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7月セミナー“読み”について

 早いもので、2009年の月例セミナーも半ばを越えました。

 先月、先々月はクエストさんから出る新作DVDの特典映像用にセミナーの様子を撮影してもらいましたが、今回は撮影はありません。

 どうしてか?と言いますと、今回の“読み”に関しては、あまり表だって公開したくないからです。

 数年前まではかなり制限していましたし、ある程度、セミナーなどでも公開するようになっても、やはり、なかなか理解し難いみたいです。

 私が武術の最大の研究テーマとしてきたのも、“交叉法と読み”だったんですが、これは技術としての形式で覚えようとしてしまうと応用が利かなくなる恐れもあります。

 恐らく、これまで指導してきた中でも一番、伝わり難いものだったのかもしれません。

 どうしてか?と言うと、現代の武道では交叉法も読みも、ほとんど失われかかってしまっているからです。

 個人的に体現している人であっても明確な説明ができず、“気”を察知する・・・とか、呼吸を盗む・・・とかいった、甚だしく抽象的で曖昧な言葉でしか説明できなかったからです。

 例えば、U先生のやって見せている空手の技は、私から見たら交叉法そのものです。読みのレベルが高いから名だたる空手家、格闘家を一瞬で制してみせている・・・と解釈しています。

 交叉法は簡単に言えばカウンターです。

 ただし、単純に拳でタイミングを合わせて突くだけではなく、交叉ずれ込み突き・交叉巻き込み突き・受け同時合わせ突き・・・等々を、拳・貫手・掌・肘等を用いて変幻自在に打ち込みます。

 無論、手技だけでなく、蹴り技や、受け崩し技、いなしての投げ、瞬間の逆技、関節挫き技・・・等々もカウンター理論で用います。

 あの生前から伝説的な名人と噂されていた大東流の佐川先生の合気技の連続分解写真を見ても、典型的な交叉法を用いて接触した瞬間に合気を施していることが判ります。

 素手だけでなく、剣術や棒術であっても、理論構造的には同じ原理です。

 私は剣道は少しやったことがありますが、剣術や居合術を本格的に修行した経験はありません。無刀捕りなども習ったことはないのです。

 しかし、交叉法と読みを原理から探究していく過程で、勝手にこなせるようになっていったのです。

 正直言って、読みができればスピードは必要なくなります。

 相手が攻撃しようとする意欲が動けば、それは外見の変化として現れます。

 桜井章一氏は、それを“違和感”と表現していましたが、これも抽象的に過ぎるでしょう。

 心の動きは眼球の動きに現れます。それを察知されないようにしようとする訓練をしている人間は、自然に目を細めた半眼になります。

 こういうタイプは技術的に相応のレベルにあると判断して間違いないでしょう。つまり、自分の心をコントロールすることで身体操作に支障を来さないようにしているからです。


 人間は、イライラすると貧乏ゆすりをしたり、人と話す時に目線を外したり口元を押さえる癖があったり、心の動揺はよくよく観察すれば必ず外部から発見できます。

 だから、“読み”というのは、そんなに神秘的に解釈する必要はないのです。

 ただ、これをマニュアル化するとマズイ場合もあります。人によって現れる癖は違うからです。

 いかにも、「私は武道をやっています」と言わんばかりに背筋をピンと伸ばして脊柱起立筋を緊張させている人が日本の真面目な武道修行者には多いものです。

 しかし、こういう姿勢を固めている人は、固めているところが弱点になることを理解していません。もっと、フワリと力まずに自然にスゥーッと背筋が伸びて骨盤が座って安定しているような人が本当にできる人です。

 また、“読み”というと、電話で話している時の言葉の響きの安定度でハラの出来具合が察知できますし、文章を読んでいても実力が推定できます。

 自分を大きく見せたがったり、必要以上に謙虚そうに振る舞ったりするタイプは未熟者です。しかも、自分の未熟さを自覚しておらず、過大評価しているタイプです。

 こういう“読み”を探究していくと、勉強すべきことは物凄く増えていきます。

 よく、読者の方や会員さんからも、「長野さんは、何でこんなにいろんなことを知っているんですか?」と聞かれるんですが、それは、“読み”を磨くためには幅広い知識が必要だと思っているからなんです。

 本を沢山読むのもTV番組を沢山観るのも、私にとっては単なる娯楽じゃないんですよね。私は常に、「武術の技能を上げるヒントにならないか?」と考えています。

 だから、発表していないだけで研究しているものは膨大にありますよ。ある程度、研究成果が確認できないと発表できませんから、同時進行でいろんなことやっているんです。

 でも、それらは全て“自分が追究する理想の武術”のためにやっていることです。もう、それさえできれば後はもういいや~と思っていますよ。

 武術は二進法でできています。0か1。

 交叉法は、0で対して、1で合わせ仕留める。一撃で倒しても連撃で倒しても、1は1なんです。1、2。1、2、3・・・といったリズムで戦うことは本来はしません。

 私は、0で対して、相手の攻撃しようとする意識の先を制して1で入って制圧する戦法をとりますが、1で入って制圧するまでに4~5発の打撃と崩しと逆関節極めと投げを一挙動で極めるのが“常”です。

 一発技を出して、受けられたら引いて、もう一発・・・みたいなやり方はしません。

 言葉にするとほとんど不可能みたいに思えるでしょうが、慣れればむしろ誰にでもできることです。筋力もほとんど必要としません。体得してしまえば、こんなに無理なく自然にできるとは誰も予想できないでしょう。

 私は、逆に通常の武道や格闘技の試合とかを見ていて、そっちの方が遥かに難しく危険なことをやっているように見えます。

 何故、あんな危険なやり方を誰も疑問を感じないで続けているんだろう? あんなやり方では体格体力に優る相手に勝てる道理がないじゃないか?・・・と、そう思うようになってしまいました。

 そして、「おかしい。本来の武術はこんな体力勝負をしていたんだろうか?」と疑問に思うようになったのです。

 では、何が最も違うのか?と考えた時、私が結論として至ったのが、“読み”だったのです。

 交叉法そのものはカウンターという形で伝わっていることは伝わっています。

 しかし、“読み”はほぼ失伝してしまっています。相手の動きを読んで制圧するという考え方そのものが失われ、相手がこうきたらこうする・・・というコンビネーション理論が主流になっています。

 よく、「相手の動きが見切れている」とは言いますが、「相手の動きが読めている」とは言わなくなっているでしょう?

“見切る”というのは、相手が動き出した“後”のことであって、“読める”というのは、相手が動き出す“前”のことなのです。

 ですから、“読み”というのは、あくまでも相手が攻撃を出す前にそれを察知することなのです。

 これが完璧にできれば、相手が技を出そうとする前にそれを出させずに制圧することが可能になる訳です。それが「先の先、先々の先を取る」という言葉の意味です。

 もちろん、こんな超能力紛いの技能がそう簡単に体得できる筈はありません。

 ですが、体得していくための方法論はあります。それは私が考案しました。今回のセミナーでは、そのノウハウを解説指導しようと思っています。

 無論、今回は極意中の極意、奥義の解説となりますから、その場ですぐに体得できる人は少ないでしょう。けれども、知らずに稽古するのと知って稽古するのでは、一年後、二年後・・・十年後に決定的な差がつきます。

 そこを考えて将来的に武術の奥義に近づきたいと思っている方の参加を期待します。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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