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10月セミナー“武器術と体術”

 いや~、一年が経過するのは早いものですね~? もう10月ですよ。月例セミナーも10回目ですからね~。残すところは後、三回です。

 さて、10月のテーマは武器術と体術の連環技法についてです。

 私は、最初に習った武道が剣道だったからか、基本的には素手の拳法とか合気道とかが向いているとは思うんですが、それと同時にいろんな武器術も体得しようと練習してきました。

 結構、空手から入った人だと武器を使うことに抵抗感が強いみたいで、「武器を使うなんて卑怯者のやることだ。空手は徒手空拳で武器に対抗する武道なんだ」と言う人が多いみたいです。

 この考えは武術の本質からすれば“完全な間違い”です。“一点の正しさ”もありません。絶対にこのような考え方は改めるべきです。

 んっ? 何、独善的? 「空手道は君子の拳。手に何も持たず徒手空拳で行うものである」と先人が言っている?

 ん~、そりゃ、間違いですね。どんな立派な人物が言ったとしても間違いは間違い!

 格闘技なら解りますが、武術は武器の存在を前提で考えなければなりません。それを無視すればもう武術ではないのです。

 ならば、問います。空手は何故、身体を鍛錬するのですか?

 はい、それは、“五体を武器化するため”です。そうですね?

 じゃあ、なんのために武器化するのですか?

 敵を倒す威力を得るため? まあ、そういうことですね。いかに護身術と言っても、襲撃してくる敵を撃退できなかったら意味がありませんからね。

 でも、単純に考えてください。要するに、薩摩藩の統治時代の禁武政策で武器を持つことが許されなかったから、他に方法がなくて肉体そのものを刃物に優る武器へと変えるしかなかった訳でしょう?

 つまり、空手が徒手空拳なのは、方便なんですよ。方便を理念にするのは誤解を与えるだけです。

 と、いうことは・・・武器が持てるのなら持った方がいいのだし、素手に拘り過ぎるのは不合理な考え方なんですよ。

 そもそも、突き蹴りだけしか空手にないと思い込むのもおかしい。逆・投げ・絞め・急所攻めといった多彩な技があるのだし、まして、琉球古武術には棒(棍)・ヌンチャク・トンファー・釵・ウェーク(拐)・スルヂン(分銅鎖)・ティンベー(亀甲楯)・ローチン(短槍)・鉄甲(メリケンサック)・二丁鎌といった武器術が伝承されているではないですか?

 この現実を無視して“空手道は徒手空拳で武器を用いない”と決めつけるのは不合理極まりないし、少なくとも海外の修行者は納得できないでしょう。

 ここ数年、少林寺拳法は、中国少林拳とは無関係で日本で生まれた武道であると明言するようになりました。現実に即して不合理な主張に拘泥することを止めた訳です。

 空手界も少林寺拳法を見習うべきだと思いますね。

 最近、読んだ合気道の本で井上強一先生が蹴りを使ったところ、「合気道に蹴りはないんじゃないのか?」と文句を言われて、「実戦は何でもアリだよ」と答えたとかいう話が披露されていました。

 これですよ。この柔軟な発想が武術家の考え方なんです。

 大東流の佐川幸義先生も、ボクシングや空手、相撲を研究し、独自に合気拳法を工夫していたと高橋賢先生からうかがいました。

 実戦合気道家として有名だった塩田剛三先生が若い頃に中国で実戦を経験した時は、ビール瓶を割って、そのギザキザの切り口を相手の顔面に突き刺してグリグリえぐってやったそうです。

 これですよ。武術というのは臨機応変にどんな卑怯で残忍な真似やってでも生き残るという毅然とした覚悟で戦わなきゃ~ダメなんですよ。命がかかってるのに卑怯な真似はせん!と言ってるようじゃダメなんです。

 そういえば、うちの研究会も分裂騒動があってから公園で教えるようになった頃、私が廻し蹴りとか蹴り技をいろいろ出すようになったら、「遊心流には廻し蹴りもあったんですか?」と、ある会員がびっくりしていました。

 別に効果的だったらどんな技使ったっていいんですよ。武術だから廻し蹴り使っちゃダメって訳じゃないでしょう? あっ、そういえば廻し蹴りは使っちゃダメって言ってる武術家がいるんだっけ? まあ、よそ様にケチつけるのは止めとこう・・・。


 ちなみに、私は綺麗なこと言う武術家なんか大っ嫌い! 嘘つけ!って思うだけ。人間が戦うことがそんな綺麗な訳ないじゃないか?って思う。世の中で苦労したことないのか、お前は?と言いたくなりますよ。

 通り魔とか子供を虐待して殺すヤツとか、そんなヤツに遭遇したら、ぶっ殺してやる!と決意して突撃してやらなきゃ~、武術修行した甲斐はないと思ってますよ。

 君子危うきに近寄らず・・・って、要するに利己主義の考えでしょ? テメーだけ傷つかなきゃいいんですか? それって男の考え方じゃないでしょ?

 私は、義を見てせざるは勇無きなり・・・って言葉の方が好きですね~。昔の自分が勇気がなかったから、そのミジメさを払拭したいだけかもしれんけど、理不尽な真似を見たら、「止めなさい」と言える男でありたいですよ。

 でも、蛮勇じゃ、人を助けたりできません。助ける能力がないと無理。

 素手だけの武道や格闘技では現実にナイフ振り回している暴漢を制圧するのは難しい訳ですよ。まして拳銃出されたらお手上げですよ。

 いろいろ試してみたけど、無理ですね。武器には武器で対処しないと・・・。

 ヨーイ、ドンで互いにつかみ合ったり殴り合ったりして「護身術です」って言われてもね~。困るでしょ? もし、相手が刃物握ってたら、どうするんですか? 相手を失神させたけど自分は出血多量で死んじゃった・・・では困るんです。

 自分が武器を使えれば、その欠点や限界も解る訳です。だから、対処法も考えつく訳ですよ。仮に奪って使うこともできる。

 海外で日本人が殺された事件をTVで見る度に、「この人達に護身の意識と技術があったらな~」と、胸が痛くなりますよ。

 でも、例えば、ライフルとショットガンを見分けられる日本人は相当少ない。日本では狩猟用のボルトアクション・ライフルか二連式ショットガンが多いですが、ボルトアクション・ライフルは装填して一発しか弾丸が出ないけれど、ショットガンは散弾といって小さいバラ弾が一度に沢山出る。

 しかし、もし自動式だと、引き金引けば次々に弾丸が撃てる。

 こうしたことは銃の機種からシステムを知っていないと対処できないでしょう。

 もっとも、こんなことをいくら言っても武道やっている人の大半が、本気で護身については考えていないんですよね。この国は・・・。

 私はね~、そんな武道はやる気がしないんです。自由組手やって強いの弱いのと言って楽しむだけのスポーツはやる気がしないんです。

 空手家や柔道家が暴漢のナイフで命を落とした事件がいくつもあります。基本的には油断したから殺されてしまった訳ですが、はっきり言うと、武器で襲ってくるという想定が頭の中になかった点に問題の本質があると思うんですよ。

「俺は強い」と思っているから素手で立ち向かい、素人の隠し持っていたナイフで命を奪われた訳ですよね。自信が墓穴を掘ったんです。

 私は、基本的に自分が大して強くないことを弁えています。素手では敵が複数だったり武装していたら対応できないと思っている。

 だから、武器術はすんごい研究してますよ。六尺棒・杖・半棒・刀・脇差・短刀・薙刀・槍・弓矢・鎖鎌・三節棍・九節鞭・八斬刀・鴛鴦鉞・子母峨嵋刺・鉄扇・手鉤・寸鉄・手の内・角指・隠剣・万力鎖・南蛮千鳥鉄・ヌンチャク・トンファー・カリ・釵・竜泉剣・双剣・棒手裏剣・車剣・・・etc.

 真剣を買うのも、万が一、本当の実戦をやらなきゃならなくなった時のために、実戦に用いることのできる刀を選んでいます。

 もちろん、ナイフ術やコンバットシューティングの研究もしています。知識だけなら毒薬とかその手のことも一通り知っていますよ。

 こういう知識は知っていても、恐らく一生、何の役にも立たないとは思うんですけれど、武術研究上は無視する訳にはいかないと思っています。

 オウムはVXガスだのサリンガスだのまで使ったじゃないですか? 全共闘世代のオヤジ達は火炎瓶投げてゲバ棒振り回してたでしょう?

 人間は本気で暴力を解放する時は武装に歯止めは利きませんよ。だから、武術を志すなら、戦いに備えて誰よりも研究しておくべきだと思います。それこそ軍隊の特殊部隊で教える以上の内容があるべきだと思っています。

 よって、素手の体術はむしろ武術の基礎基本でしかないのです。その応用発展は武器術にあります。

 だからこそ、「遊心流の根本は居合術である!」ということを今後はいうつもりです。

「えっ? そんなこと、俺は一度も習ってないよぉ~?」と思った会員さんも多いと思います。

 そうです。居合術を根本にしたのは、つい最近のことなんですよ。

 交叉法と読み。この遊心流の基盤である理合を養成するのに、居合術ほど適した武術はありません!

 それも、遊心流居合術の特徴は、「構えない!」という点にありまして、これは素手の体術と同じく、不意の襲撃に無構え(刀の鯉口も切らず柄も握らない)の状態から一瞬に反応して抜刀、斬撃!という超速瞬殺居合術こそ極意であるという確信によって考案したものなのです。

 これを練習していれば、素手で対応するのはもっと簡単であり、知らない間に無刀捕りもできるようになる。

 無刀捕りができればチンケなナイフや金属バットなんか恐れるに足らず! 素手のパンチやキックなんかカタツムリが這うに等しい・・・。

 この反応力の養成こそが居合術の真骨頂なのです。

 そして、居合術に慣れれば、剣術・棒術からピストルの抜き撃ちも自在にできるようになります。

 また、今、研究中なのは、咄嗟にベルトを引き抜いて居合術のように使うことができないだろうか?ということです。

 何しろ、チビたナイフすら持ち歩くのは御法度の世の中。護身用になるのは日常的に持ち歩くことのできる物に限られる訳です。

 海外では護身具の開発が真剣にされていて、クボタン(キーホルダー型の打撃武器)やタクティカル・ペン(刺突用ボールペン)が多く開発販売されています。

 最近は、スパイキーというイスラエルで考案された護身具を使う護身術も普及活動されていますし、日本人ガンファイターの草分けイチロー・ナガタ氏が考案した“クナイ”という名前のタクティカル・ペンも販売されています。

 私も老人や女性の護身を考えた場合、素手で倒す技能(特に威力)を体得するのは難しいので、その分を補う護身用に持ち歩ける武器の研究をしてきました。

 傘・ステッキ・扇子・ペン・・・等々。

 これらを使いこなすには、棒術・剣術・隠し武器術を稽古しておけば、似たような形の物を咄嗟に応用して使いこなすことができるでしょう。

 そして、武術では元々、こういう武器の使用法については長い歴史の中で相当に研究されてきているので、現代で考えられたものより効果的なものもあるのです。

 今回のセミナーでは、剣術と武器術、それにナイフ術とピストル術などについての基本的操作法と、それらの武器術を体術と応用連動させて用いる技について解説指導しようと思います。

 木刀を持っている人は持参してきてもらうと有り難いのですが、こちらでもある程度の数は用意します。

 特に、昨今の通り魔事件などでも多いナイフに対する対処法は、よく理解しておいて欲しいと思っています。

 よく、ナイフ術の教本にはナイフを持ってもう片方の手を掲げて構えたりしていますが、こういうやり方は自殺行為でしょう。

 ナイフ術の最も基本にして効果的な用法は、相手の手首の内側を切り払うことです。

 絶対に手を挙げて構えてはいけません! プロのナイフ使いは相手の手首の血管を切って、後は間合を保って牽制するだけ。時間が経過すれば失血して致命傷になります。

 その他、内股の血管を切られても致命的です。首の血管だとまず助かりません。

 こういう事情は素手の武道しかやったことのない人間や、防具で守られた剣道家は往々にして解っていません。が、古武術では鎧の隙間を狙う剣法として当たり前でした。

 単調に突くだけだったら手を挙げておいても大丈夫かもしれませんが、そこまでボンクラを想定して練習していたら逆に危険でしょう。

 至近距離だとナイフはピストルより怖い武器です。システマのナイフ捕りは見事ですが、それはナイフの構造を熟知しているからできることでしょう。

 畳針一本でも急所に的確に刺せば簡単に命は奪えるのです。

 松田優作主演の『蘇る金狼』では、優作が砂を詰めた靴下でJJサニー千葉を殴って失神させたりしていましたが、これがかの有名なブラックジャックという軟打撃武器の簡易版です。

 優作は、他にもスリングショット(パチンコ)を使ったりしていましたが、ちょっと工夫すれば我々の周囲に武器になりそうなものはいくらでもあるのです。

 育毛スプレーなんかも目潰しにもってこいですよ。どうしてか? トウガラシチンキが入っていたりするからですよ。これは目に染みますよぉ~。

 また、周囲に武器になりそうなものが何もない場合にはどうするか? 心配御無用!

 五体を武器にすればいいのです(空手だっ?!)。

「こんなのは使えない」と言われていた様々な拳形の使い方も、謎解きします。「拳はこう握らねばならない」と思い込んでいる人は目からウロコがボロボロッとなること必定ですよ。

 沢山の御参加を待っています。もちろん、まったくの初心者も大歓迎です。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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