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游心流初の支部活動開始『東京游心流同好会』

 2010年4月6日、満開の桜の時期に、游心流初の支部活動『東京游心流同好会』の初稽古会がありました。

 支部活動そのものは、以前にも沼津、関西であることはあったんです。いろいろあって続かなかったんですが、やっぱり、私の目が届かないと難しいな~というのが率直な感想でしたね。

 数年前には、師範代を任命して都内で講座をやらせてみたこともあったんですが、こちらも私がやらないと人が集まらなかったりして、どうもダメでしたね。

 その時の師範代もやる気なくして辞めてしまいましたし、私は直接聞いてないから何とも言えませんが、陰で私の批判をしていたそうで、良かれと思って任命したのが裏目に出てプレッシャーかけただけになったのは可哀想なことをしてしまったな~と反省したものです。

 何というか、人を指導するというのは大変なことなんだな~と思いますね。

 恐らく、向き不向きというのもあるんだろうと思います。

 私の場合、両親共に学校の先生だったし、親戚も、大学の名誉教授から保育園の先生まで一通り揃っていて、どうも、DNAに“教師”というのが入っていると思うんですよ。

 自分がそうだから、誰でもできると思ってしまったのが間違いだったのかもしれませんが、やっぱり、そういうものじゃないんだな~?と、最近になって気づきましたね。

 その点、今回の同好会活動に関しては、半年くらい前から計画を練って、矢嶋師範代が主催して北島師範がサポートするという形式でやると決めるまでにあれこれ検討しましたから、まったく心配していません。

 今年に入ってから月例セミナーの進行も北島師範・矢嶋師範代にほぼ任せるようにしているんですが、実はこれも指導に慣れさせるためだったんですね。

 もちろん、私が直接教えないからレベルが低くなるという訳じゃありません。

 むしろ、逆に、私が教えると難しくなり過ぎて参加者が混乱するだけになってしまう場合の方が多々あった訳です。何しろ、ノリノリで動くと自分でも何をどうやって技かけたのか解らないんですから、「もう一回やってください」ってのは禁句ですからね。

 そんな人間ですから、独己九剣の型つくるのに、えらい苦労しましたよ。たった九つしかないのに・・・(青木先生なんて剣武天真流の型、膨大につくってますよ。天才過ぎだよぉっ! 俺は泣いちゃうよ~)。

 それに、私は事細かく教えるとやり過ぎてしまうし、軽く流すようにするとスッ飛ばし過ぎてしまう悪い癖があるので、はっきり言って、単なる独演会になりかねない危険性があって、参加者は楽しく感じられても技術がきちんと伝わらなくなってしまう問題点もあったのです。

 そんな前衛芸術家みたいな性格の私に習ってる北島師範や矢嶋師範代の努力と忍耐は、並の武道道場に通うのとは比較にならなかったと思いますよ。「難しい」なんて言葉で表現できるようなレベルじゃないです。禅問答やっているようなもんだもん。

 どうしてか?と言うと、パターンを覚えるんじゃなくて、形を練習しながら同時に形を壊すことをやっている訳です。このダブルバインド(二律背反)の中から理合を掴み取らなきゃならないんだから、そりゃあ、苦労しますよ・・・。

 もっとも、私は、月例セミナーだとイチゲンさんもいますから、「まあ、イチゲンさんは楽しんでもらえばいいや」と思っていて、あまり細かい形のことなんかは言わないんですよ。

 要するに、勝負論で言うなら形に捕らわれるのはマイナスでしかないから、継続して学んでいこうと思っていない人には、勝負論だけ伝えれば十分なんです。

 けれども、継続して学ぶ人には勝負論だけでは不十分です。稽古システムの上達論が必要で、この場合は逆に正しい形に洗練させるための鋳型に嵌めていかなきゃいけないんですね。

 自由自在と自分勝手はまったく違うことなんです。自由自在に動いて技をかけられるというのは、動きの中に法則性が存在し、無意味で無駄な動きではなくて、目的に沿った“働き”のある効率的な動きが自然にできるようになっている状態を意味しています。

 通常、基本技や型の訓練は、この動きの中に法則性を内在させるための意識的訓練でなければならないのですが、それは結果としての無意識化された身体の自動反射運動のシステム化を目論んでいるものなのに、実際にはそこまで至らないケースが非常に多い。

 何故ならば、多くの団体が、上達論と勝負論をゴッチャにしていたり、そもそも理論構造的に認識しないままルーチンワークとして練習しているから・・・だと思われます。

 そしてまた、重大な問題点として、“流派”に縛られてしまっている点も、特に日本の場合は多く見受けます。

 戦闘の本質論を語れば、流派なんて代物は無くなってしまった方が正しいのです。

 しかし、流派というカテゴライズの中で様々な研究工夫が育ってきているからこそ、“戦闘”というテーマから幾多の武術が誕生して無数に枝分かれして競合しながら発展し、文化芸術学問の領域にまで昇華するという奇跡的人類の営みと成り得たのです。

 私は今でも、特段に、游心流という流派を広めたいとは思っていません。

 が、流派を名乗ったのは、武術という文化を全般的に研究していても質を深めることができない。自分の考えをシステム化した流派を提示しなければ本当の武術の価値を知ら示すことにはならないと思ったのです。

 そして、武術というのは理論だけつくっても意味はありません。遣い手を育てなければ絵に描いた餅にしかなりません。つまり、実用機能性を有していなければならない点が通常の文化芸術とは異質な部分です。

 つまり、「使わないけれども使えなくてはならない」のです・・・。

 この禅問答みたいな前提を具体化しようと考えれば“試合”をするという選択が出てきますが、試合と実戦はイコールにすることは(法的にも倫理的にも)できませんし、武術の想定し得る実戦の概念も時代と環境によってドンドン変わってしまいます。

 現代では骨董品扱いされている古武術も、創始された当時は最新鋭の戦闘システムを持っていたことを無視してはなりません。

 この点は、海外のセルフディフェンス系マーシャルアーツが軍事的観点を色濃く持っている点で再検討が必要でしょう。

 しかし、日本の場合、スポーツや介護に役立ったというような、本来の武術の目的とは何の接点も見いだせない枝葉末節な応用性を持て囃す風潮が出てしまい、ただでさえ平和ボケした日本武道家が、ますますボケボケになりつつあるのは、嘆かわしい限りです。

 実際に介護をしている人に言わせれば、肉体の介護よりも精神的な介護が重要なんだという話もよく聞きます。排泄物の処理や暴れる老親をどう介護するか?というのは身体操作の術ではどうしようもないでしょう。もっとメンタルなケアが必要な筈です。

 武術の指導も似たところがあるでしょう。

 なかなか育ったな~と思えば、すぐに自惚れて増長する者が少なくありません。自惚れなくとも、そこそこできるようになったら満足してそれ以上に伸びようとはしない者も多い・・・。

 人を指導し育てるのは本当に難しいことだと思います。

 けれども、それでも長く続けていれば教え方も変わるし、真面目に地道に続ける人は伸びていきます。当たり前のことですが・・・。

 私の場合、日々、研究の進展があって当たり前。来る者を選び、去る者は追わず、問題児は破門にし・・・という、道場経営上はウ~ン・・・なやり方であることは百も承知で、それでも量より質を優先してやってきました。

 私は、指導者としてよりも研究家としての比重の方がずっと高いので、正直、お荷物になるような人に教えるのは煩わしいと考えてしまうのです。

 いくら口先で熱意を主張しても、実際の稽古態度がともなっている人はむしろ稀ですから、もう、口で何をどう言おうが、そんな言葉は全然、信用していません。綺麗事を言う人間ほど内実が伴いません。

 本当に熱意のある人は黙ってやるし、こっちがアドバイスしたことには黙って従いますよ。

 北島師範・矢嶋師範代は、まさにそうやって、私が「これをやりなさい」と言えば、黙って「わかりました」って従ってやってきたんですね。その結果、ちゃんと体得していった訳です。

 できないヤツに限って文句言うんですよ。本当に、教えていて情けなくなりますよ。文句があるなら直接言えよって話です。言えないなら黙ってフェードアウトしてもらいたいですね。ムカつくから・・・。


 東京支部同好会は、私に欠けている部分を師範・師範代が埋めてくれる稽古会になると思います。

 何よりも基本を優先し、武術の核になる部分と学ぶことの芯を伝えていこうとしてくれているのが、初回の様子を見学していて、よく解りました。

 セミナーや講座では軽く流している基礎錬体だけで会場の鏡は白く雲ってしまう程、熱気のある練習でした。

 ごく簡単な動きに見えても、実際にきちんとやろうとすれば、全身を細かくバラして動かさねばならず、それでいて全身の連動協調が取れていなければなりません。

 基本が極意に通じると言われるならば、その基本を体得するためには基礎となる身体の動きを練り込む必要があります。これをやるかやらないかで基本技の完成度が何十倍にも差ができると私は考えます。

 矢嶋師範代は、この点について「最初は大変だと思いますけど、これをしっかりやっておけば、後から覚える技が楽に覚えられます」と言っていましたが、自分が苦労したからこそ実感して言える訳で、私はそういう細かい説明はしていませんでしたからね。

 やっている人間だから言えること。それが大切なんですね。

 当日、一年ぶりくらいに参加された会員さんもいれば、空手道場を経営しながら武術研究のためにうちにも通われている会員さん(大会で優勝したばかりだそうでした)もいて、和やかな稽古会になりました。

 練習後には、近くのファミレスで軽く食事しながら懇親会にしまして、いろいろ話をしたり聞いたりしましたが、何か、頭痛くなるような話もあったりして「あ~、どこの道場もいろいろあるんだな~」と、考えさせられましたね。

 でもね~。世界で最も尊敬される日本人って、もう圧倒的に武術武道をやっている人間なんですよね。世界の人から「何だ? 日本の武道家ってこんな連中なのか?」って軽蔑されてしまうような事態にだけはしちゃ~いけないって思いましたね~。


追伸;東京支部同好会は随時、参加会員募集中です。4月中は入会金無料ですので、お気軽にお問い合わせください。練習内容は、游心流武術の基本技から護身術まで指導していきます。

追伸2;相模原本部道場も、随時会員募集中です。4月は、15日と29日に千代田メイプルホールで行います。特に29日は祝日なので、日頃、参加できない会員さんも是非、おいでください。現代の達人も誉めてくれた居合術“独己九剣”もみっちり稽古しようと思っております。せっかく場所が広いので、もっと会員増えてくれると嬉しいんですけどね(月例セミナーとシダックスの講座も宜しく)。


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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