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『ヒトを観抜く武術の読み』出来ました!

 18日にアスペクト新刊本の印刷があがって献本が来ました。
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 ちょうど本部の稽古日だったので、メイプルホールのスタッフに一冊、贈呈して会員向けは後日ということで、ちょっと見せただけでしたが、表紙のデザインをいつもと少し違えて渋い感じです。

 書店には早いところで24日、遅くとも25日、地方はもうちょっと遅れるかもしれませんが、今回の本はとにかく“バカには皆目わからない本”になってしまったかもしれませんから、ちょっと読解するのはきついかもしれません。

 いつもよりページ数が少ないんですが、内容が濃過ぎるので、いつものようにサクサク読めたりはしないと思います。自分で読み返しても、ちょっときつかったです。

 結局、なんでこのテーマにしたか?っちゅうと、“人を観抜く技術”みたいな本が一種のブームになっていて、確かにそういう本は役立ちそうな感じがするんですけど、「ふ~む、これだったら、武術の読みを利用した方がずっと洞察できるけどな~?」と思ったからなんですね。

 でもね~、こういう技術って、体得したらいいと思うでしょうけど、他人のホンネが透けて観えると、精神的にはきついっスよ~? 人間不信になっちゃうかもしれませんよ。

 それに、完全無欠の達人と尊敬していた人の弱点がモロバレでわかるようになったら、悲しいよぉ~?

 確かに役にはたつんですよ。

 だって、私がこれまで武術の業界で生き残ってこれたのって、“読み”のお陰ですからね。これはヤバイぞ・・・って思ったら、一瞬で作戦変更できる変わり身の早さで危機一髪状態を切り抜けてこれたんですよ。

 私はヤバイッと思ったら、ダッシュで逃げますからね~。まったく躊躇しません。

 松田隆智先生から、呆れた顔で「いや~、長野君は化勁の達人だな~(笑)」って誉められましたよ(違うかっ?)。

 普通の武道家だったら見栄っぱりだから、意地張って墓穴掘ったりするんですが、私は危ないと判断したら、徹底して合理的に判断しますからね。

「こりゃ勝てないな」と思ったら、その場で勝負しないで情報収集して弱点を調べておいて、確実に勝てると確信してから勝負するとか・・・こういうのは本来の武術では勝負のセオリーですよね。

 だから、下手に武道やっているヤツより、格闘家とか喧嘩好きなヤンキーなんかの方が話が合うんですよ。一時期、うちの会のヤンキー率高かったもんね。

 ヤンキーの発想って、意外と武術的なんですよ。

 強いヤツは暗がりで大勢で襲えばいいって考える。「汚いことやっても、ようは勝ちゃあいいんだよ」ってリアルな考えですね。

 北野武の映画が海外で凄く評判になったのも、バイオレンスシーンのリアリティーにあったと思うんですけど、竹中直人主演の『カルロス』というVシネマがあって、この殺陣シーンが凄く良くて印象に残っていたんですけど、最近、東映チャンネルで観直したら、何と高瀬将嗣先生だったんですね~。

 何か、私が「これは良いな~」と印象に残った作品の殺陣シーンの演出していた方とは、その後、実際に会っているんですね~。不思議なことに・・・。

 田中泯さん、秋本つばささん、渡洋史さん、AACの皆さん、そして、高瀬先生。

 同様の逸話を本の中でも紹介しているんですが、結局、ユングの言う集合無意識の理論というのは実際にこの世の因果律として本当にあると解釈するしかないと私は思いますよね。

 そういう点では、武術の読みというのは、相手の本音を洞察するだけじゃなくて、むしろ、相手が自覚していない無意識の領域まで繋がっていくものなんですよね。

 だから、心法の究極が活人剣であったり、相ヌケであったりという闘争を超えた領域になっていくのは必然的なことなんですね。

 武道家でそこまで行ってる人は凄く少ないと思いますが、青木宏之先生は確実にそこに到達されていますよ。やっぱり、ああいう具合にならなきゃ嘘だと思いますね。

 強くなろうと思ってる時点で、弱さの呪縛を自分で自分に呪文かけてるんですよ。

 これ、宗教的な話じゃなくて脳科学的な話です。

 私は武術に対して科学的にアプローチしようとしていますから、仮にオカルト的な理論を持ち出す場合でもオカルトも科学的に説明するとどうなるのか?という観点は保ちますよ。

 でも、知識がないとオカルトは宗教的なものとしか認識できないでしょう? で、そういうアプローチしかできない人が大半だから、「怪しい」ってことになって、それを面白がるか危険視するかに概ね分かれる・・・。

 私はどっちでもありません。事実はどうか?ってことを追究するだけです。

 武術の読みに関しても、オカルト的な神秘主義でしか解釈されていませんから、これを求める者は精神病患者みたいになってしまう場合が多い。

 これじゃマズイので、私はできる限り、科学的に合理性あるように研究し解説するようにつとめました。

 例えば、セミナーの時にも、最初の自己紹介の時に、初参加の人にしつこく質問したりする場合があるんですが、実はこれ、コールドリーディングというテクニックを使ってるんですよ。

 初めて参加する人の場合、もしかするとセミナーを邪魔してやろうとか、長野に大恥かかしてやろうといった具合に考えている人かもしれませんから、申し込みのフォーマットの質問事項の答え方であったり、会場に入ってくる時点で顔付き(だいたい、目付きで判別つきます)を観察したりして目星をつけておくんですね。

 だから、もし、初参加の人にしつこく私が質問していたら、その人に興味があるか、あるいは“疑っているか”のどちらかと思ってくださって結構です。

 今後は師範と師範代に指導は任せることにしたのも、練習中にヘンな真似をする人がいたら、すぐにつまみ出してしまおうと思っているからなんですね。指導していたらそこまで判らないんですよ。

 今はかなり注意しているので少なくなりましたが、やっぱり特に武術にマニアックにのめり込んでいる人は人格障害のある人が多いんで、そんな邪念のある人が一人でも入り込んでしまうと全体の雰囲気が悪くなってしまうんですね。

 いろんな武術道場を見てみると、どんな立派な先生のところであっても、最低、一人はそういうアブナイ性格の人がいますね~。そして、こういうタイプの人って、ちょっとでも関心がわくといろんな道場に行くんですよ。

 だから、武術業界で結構、有名人?になっていたりもするので、「あ~、長野さんのところにも来ましたか?」なんて話になったりするんですよね。こういう具合に有名人になったらマズイですけどね~。要は、“武術業界ブラックリスト”に載る訳ですからね(私、チェックリストつくって知り合いの先生に配ろうかと思ってます)。

 そういう人は、自分の感情だけで動くから、下手をすれば通り魔殺人みたいな行動をとってしまったりしかねないと思いますね。気づいたら刑務所に入ってましたってタイプ。

 自分の感情だけで行動していたらロクなことにならないですよ。他人とのかかわりあいの中で自分の身の処置を考えていかないと、下手なことをすれば一生を棒に振ることになってしまうんです。

 世の中って人と人の関係性の中で成立しているんですから、自分本位な言動しかとれなければ誰も相手にしてくれなくなりますよね。「相手のことを考える」のは、結局、自分のことを考えることに繋がっていくんです。

 でも、それが理解できない人が多いみたいですね~。


 結局、神秘に頼っていたら、やるべき努力を放棄して人生を誤ってしまいます。現実逃避の隠れ蓑として武術にしがみつくのは逆効果にしかならないんですよ。

 だって、人生、一回だけしかないでしょ? 自分で現実と闘っていかなきゃ~何も得られないでしょ?

 本当に、「何で、この人達は無駄に人生を浪費していられるんだろう?」って思えるような人が意外といますよね~。

 自分がやらなくても他人が一生養ってくれるとでも思ってんのかね~?

 私は不謹慎なのは承知の上で敢えていいますが、自分の将来に不安を感じて自殺する人って“まともな人”だと思いますよ。

 通り魔になったり他人に迷惑かけるよりいいじゃないですか?

 だけど、自殺する勇気があるんだったら、生きていく道はいくらでも考えられると思うんですよ。だから、考え方が悪いだけ。

 だって、別に自分から死ななくたって、全人類は等しく必ず死ぬんですから、慌てて死ぬ必要なんかないじゃないですか?

 生きてるうちは何でもチャレンジして図太く生きていったらいいじゃないですか?

 私だって、もう自殺するしかないって思い詰めたことは何度かありますよ。だけど勇気が出なかったですよね。怖いよ、やっぱり。

 貧乏で食うに困ってる人って、結構いるでしょう?

 私もいろんなバイトしたりしましたけど、結局、自分の好きでやっていることを商売にするのが一番、金も稼ぐことができると気づいた訳だし、そうすることで喜んでもらえるんだから、これはラッキーとしか言えませんよ。

 毎月のセミナーでも、初めて参加した人が嬉しそうな顔してくれてると、こっちも嬉しいですよ。

 だってね~、この不況の御時世に一万円も頂戴してるんだから、満足してもらえなかったら申し訳ないですもんね。

 うちの会員さん達は、ネットで私の悪口書いてる人がいると悔しがったりしているんですけど、そりゃあ、私はいろんな武術家を人非人扱いして罵倒しまくってるんだから、悪く書かれるのは当たり前。

 むしろ、無視しないで、わざわざ注目してコメントしてくれるのは期待したり認めたりしている意識が無かったら、決してやらない訳ですからね。

 もし、私のやっていることが世間的に評価されたら、もしかして批判していた人達も評価が180度変わるかもしれない。

 だから、マイナスに受け止める必要はないんですよ。

 もちろん、悪口を読んだら腹は立ちますけど、読まなきゃいいんですよ。視界に入らなければ“悪口も応援と同じ”です。一種の叱咤激励と弁えて「有り難うございます」とお応えすればいいでしょう。

 で、何か具体的に悪さを仕掛けられたら?

 それは有り難く慰謝料をたんまり頂戴すればいいだけですね・・・。



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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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