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パクリにも礼儀あり!

 日曜日にDVDの追加撮影をしたんですが、ちょうど、新規入会希望の人も来られたので、撮影と並行して普通に稽古もやりました。

 新作の本では、ついに游心流の稽古内容についても紹介解説しましたから、できれば定期的に使える稽古場所を確保したいんですが、現在、稽古会の代わりとしてはシダックスの講座と日曜日の公園の練習しかなく、せっかく入会しても定期的に通える環境が整っていないのが困ったところなんですね。

 会員の人数自体は以前と同じくらいに戻ったんですが、公園での稽古会に参加する人は決まって同じメンバーになってしまいます。本格的に実力上げようと思ってる人でないと公園の練習には来ないだろうな~。

 そうなると、月例セミナーのほうが人数も多くて稽古会の代わりにもなるということになりますが、こちらは、毎回、テーマを決めて練習するので毎回が違う内容になる。

 だから、稽古の参考にはなっても、稽古そのものにはならないんですね。やはり、同じ内容を繰り返して練習しないと技量アップには中々繋がらないものなんです。

 他所の道場と掛け持ちして技量アップしようと考える人もいますけど、まず、逆効果になってしまうし、先方の先生に対しても失礼だから、やめといたほうがいいですね。初心者が複数の流儀を掛け持ちすると身体と頭が混乱するだけです。

 実際、既に別の道場に通っていた人がうちに入って練習しているうちに、そちらの道場のやり方に肌が合わなくなってしまって、やめるしかなくなってしまったという例もあります。どっちがいいか?という問題じゃなくて、合うか合わないかの問題なんです。

 例えば、うちの場合も去年の分裂する前と今年に入ってからでは内容は結構変わっています。打撃技、蹴り技が増えて、推手からの逆技や逆技の返し技も教えるようになりましたから、以前に来ていた会員さんだとついてこれないと思います。護身術としての有効性を求めて内容をかなりバージョンアップさせましたから・・・。

 そういう事情もあって、DVDに関しては独修である程度の技能アップに繋がるように、今回は教材DVDとして、游心流の初級と中級の稽古内容をそのまま収録しています。

 初級は游心流の基本の練習法を、そのまま収録し、ハイスピードカメラを駆使して動きがバッチリ解るので、ただ真似して練習してもらえば確実に体得できるでしょう。

 そして、中級のほうは推手・差し手・剣術・居合術・護身術(ナイフを扇子や雨傘で制する技)なんかも収録しました。初級で基礎を作ってから練習してもらえば、こちらも十分に上達できるでしょう。

 ちなみに中級の対錬は、初級とほとんど同様のものなんですが、ほんの少し添え手をつけたり技を連結しただけで効果はまるで変わってしまうものです。

 中でも“天地二連蹴り”というのは、金的蹴りから蹴り足を降ろさずにそのまま足尖で喉蹴りをするものなんですが、ピンポイントをピシピシッと連続して蹴るのはかなり難しいですよ。蹴りが得意な人じゃないと体得が難しい。今のところ、K師範代しか満足にできません。

 最初は、「う~ん、チンチン蹴って喉蹴る技だから、“ノドチン蹴り”なんて名前じゃ、どうかな?」って考えたんですけど、師範代に「そんなのやめて~っ」て言われちゃいましたよ。

 こんな具合なんで内容は御想像くださいまし・・・。

 体得してもらうことを考えているので、これに関しては中級だけの単独別売りはしません。初級を買った人にしか販売しません。技を見てみたいだけで練習する気がない人はクエストさんから出ているDVDを買っていただけば十分でしょう。

 それにしても、やっぱり365日、24時間、自由に使える道場が欲しいですね。家から近くて、いつでも自由に使えて居合や槍、薙刀、手裏剣なんかもできて、サンドバッグ・トレーニングなんかもできればいいし、できればエアガンやガスガンで射撃練習もしたい。会員さんもいつでも好きな時に来て練習できれば言うことないんですが・・・。

 な~んて思っていたら、私の住んでるマンションの1Fがテナント募集になって、窓からのぞいてみたら40畳分くらいは十分にある。この前まで倉庫で使われていたんですが倉庫だけの場所代だと高いから立ち退いたんじゃないでしょうか。

「こりゃあ、ここが借りられたらバッチリだな~」と思ったんですが、賃貸料を出せる余裕が今のところは無い。12月まで金に余裕は無いからな~。それまで空いててくれれば来年から道場開きできるかも?(という訳でスポンサー募集します。いや、マジで! 道場経営やってみようという方、連絡くださいませ)


 え~、さて、話は変わりますが、横浜の刀屋さんに毎月の支払いに行った帰り、町田に寄って書店で本を買い込んできました。

 金庸の武侠小説『雪山飛狐』や、『フルコンタクトKARATE』『コンバットマガジン』『ナイフマガジン』『太極スタイル』『達人への道』などと一緒に、殺陣(立ち回り)の本が出ていて面白そうだと思って、購入しました。

 書店でパラパラッとめくって見た時に、「あ~、この剣の構えや身体操作は黒田鉄山先生をモロにパクッているな~」と思ったので、当然、黒田先生に師事したか、あるいは参考資料として挙げてあるものと思っていたのです。

 ところが、この本には、どこにも黒田先生について触れていません。

 黒田先生の振武舘に伝わる流儀、駒川改心流の剣は非常に独自性の強い特徴的な身法を使います。剣道や他の古流剣術と比べても素人目でも判別がつきます。

 駒川改心流は新陰流から分かれた流派なんですが、現代に伝わる柳生新陰流や直心影流と比べても明確に違うんですね。だから、これを真似れば、十中八九、判別がついてしまうんですよ。

 例えば、以前、甲野氏に習っていて独立した永野順一氏(同じナガノなので、一時期、よく間違われました)は、剣の素振りや体捌きなどを、そっくりそのまま駒川改心流からパクッていましたから、あれはいかがなものかな~?と思ったものでした。

 もっとも、それを言ったら当時は黒田先生の技をモロにパクッて練習している人が有名無名問わず多かったですけどね。甲野氏もそうだし日野さんもやってたしな~。

 私も一回だけですが黒田先生の第一回の講習会を受講しました(その時に永野順一氏も見かけました)。

 永野順一氏は、恐らく人から聞かれればパクッていると認めるでしょうが、仁義の問題として自分から明かしておくのが礼儀じゃないか?と思っていました。

 私も新派を興している人間ですが、本当に様々な流儀の技をパクッてきましたから、仁義の問題として習った方や参考にした方の名前を明かすように心掛けてきました。

 もっとも、「私が教えたということを絶対に言ってね」といっていた人が、私が本でそう書いたら「私は教えていない」と嘘つき呼ばわりしやがったことがあって、驚きましたけどね。私と付き合いがあったことを隠したかったんでしょうが、自分から接触してきたくせに何という恥知らずなんだろうと呆れはててしまいました。

 真相を知っている会員は怒っていましたが、まあ、大人げないから、「あっ、そうですか~? じゃあ、私の勘違いなんですね~」ってことにしておきましたけど、平然と人を裏切る人間は“同じことを繰り返す”ものだし、いけしゃあしゃあと“陰徳を積む”とか言いたがるものです。名前も書いてやろうか?と思うけど、仏教式に言うと、この人は確実に地獄に落ちる道を自分で選んだんだから、私が糾弾するまでもないでしょう。

 人を裏切ったりするのは男のすることじゃありません。人を切る時は表から思いっきり切るのが男ってもんでしょ?


 まっ、そんな訳で、私は、こっそりパクるのは嫌だからパクる時は堂々と出所は明かすし、できるだけ独自の研究を盛り込んで違う形になるように努力してきました。まったく同じ技を教えていたら、それこそ詐欺師になってしまいますからね。

 その結果として、戦闘スタイルそのものはかなり独自性が出てきたと思っていますが、稽古法の内容に関しては、オリジナルからそんなには変えられませんでしたね~。

 戦闘スタイルというのは応用変化の領域なので自由にアレンジできるのですが、稽古法は基本になるものですから、既存の流儀のもののほうが完成度が高く、下手にいじれば稽古法として意味をなさなくなってしまうから、そのままやる方が効果的で、アレンジしにくいんですよ。

 例えば、甲野氏はいろんな師範から教えを受けたものの、すべて自己流に解釈してアレンジした稽古法を作っていますけど、だからこそ武術としては役立たない代物になってしまっていると思うんですね。

 甲野氏が鹿島神流を学んだ野口弘行先生の技も拝見したんですが、もう原理的に全然違うんですよ。もちろん、野口先生の技が理合に沿っていて、甲野氏は勘違いしているんですけどね。特に間合とか位置取りのタイミングの取り方とか剣術で最も大切な要素を甲野氏は野口先生からまったく受け取っていなかったんだということが判りました。

 一番違うのは、自分から技を出して相手に受けさせる方法論をやっている点ですけど、これは相手から攻撃させて練習しないと意味がないんですよ。見せ芸として第三者にいかに達人っぽく見えるか?という観点から考えた演芸手法ばかり考えるから、本来の武術としての変化応用性が育たないんだと思います。

 ですから、私は参考にした稽古法に関しては下手なアレンジは加えないで、ほぼそのまま練習するようにしました。そして、出所を明かして敬意を表明することにしてきたのです。そうするのが最低限の礼だと考えるからです。

 そもそも、私が甲野氏を批判しはじめた切っ掛けが、甲野氏のパクリ体質と都合の悪いことを隠す隠蔽体質、そして、平然と嘘をつく虚言体質に関してでした。

 人間だから嘘はつくでしょう。都合の悪いことは隠したいでしょう。すばらしい技を見ればパクりたくもなるでしょう。

 気持ちは解ります。現に武術の世界ではそういう真似をして一派をなした人がかなりの数に上ります。

 でも・・・それをやっちゃダメなんですよ!

 嘘も方便、百万辺繰り返せば嘘も本当になる・・・ってね~、こんな格言は修行者には無縁のものなんですよ。

 嘘は嘘。事実は事実。それを認めることが修行なんですから・・・。

 あのですね。甲野氏みたいに常人のできない技をいろいろやって見せられる人が、何故、まともに闘うと冗談みたいにコロリと負けてしまうのか?

 それは、彼の工夫研究している武術が見せかけだけのイミテーションでしかないからなんですよ。嘘はどんなに取り繕って見せても本物にはならないんです。

 特に精密に作られた武術の稽古法は、少しでも変えると全体がダメになったりするんです。これは精密な機械ほど、ほんの少しホコリが入った程度で機能しなくなったりするのと同じことです。

 私が形から入るのが良くないと思ったのもここなんですよ。原理が見えるようになると形が同じだったら体格や体癖によって個人個人の技量に差が出てくるんです。原理を体現した上で整って自然にそういう形になった・・・というのを求めているんです。

 これは観察眼と原理を理解できていなければ判らないことですが・・・。


 話を戻しますが、この殺陣の本の著者は、恐らく技をパクっているという悪気はまったくないんでしょう。「自分は武術家ではない」とも明記していますから、とりたてて批判する必要もないかもしれません。

 ですが、この本を黒田先生の一門の人が見たら、どう思うでしょうか? 「な~んだ。うちの真似をしているじゃないか」と笑って済ますかもしれませんが、多分、気分は良くないでしょう。

 パクる側が気にしなくともパクられた側はそういう訳にはいきません。

 もし、この著者が武術家を名乗っていれば、私は直接尋ねて意見します。何故なら、それをやったら著作権侵害、盗作に当たるでしょうからです。

 武術の技に著作権なんか無いと言う人もいますが、モロにパクッていれば話は別。文化には知的所有権というものもあるんです。

 私ももの書きの仕事が長くなるので、このような問題については何度か失敗して謝罪して回ったこともあります。ある出版社の社長さんからは直接電話で激しく叱責され、私の常識の無さを厳しく教えていただきました。電話を置いてからすぐに出版社を訪ねてお詫びしましたが、「お前は見所があるな」って、逆に昼食を御馳走になってしまいました。

 やはり、世の中では悪気がなければ何をやっても許されるということではありませんからね。私は、この時に叱ってもらったから、二度と同じ間違いは犯さないですもん。有り難いことですよ。十年くらい前だったですかね~。本当に今でも感謝していますよ。

 厳しい人こそ情がある。優しさばっかり求める人はダメですよ。甘ったれは成長しないんです。日常生活の中こそ修行の場ですよ。

 だから、この著者も、ちょっと世間知らずなんじゃないのかな~? たった一言、「黒田鉄山先生の本を参考にしました」と書いていさえすれば、何も問題がなかったのに、何故、それだけの心くばりができなかったのか?

 松本零二が槙原の歌の歌詞を盗作だとして訴えたのも、クリエイターとして血の出る思いで絞り出した言葉だからこそ、許せないと思ったのでしょう。

 本を出すということは、常にそういう問題を抱えることです。この著者は、その問題意識が欠落しているように感じられてなりません。

 礼というのは形式の問題ではありません。気持ちの表れとして出てくるものです。

 人への心くばりや感謝の念を忘れて虚礼を示す人も多くなっているように思えます。目先の合理性しか見えない、いや、見ようとすらしない人が増えている気がします。自分の気持ちしか考えない。相手の気持ちを無視して上から目線で文句ばっかり言う。

 口で言うだけなら小学生だってできる。でも、本当に自分の分際を自覚するのは難しいことです。言葉を有り難がって、その人の本質を観ようとしない人が多過ぎる。武術の“読み”はまったく別ですよ。私は言葉なんか信用しないもん。

 あの・・・「話す時は相手の目を見て話せ」って言われたことありませんか?

 嘘ついてる人は“目が動かない”とか、“視線が泳ぐ”とかいった不自然さが出るんですよ。あるいは騙そうとしてると、目力で説得してしまおうと力んでいたりする芝居っ気が出る。

 見た目の美しさを追求しても、中身が伴わなければ意味がないではないか?と思うのです・・・。

 この殺陣の本は見る人が見れば判ると思うので、書名も著者名もここには書きません。ただ、心当たりのある方は、今後、注意していただければ・・・と願うばかりです。

 また、私も自分では注意しているつもりですが、芸風が芸風なので、気づかずに礼を失しているだろうと思います。気づいた方は、是非、遠慮なく御指摘ください。

 あっ、それとですね。よく健康相談をメールしてくる人がいらっしゃるんですが、私は医者じゃないので質問されても困るんですよ。私の本を読んだりDVDを買って練習したら体調が悪くなった・・・ということでしたらアドバイスできるんですが、自己流でいろんな健康法をやって体調を崩した人から相談されることが結構あります。

 これは基本的に病院に行ってください。自己診断するよりきちんと診療してもらうべきだと思います。

 特に幻覚を見たり幻聴が聴こえたりするのを神様のお告げだとか霊感体質だから修行して・・・なんて考えると病気が進行するだけでまともに社会生活できなくなってしまうでしょう。

 ある程度以上の症状が出て生活に支障が出るくらいになったら健康法じゃ追いつきませんよ。手遅れにならないように常識的判断をお勧めします。
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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