」とか、「接近密着戦法で敵の攻撃を封じてしまう」とか、「達人はスタスタと歩いていってポンッと打つだけ」とか・・・これらの話は格闘技的に考えると眉唾に思えるでしょうが、武術的には非常に高度な理合に則っているのです。

 発勁に限って言えば、これさえ体得すれば一撃必殺は十分に可能であると断言します。

「おおっと・・・長野はそんなに自分の腕前に自信があるのか?」と言いたい方もおられるでしょうが、そういう意味ではありません。

 何故、ここまで断言しているか?と申しますと、先日(2018年1月28日)の本部稽古会に私の小説講座仲間の御婦人5名と、うち一人の御主人の合計6名が見学及び体験に来られ、私の指導で試し斬りと発勁、合気、手裏剣(これは小塚師範が指導)を体験してもらったからなのです。

 お断りしておきますが、平均年齢46~47歳くらいで根っからの文系女性ばかりで体育会系のことなど生まれてこの方、まったくやっていないような人ばっかりでした。

 まず、キックミットを持たせて普通のパンチを打ってもらいましたが、まったくビクともしません。これは当然として、次に発勁の要領を教えたところ、全員が弾かれたように後ろに倒れかかりました。

 無論、危ないので後ろに支える人をおいてやったのですが、皆、呆然としていました。

 私もかなり驚きました。

 日頃から、「武道の経験は関係ない。素人でもできる」と言ってはいましたが、多少は感覚の良い悪いの差が出るものだったのです。

 つまり、私の教え方が上手くなり過ぎてしまったのですよ。

 もちろん、発勁だけできても戦えはしません。しかし、一発で大の男を吹っ飛ばすような威力の打撃ができれば、逆転のチャンスは一気に広がります。

 嘘だと思うでしょう?

 信じられないでしょう?

 教えた私自身もポカーン・・・ですよ。

 何だか、汗水垂らして血の小便流して必死に練習して体得した打撃技を、3分クッキングみたいな教え方でアッサリ超えてしまうなんて反則過ぎでしょう?

 でもね・・・これが武術の奥深さなんですよ!

 まったくのド素人が、ちょこっと口伝を教えられただけで戦闘力がグングンと倍加するんですよ。

 多分、あまりにも簡単に体得できるから秘伝にして教えなかったのかもしれないな~?と、この日はつくづく痛感しました・・・。


 翌日は游心流合気道の稽古会です!

 この日は沖縄出身で極真空手経験者のNさんから、これまた興味深い話を聞きました。

 Nさん、私が教えた発勁を早速奥さんと娘さんに教えたそうなんですが、ミットを持たせて娘さんが打った時に、失敗?してしまい、狙いがずれてしまったそうなんですね。

 そうすると、見るからにヘッポコな突きだったにもかかわらず、ミット越しに受けた奥さんがウッと呻いてエライことなってしまったのだそうで、慌ててシステマの呼吸法とかいろいろやって治したそうなんですが、「吹っ飛ばない方が効くと長野先生が言っていたのはこういうことか?」と、身に染みて痛感したそうです。

「それにしても、見た目がチョンッと打っただけなのに、ミット越しであんなに効くなんて驚きました」とのことでした・・・。

 うちの会員はダントツで空手経験者、それもフルコンタクト空手経験者が多いんですけれど、最初は半信半疑でセミナーなどに参加されて、実際に発勁を体験し、次に自分が体得してから、ようやく納得してくれるというのが毎度のパターンですね?

 Nさんも半信半疑のような顔でしたが、家族で試して失敗したから逆に「恐ろしい技なんだ」と痛感された様子でしたから、失敗は成功のモトということでしょうね?

 娘さん、高校生らしいですから、これで痴漢撃退できますね?

 ちなみに、一口に発勁といっても流儀によってやり方は多数ありますから、どれが正しいの正しくないの・・・と論争になりがちなんですが、私のやり方ですと、発勁はどんな流儀にも応用できます。

 例えば、うちでは剣術でも柔道でも空手でもボクシングでも発勁を加えていますから、0距離でもバンバン打撃技を繰り出せます。

 ボクシングも最早、構えたまま腕の屈伸を使わずに打てますよ。ノーモーションで打つのが当たり前。

 無論のこと、游心流合気道は発勁をできることを前提にしておりまして、この日も形意拳や心意六合拳、首里手系空手の下段払いに応用して指導しました。

 ただし、個別の勁道(門派によって勁力を生み出すやり方が異なり、それを“勁力を導く道”という意味で勁道と呼ぶ)を使い分けはしていません。すべて体内の重心力を働かせているだけです。

 だから、形(姿勢)から力を出しているのではなくて、内部から重心力を働かせて結果的にそういう形(形意拳や心意六合拳や首里手空手の下段払い)になっただけです。

 これまた、武道のセオリーとは反対のやり方なんで、賛成してもらえないと思いますが、“逆もまた真”ということなんですよ。

 何故、こうしたか?というと、達人のやり方を最初から体得させたかったからです。

 最終段階を先に学んで、後から基礎基本を日々の修練で培っていく・・・という逆転のシステムを作ったのです。

 最終目標を先に体得しておけば、いざという時も最低限度、身を護れるでしょう?

 護身術として役に立たないのでは武術を学ぶ価値がないし、実用できるまでに何年も時間がかかったのでは論外でしょう?

 基礎鍛練や基本の動きを磨くのは趣味的に楽しんでやればいいと思うのです。楽しくないと続けられないでしょう?

 長く研究してきて明確になったのは、武術武道の専門家(道場主や宗家)でも真相を理解している人は極めて少ないということでした。

 原因は武道がスポーツになってしまったからですよ。

 武術であった時代の“術”の知識が抜け落ちたまま継承されるのが普通になってしまったからですよ。

 重要な知識が抜け落ちてしまっている事実さえ認識できていない人が大半です。

 解っている人も秘伝だから・・・と隠したままだったりする。

 そして、隠したまま弟子に伝えないうちに死んでしまって永久に失われてしまったという例も多い。

 私がやっているのは、失われつつある秘伝を解明して当たり前のこととして後世に伝えることだと思っています。

 秘匿権益を奪われまいと警戒する武術家もいるでしょう。

 実際に、これまで執拗な圧力や嫌がらせを呆れるくらい沢山受けてきました。

 しかし、これは研究家としての私の誇りに賭けて成し遂げなければならないことだと思っています。

 そうでなくては武術の文化が一部のマニアの間でだけ消費され世間一般に欺瞞を拡散させるばかりであると考えるからです。

 私は『日本武術達人列伝』で少なくない武術家を批判的に検証考察しましたが、それは彼らを糾弾することが目的ではなく、彼らの嘘に惑わされずに客観的に冷静に武術の文化伝統を考察する人が増えて欲しいと願うからです。

 つまり、ジャーナリズム精神で書いている訳ですよ。

「武術をやりながら武術家として“敵を作らない”という心得を忘れている」と批判する人がかつての師匠も含めて随分といましたが、私は、そんな当然のことはとっくのとうに熟知していますよ。

 私が“敵を作らない”という心得を知っていてわざと守らないのは、武術という文化をきちんと後世に残していくために誰かが真実をしっかりと明かしていかなければならないと考えているからです。

 当然、それをやれば多くの敵を作ってしまうでしょう。が、それを怖がって事なかれ主義者になってしまえば、自己保身のための武術を自家薬籠するだけの人生を送ることになってしまいます。

 あるいはそれこそが武術修行者の理想なのかもしれません。

 しかし、武術を文化として社会的価値あるものとして世の中に提供するには、それだけではダメでしょう。それは、世の中で武術というものが全く誤解されたまま存在意義をまるで認められていない現状で自明となっています。

 何せ、これほどまでに嘘が平然とまかり通っているジャンルは珍しい。

 そして、嘘を嘘で塗り固めて虚構の物語で歴史を捏造しまくってきているのですから。

 フィクションならフィクションだと言えばいいだけなんですよ。何で、そんな簡単なことができないのか?

 虚栄心ですよ。ショーンKなんですよ。エエ格好しいなんですよ。

 実際、武術家にはその手の人物が結構いました。

 甲野善紀さんとか、それ以外の何者でもないというくらい・・・。

 別に武術でなくともそういう人は結構いるものですがね。


PS;今月のDVD割引セールは新作を提供するつもりでいたんですが、製作する余裕が無くなってしまったので、二本以上お買い上げの方に限り半額セールを継続します! 二月は短いですから、この機会を外さないよう御希望の方は御注意ください。

PS2;「新作本がどこの書店にも並んでいない」との御意見を戴きますが、申し訳ありません。現在、未曾有の出版不況で小さな出版社の本はほとんど流通できない状況なんですよ。ですから、アマゾンに注文するか、書店に直接「この本を入荷してください」と依頼するしか入手できないと思います。現在、入手可能なのは『御先祖さまは忍者ガール』『日本武術達人列伝』で、どちらも叢文社(そうぶんしゃ)です。アスペクトの本は恐らくもうほとんど入手できないと思います。DVDはクエストのものとオルタナパブリッシングの『セーラー服忍者』が出ています。小説や映画は興味がないと言う会員もいましたが、これらは私が作った訳ですから普通の小説や映画である道理がありませんよね? 技術書では書けないことを表現していますから、通の人には「極意を出してましたね?」とニヤリとされたりしました。来月には光文社文庫から合作した時代小説が出る予定ですし、ひょっとすると私が取材受けた『ドラゴン魂』も出るかもしれません? お楽しみに!

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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