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キレて得することは一つも無し・・・

 アキバ事件が切っ掛けになってナイフを使った殺傷事件が激増してきていますが、私は、こういう事件を起こす人間の気持ちが解らなくはないけれど、やっぱり共感はまったくできないし、正直、「他人を殺したり傷つけたりするくらいなら、独りで勝手に死ねばいいじゃない?」と本気で思います。

 かつて学生運動華やかなりし頃、テロリズムに走って暴力に訴える活動家の行動を支持する民衆はいませんでしたよ。

 戦前の教育を受けた私の両親は、浅間山荘事件や爆弾テロ事件を起こす過激派活動家の報道を新聞で読んだりTVで見たりする度に、「いいか、こんな事件を起こすのに理想も何もない。ただのキチガイだ」と、苦々しく言ってきかせました。

 大陸(満州)で生まれて子供の頃に天草に引き上げてきた両親は、戦争でやっと生き残った人間として、過激派の説く反権力、社会主義の理想も、結局は暴力を使って打ち立てようとする行為自体に胡散臭いインチキ軍国主義と共通するものを感じたようでした。

 戦争に負けたら途端にそれまでの教育を全部否定して、これが正しいんだと民主主義を押し付けられる。昭和一桁生まれはたまったもんじゃなかったでしょうね。

 だから、思想の胡散臭さは理屈じゃなくて体感で嗅ぎ取るのが当たり前。個人が信奉する理想のために、それに共感していない人間を犠牲にする思想なんか、誰が支持できるのか?

 人を殺せば命で償うしか道は無し・・・。

 野生動物が本気で戦うのは、食べ物を得るためか、食べられないため。必然的に命のやり取りになるものの、その残酷さに文句を言う余地はありません。そうしなければ生きられないのだから・・・。

 だから、「殺す者は殺される」というのが闘争の本来の原理であって、そこに武術の考え方もあります。従って、命のやり取りという戦闘状況しか考えないのだし、「腕試しに益は無し」という認識があるのです。

 私が最近のナイフ殺傷事件に感じるのは、キレることで自分の責任を放棄して自分の行為を正当化しようとする合理化の意志が強く見えることです。

 意味不明の被害者意識が根強くあるだけで、人を殺傷するに足る積極的な理由がないんです。彼らの感情が理解できる云々の論議は殺人の理由付けにはならないのです。

「誰でもよかった」「独りで死ぬのが寂しい」「注目して欲しい」・・・。

 誰でもいいのなら自分だけで死ねばいいじゃないですか? 独りで寂しくて注目して欲しいのなら、繁華街のど真ん中で切腹でもすればいいんじゃないですか?

 もちろん、自殺は良くないですよ。

 どうして良くないか? 人として良くないのか? いいえ、私はそういう風には思っていません。

 本人が意図するかしないかにかかわらず、“必ず、誰かに迷惑がかかる”からですよ。

 葬式だって300万円くらいかかりますからね。賃貸アパートで自殺した日にゃ~、大家さんにも不動産屋さんにも迷惑かかるしね~。

 リスカで死ねば血だらけの畳やフローリング、壁の清掃に業者さんが必要になるし、身内がいなけりゃ残った家財道具の始末にルームサービスを頼まなきゃいけない。

 おまけに、自殺者が出たんじゃ縁起が悪いから、御近所への口封じとイメージアップを兼ねて、神主さんor真言密教系の坊さんor霊能者にお払いをお願いしなきゃいけないかも?

 ま~、安く見積もっても数十万円はかかりますよね。悪質な霊能者だと300万くらい平気で要求したりしますからね。大家さんが自殺したくなっちゃいますよ。

 でも、他人を殺すのよりは、まだマシですよ。人を殺して自分が生き残ったら、自分はその後、殺人者として一生を過ごさなきゃならなくなって人生は台なし、家族は殺人者の親兄弟という不幸なレッテルを貼られて生きていかなきゃならない。

 だから、人を殺すくらいなら自殺したほうがマシだと私は思う。真剣にそう思う。死にたい人に死ぬ自由はあっていいと思う。

 私はそういう考えなんで、かつて、「死にたい」と言う親友を訪ねて、真面目に自殺のやり方について一緒に考えたことがあります。もう、下手に慰めても無駄だと思ったし、結構、マジで考えましたよ。

「リスカは時間かかって痛そうだからダメだろう」とか、「ビルから飛び降りるのは通行人に激突して巻き添えにしたら大変だ」とか、「舌をかみ切って死ぬというのは嘘らしい」とか、「農薬飲んで死ぬのはメチャ苦しいらしい」とか、「公園で首吊ったら、公園の管理している人にも責任がかかって失業させちゃうかもしれない・・・」とか。

 そんなことを色々と考えていると、そうそう死ねるもんじゃないよな~って思えてくるんですよ。生き物には、本能として「生きたい」という欲求があるんだから・・・。

 自分でも中学の頃とか生活苦で将来に希望が見えなかった頃とか、何度か自殺を考えたことがあります。このまま生きていても何も楽しいことはないように思えたから。

 さすがに、「彼女がいないから」とか、「誰も注目してくれないから」みたいな感情は無かったですけどね。私は独りで気楽に生きられるのなら、そっちのほうがいいと思ってるから“寂しい”という感情はとにかく無いですね。だから、あくまでもイジメが辛いとか、生活が苦しいとか、現実的な理由でしたよ。

 でもね~、やっぱり怖いですよ。それに、生きていさえすれば挽回できるチャンスがあるんですよ。「生きて挽回したい」という欲求が強かったから、将来に希望が持てなくても、「いつか俺は必ず活躍できる刻が来る! いや、そうでなかったら生まれてきた甲斐がないし、親に申し訳ない。その刻のために今は我慢して勉強しなくちゃいかん」という強迫観念みたいな予感が有りました。

 そういえば、十年くらい前だったかな~? ある中国武術家と大喧嘩になった時に、その人からの手紙で、「お前はどうして、そんなに自信があるんだ」みたいなことを書かれていましたね。

 私は逆に不思議でしたね。何故なら、その人は、「自分こそは日本の中国武術界の救世主だ」みたいな誇大妄想的な自信に満ちた発言と態度を隠さない人でしたから。

 けれども、それは自己暗示をかけて自分を鼓舞していたのかもしれません。

 その人は、「自分がどんなに頑張っても世の中に認めてもらえない」というコンプレックスが凄く強かったみたいで、後で知ったのは在日コリアン系の人だったそうなんですが、松田優作がそういうコンプレックスが凄く強かったという話を彼の最初の妻が書いた『越境者・松田優作』に書かれていて、なるほどそうか、と思いましたね。

 でも、在日コリアン系の人は芸能界や武道・格闘技の世界で日本人以上に大勢活躍しているし、昔みたいに人種差別を感じる必要はなくなっていると思うんですけどね。

 世間的に知られている人では、力道山、大山倍達、前田日明、布袋寅泰、和田アキ子とか、とにかく「えっ? あの人もそうだったの?」と言いたくなる大物ばっかり。

 正直、もう隠す必要なんか全然ないと思いますね。

 以前にも書きましたが、日本人も日本から出たら人種差別に晒されるのは同じことだし、結局、同じ状況に置かれていても視点を変えれば対応も変わるでしょう。

 隠すことそのものが後ろめたい気持ちの現れなんであって、それが逆に差別を助長してしまうと思うし、「俺は俺。他人がどう評価しようと関係ない」という態度でいればいいんじゃないのか?

 何か、最近のナイフ殺傷事件を見たり、ネットで共感の声を発している人達を見ると、辛くなりますね。

「どうして、そんなに弱いのか?」って、気が滅入るんですよ。

 はっきり言って、自分の人生は誰の責任でもなくて自分の責任なんですよ。誰もがそう自覚して頑張って生きている。だから挫折しようと失敗しようと世の中を恨んだり親を恨んだりはしない。

「あ~、自分の力が足りなかった。ごめんなさい」という気持ちで自殺する人を責める気はしないでしょう。

 だけど、事件起こす連中の言い分って何ですか? 世の中のせいにしたり、恋人がいないせいにしたり、親のせいにしたり・・・子供かよ?ってレベルですよ。

「あのね~、テメ~が弱過ぎるだけだろ? 何で自分を磨いて力をつけることを考えないんだよ?」って、言ってやりたくなるんです。

 でも、昔、左翼系の人から言われたな~。「じゃあ、長野さんは弱い人間は生きていちゃダメだとか言いたいの?」と言われたんですけどね。

 はい、強く生きていく意志を放棄して他者や社会に庇護されることを最初から期待しているような弱い人間は死んでいいと思います!(エ~ッ?)

 人間は強いも弱いも関係なく、いずれ死にますよね。どんな強い人間でも年とったら肉体は衰えて弱くなりますよ。生まれつき身体の弱い人や障害持って誰かが支えないと生きていけない人もいますよ。

 だけど、「生きる」という強い意志があるからこそ人間は身体の弱さや障害を乗り越えて頑張っていけるんですよ。その意志が弱い人は、自殺を選ぶ権利はあっていいんじゃないか?と思うんですよね。

 そして、身体的にも何も問題がないのに意志だけが弱い人。そんな甘えた人間は存在するだけで人に迷惑だから、さっさと死ぬべきだと思うし、助ける必要も全く感じません。

 日本みたいに生きていくのに苦労しないで済む国は世界中にほとんどないんじゃないですか? 物凄~く、優しい国だと思いますよ。ホームレスがTV見たりガスコンロですき焼き食ってたりする国なんですよ? 働いて金稼ぐチャンスなんかもゴロゴロ転がってますよ。

 私は不思議で仕方ない。ワーキングプアとかネットカフェ難民とか色々と言ってるけど、貧乏から抜け出して成り上がるのは若者の王道でしょ? 何で、いつまでも先の展望考えないでひたすら貧乏に耐えようとか考えちゃう訳ですか? ゼ~ンゼン、解らない。

 会社員しか仕事の選択が無いとでも思ってるのかな? 自分で商売やってもいいし、芸術や音楽に夢を託したっていい。田舎に行って農業をやったっていいじゃないですか?

 やろうと思えば道は無数にあるんだよ。横井さんや小野田さんみたいにサバイバルして戦後を生き抜いてきた人だっているでしょ? 与えられることばっかり考えている人間に道は開けてこない・・・というだけの話ですよ。

 天は自ら助ける者を助ける。これは人間の心理でも同じでしょう。アキバ事件に共感する人達の心理には彼と同じ甘えの心理があるんだと思います。そこが一番の問題点なんじゃないでしょうか?

 派遣社員の置かれた苦しい状況とかも理解はできますよ。でも、今はこんな不況な御時世なんだから、金が無いのはどこも同じですよ。若い世代だけじゃない。働き盛りでいきなりリストラされる人なんかいっくらでもいます。

 そこからはい上がるには、自分を磨いて金を稼げる技能を高めるしかないでしょう?

 宝くじも買わなきゃ当たらない。やることやってからでないと恩恵は得られない。何か、幸運は平等に誰にでも与えられるとか甘いこと考えている人が多すぎると思うんです。

 幸運も、努力している人にしか巡ってこないですよ。

 最近、手相の本読んでいて気づいたんですけど、私は昔は金運線とか財運線とか全然なかったんですけど、何年か前からくっきり出てきているんですね。

 具体的に生活水準とかは大して変わっていないんですよ。でも、尋常じゃない金運財運がある・・・。それで解ったのは、私は金に換算したら物凄い額になるだけの武術に関連した知識を持ってるから、それを示しているんだな~と思いましたよ。

 だって、おかしいもん。武術に関してだけは異常に恵まれてるもん。縁の無い人は何億円出したって習えないようなことを沢山学んじゃったもんな~。

 現実に今、それを使って生活しているし、本当に、頑張ってやってきたことは必ず報われるもんだと思います。それを信じて頑張れないのなら、猫みたいに人目のつかないところに消えて自殺するくらいの慎み深さを持ったらいいんです。

 他人がどうだとか世の中がどうだとか・・・関係ないんだよ。全部、自分の責任!

 生命力って、意志の力も含んでいると思います。無差別殺人なんかするより、「私の臓器を役立ててください」って言っておいて死ねば、せめて、死に甲斐もあるってもんでしょう?

 それが嫌なら、もっと貪欲に生きようよ~。

 キレるのが早過ぎる!
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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