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八月“聴勁”セミナー報告

 まず、最初にお詫び申し上げます。

 今回のセミナーへの申し込みされた方に事務局からお返事のメールを返したところ、設定が合わなかったものか、メールが届かずに弾かれてしまったそうです。

 申し込み受諾の連絡が出せなかったので、もし当日、来られたらそのまま受付しようかと思っておりましたが、来られませんでしたので、そのままになってしまいました。

 せっかくお申し込みいただいたのに相済みません。

「申し込みが繁雑なのでは?」との御意見もうかがうことがあるのですが、武術のセミナーというものは、悪用しようと思えばいくらでも悪用できる内容のものを解説指導するので(一般の武道・格闘技で禁じ手にされている技がメイン)、やはり、一般常識を弁えた節度のある方でないとお伝えできないと思っておりますので、その点は御理解いただきたいと思っております。

 たとえ、どんなに金を積まれたとしても、その人にとって武術が害になってしまうと考えられる人には、私は教える訳にはいかないですよ。だって、素手で簡単に人命を奪うことのできるテクニックというのは、ある意味、拳銃より物騒なんですから。

 他所の道場でも自分が教えた人間の中にもいたんですが、多少、技を覚えると向かうところ敵無しみたいに自惚れて誇大妄想に陥り人格が豹変する者がいるんです。

 伝統的な武術の流派では、上の技を習っている人間には下の段階の技しか習っていない人間では、どんなに実力があろうと勝てないようにカリキュラムが作られているんですが、それは、舞い上がって増長傲慢になった者が悪さをしでかす前に始末するためなんです。

 ひどいと思われるかも知れませんが、これは流派の威信を護るのと世の中に狂犬みたいな武術者を出さないための掟なんですから、責めることはできません。

 今の時代だから私は破門にするだけですが、もし江戸時代だったら、私は増長した弟子を稽古中に事故に見せかけて抹殺したりしなきゃいけなかったかもしれませんからね。

 けれど、恐らく、今でも場合によっては殺ってしまう師範もいるかも知れませんね。伝統武術の伝授は時代によって変えてはいけないと頑なに護っている師範もいる筈です。

 もっとも、そういう階層的秘伝伝授方式だったために伝統武術はどんどん形骸化したり失伝したりしてしまったんですが・・・。

 私は25歳から人に教えはじめていますので、もう20年以上の指導歴はあります。

 教えながら技の研究をしてきた・・・という点では、常に試行錯誤を繰り返してきている訳なんです。

 既に長い歴史のある流派を習う場合は、「これが正しいやり方だ」という確信と安心感で学んでいる人が多いと思うんですが、私の場合は最初から疑ってかかって「本当にこれが正しいやり方なのか?」という疑問をもって、稽古方法や技の用法を研究してきたので、少なくとも20代後半から30代の頃は迷いまくりましたね。

 それでも、交叉法を知り、読みを追究するようになってからは、気持ちの上ではまったくブレはなくなりました。

「あっ、コレだな。これさえ解れば、後は質を高めていけばいいんだ」と確信してから流派を名乗り、そして10年が経過しました。

 自分では間違っていなかったな~と思っています。が、だから、「これだけが正しいのだ」と気張って喧伝する気はありません。

 所詮、武術はできてナンボ。どんな大層な理屈しゃべくっていても、素人のパンチに粉砕されてしまうようでは無意味ですし、まして殺意をもって襲撃してくる敵を想定する武術で理屈は無用です。

 ブルース・リーは「ドント・シンク! フィ~~~ル・・・ドゥ・ユー・アンダスタンド?(考えるな! 感じるんだ・・・解るか?)」と申しておりましたが、まさにアレ!

 前回の目付けはまだ理論付けられました。

 しかし、今回の聴勁の訓練法であるところの推手は、徹底的に感覚がものを言う世界なのです。どんな理屈を言っても感じ取れない者には何も得られないのです。

 ところが、この“感覚”というものは実に厄介で、結局、脳の誤作動であるところの幻覚・幻視・幻聴といったものに支配されると精神疾患まっしぐらになりかねない。

 いわゆる気の武道を標榜する人達には、この精神疾患の領域に入り込んでしまっている事実に気づかないでハイテンションになっている人が少なくない・・・というより“多い”のです。

 気の武道を学べば、軽度の禅病には、ほとんどの人が罹患すると言っても間違いとはならないでしょう。

 そこで歯止めをかけてくれるのが師匠の役割だと思います。

 だから、師匠の様子を見れば、その団体がまともかどうかが判ります。師匠が阿呆だったり気違いだったりすれば、弟子も必然的にそうなっていきます。

 無論、その逆の場合もあり得ます。弟子がきちんとしていたら師匠の躾の良さの証明となるでしょう。

 なので、私は人格的に問題を抱えている人や雰囲気の暗い人、人相の悪い人には教えたくありません。性格が素直で自分を変えたいと思っているのなら別ですが、武術好きな人には現実逃避癖の強い社会に適応する相応の努力をしようとしない人も多いのです。

 正直、なんで、こんなにダメ人間の巣窟みたいなんだろうか?と思ったものです。

 要するに、他人の持っていない特殊な技能を得て、一気に社会のトップステージに立ちたいという大タワケ者が武術を学びたがる例が多いようなのです。

 でもね~。そんなの勘違いもいいところですよ。そんな甘い考えで体得できる道理がないですよね~。

 確かに体力や体格は無関係だと私は自信をもって言えます。ですが、武術を真に駆使するには、人間離れした度胸が必要です。

 最低でも、「相討ちで死ぬ覚悟」くらいは必要なんですよ。

 お断りしておきますが、これは“最低でも”の話ですから、誤解しないでくださいね。

 もう、体格やら体力なんかは全然問題にならないんですよ。死ぬ覚悟してる人間って恐ろしいですよ。武術でも、生きる死ぬの不安や恐怖を一瞬に払拭できる悪魔のような精神力があるからこそ、相手を虫けらを潰すみたいに対していくから、可能になる訳。

 生まれつきそういう精神力の人もいますし、大昔は沢山いたでしょう。が、今の日本でそういう精神力のある人は稀れでしょう。暴走族とかヤクザでも滅多にいないと思いますよ。そこまでハラの座ったヤツは・・・。

 考えてみてください。

 刀剣で斬り合ったりする技を工夫するのって、恐怖心があったらできないですよね?

 でも、昔の侍にとっては当たり前のことだったから、それができた。必要とあらば相手り心臓を突き刺し、首を斬り落とすことができる前提で、剣術が工夫されたのです。

 私が剣術や真剣にこだわる理由がよく理解できない人もおられると思いますが、これは、生き死にを扱う技を、生き死にを決めることのできる得物を用いて修練することで、今の単なる技比べしか考えない人達に絶対的な精神力を得させていきたいと考えているからなんです。

“武術=身体操作”という風潮に私が批判的であり続けた理由が、「現代日本で武術を真に役立てるのは精神力の養成以外にあり得ない」という考えがあったからです。

 ですが、武術=精神というと、単なるシゴキと根性主義へと誤解されていってしまう。

 それでは精神力の養成にはならないんですよ。むしろ、逆に精神を鈍感にして“鈍重さ”を忍耐力と勘違いしているだけです。

「真剣にやれ!」って言葉は、「真面目にまっすぐに物事に取り組みなさい」という教えだと思う人が多いと思いますが、重大な要素が抜け落ちているんですね。

「真剣にやれ!」というのは、「真剣にかけてやれ!」という意味で、つまり、「失敗したら切腹して責任をとれ!」という意味なんです。

 うちの会員さんがブログで酔っ払い議員の中川さんが断酒宣言しているのに怒っていましたけれど、こういう場合は「失敗したら俺はハラを斬る」と宣言するくらいの気概を示してみせなきゃダメですよね。

 言葉で何を言おうと、政治家が真剣に考えているとは国民はもはや思えないでしょう。

 それはそれとして、私が本当に伝えたいのは武術は精神力を無視したら体得できないということです。

 そこで、今回の推手のやり方は、すぐに目を瞑って「考えるな。感じるんだ」の世界を味わうようにしてもらいました。

 それから、ブログで書いていた観念運動の実験もやってみましたが、タコ糸で五円硬貨を吊るして腕を延ばしてリラックスして持ってもらい、左右に揺れたり回ったりする様子をイメージしてもらい、硬貨の動きを見てみたんですが、驚いたことにさっぱり動かない人が半分くらいいました。

 この訓練法は催眠術(自己暗示)の初歩訓練なのですが、どうも、気の技は暗示でかかってしまうから暗示がかからない方がいいと思っている人が多いのかも知れません。

 ですが、この場合は自在にイメージするだけで動かせた方がいいのです。

 どうしてか?というと、それだけ自分の身体がリラックスして意識と結びついていることになるからです。

 つまり、これが動かないということは意識と身体が繋がっていないということを意味するのです。

 単純に言えば、リラックスできていない。そして、脳のイメージ力が弱いということです。

 こういう人は自分の身体の細部を有機的に細かく使うことができませんから、技も力任せになり相手の攻撃にも鈍感・・・ということになってしまうのです。

 加えて言うと、身体の局部に瞬間的に重心を集めて打ち込む抖勁も使えないでしょうし、合気的に相手の加えてくる力の圧力の微細な変化を読んで受け流すことも下手。

 高度な技はえてして鈍重なタイプには通用しません。ですが、鈍重なタイプは全身スキだらけなので単純に急所を打てば倒せるのです。

 ここを勘違いして力任せで戦ったりする人が、特にフルコンタクト空手の試合を見ていると少なからずいます。

 試合だからさして問題となっていませんが、こういう戦い方を標準装備としてしまうと、別の戦い方の餌食になってしまうでしょう。

・・・ともあれ、観念運動をやらせてみてはっきり判った問題点は、今後の指導の指針としたいと思いました。

“読み”というのは相手の身体の表層に出てくる変化から心の変化を読み取るものですが、その身体内部の動きと心の動きを知るためには、まず、自分自身の身体内部の動きと心の動きの関係性を自覚しておかねばなりません。

 そのために観念運動の訓練をやってみていただきたいと思います。

 今、定期稽古会でも心法技術からの武術の技の展開を考えて指導していますが、普通に長く武道や格闘技をやってきた人でも、まったく初めての経験だと言われます。

 ですが、実は、ここを知識として知ると、従来の武道の稽古の奥に隠れていた意味合いが読み解けてくるのです。

 例えば、ある会員さんは「自分は空手を長くやってきましたが、空手には推手のような訓練法がないので・・・」と話されたので、「それは違いますよ。空手にもカキエー(掛け手)という訓練法があります。あれを柔らかくやれば推手と同じです」と話しました。

 要は、気づかないうちに実は同じ原理のものをやっていたりするんです。

 これは日本剣術にもあるし、合気道にもある。中国武術では太極拳だけでなく、形意拳、八卦掌、意拳、詠春拳、白鶴拳等々にもあります。

 手法は違っても原理的に見れば同じところから流儀の戦闘理論に沿って変化していったと考えて良いでしょう。

 どんな流儀も行き着く頂点は同じになっていくものです。

 先日、新体道の青木先生とお話していて、「どんな流儀でも合理的な技を工夫していけば最終的には同じようなものになっていってしまう」という話をされていました。

 私は多くの流儀をパクッていますから、自分で使う場合はなるべくオリジナルになるようにしようと考えてきていましたが、結局、独創したつもりでも既にどこかの流儀にそっくりそのままあったりするんですね。

 例えば、猪木が始めて広まった骨法の浴びせ蹴り。アレも、『空手バカ一代』の映画版で千葉ちゃんが石橋先生に決めていましたから、堀辺さんはこの作品を見てパクッたんじゃないかな~?

 が、備中伝竹内流柔術の稽古を取材した時に、技の流れの中で隠し技として浴びせ蹴りのような決め方をやっていたりして、おお~っ!と思いましたね~。


 無論、似ているけど原理は全然違う・・・という場合もありますが、それは少ない例ですね。

 なので、最近はもう独創にはこだわらなくなりました。より合理的と思う技を追究すればそれでいい。オリジナリティーにこだわって糞の役にもたたない改変をしても化けの皮が剥がれたら恥をかくだけです。

 推手も、推手のための練習になったらつまんないので、どう武道・格闘技に活かすか?と考えて、差し手からの推手や、構えを崩して封殺していく推手のやり方を指導してみました。

 この辺りのやり方はすべて自分の経験を踏まえて作ってきた“招法(仕掛け技)”なんですが、伝統武術では最も秘伝にして教えない部分みたいです。

 だから、私は原理的に考えて自分で工夫しましたからね。「こうやられたら人間は反応できなくなる」とか、「こうされたら反射的に力んで居着く」とかいった生理的な反射運動の逆手をとって考えていったんですね。

 すると、SATマガジンのイチロー・ナガタさんの考案したタクティカル・ペン“クナイ”の護身術解説文のところで、説明はしていなかったんですが、「こうすると相手は反応できなくてバスバス、入る・・・」みたいに写真のキャプションに書かれていて、「ははぁ~、こうやったんだな~?」と、私はニヤニヤして読みましたよ。

・・・おっと、これは無料で教えるのはもったいない。ヒミツにしとこうっと・・・。


追伸;相模経済新聞第1251号に取材記事を載せていただきました。相模原にお住まいの方はよかったら読んでみてください。上溝駅近くの中村書店、相模大野駅南口のブックスアミ、渕野辺駅北口近くの宝月堂などで販売。月三回発行で一部二百円とのこと。

追伸2;台風に加えて静岡での地震。どうも今年は天変地異の前触れなのかも?という気がします。世の中が乱れ、自然も乱れ、人心も乱れる・・・こういう時こそブレない心が必要なのではないか?と思いました。また、災害に遭われて命を落とした方々の御冥福を祈ります。

追伸3;のりピー、逮捕されちゃいましたね~。でも、不起訴になるんでしょうか? 事務所の社長さんの憔悴した顔を見ると、本当にクスリに手を出したら大変なことになると思いましたね。CFやアルバム、広報映画・・・経済損失の額を聞くと、あらためて酒井法子という人はここまで活躍していた人だったのか・・・と感慨深くもあり、また、物悲しくもあります。軽い気持ちで手を出して人生を台なしにしたんだから・・・。

追伸4;シダックス橋本駅前店15日(土)はお盆休みになりますので、宜しく御了解ください。日曜日(16日)の定期稽古会はいつも通り、朝10:30に渕野辺駅集合で予定通り行います。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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