コンテントヘッダー

アスペクト『ヒトを観抜く武術の読み』二月後半に発売

 アスペクトの武術シリーズ第六弾『ヒトを観抜く武術の読み』の最終チェックが終わりました。

 パニック障害が悪化していて会社まで行けそうもなかったので、担当編集のSさんに渕野辺まで来てもらい、駅前の行きつけのジョナサンでチェック作業を約3時間と少しかけてやりました。

 今回の本は、これまで約10年間に渡って隠しに隠してきた「読み」に関して、「もう、いっかぁ~?」と思って明かした初めての本です。

 実のところ、これまでどんなに技術について解説しても今ひとつ人に伝わりづらかったのも、この「読み」の具体的なやり方を隠していたからなんでしょうね。

 うちの武術論は「読み」ができることが前提ですから、その感覚がない人が技術論を読んでもピンとこないし、DVDを見ても意味が判らない。

 要するに本質が掴めないんですよ。前提が不明なままでは技の意味が理解できないからなんですね。

 そうなってしまうだろうということは解っていたんですが、これは私の先生が物凄く大切にして秘伝にしていたので、私も公開できなかったんですよ。

 師匠が大切にしてる秘伝を弟子がバラしたらどうなりますか? それは師匠から見れば裏切り行為ですよね。

 もちろん、私は正式な弟子じゃありませんから、周囲からは「そこまで義理立てて隠さなくても・・・」と言われたりしていたんですが、心情的にやっぱりね~。

 昨年、先生と電話で話した時に、「原点がどこか?ということをきちんと話せば・・・」ということを言われたので、それだったら、もう隠さなくてもいいか?と思って、発表の機会を考えていたんです。

 その後の研究で何十倍にも膨らませているし、先生も許してくれると思います。

 多分、以前、教えていた会員さんは、これを読むとギョギョーッ!とすると思います。

 どうしてか?

「部外者にバラしたら破門じゃあ~!」と厳命して、実際に破門にした人もチラホラといるというような“目付けの秘訣”を第一章から細かく解説してしまっているから・・・。

 いや、そればかりではなく、実際に教えた内容の何十倍も詳しく解説していたり、これまで会員にすら教えてこなかった心法の具体的なことまで書いているのですから、これを読んだ武道関係者は唖然となるでしょう。

 何しろ、「読み」の具体的なやり方については歴史上、一度も文章化されていない筈だからです。

 これを体得しなければ“先の先”だの“後の先”だのといった戦法は使えません。あくまでも個人のセンスによって自然にできる人と圧倒的にできないままの大多数の人に分かれるだけなのです。

 私も、言葉として「読み」の存在は知っていても、実際に“できる先生”に教わらねば、一生、体得できなかっただろうと思います。

 そして、読みと交叉法を研究しているからこそ、明らかに実力的にまともに対戦すれば私が手も足もでないような若い修行者をあしらえるようになれた訳です。

 つまり、武術は強い弱いではなく理合を体得しているかどうかで勝負が決まるということです。

 もう、自信があるから率直に申しますが、私に習っても強くはなりませんが、達人にはなれます。

 素質も才能もない、70歳くらいまでの老人や、女性、小学校高学年くらいの子供であっても、屈強な成人男子を一撃で倒すことができるように教えられます。

 えっ? 「屈強な成人男子を一撃で倒すような威力は長く武道や格闘技をやっている人間でもそうそう出せない。長野さんも嘘つくなら、もう少しリアリティーを考えたらどうか?」ってことですか?

 そうですね。武道や格闘技では難しいでしょうね。

 だけど、武術なら現実に簡単にやれるやり方は無数にありますよ。でも、教えてあげな~い・・・。


 けれども、今回の本は、恐らく、物凄い賛否両論になるだろうと思っています。

 何しろ、“武術の読み”というのは最終的には第六感に突入してしまう訳で、これはもうオカルトか超能力の分野の話になってしまう訳なんですね。

「合理主義者であるはずの長野らしからぬ」と思われる方も多いと思います。それもあるから書きたくなかったんだよな~。

 脳みその壊れたオカルトマニアがファンレター出してくるかもしれないし・・・。

 けれども、今回の本で明かした内容以上に実際の研究会では進んでいるんです。だから、ここまではもう発表しても構わないと思ったところまでは書いたんですよ。

 これは嘘だと言われる可能性が高いので、近日中に証拠の映像を撮って動画に出そうか?とも考えています。

 あくまでも、私は武術を神秘的に解釈するつもりはまったくありませんから、神秘大好きの発狂してる人達が集まってきたら嫌だな~と思っているんです。

 それでも、研究家として検証できる事実については隠すのも良くないと思った訳ですし、また、本格的に超感覚を磨きたい人にとってはお勧めできる団体もあるので、問い合わせがあればそちらを紹介したいとも思っています。

 それよりも、非難を覚悟で書いたのは、今回は他流仕合で攻略する戦法について図解していたり、各武道武術の特徴と長所短所といったことまで書いているので、頭の堅い人達は激怒するんじゃないかな~?と思っているんです。

 何で、こんな喧嘩腰のことをわざわざ書いたのか?というと、私には、それだけ現在の日本の武道武術の世界に対して物凄く危機感があって、武道、格闘技の世界の当事者にも危機意識と改革のための「なんとかしなきゃいけない」という意識を持ってもらいたいと思ったからなんですよ。

 外国の進化した武術が本格的に入ってきたら、日本の武道、格闘技は全滅しちゃうと思うんですよ。勝てないですよ。筋肉鍛えて脳みそ鍛えないから・・・。

 結局、日本の武道は創立時点からほとんど技術的に発展していないし、格闘技はまだ進化の途上でしょうが、体系化はされていないから個人の技量に頼り過ぎています。

 技量に差がなければ体格と体力で差がつく。しかし、決定的に差がつくのは勝つ工夫をしているかどうか?なんですよ。そのための指針になれれば、いくら非難されても本望。


 練習後にはいつも会員と一緒にファミレスで日本の武道武術の世界の現状についてあれこれ論議するのがいつものことです。

 以前、“太気拳の至誠塾の方が私のDVDを見て批判的なコメントをブログに書いていて、すぐに消していた”という話を聞いていたんで、私もブログにコメントを書いたことがありました。

 私はてっきり、新人の会員さんなんだろうと思っていたんですが、この方は、支部長さんだったんだそうですね?

 いや、別に観た方がどう感じられるか?というのは自由な訳ですし、こっちだって批判されるのは慣れているから何とも思わないんですよ。

「オタクだ」とか「あんな技は通用しない」と言われたって、正直言って、私は「自分の研究内容は天下第一」という自信があるので(シャレでも冗談でもなくて、事実、こう思っています)、部外者から何を言われてもヘーキなんですね。

 実際にできる人をいっぱい育てれば、誰も文句言えなくなると思っていますし、現実に成果も上がってきています。

 今の段階で批判されるのは、むしろ、自分を過信して気づかないでいる欠点を教えてもらえる場合があるので、感謝すべきなんだと思っていますから、まったく反論するつもりもありません。

 新体道のライブでお会いした河野智聖先生も、私が本の中でおちょくったように書いたことをお詫び申し上げたら、ちっとも気にしておられず「あれは誉めて書いてくださったんでしょう?」と、粋な対応をされていました(オトナだな~)。

 この方のコメントを発見したうちの会員さんは、「ネットの世界では、一度でも書いてしまった文章は訂正したり消したりしても元の文章が残ってしまうから、臭いものに蓋はできないんですよ。むしろ、訂正したり消したりするよりも、“ごめんなさい”って素直に謝った方がいいんじゃないかと思うんです。僕も、最初に読んだ時は、ムカついて文句の一つも書こうかと思ったんですが、勝手にそんなことして長野先生に迷惑がかかっちゃいけないと考えて我慢したんです。立場がある人だと言葉の責任が師範や団体にかかる場合もあるから、よく考えて書かないといけないな~と思いました」と話していましたが、賢明な判断だと思います。

 批判されれば感情的にナニヲって思うのが人情ですが、批判的な意見には本音が隠れているんですね。ある意味、正直な人が批判をする訳です。

 無論、単なる嫉妬心でイチャモンつけてるような人間は論外ですが、厳しい意見は大切にすべきですね。

 また、「長野先生はもの書きの仕事をされているから、ムチャクチャなことを書いているようでいて、実は計算して書かれていますけど、それは長野先生以外にはできないと思うんです。ブログにもわざときわどいことを書かれていますけど、そのきわどさの度合いを見極めるのも業界事情に詳しいプロだからできるんだと思うし、長野先生の文体を素人が真似したらすぐに大炎上しちゃうと思いますよ(笑)」とも言っていました。

 私がブラックジョークやきわどい裏話を好んで書くのも、自己宣伝と自己保身を考えたらマイナスにしかならない訳です。だって、敵を増やすだけだもんね。

 けれども、ある程度、リスクを負わねば面白い文章にはなりませんし、面白くなければ本は売れません。謹厳実直な人の本なんか誰も読まないんですよ。

 小島一志さんなんて、サイテイ過ぎてサイコーじゃないですか? 俺、大ファンだもんね~(アンチだけど)。

 感動させたり笑わせるのは難しいですが、人の感情を動かす時にてっとり早いのは、怒らせることです。ムカッとさせるようなキワキワな表現も、やりようによってはユーモアになったり感動させたりできる。

 私は文が拙劣だから、ストレートに人を感動させるような文章は書けないので、敢えてひねって書いている訳です。

 小説書きたいとは思うけど、絶対に書きたくないのは恋愛小説! ダメ! こっ恥ずかしくって、よ~書けん!

 ともかく、文体がムチャでも書かれている内容がしっかりしていれば、深く読める人には役立つはずです。「長野は大っ嫌いだけど長野の本は面白いから買っちゃう」って言われたりしますからね。

 今、教えている会員さんの大半が、私の本を読んだりDVDを観て、「これなら自分でも上達できるのではないか?」と直感して習いに来られています。

 で、実際に上達しているという実感を得られている人たちと楽しく練習できているので、私は非常に恵まれているな~と思う訳です。

 それも、ある程度のリスクは承知しているからこそなんだと思っていますし、至誠塾で太気拳を一時間半程度しか習っていない私を太気拳の支部長を任されるような実力者が批評してくれるというのは、内容はどうあれ、光栄なことだと思っていますよ。


 恐らく、今月下旬に本が出た後は毀誉褒貶が相当出るだろうな~と予想していますが、文章の奥の私の目論みに気づく人がどのくらいいるのか?という点を、今回は実験精神で待ちたいと思っています。

 とにかく、日本の武道武術の世界は、今、変わっていかなくては、気づいた時には世界に取り残されてしまいますよ。そのためには敢えて波紋を起こさなきゃダメでしょう?


追伸;動画で宇城氏が元極真の格闘家Nさんを指導しているところを見ました。最初、アレッ?と思ったのは、以前の宇城氏が持っていたキリキリと集中するような鋭い読みの意識が薄れて、随分とラフに技を使っているところでした。空手着姿でもなかったので、一瞬、別人かと思ったくらいでした。崩し技も力任せで強引に見えるし、間合も一本調子に保ち過ぎているとお見受けしました。失礼を承知で申しますが、私の目には実力が明確に落ちておられるように観えます。一体、どうしたんでしょうか? お身体の調子を崩されたりしたんでしょうか? 複数の相手にかけて見せるのも重心操作を説明せずに“気を通す”と称しても意味が通じないですし、そもそも名のあるNさんを転がして見せているところを動画で晒すというのは品性を疑ってしまいます。甲野善紀氏そっくりのやり方で、釈然としません。『空手バカ一代』でサファーデのチャンピオンに辛勝した飛鳥拳が新聞で簡単に勝ったと書かれたのに腹を立てて、「私はようやく勝ったのであって他人を踏み台にして名前を売りたくない」と言いますが、これが武道家として正しい態度でしょう。強ければ何をやってもいいのか?という傲慢さと権威主義をも感じてしまうのです。新体道にも名のある他流武道家が学びに来られていましたが、青木先生はその人達の名を傷つけないように箝口令を敷いていました。私が学んだ躾道館の小林先生もそうしていました。心道流は「自信他尊」が旨であった筈ではないでしょうか? それとも宇城氏はUK空手とすることで心道流の精神は捨ててしまったのでしょうか? なんだか、凄く悲しく寂しい気持ちになってしまいました・・・。



関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索