コンテントヘッダー

年末年始はどう過ごしましたか?

 年末年始はお笑い番組が沢山あって、アントキの猪木で暮れてアントキの猪木で明けた?みたいな年末年始でございました・・・。

 アントキの猪木は良いですね~。これまでも猪木の物真似をする芸人さんは何人もいました。特に春一番みたいに猪木しかやらない(できない?)人もいましたけど、アントキの猪木は、単なる物真似じゃなくて、「もし、猪木がこんなことをやっていたら?」というシチュエイション・コントになっていて、ファミレスの店員、コンビニの店員、ガソリンスタンドの店員とかのネタでやっていて、しかも何故か?猪木がエコロジー問題とか健康問題とか語り出しちゃうところが良い。お笑いなのに社会派のネタが入ってるところが斬新ですね。

 でも、ちらっと見たけど、インポッシブルの“2mのカブト虫と闘う”ネタも面白かったな~。恐らく、刃牙のイメージで作った2mのカマキリとの戦いを読んでネタ作ったんでしょうけどね。

 さて、年末30日は稽古納めで公園で練習し、愛知県からわざわざ来た会員さんもいたので、“這い”の腕を挙げる意味(何故、肩より上まで挙げるのか?)や、姿勢の注意点(肩甲骨の位置)、意拳式の推手のやり方と対策(伸筋技法と脱力技法の違い)、それから形意十二形拳の馬形拳の用法などを指導しました。

 キックミットで、馬形拳の威力がどのくらい出ているか?を確かめる意味で全員に打ってもらいましたが、全員、相当、威力出ていまた。これを生身にそのままかましたら、大抵はふっ飛ぶんじゃないですかね? 体当たりの威力を立ち止まったまま出せるんだから、中国武術はよく出来てますよね。

 しかし、久しぶりに実験してみて、予想していたよりずっと威力が出せるようになっていて、スゲェーな~って、驚きました。

 元々、この日に参加している人は全員、フルコン空手の経験があって、この前、ブログで喜んで紹介した試合で馬形拳を使って勝った会員さんもいたんですが、いずれ劣らぬ威力が出ていて、正直、そこいらの中国武術教室の指導者より発勁のパワーだけなら上だと思いましたね。

 普通、体重の重い人が単純に威力高いと思うでしょう? 一番重い人で90kgくらいで、軽い人で60kgくらいかな~?と思うんですが、威力そのものはそんなに差がなかったようです。30kgの体重差でパンチの威力に差が出ないということは、発勁は単に体重を乗せる突きではなくて、重心移動を技巧的に操作することで威力を高められるということでしょう。

 つまり、軽い体重の人でも発勁の威力は相当に出せる訳ですね。

 事実、中国武術史上最強とも言われる八極拳の李書文や、国手と呼ばれた意拳の創始者王向斎は、痩せて小柄だったといわれていますからね。

 稽古後は私の部屋で地方の会員さんが贈ってくれたビールを飲みながら弁当や寿司を食べて忘年会にしましたが、そこで私が游心流を興した直後に作ったビデオを持ってきている人がいて、恥ずかしいから嫌だと言ったんですが、観たいと言うので観ました。

 10年近く前で、私も今より10kg以上、痩せていましたが、技は下手ですけど、発勁の威力だけは今と遜色ないくらいまでに達していたんだな~?と、改めて思いました。

 それにしても無刀捕りは凄いギリギリで避けていて、今見直してもゾッとしますね。アドリブでやったんだけど、結構、本気で斬ってきてる・・・0.2秒しゃがむのが遅れてたら、頭蓋骨に刀食い込んでたなあ~、クワバラクワバラ。

 あいつはどうしてるかな~。元気でやってるかな~・・・。

 忘年会が終了した後、夕方に友達から電話があって、自主映画時代の仲間の忘年会に行くというので、私も出掛けました。

 9時に総武線の新小岩駅で待ち合わせしましたが、少し早く到着したので駅中の本屋さんで『武道vs.物理学』という新書版の本を買いました。

 この本の著者の別の武道本を買って読んだ時は、凄いデラックスな人だな~と思って、正直、期待していなかったんですが、今回の本は著者のイジメ体験や癌闘病の話などが飾らずに率直に書かれていて、何かジーンときましたね。

 まあ、大東流の佐川道場門下の方らしいのですが、佐川先生が完成して木村達雄氏が継承できたという“合気”を“究極奥義”と呼んで万能の技のように解説されているところは、何か無邪気で微笑ましかったし、技のメカニズム分析だけで、実際の勝負論を全く考えていないようなところはオイオイって感じでしたが、それでも佐川先生が駆使した合気技の秘密を解明する意義は十分に有ると思いますし、あんまり不快な印象はありませんでしたね。野心とか邪念が感じられないからでしょうね。

 前書きのところで「ところが、つい先日のことだ。古武術を現代に紹介し、日本古来の身体の使い方を介護の現場に取り入れることを提唱しマスコミの寵児となった武道研究家までもが、公共放送の中で『科学的な研究が武道のレベルを下げている』と豪語していると小耳に挟んだのは。そのとたん、愚直なまでの一本気が頭をもたげる。このままひっそりと死んでいったのでは、間違った考えが広まったままになってしまうではないか!」と、憤っているところは、私以外に、初めて甲野氏(介護に武術を応用してマスコミの寵児になっていると言ったら彼しかいない)を批判した武道関係者の声としてフムフムと思いました。

 余談ながら、皆さんに是非とも知っておいていただきたいのは、基本的に武道の世界では批判は御法度なんだということです。

 間違いだと解っていても、批判しない人が圧倒的に大多数です。だから、メディアでも批判的論調は徹底的に避けるんですね。

 だって、名誉棄損で訴えられたりしたら現実に法廷闘争になって金がかかるでしょう?

 それでなくとも昔は、武道関係者が他流の嘘や間違いを指摘する内容の批判を自分の本に書いたりしたら、そこの流派の人間が乗り込んできてボコボコにされた・・・なんて話は枚挙にいとまがありませんでしたし、私だって何度もそういう経験(痛い思いしたこともさせたことも・・・)はありますよ。

 よって、武術や武道の世界で真実を明らかにするというのは物凄くリスクを伴うものであり、真相を知っている人も口をつぐんでいるものなんですよ。

 でもね。それじゃあ、嘘がまかり通っちゃうでしょう? 私も敵を増やしたくはないんですよ。でも、真相を知っている以上、それを公に発信する人間もいないと業界全体が嘘に塗れて腐っていくばっかりなんですよね。そして世間に誤解と虚偽の定説が広まる。

 だから、ヨゴレ・キャラやってる訳ですよ。メディアがまともな情報出していたら、私も何も言わないし、良い情報だったら誉めるんですよ。当たり前に反応してるだけなんだから、もっと、感謝してもらいたいですよ。

 この本の著者の場合も、そういう具合の反骨精神が有るんだろうな~と思うと、何か親近感湧きます。

 そもそも、佐川道場の人だったら、甲野氏が筑波大学の大東流学んでいる学生にすら全然敵わなくて(十数人全員に惨敗したそうです。もう時効だからバラしてもいいよね?)、佐川道場に来た時も、合気揚げで正座したままふっ飛ぶようなスカポンタ~ン(ドロンジョ様?)な実力だったことを知らない訳がないので、「何~、オメーみたいなヘッポコ口八丁野郎が何をでかいこと言ってやがんでぇ~いっ!」って、著者が怒ったのも当然だと思うんですよね。

 何度か書いてますけど、私は木村達雄氏の合気揚げも受けてますけど、地力の点で言えば甲野氏は木村氏に遠く及ばないと確信をもって言えます(もっとも、私は木村氏は武道家というより武道に熱心な学者さんだよな~としか思っていませんから、持ち上げて書きたくはないんですけどね)。

 で、この本を読んでいて、非常にワクワクする面もあります。神秘の技の科学的解明という過程は、実に楽しい。そういう意味で画期的な本だと思います。「なるほど、そうか」と思わせるものがありました。

 しかし、残念ながら、この本の著者は、実際に闘った経験がほとんど無い方なんだと思いますが、技のメカニズムは分析できても、勝負論に関する理合が全く考察されていないのです。実際に攻撃してくる相手をどのようにして制圧していくのか?という観点が全く書かれていないのです。その点では甲野氏と五十歩百歩でしかないのが残念でしたけれど、そもそも自由組手や乱取り稽古の稽古法が抜け落ちている古武術流儀にそれを求めるのは無理があるかも知れません。

 闘いの一局面の技だけ抜き出して分析しても勝負論としては成立しないのですが。

 いかに究極奥義の合気を使っても、“触れた瞬間に相手がコチンと固まって銅像みたいになる”と本気で考えていたらお目出度いと言うしかないでしょう。「電磁場を利用して電気信号で神経に働きかける」という仮説(気功の理論にも共通性がある)は良いとしても、それが実際の戦闘状況で用いられるものかどうか?という点を綿密に実験検証して考えなくてはならないでしょう。

 恐らく、無理だと思います。実際の自由攻防に於いて、相手の動きを一瞬でも固定させるには、別の理合を駆使する必要があり、著者が主張する“究極奥義”だけでは無理だと私見します。

 それが証拠に、その究極奥義を開発した佐川先生自身が、「実戦は当て身ができなければダメだ」と、合気拳法を工夫していたといわれます。佐川先生は流石に武術家としての実戦についてきちんと考えられていたのでしょう。いくら同じ技を体現できても、闘いに対する心構えが違えば、全くの見世物芸に堕してしまうということは認識しておいた方が良いと思います。

 極真会館の松井館長が簡単にふっ飛んだとか、体重120kgの空手師範のマウントポジションを簡単に引っ繰り返せた・・・だのと言ってみても、技術構造の異なる技を使ったら、そういう現象はいくらでも起こりますし、試合の中でもいくらでも起こるでしょうから、ふっ飛ぶ、引っ繰り返るという現象そのものを強さや勝利と結び付けて結論付ける拙速な考えは戒めなければなりません。

 それを自覚していないと誇大妄想に陥って、「どうだ。俺の技は実戦空手の師範ですら簡単に倒せるんだ」と、勘違いしてしまったらOUTですよ。

“攻撃しないでじっと停まって技を受けてくれる人”に技がかかるかかからないか?という論議をすることの非現実的状況設定をしっかり認識しなきゃいけない。いくら空手の達人でも、その空手技を使って攻撃してこない以上、一方的に技をかけさせてもらって、かかったかからないと喜んでいたら、幼稚過ぎるでしょう?

 ある人は、「松井館長が本気でローキック入れたら木村さん達は全滅しちゃうよ」と言っていましたが、これを単なる誹謗中傷と受け止めるか、現実の闘いのシビアさを教える戒めと受け止めるかで、修行の方向性は全く変わってくるでしょう。ちなみに、私もこの人の言葉に賛同していますから、御批判がありましたら甘んじて受けます。


 ですが、この本の中で非常に良い話が書かれていまして、“普通に素早くパンチするより、ゆっくり飛び蹴りした方が遥かに威力が出る”“歩きながら拳を出した方が足を止めて打つよりずっと威力が出ている”という点ですが、これって、そのまま発勁の原理なんですよね。“武道の究極奥義による突きで倒す”って連続写真は、マンマ発勁でしたね・・・多分、違うって言い張る人が多いんだろうけど・・・。

 何か、武術の本とか書いてる人の中には、私が発表したことにケチつける人もいて、ちゃんとした批判なら納得するし、私の間違っている点を指摘してくれる意見なら有り難いんですけど、権威主義丸出しで、「似たようなことをやる人もいるけど全然違う!」って言い張る。だけど、どこがどう違うのか説明しないで「そんな簡単なものではないっ!」ってエバるだけ・・・。

「違うよ。どんな複雑そうに見えても基礎原理は至って簡単なものなんだよ。お前が頭悪いから解析できないだけだよ。説明できないなら本なんか書くなコンニャロメーッ!」って、声を大にして言ってやりたくなりますよ。マジで。

 そういう意味では、この本の著者が「癌を患って余命がどのくらいあるか判らない。だからこそ武道の奥義を科学的に解明してみたい」という志しを持って理論物理学者としての科学の眼で武道を観ようとしていることは、大いに激励したいものですし、いくつか私も言語化できずにいた内容を書かれていて、非常に参考になりましたから、感謝したいですよね。武術を神秘めかして権威主義を築いてエバる詐欺師より、科学的に解明して多くの人達に役立つようにしようとすることのどっちが正しい態度か?

 そりゃあ、人間だから欠陥はあるし、多少の勇み足にオイオイって思う点も多々ありますが、この本の著者は邪気が無くて愛嬌がありますよね。本当に純粋に武道が好きなんだな~という気持ちの良さを感じました。だから、長生きして頑張って武道の科学的探究をやっていただきたいと思いました・・・。


 さて、余談が過ぎましたが、9時ちょい過ぎに駅前で友人と合流して、例年、忘年会会場を提供している方の御自宅に向かいました・・・が、毎年、迷うんだよな~。40分くらい迷って、ようやく到着しましたよ。

 5年ぶりくらいかな~? 彼らとの付き合いもそろそろ20年くらいになるけれど、別に変わらないな~。仕事とか各自の立場が変わっても、態度が変わらないところが有り難いです。

『スピードマスター』『ロボ・ロック』の須賀監督も深夜に到着。体調が悪いからキャンセルすると言っていたのを、私が来てるからと電話で言ってくれたので駆けつけてくれたらしくて、本当に有り難かったです。

 でも、私が来ているかどうかって大して関係ないだろうに・・・と思っていたら、年末に私が書いたブログの映画の感想をたまたま読んだらしくて、その御礼が言いたかったみたい。何と、義理難い・・・ジ~ン・・・(泣く)。

 しかしまあ、映画製作の裏舞台の話をちょこちょこっと聞くと、やっぱり楽観はできないものですな~。いい映画、面白い映画が当たるとは限らない今の映画業界事情は、映画館で公開されない作品が無数に撮られている邦画バブル状態。

 そんな状況に危機感を持っているらしく、良い映画がきちんと興行的に当たる真っ当な映画業界にするにはどうしたらいいか?と、須賀監督は本気で考えているみたい。

 思うように撮らせてもらえない監督の苦労は相当なものらしく、そんな中でオリジナル企画に勝負かけてる須賀監督は「闘ってるな~」って感じでしたね。でも、一日二時間の睡眠時間で編集中に気を失ってたとか・・・そういう話を聞くと、ちゃんと休養とらなきゃいけないよって皆で言っていたけどね。

 それと、『スピードマスター』『ロボ・ロック』にも出ていたシマさんとも本当に久しぶりに話しましたけど、何か、人間的に一皮むけたような顔付きで、ちょっと落ち着いた雰囲気がありましたね。

 ここには書けないような人間関係のゴタゴタというか、いやらしさというか、何というか・・・う~ん、まあ、そういうのを見せつけられたりしたらしいんですけど、でも、そういうネガティブな体験をするのは成長の切っ掛けになったりするんですよね。

 マイナスな体験やネガティブな言動を避けるのは人情ですが、全面的にプラスにプラスにって考えるのは、一種の現実逃避になりかねないし、どう考えたって、人生はマイナスの要素の方が多いですよ。それに逃げずに立ち向かうことそのものがプラスになる。

 厳しいこと言ってくれる人の方が愛情が有るでしょ? ダメ出ししない劇団って、絶対、進歩しないでしょ? 現代人はストレスに弱過ぎますよ。コアラじゃないんだから~。

 やっぱり、挫折してそこからはい上がるのってエネルギーがいるじゃないですか? そのまま潰れる人間だって沢山いると思うんですよ。でも、はい上がった人間は、それだけで確実に強靭になっているんですよね。

 頑張ってる人達って、挫折してそれを乗り越えた経験のある人ばっかりなんじゃないかな~?と思うんですよ。だから、失敗したり挫折することを怖がる必要はないんじゃないかな~?と思うんですよね。

 私自身、何度も何度も人間関係のトラブルが襲ってくる。でも、一度も潰されてませんからね。トラブルの後は、より成長しているという実感がありますから、最近は、何かトラブッたりすると、「やった~! これはチャンスが来たぜ」と思ってますよ。

 武術だって、順調に人生歩んでいたら、絶対に今の水準に達していなかったと思う。挫折や失敗を沢山繰り返したお陰なんだと思いますよ。そもそも、自殺を考えるくらいのイジメに中学時代に遭遇しなかったら、武術そのものをやらなかったのは確実だし。

 どっかで読みましたけど、「人間、乗り越えられない試練は無い」んだそうですね。確かにそうかも知れませんね。

 人生は計算通りにいくものじゃない。これは昨年、痛感したことです。計算がうまくいかないことを外部に責任転嫁するのは自らの成長を阻むだけです。

 人間関係のトラブルが起こる誘因は、私自身の甘さに有った。他人に対する甘さは、自分自身に対する甘さの裏返しだったんだと思っています。従って、これからは指導者として持つべき厳しさはしっかり持とうと思っています。

 そういえば、数年前に師匠と奥さんに相談した時に、奥さんから「長野さんが揺れていたらダメでしょ」と言われたな~。確かにその通りだと改めて思いました。

 来る者は選び、去る者は追わず・・・。武術は先人が伝えた貴重な文化ですよ。文化を学ぶのにスーパーで商品買うみたいな感覚でいる人間は学ぶ資格はありません。そんな認識の人はこちらから願い下げです。

 例えば、私は日本刀を何振りも買ってますけど、これはマニア的に収集しているんじゃないんです。武術の文化を研究する過程で日本刀の実物を持つことが大いに役立っている訳ですし、消耗品じゃないので私が死んだ後も持ち主を替えて数百年後まで残るものです。
 拵えを自作しているのも研究のためです。鐔の大きさや重さ、コジリの金具、栗形の位置、柄の目貫の位置・・・等々、一本も同じ拵えでは作っていません。お陰で剣術の研究も随分、進みました。

 そういう研究の進展には会員の協力があればこそですし、日本刀の研究には剣術師範代のアドバイスが多く役立ちましたし、彼が紹介してくれた刀屋さんのお陰で、大太刀まで入手できました。

 まだまだ、これからやるべきことは山ほど有ります。武術研究にゴールは無い。今年はどんな年になるか?と、今から楽しみです。


PS;何か、朝日ソノラマの倒産で休刊されていた『宇宙船』が、何と! ホビージャパンから復刊するそうです! こいつぁ~春から目出度いっ!
関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索