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批判と誹謗中傷は違う

 あ~、本格的に金欠だっ。ローン払う金もない。・・・こうなったら、仕方がない! 最後の大技“現金玉”を今年もやるか? 「みんな~、オラにゲンキンを分けてくれぇ~っ!」

・・・ふぅっ・・・、流石に去年、この技(ギャグ?)使ったから、今年は無理か?


 日曜日の定期稽古会も、また試練の季節を迎えてきました。

 そう、“冬”です。

 南国育ちの私は、冬がとっても苦手なのです。

 まだまだ秋になったばかりのように思って、「一年のうちで一番気持ちよくやれる季節
なんだよな~」と思っていたら、25日は妙に寒くなって、しかも小雨が降る中での公園の練習ですから、ちょっと参りましたね~。

 これから寒くなると思うと、ゲンナリするな~。でも、日曜しか参加できない人もいるからな~。あ~、冬を飛び越して春にならないかな~?


 ここのところ、差し手からの展開をいろいろと研究しておりまして、ちょっと前までは推手を研究していたんですが、また一巡りして差し手の研究をしている訳です。

 ちなみに、差し手という言葉は太気拳の言葉です。

 太気拳では高等戦術の技として重視されていますが、ごく一部の師範しか十分に使えない難しい技とされているように聞いています。

 技のメカニズムからすると、小野派一刀流の切り落としや、六合大槍のラン・ナン・チャーの原理を手から前腕にかけてやるものと理解してもらえばいいと思います。

 私は、この差し手の技術を“武術の普遍的な戦闘理論を成功させる重要な招法”として位置付けて研究しているのですが、その過程で、「空手の正拳突きは何故、腕を捻るのか?」ということの意味に気づき、実験を重ねて、「どうやら、これで間違いないだろうな」と考えるようになりました。

 無論、私が間違いないと思っているからといって、これが絶対に正しいのだと主張するつもりもありませんし、逆に言えば、よそ様から「長野が言っているのは嘘だ。あいつが勝手に言っているだけだ」と言われても、「はいはい、確かに私が勝手に言っているだけですよん。でも、実際に効けばいいんじゃないっすか? 私は実際に効くか効かないかを研究しているだけですよ~ん」と、お答えするだけの話です。

 で、この日は、空手の稽古で最も基本となる正拳突きの動作で差し手するやり方を練習しました。

 極力、腕の力を抜いて、スワイショウのように骨盤をキュンッと回転させることで腕そのものをほうり出すように突き出す・・・と、腕は自然に適度に捻り出される。

 その腕がブルンッと捻りながら弾き出される時のエネルギーは、鞭がビュッとしなるような勢いと同じで、相手が突いてきた腕の軌道を弾き逸らしながら、自分の突きはピシッと相手の顔面寸前に止ま・・・あっ、当たっちゃった!・・・スンマセン。勢いつき過ぎて止めるの難しいっス・・・。

 適度に勢いをセーブしながら練習してもらいましたが、コントロールが難しくて、皆、ボコッ、ボコッ、スイマセ~ン!と・・・「先生、これ、怖いですよ~」と言いつつ、何とか練習を続けてもらいました。

 ちなみに、この正拳突きは、腰をキル動作の次には突きがパシュッと突き終わるような具合に見えるのが理想です。

 更に言うと、突きが相手に接触したところから腰をキル動作をやっても威力が伝達するところに特徴があります。

 これ、要するに0インチパンチ(零勁)なんですね。

 でも、構造的にはごく普通の正拳突きなんですよ。ごくごく当たり前の正拳突きを、基本に忠実に“脱力して重心移動で打つ”と意識してやっただけです。

・・・っつうことは・・・「正拳突きは発勁であり、本質的に拳の加速距離を必要としない突き技である」ってえことになるんですよね~。

 私がこれに気がついたのは結構、昔(十年以上前)なんですけど、この突きの性質から戦闘理論を再検討するのには差し手の研究が不可欠で、それは三、四年前くらいからですかね~?

 アスペクトの二冊目の本が出た辺りから研究し始めて、理論的に確立したのは、丁度、会の分裂騒動があった半年くらい後になるでしょうか?

 差し手を初めて観たのは、躾道会の小林直樹先生が「僕はとても実戦で使うなんてできないけれど・・・」と言いつつ、門弟の突きに合わせて擦り逸らすように差し手で合わせ突きされていたのを観せてもらったのが、確か、最初です。

 その後、小林先生の御紹介で、至誠塾の高木康嗣先生をムック本の取材でお尋ねした時にも、実演してくださったように記憶しています。

 高木先生は、非常に気さくなオープンな性格の先生でしたし、意拳を研究して太気拳の稽古法を新たにシンプルに理論化されていました。

 中心軸の理論を基盤として、運動生理学的な誰にでも理解しやすい稽古理論を独自に確立されていて、当時の私は大いに感銘を受け、本の出版企画を高木先生に打診したものでした。

 そして、高木先生の監修で私の最初の著書が出たのです。

 が、この本に関しては、実をいうと後悔しています。高木先生の理論は高木先生御自身の言葉で語るべきだったのであり、私は他人の褌で相撲を取るような恥ずかしい真似をしてしまった・・・という気持ちが残り、正直、高木先生には申し訳なかったと思っています。

 むしろ、完全にゴーストライターに徹して書くべきだったのだと思っています。

 実際、その後、高木先生は門人の方の筆で新たに本を出しておられますし、内心では良くは思われていなかったでしょう(無論、そういう文句は私には言われませんでしたが)。

 それから後も、ライターのみの仕事も三冊こなしていますが、私は無意識にも自己顕示欲が働いてしまう性格なので、ライターの仕事は向かないな~と痛感するばかりです。

 けれども、高木先生との縁で勉強させていただいた事柄は、今でも游心流の核の中に入っており、特に立禅・試力・這いの練習法のベースは、高木先生に学んだ影響が大きいものである・・・と、自信を持って明記できます。


 いや、突然、何故、高木康嗣先生に学んだということを強調して書いているのか?と、いぶかしく思われるかもしれませんね。

 実は、稽古後にファミレスでしゃべっている時に、会員から、「至誠塾の人が長野先生の本かDVDについての感想をブログで書いていたんですが、すぐに削除されていました」と聞いたからなんです。

 私は相変わらずパソコン使えないし携帯電話も自分や関係者のブログをチェックするだけしか使えないので、もちろん、その文章は読んでおりません。しかも、削除されたそうなので、もう何が書いてあったのかはわかりません。

 けれども、これは想像なんですけれども、その方は、私の本やDVDを見て、「こいつ、高木先生から教わったことを隠して自分が考えた理論のように書いているのはけしからんヤツだ!」と義憤にかられたのではないかな~?と思えるのです。

 游心流を名乗った初期の頃は、私は自分が学んだり、示唆を受けた先生方のお名前はすべて明かすようにしていました。

 教えている時にも、「この技は~先生に学んだものをアレンジして使っている」といった話を今でもしています。

 しかし、学んだ先生の数だけでも二十人以上はおられますから、一々、書いていたらキリがないでしょう。

 それに、私が学んだと言うことそのものを気に入らない方もいるんですね。私と関係があるように思われたくないのかもしれませんし、「ちょっと、見せただけで教わったと言うのは不見識だ。あいつは弟子として認めてない」と怒る方もいます。

 では、言わない方がいいのか?と思っていると、今度は「俺が教えた技の名前を変えて教えているのはどういうつもりなのか?」と言われたこともあって、ど~すりゃいいんだよぉ~!・・・と思ったことも何度もあります。

 私が「游心流はパクリ武術です。私が勝手にデッチ上げたインチキ武術ですぅっ!」と公言するようになったのも、面倒臭くなったからなんですよ。もう、「アンタら勝手に悪く言えばええやんか?」と、開き直ったんですよ。

 でも、誤解しないでくださいね。

 私は縁あって、教えを受けた先生方、個人的に素晴らしいと思って研究の参考にさせていただいた先生方すべてに感謝していますよ。だから、その先生方が迷惑に感じられたとするなら、それは絶対的に私が悪いんです。

「いや~、長野君、よくやってくれた。有り難う」と言われるようにしない限り、私の筋は通らないんです(でも、まだ、筋を通せていない先生方もいらっしゃるので、自分が不甲斐ないです)。

 だから、高木先生に対しては、今でもちょっと申し訳ないというか、バツが悪いというか、後ろめたいというか・・・そういう複雑な感情があってですね。無意識に避けてしまうような面が無かったとは言えません。

 そういう意味で、確かに最近は、高木先生に教わったという点については、あまり書かなかったような気がしていますから、それで過去の事情を御承知でない御門人が義憤にかられて批判的なことをブログで書いて、それを高木先生が窘められた・・・のかも知れないな~?と、推測した次第なんですけども・・・。

 何にしても、私は高木康嗣先生と至誠塾に対して恩義しか感じておりませんので、どうぞ、御理解いただきたいと思っております・・・。


 また、どちらにしろ、公刊された本やDVDは、まな板の上に乗った鯉と同じで、どういう評価をされても、こちらは文句が言えないんですよね。

 ですから、批判されるのは当たり前のことだと思っていますから、ブログで採り上げて批判されるのも、どうぞ、遠慮なくおやりください。

 私としては、その批判意見の中から自分の問題点を探り出して今後の研究に建設的に役立てていきたいと思っていますし、無視されるよりは批判にしても意見を示していただく方がずっと有り難いのです。おためごかしや熱狂的思い込みの誉め言葉なんか何の益にもなりませんからね。

 無論、単なる感情的な誹謗中傷でしかなかったら、こっちも「このヤロー、まとめて訴えて慰謝料搾り取ってやるぅっ!」って思うだけなんですけど、私は批判意見は誹謗中傷とはまったく違うものだと認識しています。

 そもそも、武術の根本は、「瞬間的に相手の弱点を洞察する」というところから始まる訳ですから、どうしても批判眼が発達しがちで悪いところばっかりに眼が行くものなんですよ。

 それは社会生活する上では対人関係で邪魔になる能力ですが、危機管理の観点では都合が良いですよね。

 要は、馬鹿とハサミは使いようということですよ。


 あっ、何か、メッチャ、話が脱線しちゃったな~? まっ、いっか?


追伸;日子流の第二弾DVDが発売されたそうです。皆さん、是非、ご覧あれ。
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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