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セミナー参加者からのQ&A

Q.

拝啓、長野先生


執筆等でお忙しい中、ご返信ありがとうございました。

あれから教えていただいた技を自分なりにいろいろ吟味する中で、更に様々な変化技を見出せました。

一見単純に見えるシンプルなものほどバリエーションが無数に広がり、また少し角度を変えて応用するだけで非常に危険な技になりうることに気付かされました。

例えばフルコンタクト系の流派の中では「使えない」という人もいる上段受けがあらゆる流派に存在し、入門して初めて習う型なのは、実は用途のバリエーションが広範囲にわたり、かつ相手に大きなダメージを与えうる大変危険な使用方法もあるからなのですね。

秘技というのは特別な技ではなく、初級時から長年やっている基本技のすぐ隣に存在することに改めて納得させられました。

故大山倍達先生の「基本をしっかり続けた者と、いきなり廻し蹴りやミット打ちから始める者では5年、10年後には天と地ほどの差が出る」という言葉を思い出させられました。

同時に、自分の流派は約900年の歴史があるそうですが、一部の現代人のように「型や基本は実践向きでない」といった間違った解釈のもとに、失伝することなく今日まで引き継がれた先人達に感謝の念を覚えました。(冷静に考えれば、歴代宗家たるものがそんなにおバカじゃとっくになくなってますよね?(笑))

そう考えると、指導する側の責任というものを改めて考えさせられます。


前置きが随分長くなってしまいましたが、質問です。

以前、先生のお話の中で、「筋肉を鍛えすぎちゃダメ」といった内容がありましたが、具体的にどの程度筋肉は鍛えるべきなのでしょうか?

あんまりなさすぎて、なんでもないラッキーパンチみたいなボディブローやローキックで倒されるのも悲しいですよね(笑)?

自分の流派では支部によっては、この歳でもガチンコの組手で「身体で受け止める!!」みたいな我慢大会のようなコトをしており、「脳みそまで筋肉かいな!?」って突っ込みたくなるようなあまり利口に見えない練習を続けており、そういった支部に行った時はその練習に参加するため、自分もマッチョになってますが・・・(汗)

そういった練習も勿論大切だとは思います。相手と対峙してビビらない心やスタミナを養うこと、また、自分の痛みを知って、相手の痛みも知るにはいい練習だと思いますが、年齢に応じた練習方法も考えるべきだと思いつつ、果たして何歳まで対応できるんでしょうね?って客観視しているのが現状です。(自分は1ヶ月か2ヶ月に1度くらいしか道場には行かず、ほとんど週末に1人で練習することが多いので、しょっちゅう怪我することはありませんが・・・。)

お忙しい中、恐縮ですが、お手すきの折に長野先生の筋肉の鍛え方に対するお考えをもう少し詳しく教えていただければ幸甚です。

よろしくお願い致します。


草々

●●●●(ご質問者の御名前)



A.

拝復、●●様。

 感想文、ありがとうございます。

 もう応用していろいろ発見したということで、役立って良かったです。

 確かに、上段受けに類する技は、形意五行拳の炮拳や、太極拳の左右せんさ等々、拳法系の技には多くありますし、剣術でも普通に受け技や斬り上げの技であります。

 これが単に受け止める技だと考えるから使える使えないの論議になってしまう訳で、武術の場合、受けと攻撃は陰陽一体の関係になっていると考えれば、応用法がいくらでも工夫できる訳です。

 そういう意味で、基本技だけをみっちり練習していても、戦術戦法に精通すれば技は無数に広がっていくものです。

 伝統的な武術で本当に秘伝にしていたのは、技の用法ではなくて、基本技をどう発展させるかの道筋を示した戦闘理論と稽古理論の関係性についてなんでしょう。

 現代の武道では往々にして本来の戦闘理論も稽古理論も失われてしまって、試合競技の中から使えるか使えないかを判断するものになっています。

 別にそれは間違いではないですし、スポーツとして普及することを目指した結果なんですから、納得してやっていれば問題ないと思います。

 で、御質問にお答えしますと、フルコンタクトで打ち合う試合に勝つためには、走り込みで心肺機能を高めておくとか少々の打撃技に耐えられるようメディシンボールで鍛えるとか、そういう訓練も必要でしょう。

 ウエイトトレーニングもガンガンやっておいて、砂袋を蹴り込むとか、そういう訓練もやったほうがいいでしょう。

 そうですね。並以上を目指すなら、一日3~4時間はやらなきゃならないでしょう。

 ですが、これはあくまでも、そういう試合に出て勝つことを目指す場合の話です。

 20代でヒマと体力があるなら、そういう練習をやっても構わないと思います。もし、うちの会員でそういう人がいたら、やることを勧めます。

 しかし、30代半ばを過ぎている人には勧めません。後々、障害が出てくる率が高まってしまうからです。

 40代、50代でフルコンタクト空手の試合に挑戦している人の場合、若い頃からやっているので身体が順応しているという事情がありますから、本人的には無理がないケースもあるので、特には止めませんし、若い人にも勝てるように一緒に考えているくらいです。

 でも、もし、武術を本気で追究したい人であったら、私は「そういう試合は別物だと弁えた上でなら、やっても構いませんが、それが実戦だと勘違いするくらいなら意味がないから止めた方がいい」といいます。

 どんなに打たれ強くなっても、ナイフの刃は防げません。パンチやキックで人を倒すには、相応の訓練を年単位で続けなければなりません。が、ナイフは小学生が刺しても大人を殺せます。何の訓練も必要ありません。

 誤解してはいけないのは、武道の試合は“スポーツ”だということです。殺し合いではないし、安全に競い合うことを楽しむためのものでいいのだし、そこに“実戦”なんか考えるのは大きな間違いです。勝ち負けに必要以上に拘るのも愚かしいことです。

 過剰に実戦的な試合ルールを模索すれば、安全性を損ない、身体障害者や事故死する者を量産し、人間の野獣性を刺激して知性を摩滅するだけのことだと思います。

 プロ格闘家が暴力事件を起こしたりヤクザの用心棒をやっていたとかいう話を耳にする度に、私は暗澹たる気持ちになります。要は、知性と理性を磨かないで肉体の暴力性を満足させることしかやっていないから、精神をコントロールできなくなるのです。

 そんな訳で、私は、武術は他人と腕前を競うものではなく、もし、戦う場合は相手を殺傷する覚悟をしなければならないものと考えるようになっており、御質問の内容に関しては、「そんなことはどうでもいいじゃない?」としか思えないのです。

 試合や組手で勝ちたいのであれば、その競技ルールの中で切磋琢磨して導き出された努力・根性・我慢でいいのではないか?と思います。

 実際、私がそういうルールでやっても勝てないだろうと思うし(40過ぎたメタボ腹親父が勝てるような、そんな甘いもんじゃないでしょう)、そもそも勝ちたいとも思わないので、最初から参加しないだけの話です。やりたい人がやればいい。

 私のいってることがお解りでしょうか? 私は強くなりたいとは思っていますが、それは格闘の強さではなくて、全人格的な覚悟を決める強さであって、他人と比較できるものではありません。

 他人と腕前を競って勝ちたいという気持ちは、要は「エバリたい」というだけの話で、虚栄心以外の何物でもないので、そういう自分の虚栄心を満足させたいがために闘う?というのは、何だか、物凄く精神的に見苦しいように思えて気が進まないのです。

 苦難に挑戦する逃げない心の強さを自らに課すというのなら理解もできますが、それなら一回やれば十分ではないでしょうか? 何度も何度も繰り返すのは、単純に相手をぶん殴って圧倒する快感を求めているに過ぎないでしょう。それは武術の求めることじゃないですよ。

 競技することはスポーツであり、スポーツには自ずと年齢の限界というものはありますから、それを無視するような魔法のトレーニング法なんかある訳がないのです。

 競技内容によってはかなりの年齢までやれるスポーツもあるかもしれませんが、武道や格闘技にそれを期待するのはお門違いでしょう。

 私が「70の爺さんでも勝てる武術」を目指しているのは、競技の場ではなくて、ストリートでの護身を念頭においたものです。体力体格に頼れない者が技と戦術で暴力を駆逐することを目指しているので、はっきりいって、筋トレに励まねば使えないような技はアウトです。

 実戦はスピードが第一です。相手より先に目潰し食らわせて、相手が殴りかかってくる寸前に膝関節を蹴り折って、相手が胸倉掴んできた瞬間に金玉を引き千切る。それが武術の戦闘法であって、ただの一発ももらってはいけません!

 理想論ではありません。基本中の基本的考え方です。

“ただの一発がナイフの刃であったら”、こちらがオダブツになってしまう恐れがあるからです。

 一瞬で殺せる技・・・これが武術の求める技であり、それ以外はすべてフェイクで、使いものになりません。私が求めている武術の“実戦技”とはそういうものですから、筋肉をどう鍛えて・・・なんてことはまったく考えていません。強いていえば、人間の反応速度をいかに超えるスピードを出せるか?ということくらいです。

 再三、書いてきているように、私は直立して立てる程度の筋力があればいいと思っているので、筋肉を鍛えて膨らませるくらいなら減らした方が重心移動がよりスムーズになっていいと思っているのです。

 だから、強いていうなら、「力を入れて鍛えちゃダメ!」ですね。徹底的に力を抜く。抜いて抜いて抜きまくる。そして柔軟なゴムのように全身を使って体内の重心移動を加速させる。このほうが圧倒的な威力が出ます。相手の打撃力も分散吸収するので少々の突き蹴りは威力が殺されて効かなくなります。いわゆる「内功が練られる」という状態になるのです。

 皆さん、誤解しているのは、相手の打撃力に耐えられるように筋肉を鍛える必要があると思い込んでいることです。

 打たれ強さにはブ厚い鉄板みたいに筋肉を鍛える方法と、衝撃を吸収するポリマー樹脂みたいな弾力のある身体の使い方の大別して二つあると思いますが、私は後者を選びます。

 従って、極力、筋肉は鍛えません。ひたすら全身を練り込んで、相手の打撃を食らった瞬間に威力を殺してしまう生ゴムみたいな身体(筋肉も含む)を作るように目指します。

 交叉法も、相手の突き腕、蹴り脚にこちらの差し手を擦りつけるようにして威力を殺し軌道を外させつつ、こちらの差し手をそのまま打拳にして筋肉で覆われていない弱い箇所を狙撃するのが基本的考えです。攻撃が防御を兼ねているのです。

 それに、相手の攻撃を受けて耐えることを考えるのは危険で、戦術的に考えるなら、フットワークで躱した方がずっといいのです。そして、フットワークで躱しながら死角に回り込んで打つ。これはもう打撃技の芸術ともいわれるボクシングが証明していますからね。

 運足ができないから筋肉武装しなければならなくなるのです。顔面パンチが認められる試合だったら、通用しなくなるでしょう。

 けれども、運足ができるようになるのは時間がかかるので、試合は試合向けに練習したほうがいいでしょう。

 フルコンタクト空手の試合に挑戦する人には脱力技法や運足も指導していますが、長年の体癖で、十分にこのやり方を体得できてはいませんから、現時点ではまだ芳しい成果は出ていません。戦闘法を変えるのはそうそう簡単にはいきません。10年20年と同じことをやっている人なら尚更です。

 もっとも、私の武術の理想を要求しても要求に応えられる人なんか現代では無きに等しいでしょう。だから、スポーツとして武道に取り組み汗を流して互いを高め合うのも健全でいいではないかと思っていますよ。その一割でも手助けできれば恩の字です。

 私は自分の考える武術の理想像を本質的に理解してくれる人がいるとは期待していないし、押し付けるつもりもありません。でも、「武術というのはこういうものです」と、生涯いい続けていくつもりです。たとえ誰にも理解してもらえなかったとしても・・・。


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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