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やっぱり教育は大切でしょ?

 これは書くまいと思っていたんですが、やはり、敢えて、書きます。

 実は、先々週、武術を教えてきた者が、暴行傷害事件を起こして警察の御厄介になりまして、それで二週間スッタモンダしていました。

 彼は、少年時代に軽い統合失調症を患い、薬を飲みながら仕事も頑張ってきていたし、不良連中に暴行された経験もあるので護身用にと武術を指導したり相談役みたいなつもりで付き合ってきたんですが、まさか、自分から人様に手をあげて警察の厄介になるような真似をしでかすとは夢にも思っていませんでした。

 保護者と一緒に警察署で面会した時も、病気の妄想のせいだろうと思ってキツイことは一切言いませんでした。

 ですが、被害者と会って話を聞いた時は、想像していたのとは全く違っていて不良中学生が面白半分にオヤジ狩りをするような状態に近いものであった様子で、本当にガッカリしてしまいました。

 三人がかりで取り押さえられるくらい暴れたそうで、下手をすれば相手に大怪我させたり傷害致死にでもなっていたかもしれません。

 これまで、何人かは問題の有る人間を破門にしてきたりしましたが、こんな情けない事件を起こした者は初めてです。

 もう、三十歳も過ぎているのに、何という社会性の欠如なのか・・・と思うと空しくなります。

 思えば、私は、こういう社会性の足りない、人間として未成熟な人が寄ってきやすいように思えます。それは私自身が未熟な人間だから、類は友を呼ぶということなんだと思います。

 ですが、私は、自分の欠点を補うための勉強や努力を怠ったりはしてこなかったと自負しています。随分と時間はかかりましたが、武術研究家としては誰にも引けは取らないという自信が持てるだけの勉強は、ただの一日も怠ったことは無いと言い切れます。

 まあ、人間ですから、どんなに頑張っても報われないことはざらに有ります。無駄な努力を延々と続けて気持ちが腐ってしまう人達の気持ちも解らなくはありません。

 けれども、努力が報われないことを他人の責任にし、社会を呪うような考え方をするのは甘え以外の何物でもありません。

 示談が成立し、釈放されてきた彼が私に話をしに来た時、延々と親兄弟への恨み言を言い、自分を認めない世の中を呪う言葉を繰り返すのを聞いた時は、まだ、病気の被害妄想だから仕方ないだろうと思いました。

 しかし、事件の概要について警察では「はっきり覚えていない」と供述していた筈なのに、私が被害者から聞いた事件のあらましを説明したら、「それは違う」と自分で明確に説明したのには、本当に呆れ果ててしまいました。

 都合が悪いことは病気のせいにして黙っていただけだった・・・ということを示すからです。

 彼は事件を起こしたことに関して全く罪悪感が無いばかりか、懸命に救い出してくれた親兄弟に感謝するどころか、自分をそこまで追い込んだ張本人のように思い込んでいて、恨み言を並べてのけたのです。

 そして、「皆、無責任過ぎる!」と屁理屈を強弁した時、私は怒鳴りつけていました。

「フザケンな! 皆、自分の人生を懸命に生きているんだ。お前が怪我させた相手だって仕事があって家庭があるんだぞ。自分だけが苦しい想いをしているんじゃないんだ。自分の人生は自分で生きるのが責任なんだ。お前は親が与えてくれた仕事をやってきただけで自分から何もやってないだろうが? 30過ぎて、何を中学生みたいに甘えたことを言ってるんだ」と、ガンガン怒鳴りつけました。

 彼は呆然となって俯いていましたが、まさか、私がこんなに怒るとは思っていなかったのでしょう。恐らく、頭が真っ白になって思考停止していただけだろうと思いますが、固まって反論もできません。反論したら腕の一本も叩き折るくらいの勢いで叱り付けましたから。実際、ここまで怒っていて、手を出さなかったのは自分でも驚きます。

 反省している訳じゃないのも判ったので、釘を刺しておかねばならないと思って、「いいか? 俺は護身術として武術を教えたんだから、お前がこんな真似やった以上は二度と教えない。それから、もしまた、こんな事件を起こしたら、俺は絶対に許さんぞ。お前の両手両足叩き折ってやるからな!」と、脅しつけておきました。

 誉められたやり方ではありませんが、自制心が欠如している以上、潜在意識に恐怖心と共に刻み付けるしか方法が無いと考えたのです。


 私は、彼が子供の頃からの付き合いですが、こんなに怒ったのは初めてです。自分でも、ここまで他人を怒鳴りつけたのは、そんなに経験ありません。

 大体、笑うのはエネルギーが湧きますが、怒るのはエネルギーを消耗します。

 私も若い頃は“瞬間湯沸かし器”と言われるくらい怒りん坊でしたが、ここ数年は疲れるから怒らないようにしていました。何を言っても怒らないから、随分と失礼な言葉を言う会員もいましたが、せいぜい、何でもかんでも私の責任にして文句を言う会員に、ちょっとキツク窘めた程度です(その人は態度が改まらないので破門にしました)。

 自分もそうだから確信できることですが、武術を修行していると、びっくりするくらい人格が豹変してしまう人がたまにいるものです。

 劣等感の強い人が、そうなりやすいみたいですね。何か、人に誇るような取り柄が身につくと威張りたくなるものかもしれません。成り金君みたいなものでしょう。

 私も劣等感は凄く強かったので、武術をやり始めてそれなりに自信がついた頃は、さぞや嫌な性格に見えたんじゃないかな~?と思います(今も?)。

 でも、そんなくだらない優越意識は、長く持ち続けられるものじゃありません。

 スパーリングや組手で肋骨折ったり、脚が腫れたり、痛い想いをすると「あ~、俺ってこの程度だったんだ。自惚れ過ぎてたな~」と、思い知るんですね。

 それに、確かに私は自分なりに誰にも負けないようにと思って頑張って練習もしたし、貪欲に知識を得ようと勉強しました。

 けれども、そんなことをやっている人はいくらでもいるんですよ。怠けている人達を見下して自惚れていたって何の進歩にもなりませんよ。

 何か、最近、思うのは、他人のやることにケチをつけながら、「じゃあ、お前はナンボのもんじゃい?」って感じのカッコ悪い人間が大増殖しているように思えることなんですね。

 はっきり言って、私は口先だけの人間は大っ嫌いだし、自分自身も口先だけの人間には絶対になりたくありません。だから、勉強も努力もブッチギリでやらなきゃならないと思っています。が、それを前面に出して努力家っぷりを見せつけるのって粋じゃないでしょ?

 でも、現実に私は勉強も努力もメッチャ続けてきていますよ。素質も才能も無いんだから、それやらなきゃどうしようもない。

 一日、八時間も十時間も練習していた時期もありますけれど、今はどうやったら上達するか?という理論的な構造が明確に解ってきたので、見かけ上は特に練習していません。

 練習らしきことは土曜日のシダックスと日曜日の稽古会及びセミナーの時くらい。それも指導中に模範で動く程度でしかありません。具体的な練習量は無きに等しいんです。

 それでも、ちゃんと上達していますよ。その理由は、日常生活自体を訓練だと考えているので、特別な練習はしない代わりに、常に頭の中では武術のことばっかり考えていますからね。

 練習は何のためにやるのか?ということの原理が解ったから、徹底的に無駄を省いて結果だけ直接得られるコツが解ったんです。

 そうでなかったら、盆踊りやラジオ体操から武術への応用を考えられる訳がない。

 だけど、それは別に苦行やっているんじゃなくて、楽しいから考えるし、勉強するし、努力して変わっていく自分がいとおしい・・・というナルな高揚感が有るからですし、サラリーマンで仕事に時間を拘束されないからできることでしょう。

 私と同じことをやれる人は非常に少ないでしょう。生活のために仕事に追われて彼女もできない・・・から世の中に復讐してやるって気持ちになる心の弱々しい人達に同情はしませんけど、理解はできます。

 皆目、解らないのは、「欲望が有るなら、それを満足させるために何をやればいいのか?って考えて実行する勇気を、何故、持とうとしないのか?」ってことです。

 だって、世の中恨んだって仕方が無い。世の中のシステムに乗っかるのが嫌なら、乗らない決意をして、乗らずに生きていくために必要な力をつけなきゃいけないのに、ダダこねて力をつける努力を怠る人がいる。

 私は、それなら自殺したっていいじゃないか?と思いますよ。自然界では力の無い生物から先に死ぬでしょう? 陰々滅々と世を呪って生きていくより、スパッと死んで力強く生まれ変わってきてちょうだい!と言いたくなります。

 生きていくのは辛いことのほうが絶対に多いんだからさ。でも、それを自分の努力で覆していくのが人生の醍醐味で面白いところでしょう?

 もうね~。武術に全っ然、興味が無い人が私の自伝とか読んだら、阿呆だとしか思わないでしょうね。私から武術除いたら、ダメ変人だもん。単なる困ったちゃんだもん。

 これはもう、自信をもって断言できますよ。

 でもね。敢えて挑発的に言いますけど、私の名前は武術の歴史に残ると思います。それだけの貢献を日本の武術史に果たしてから死ぬ予定です。もう、決めてるから。誰がどう否定しようが、俺は絶対にそれだけの研究成果残してみせるからさっ(今に見ておれでござる!)。


・・・っと、脱線し過ぎたな~。

 で、何が言いたいか?と申しますと、人間は、人生のある時期には生活の心配とかしないで勉強に専念できる期間が必要なんだよな~ってことです。

 だって、自分のやりたいことだけやろうと思ったら、勉強だって偏っちゃうでしょう?

 幅広く、一般常識を身につけて、社会で人とかかわって生きていくのに大切な常識を身につけなくちゃ、30過ぎた大の大人になっても阿呆な事件起こして人生を台なしにしかねないんだということを言いたい訳ですよ。

 今回の事件を起こした彼は不登校生だったんです。その後、色々勉強やらされて大学まで出てはいるけれど、勉強嫌いはそのままなんですよ。だから、学んだことがちっとも身になっていないし、精神年齢は異常に幼い。

 話していて考えの幼いことといったら、小学生と話している感じで、自己中心的なものの考え方しかできていない。人生の大切な時期に基本的な人との拘わり方を勉強しなかったツケが今になって出てきている・・・と、私にはそう思えました。

 宗教に救いを求めたり、良い面だけを認めて優しく接する人達だけと拘わって生きてきたからこそ、とてつもなくワガママなダダッ子同然のオッサンになってしまった。

「優しい子だから、真面目だから、純粋だから・・・」と彼の母親は幼児を見るように大きくなった息子を評します。

 でも、優しいということは人から付け込まれやすく、真面目というのは融通が利かず、純粋というのは物事を裏表両面から見れない・・・ということなんですよ。

 彼が母親を罵る様子を見ていると、いつまでも子供扱いして保護し続けようとする親への苛立ちの気持ちもあるのだろうな・・・と思いつつ、社会で独りで生きていく力を得るための“教育”というのは、本当に重要なものなんだと痛感させられました。

 何しろ、人間は教育を受けることで生きていく技能を体得していくのですから、欠点ばかり指摘して批判するより、義務教育の重要性を認識して、より効果的な教育法を探っていくことが重要なんじゃないか?と思います。

 批判するなら代案を出していかなきゃ発展はしませんからね。
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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