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“気合当て”とは?

「“気合当て”って、どういうものなんですか? 誰でもできるものなんですか?」という質問があったので、ちょっと解説してみます。

 原理的にいうと、声が出せて「読み」ができれば勝手にできるようになります。

 気合当て(“気当て”ともいう)というのは、よく“遠当ての術”と混同されるんですが、これは少年ジェット(50代でないと知らないかな?)の必殺技“ミラクルボイス”「ウ~、ヤ~、タァ~!」という掛け声で相手をスッ転ばせる描写のイメージが重なっているんじゃないかな?と思います。

 実際、新体道の“遠当て”は、「エイッ!」とか、「ウム~ッ」とか気合を掛けて、相手がバッタリ倒れたりするんですが、あの演武を見ていると、日頃から感応性の高い合気道的な動作と呼吸を合わせる稽古をやっているが故に、過剰に反射運動を起こしているものと考えられます。

 ですが、基本的には古武術に伝わっている気合当てと原理は同じなので、別に感応にかかっていない普通の人に対しても、予測していなければかかるでしょう。

 実際に、十数年前にTV番組で新体道の青木先生が出演された時はレポーターの女性にかけて、お弟子さんのように大袈裟に倒れたりはしませんでしたが、ビクッと一瞬竦んで動きが停まっていました。

 口の悪い人は「何だよ、新体道の遠当てって、素人も倒せないのかよ?」と非難していたりしましたけれど、これが気合当てを受けた時の“普通の人の反応”なんです。

 よって、気合当ての別名は“居竦みの術”というのです。

 ちなみに、新体道の遠当ての気合で、エイッ!と鋭く発声するのは“陽の気合”で、ウム~ッと低く唸るように含み気合(発声を外に出すのでなくハラに呑み込むようにする気合)をかけるのは、“陰の気合”です。

 陰の気合を当てるのは、相手の気を抜いてヘナヘナ~ッと脱力させて戦闘意欲も無くさせる一種の発声法による“力抜きの合気”と考えてもらえばいいでしょう。

 こうした気合当ては、相手が攻撃しようとして意識的に動き出そうとする初動が観えたと同時にかけないといけません。つまり、先の先でかけないと、動き出してしまってからでは遅くなります。

 身体運動は呼吸のリズムと連動しているので、普通、この場合の読みは「呼吸を読む」と表現しますが、呼吸のリズムを読むほうが難しいでしょう。

 これ以上の詳しい解説は本に書こうと思っていますが(私はタダで情報をバラまいて喜ぶマニア気質は有りません。「知りたかったら金を出せ!」 あっ、ごめんなさい。つい本音が・・・)、気合当ては、催眠暗示による触れずに倒すような気の技とは区別しておくべきです。

 気の技の多くは、被暗示性の高まった弟子を相手にかける共同幻想の技でしかありませんが、気合当ては、第三者に対しても、予測していない場合には有効性があるからです。

 ただ、「かけてくるだろう」と事前に予想している相手には、具体的な威力のある技ではないので通用しないと考えておかねばなりません。予測していないからビックリして固まってしまう訳です。神秘的な技は万能に効く技ではないんですよ。

 ギャオスの超音波メスみたいな声が出せる人だったら話は別なんですけどね。

 昔、気合の研究をしていて、音声の作用をちょいと調べたんですけど、高音ほど脳天に響いて、低音はハラの方にズシーンとくるんですね。

 この間もヒカシューのライブで、私は“身体で聴く”という実験をやりました。つまり、音の高低が身体のどの部位に響いてくるか?を体感するようにして聴いていたんです(研究熱心でしょ?)。

 まあ、パンチの振動波が空気を伝導して相手に衝撃を及ぼすというのは考えられませんが(新幹線くらいの大きさとスピードなら衝撃波で倒れることも有るかも?)、音声だったら、結構、いろんな作用が有りますからね。

『カンフーハッスル』で、琴を使う殺し屋がブタ小屋砦を襲うとか、大家の小母さんが“獅子吼(はっ、白獅子仮面に変身する掛け声がシシクー!だったな~?)”を鐘で増幅させて火雲邪神(ハァ~、あのカッコ良かったブルース・リャンがハゲチョビンになっていたとは・・・)を追い詰めるシーンとかありましたね。

 中国武術には“雷声”という気合が有りますし、意拳では“試声”というのが有りますが、下丹田に腹圧をかけてハラから気合を出すのは同じことです。日本の武術も原理は同じですよ。

 だから、セミナー中、いろいろ質問されたので、参考までにやってみた訳です。無論、かけた相手は、一瞬、動きが停まった程度です。これが暗示性の高い人だと、過剰な反応を示したりする場合もある・・・という、それだけの話です。

 ちなみに、游心流では技を繰り出す時に気合を出しませんが、気合と掛け声を混同させないためであり、私自身は気合の効果については昔、研究済みです。

 それで、「丹田が開発されていないと単なる掛け声にしかならない」「うるさい」「気分が高揚し過ぎて冷静な読みが疎かになる」「動きが中断しやすい」という弊害があるので、気合をかけて技を出すことは不採用にしたのです。

 これはきちんと説明したことがなかったので、会員さんでも初耳の人がほとんどだと思います。中には、私が気合を出すのが嫌いなだけだと思っている人もいたみたいです。

 まあ、嫌いといえば嫌いなんですね。だって、無駄だし・・・。

 多分、気合というのは技の威力を高める効果があると考えている人が多いと思いますが、そんな効果は大した差にはならないんですよ。

 気合というのは、丹田を開発しないと意味が無いし、丹田力そのものを技にしたものが気合になるんですよ。だから、初心者が掛け声出して練習していたって意味は無いんですよね。丹田が開発されてからでないと気合の真価は発揮できないんです。

 これって、別に武術に限りませんよ。能とか詩吟とか浪曲とか日本舞踊とか、そういった芸能は、丹田を鍛えるのが基本なんです。そういう芸能を長年やっている人の下腹ってポコッて出てて腰が張ってるもんですよ。だから、外見で判別できるんです。

 私が気合当てかけた時の声は、いつもの私の声とは全然違って聞こえた筈です。他の参加者と練習していた師範代は、私の声だと気づかなかったそうです。

 確か、彼には一度もやって見せたことなかったから(見せ芸やるのは嫌いだし)。


 以上ですが、「先が読めれば誰でもできます」と言っておいても構わないでしょう。

 終わり!

追伸;セミナーの感想文や質問も募集します。宜しくどうぞ! あっ、それと山口から来てくれたKさん。お土産、どうもありがとう!
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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