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『少林少女』と『カンフーハッスル』

 柴咲コウが主演した『少林少女』の劇場公開に併せて、同作のプロデューサーでもあるチャウ・シンチーが監督主演した『カンフーハッスル(原題は“功夫”)』がTV放送されていたので、久々に見ました。

 この作品を劇場で見た時は、「チャウ・シンチーの作品は、金庸の武侠小説の影響が濃い」ということをそれほど知らなかったんですが、その後、私自身が金庸原作の武侠ドラマを熱中して見て、小説も読んだりするようになったので、今回はより明確に作品の背景が解るようになりました。

 作中に怪しい物売りの爺さんが幼い主人公に売り付ける武術の教本『如来神掌』や、最後にもう一度出てきて別の子供に売り付けようとして出す教本のタイトルが、「独孤九剣(笑傲江湖の主人公、令狐冲が体得した必殺剣法で、無敵の剣侠“独孤求敗”が創始した剣法という設定で、神チョウ侠侶の主人公、楊過が独孤求敗の相棒だった大鷲から学んで自得した剣法も同じらしい)」「一陽指(“南帝”と呼ばれる達人、一灯太師の得意技)」「降龍十八掌(“北丐”こと洪七公の得意技で、丐幇の幇主の代々の秘伝であり、天龍八部の主人公も当然使える。洪七公に学んだ射チョウ英雄伝の主人公、郭靖も使える。ちなみに、『ドラゴンタイガーゲート龍虎門』でドニー・イェンが敵のボスを倒す時も使ってた。流石、中国はパクリ天国だな~?)」「九陽真功(少林寺の秘伝で、武当派を開いた張三豊から倚天屠龍記の主人公、張無忌に伝わる)」といった、金庸の代表作といわれる笑傲江湖・射チョウ英雄伝・神チョウ侠侶・倚天屠龍記・天龍八部に登場する武術の秘伝だったりするところが、マニアックな笑い所です。

 琴の音波がギャオスの超音波メスみたいに相手を切り刻むところなんかも、金庸作品ではおなじみで、気の力を駆使して戦う描写は金庸の最も得意とするところです。

 そういうお国柄の事情を知らない人達は、「ドラゴンボールの真似だ」と非難していたりするようですが、事実は全く逆なのです。

 ドラゴンボールの舞空術は、軽功の発展型であり、気光波の攻撃も、内力の攻撃をSF的に表現しているものです。

 ですから、火雲邪神の“崑崙派のガマガエル拳法”というのも、射チョウシリーズの悪役、“西毒”こと欧陽峯の得意な気功の技“蝦蟇功”のことなのです。

 あ~、そういえば、香港の映像派の巨匠、ウォン・カーウァイ監督が武侠物に挑戦した『楽園の瑕(原題は“東邪西毒”)』は、金庸の射チョウ英雄伝では既に老人として登場する東邪こと黄薬師と、西毒こと欧陽峯の若い頃の話をオリジナル・ストーリーとして作られたもので、西毒は自殺したレスリー・チャンが演じていました。

 ウォン・カーウァイは映画好きの人の間では評価が高いものの、私はどうも、あのテンポののろさと独白調のナレーションが苦手で、この『楽園の瑕』も、サモハン・キンポーがアクション監督をやっていると聞いて期待して見たんですが、三回見て、三回とも途中で寝てしまいましたよ・・・だから、どんな話なのか、さっぱり解らない。

 この作品の撮影は途中で長く休止したりしてキャストが怒り、それを慰める意味で『大英雄』というお正月の隠し芸大会のドラマみたいなバカ武侠映画が一本作られたそうなんですが、正直、こっちの方が気取ったカーウァイ作品よりずっと面白かったですね。


 とにかく、金庸作品は、中国では国民的な時代劇(武侠物というのは、要するに日本のチャンバラ時代劇みたいなもの)として人気が高いのでしょう。

 そして、この『カンフーハッスル』でも、ブタ小屋砦の大家夫妻は、金庸の神チョウ侠侶の主人公二人、楊過と小龍女という名前ですし、ラストに天空高く昇ったチャウ・シンチーの周囲を二羽の大鷲が飛ぶところなんて、神チョウ侠侶へのオマージュが露骨なのです。

 シンチーは、『少林サッカー』の時も、植木職人に独孤九剣を使わせていますし、実在したとされる乞食の拳法家蘇化子を演じた『キング・オブ・カンフー』の時は、夢の中で乞食の秘密結社丐幇の幇主、洪七公から秘伝の降龍十八掌と打狗棒術を教わったりしていました。

 チャウ・シンチーのブルース・リー愛は有名ですが、もう一つ、このような金庸武侠物への熱狂的愛があることを忘れてはいけません。

 ここまでオマージュを捧げていると、小中千昭がシナリオを書くと、全て最終的にクトゥルー神話になる・・・(ティガしかり、エコエコアザラクしかり、ヘルシングしかり、GRしかり。流石にウルトラマンやジャイアントロボがクトゥルー神話になるとは予想外でしたよ。魔女や吸血鬼の話なら解るけど?)というのに匹敵している印象も受けます。

 コメディ作家としての評価が高かったチャウ・シンチーは、「一番なりたかったのは武術家」と発言して、周囲はギャグだと思って笑っていたら、本人は本気そのもので、ついに念願の武術映画の決定版を撮った。

 しかも、感心させられたのは、アクションの動きそのものが非常に理に適っていて、肉体も十分に鍛えて臨んでいたことです。

 もちろん、ジャッキーやサモハン、ジェット・リー、ドニー・イェンみたいな武術アクションの世界チャンピオン・クラスにはいきませんが、町道場の師範代くらいの技量はあるかもしれません。

 つまり、武術愛好家である我々に近い存在で、恐らく、昔から訓練だけはずっと続けていたのでしょう。

「クライマックスで突然、強くなる理由が解らない」という批評がいくつもあったみたいですが、あれは、主人公が少年時代に真面目に取り組んだ如来神掌の訓練によって自然に内力が養成されていて、それがコブラに咬まれた毒の作用や、火雲邪神に物凄いパンチを食らって半死半生の状態になったことで、体内の気脈のルートが偶発的に繋がり、内力が一気に流通するようになった結果と説明されているのです。

 これも、金庸の小説では度々出てくる描写なんですが、鍼灸の理論に詳しい人だったら、なるほどな~と思うかも知れませんし、肥田式強健術の愛好家だったら、「聖中心が徹ったんだろう」と考えるでしょう。

 武術の秘伝や極意と言われるものは、ほんのちょっとした身体操作のコツを知るだけで劇的に技のレベルが上がったりするということが現実にいくらでもあります。

 長く苦しい訓練をしなければできるようにならない技も多いですが、実は高度な秘伝というものは、訓練量には比例しない場合がほとんどなのです。

 いや、むしろ、訓練していない人間の方が体得しやすかったりする。つまり、「自然にやる」というのがコツだったりする訳です。今度のセミナーでやる予定の脱力技法なんかはその典型なんですよ。

 今、『倚天屠龍記』を読んでいる途中なんですが、この作品の第一巻の最初の方は、武当派武術の創始者とされる伝説的な人物、張三豊が内家拳を創案する話なんですね。

 で、この武術の描写が太極拳の極意を非常に簡潔に説明していて、「こりゃあ、金庸先生は、やっぱり武術の心得があるに違いない。これは、やっている人間、しかも、かなりのレベルに達した人間でないと解らない筈だ」と、読んでいて唸ってしまいましたよ。

 これまでも、ツボの名前とか気功のやり方とかがかなり正確で、もしかして?と思っていたんですが、まず、間違いないと思います。

 金庸の作品は、内家武術の遣い手が活躍する話が多いので、恐らく、太極拳などの内家派の武術を修行したのではないか?とも思われます。

 時代的にも楊家太極拳は張三豊が創始したという説が流通していた頃です。この説は陳家太極拳が普及するようになってから否定されていますが、太極拳・八卦掌・形意拳が内家派三拳として武当派で修行されるようになっています。

 武侠小説では、華山派・少林派・峨嵋派・崑崙派・天山派・青城派・恒山派・衡山派・泰山派・黄山派といった武術の派閥が出てきて、これに血刀門とか日月神教とか丐幇とかいった宗教組織や秘密結社もからみますし、ヒョウ局と呼ばれる護送組織もあります。

 現実に、中国では、少林派・武当派・峨嵋派の武術はありますし、かなり昔から白蓮教のような武術訓練を課した宗教結社もありましたし、ヒョウ局も実在していました。

 映画が大ヒットした後に少林寺の周辺には武術学校が沢山できたそうですし、武当山でも武術は盛んになっているようです。ただし、ドキュメンタリー番組で紹介された武当山では、内家武術とは無関係な八極拳や酔棍を演じていたりして、「どこが武当派やねん?」と、ツッコミを入れてしまいましたが・・・。

 黒社会と呼ばれる政治的秘密結社(洪門会が有名)の流れを汲む中国マフィアの世界では、武術を用いる殺手(殺し屋)が今も存在しているとされます。これは日本の右翼が武道を訓練するのと同様だと思えばいいでしょう。

 日本に中国武術を輸入しようとした人物関係は、右翼系の人達(お名前は自主規制しておきます)でしたし、現実に日本、中国に限らず本当に強い武術の実力者は思想的に右翼系の人が多いのです。

 私自身は思想信条は持たないようにしていますし、思想信条で付き合う人を決めている訳ではありませんが、大体、性格的に尊敬できる人は右翼系の人の方が多かったです。

 左翼系の人達って、何か情が薄いというか、人間を社会の最小単位として考えているからなのか? 妙に小賢しい人が多かったように思えるし、理屈先行で実行力が足りないように思えましたね。

 右翼系の人達は、後先考えないで突っ走る人が多くて、困ったちゃんだな~?とか思うんですが、何か微笑ましいというか人間的には魅力的な人が少なくありません。ただし、感情に溺れて現実が見えなくなる傾向はあるかも知れません。

 どっちにしろ、何かの思想信条を持った時点でものの考え方は偏る訳ですよ。

 私が、自分の研究してきた流派の名前を“游心流”と名付けたのは、思想や信条・信念といったもので心を固めたくなかったからなんですね。

「游」という漢字には、ドリフト(漂流)するという意味がありますが、心を一か所に留めないで、自由に発想を広げて常に進化するのが武術の理想的在り方だと考えたからなんですよ。

 もっとも、そういう高尚な理由を言うと、糞真面目な権威が大好きな人ばっかり集まってきて、鉄面皮の軍団みたいになりかねないから、「遊び心でつけました」と、ハナッから権威主義に背中向けた理由を言ってきた訳です。これはこれで嘘じゃないし。


 だから、『カンフーハッスル』とか、アクション映画にも妙な理屈つけたがる人っているじゃないですか? ナンセンスですよ。理屈がどうこうじゃなくって、映画は見て面白いかどうか? 感動できるかどうか? それ以外に価値なんか論じなくっていいんですからね~。

 で、早速、『少林少女』も見てきました!・・・と、書きたいところだったんですが、1000円で観られるオヤジデーに、いつもスカスカに空いている映画館に上映10分前に行ったら、何と!ズラ~ッと劇場の外まで人が並んでいて、「こりゃあ、上映時間までに入るのは無理無理~」と思って、諦めて駅前の本屋さんに寄って、そのまま帰りましたよ。

 カップルに埋もれてオッサン独りで『少林少女』観てる・・・ってのもね~?

 休みの日だったら解るんですけど、平日の午前中という最も客が入らない筈の時間帯でこれなんだから、参りましたね~。いつも客の入りの悪い映画館は、さぞ喜んでいるでしょう。

 TVでは特番が組まれて、中でも柴咲コウが実際に少林寺近くの武術学校を訪ねたドキュメンタリー番組は、世界ウルルンみたいで中々良かったです。

 黒谷先生が柴咲コウのファンだと言ってましたけど、私は以前はあんまり好きじゃなかったんですけど、『メゾン・ド・ヒミコ』でファンになり、『どろろ』で大ファンになりました。

 今回の『少林少女』も、クランクインの一年前から定期的にカンフーの練習をして臨んだというのはハリウッド女優みたいな話で驚かされますね。よく聞く話では、「事務所に最低三カ月は特訓やらせてから撮影に臨ませたかったけど、スケジュールの都合で一カ月しかできなかった」みたいな話。

 新人女優さんだったら、まだ解るけど、超が付く売れっ子で、歌手としても活動してるしTVドラマや映画も精力的にやっていた柴咲コウが、隠れて特訓していたというのは感動的な話ですね(映画の感想は、もうちょっと待っててくださいね)。
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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